第8話:復讐者マリエルの告白
鍵をかけられた密室で、マリエルによる「尋問」が始まります。 そこで語られるのは、主人公(社畜)の想像を遥かに超えた、元・ロザリアの「業」でした。
正直、引きます。
カチャリ。
無機質な金属音が、安宿の粗末な部屋に響いた。内側から、扉の鍵が閉められた音だ。
それは、ただの施錠の音ではなかった。この薄暗い部屋が、文明社会から切り離された完全な「密室」へと変貌した、宣告の音だった。
チリチリと頼りなく燃えるランプの光が、私たちの間に揺れる。それはマリエルの顔半分を不気味な影に沈め、逃げ場のない私の狼狽だけを照らし出していた。
私の行動を封じたマリエルは、その影の中の青い瞳で、私を射抜くように見つめた。
「さて、ロザリアさま」
彼女は、感情の起伏が一切読めない、まるで磨かれたガラスのような声で、本題を切り出した。
「まず、お嬢様が『壊れた(記憶喪失になった)』フリをなさっているなら、今すぐおやめください。無意味です」
心臓が、氷水の中で鷲掴みにされたかのように、激しく軋んだ。
(フリ!?)
(本気で言ってるの!? こっちは過労死からの異世界転生っていう、ラノベでも使い古された荒唐無稽な事態に、リアルタイムで巻き込まれてるんですけど! しかも断罪イベント直後から! 命からがら逃げてるこの状況で、そんな高度な『フリ』ができるわけないだろ!)
内心の絶叫は、しかし、喉の奥で凍りついて声にはならない。
「あなたが『フリ』であれ『本物』であれ、私がこれから話す『現実』は変わりません。ですが、演技に付き合わされているのだとすれば、時間の無駄ですので」
「ち、違う!」
私は、恐怖を振り絞って、裏返った声を張り上げた。
「フリじゃない! 本当に、何も覚えてないの!」
ベッドのゴワゴワしたシーツを、爪が白くなるほど固く握りしめる。
「私が『ロザリア』だったのは……もう、認める! でも、断罪された、あの瞬間からの記憶しかなくて……! それより前に、私が何をしたのか、あなたが誰で、私とどういう関係だったのか……本当に、何も……!」
マリエルは、まばたき一つせず、私の必死の形相をじっと見つめている。
その瞳は、私の言葉が真実か嘘か、その瞳孔の揺らぎや発汗の度合いまで、全てを値踏みしているかのようだった。
やがて、彼女はふぅ、と小さなため息を一つ漏らした。それは失望でも安堵でもない、ただの呼気。
「……左様でございますか」
信じたのか、信じていないのか、全く読めない。
「どちらでも構いません。フリであろうと、本当に壊れていようと、あなたがこれから聞くべき『事実』は変わりませんから」
マリエルは、まるで天候でも読み上げるかのように、淡々と語り始めた。
「あなたは……いえ、元のお嬢様は、非常に『脆い』お方でした」
「え……?」
「公爵夫人(お母様)からの過度な期待と、できの良い弟君(リオン様)との比較。あなたは常に何かに怯え、ご自分の価値を見失っておいでだった」
それは、私の知らない「ロザリア」の姿だった。
「そんな時、唯一あなたをありのままに認め、お側にお仕えしていた(・・・・・・・)のが、私でした。……だから、あなたは私に依存なさった」
「依存……」
「そして、あなたのストレスが限界に達した時」
マリエルは、一度言葉を切った。その「間」が、私の鼓膜を圧迫する。
「あなたは私に、手を上げました(・・・・・・・)。……DVです」
(ディー……ブイ!?)
(あの、前世のコンプライアンス研修で真っ先にNGって習うやつ!? 元・私、クズの極みだろ! 自分を唯一認めてくれる、こんな(見た目)可憐なメイドに、暴力を!? どんだけ地獄の底までクズなの!?)
頭を鈍器で殴られたような衝撃に、思考が白く染まる。
「泣いて謝るあなたを、私は許してしまった。それが間違いでした。その後もDVは続き……私は逃げようとしました。田舎貴族の娘(私)には、分相応の、ささやかな縁談もありましたから」
「……あ……」
「ですが、あなたはそれを許さなかった」
マリエルは、私の目をまっすぐに見据える。その冷たさは、もはや人間のものではない。
「あなたは私の縁談を、一つ残らず、陰湿な手で全てお潰しになりました」
そこで初めて、マリエルの声に、かすかな、しかし確実な「怒り」の温度が乗った。それは燃え盛る炎ではなく、触れたもの全てを凍てつかせ、砕く、絶対零度の激情。
「あなたは私を『愛人』という名の籠に閉じ込め、私の人生を、未来を、全て奪いました」
息が、できない。
マリエルの告発が、元・ロザリアの罪が、重すぎて。
(ごめんなさい……ごめんなさい……!)
私は、ロザリアではない「佐藤葵」であるはずなのに、彼女が受けた苦痛の質量を前にして、ただひたすらに罪悪感に苛まれていた。
「ええ、ひどい話です」
マリエルは、私の動揺を嘲笑うかのように、冷たく言い放った。
「――だから私は、復讐しました」
「ふく、しゅう……って……」
掠れた声が、乾いた喉から漏れる。
「あの断罪劇。あなたが公衆の面前で全てを失った、あの瞬間が、私の復讐の完成でした」
「待って、でも、あれは王子様が……私の悪行がバレて……」
私が混乱して反論しようとすると、マリエルは、そこで初めて、優雅に、扇情的に、そして氷のように冷たい笑みを浮かべた。
それは、慈愛などではない。復讐を成し遂げた者の、絶対的な勝利の笑みだった。ランプの光が、その歪んだ唇の端を、禍々しく照らし出す。
「王子があそこであなたを切り捨てる決意を固めるよう、仕向けたのは誰だとお思いですの?」
私は、凍りついた目で、彼女を見るしかなかった。
「あなたの度重なる悪行の証拠。夜な夜な男や女を寝室に引き入れた日付の記録。そして――」
マリエルは、一瞬、自分の服の襟元に、そっと触れた。
「私の体に残された無数の痕。それらを匿名で、しかし確実に公爵家と王子の両方にリークし、"あの日"に断罪の場が設定されるよう誘導したのは――」
彼女は、私の耳に焼き付けるように、はっきりと、告げた。
「この私です、ロザリアさま」
お読みいただきありがとうございます。
DV、婚活妨害、洗脳に近い依存……。 「淫乱」どころではありませんでした。元・ロザリア、擁護不可能なレベルの「人間のクズ」です。 そりゃあマリエルさんも復讐しますし、舌打ちもします。
そして明かされた真実。 あの断罪劇は、全てマリエルさんが仕組んだ「復讐の完成形」でした。 主人公はハメられましたが、自業自得すぎて反論の余地がありません。
しかし、ここで一つの疑問が。 「復讐が終わったなら、なぜ今も一緒にいるの?」
次回、『復讐の終わりと、現実の始まり』。 マリエルが主人公を生かしておく「切実すぎる理由」が判明します。
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