第四話 ひとひらの重み 前編・下
本社内で大っぴらに話せる話題でもないので、『例のビル』、つまり、確認窓口を開設したばかりの第一ほしふりビル内の空き部屋に、名越、高藤、小早川、そして鏡花が集まっていた。
立花にも声を掛けたのだが、鉄道、自動車部門の両方で復旧作業や臨時対応が立て込んでいるとのことで、欠席だった。
各々忙しいところを無理くり集めたので顰蹙を買ったが、話が話なので集まらざるを得なかった。
そして、まずは高藤の理路整然とした説明を聞き、名越は言い淀んで、今に至る。
「外向きにも、そこは曖昧にできませんよ。いくら説明の中身を整えても、名義が古いままだと説明の前に足元を見られます。外で頭を下げるのは私ですが、せめて筋の通ったものを渡していただかないと」
「代表者署名欄を空白のままにして、説明責任だけを整えることはできませんわ」
「……分かっています」
名越はそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。
だが誰も言葉を発することなく、時間だけが流れて行く。
誰が名越に話の続きをさせるか、鏡花、高藤、小早川の間でアイコンタクトが交わされる。
「本部長には何か考えがあるとのことでしたが、ひとまずその考えを聞かせてください」
結局、高藤が名越に話の続きを促した。
「……まぁ、代表者署名欄に誰の名前を書くか。これは考えている案があるんです。外向けの説明は、名義を途中で差し替えることになるかもしれませんが。問題は、必然的にそれに付き合っていただく方が必要なんです」
風向きが変わった。名越以外の三人はそう感じた。
「色々考えました。今敢えて触れなくても良いところには触れずに、説明責任を果たすには?って」
これ以上この話を聞いたら、退けなくなる。
「高藤さんならご存じかもしれませんが、代表は一人じゃなくてもいいんです。二人でも良いんです。ですから最初は、二人目の代表として私が入って、取締役として立花さんに入っていただく案を考えました。ですがこれは、立花さん本人それとなく探りを入れたら、『寝ぼけたこと言ってないで、本社に戻ってハンコ押せ』って、言われてしまったので、無くなりました」
立花らしい話だが、断ったことで残った三人はなんとなく話の流れが分かってきた。
「では、高藤さんはどうでしょう?」
名越が高藤の方を見た。高藤は何も言い返せなかった。
「なら、小早川さんではどうでしょう?」
名越は小早川の方に向き直った。小早川は思わず名越から目線を逸らしてしまった。
「……まぁ、そういうことなんですよ。どっちかに助力を頼むと、どちらも立たない。そして、誘われた船が泥船か否かを冷徹に計算できてしまうんです」
そこまで言うと、名越はがっくりと肩を落とした。
ように見えた。
「で、わざわざ火中の栗を拾ってまでウチに来た鏡花さんは、泥船かもしれないからと言って見捨てられるほどは計算では動かない。思ったより人情の人ですからね」
え?という気持ちと、来たという気持ち。鏡花の胸中は半々だった。
「なにより言ってましたよね?長屋さんの代わりにはならない。矢面に立つのは私。三月のあの時点で生じていた痛みは速やかに収束しなければならない。そしてその期限は六月末、そういうお話しでした。なら逆に最初の条件に抵触せず、かつ当初の期限迫っている中で何か動かなければならないなら?」
名越は鏡花のことを真っ直ぐに見据えていた。
「代表取締役社長・長屋浩、代表取締役事業統括本部長・名越一馬、取締役総務部長・水本鏡花。どうでしょう」
あくまで名越の私案とはいえ、選択肢は、無いに等しかった。
「あ、え、その……」
「どうでしょう」
名越は意見を求める体で、同意を求めているも同然だった。
だが、そこに小早川が助け船を出すように異論を挟んだ。
「名越さん、俺の話聞いてましたか?いくら説明の中身を整えても、名義が古いままだと説明の前に足元を見られる、って言ったでしょう」
小早川の横槍に憮然として、名越が反論した。
「古くはないでしょう。ちゃんと新しいじゃないですか。しかも代表者も新たに立てている。何が問題なんですか」
「波風の立たない形がベストとは限らないんですよ。……長屋さんをわざわざ残すことが本当にベストなんですか?何度も言いますが、名義が古いままだと説明の前に足元を見られるんです」
「しかし……」
「それに、鏡花さんも突然のことでびっくりしているじゃないですか。俺にフォロー出来るのは、タバサさんまでですよ」
「……少なくとも本日この場で、わたくしが判断できる話ではありませんわね」
小早川と鏡花にそこまで言われてしまうと、流石の名越もいったん私案を再考せざるを得なかった。
名越が出した案は、変えないように変える苦肉の策だった。
だが、外部はそれを許してはくれない。
そして、許してくれないのは外部だけではないのかもしれない。
名越の苦悩は深まるばかりだった。
四人での「密談」を終えて、名越は部屋を出ようとしたところで、鏡花に呼び止められた。
「本部長」
呼ばれて振り返ると鏡花の顔は、思いの外穏やかなものだった。
「なんでしょう」
よほど名越の顔が、考えすぎて複雑怪奇、といった表情だったのだろう。
「もし名越さんがその案にわたくしの名を加えるというのなら、わたくしにも確認する権利があると思いますわ」
「……拒否権はなさそうですね」
「条件、といったところですわ」
「随分とまぁ、鏡花さんには条件を付けられますね。これでいくつ目だか分からんですね。……で、聞くだけ聞きましょう」
「わたくしは、以前にも申し上げた通り、長屋さんの代わりにも、名越さんの逃げ道にもなりませんし、なれませんわ。それに水本の名前を無闇に差し出すつもりもありませんの。……せめてわたくしの名を加えるなら、何のために加えるのかを決めてくださいな」
その言葉に名越は黙って、私案を書いたメモを見た。
「何のため、ですか」
「ええ。それに、その名越さんの案で一番重いのは、わたくしの名前ではありませんわ」
その言葉で、メモでも存在感があるその名前を見た。
「……いますね。インテリなんちゃらみたいな人が。ホント怒ると怖いんですよ、この人。特に筋を通さないヤツには容赦無いんですよ」
「……そこまでは存じ上げませんわ。ただ、わたくしは、そのお名前を会社の紙に載せ続けるなら、会社の論理だけで決めるべきではない。そう思いますわ」
鏡花の言葉に、名越は力なく肩を落とした。
「長屋さんの家に行ってきます。大分遠いんですよ、あの人の家……。まぁ、とりあえず二、三日空けるんで、よろしく」
「その後で、わたくしの名前の話をしてくださいまし。……いってらっしゃい」
「いってきますよ」
名越は振り返りもせず、手をひらひらと振りながら出て行った。




