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第9話:復讐の終わりと、現実(カネ)の始まり

「復讐は終わりました」 そう告げるマリエル。 ではなぜ、復讐相手である私を連れて逃げるのか?


そこには、感情論など吹き飛ぶほどの、超・現実的な理由がありました。

「――この私です、ロザリアさま」


 マリエルの、氷のように冷たい、しかし勝利に満ちた微笑。

 私は、安宿のランプの光に照らされたその顔を、ただ戦慄と共に見つめることしかできなかった。


(じゃあ、私は……私は、この子にハメられたってこと!?)


(佐藤葵)としての思考が、恐怖に引きつった悲鳴を上げる。

 だが、次の瞬間。

 私は、その思考を必死で打ち消した。


(いや、違う。ハメられたんじゃない)


 元・ロザリアが全部悪いのだ。

 DV。婚活妨害。愛人強要。

常識で考えれば、犯罪スレスレ、いや、完全にアウトな人権侵害だ。


 マリエルは、その人生の全てを奪われた。だから、彼女の全てを賭けて、ロザリアの全てを奪い返した。

 それは、ただの因果応報。自業自得だ。


 目の前の可憐な少女は、そのか細い腕で、とんでもない復讐を成し遂げた「恐ろしい女」なのだ。

 その事実を理解した途端、私の背筋を、別の種類の恐怖が走り抜けた。


(……じゃあ、なんで?)


 復讐を成し遂げたマリエルが、なぜ今、その復讐相手(私)と一緒にいる?

 なぜ、王都からここまで連れ出した?


(……まさか)


 嫌な予感が、胃を掴む。


(私を『処理』するために、わざわざ王都から連れ出した……? 公爵家の『追手』っていうのは、全部口実で……? この後もまだ、何かされるの……?)


 恐怖で、手足の先が急速に冷えていく。


「ご安心ください」


 私の恐怖を見透かしたように、マリエルは、ふっと勝利の笑みを消し、元の無表情に戻った。


「先ほども申し上げた通り、私の復讐は、あなたが公衆の面前で全てを失い、王子に切り捨てられ、絶望の顔を晒した、あの瞬間・・・に、完璧に終わりました」


「お、終わった……?」


「ええ。……もっとも、私の計算では、あなたは泣き叫び、みっともなく私に(助けを求めて)縋りつくはずでした。それを嘲笑い、汚物でも見る目で突き放すのが、私の復讐の『仕上げ』だったのですが」


 そこでマリエルは、信じられないことに、淑女にあるまじき「チッ」という鋭い舌打ちを漏らした。


(え、今舌打ちした!?)

(というか、私(葵)が記憶喪失じゃなかったら、もっと酷い目に遭ってたの!?)


 マリエルは、心底不愉快そうに続ける。


「あなたが、私の想像をはるかに超えて『壊れて(記憶を失って)』しまったのは、全くの想定外でしたが」


 あまりの言い草に、私は開いた口が塞がらない。


(じゃあ、本当に復讐は終わったんだ……。でも、じゃあ、なんで私を連れ出したの!? 壊れた(と思ってる)相手を、こんなところまで!)


 私の混乱など意に介さず、マリエルは(復讐が終わったはずなのに)なぜか、苛立ちを隠せない様子で懐を探った。

 そして、あの革袋――私たちの全財産――を、テーブルに叩きつけた。


 バンッ!!


 乾いた、暴力的な音が部屋に響き、私の肩がびくりと跳ねる。


「いい加減、ご理解いただけませんか!」


 マリエルが、低い、怒気を孕んだ声で私を睨みつけた。


「問題は、あなたの記憶・・でも、私の復讐・・でもありません! そんなものは、もうどうでもいいのです!」


 彼女は、テーブル越しに、私に顔をぐいと近づけた。

 ランプの光に青い瞳が揺れ、その瞳には、初めて「怒り」と「焦燥」という生々しい感情が浮かび上がっていた。


「問題は!!」


㠀マリエルは、絞り出すように絶叫した。


公爵家ヴェルデけから私の実家(ブライトン家)に、これまで送金されていた『口止め料』――すなわち、あなたのロザリーの『養育費・・・・・』が!!」


「あなたの勘当によって、今この瞬間にも途絶えようとしている(・・・・・・・・・・)ことです!!」

お読みいただきありがとうございます。


復讐よりも重いもの。それは「生活費カネ」です。 「口止め料」=「隠し子の養育費」。 この図式が崩れた今、マリエルさんの実家への送金がストップしてしまいます。


殺されなかった理由は「情け」ではなく「ATM(養育費の発生源)としての役割」でした。 なんて現金な……いや、現実的な理由でしょう。


次回、『利害共同体パートナーの誕生』。 お金がないなら、稼ぐしかありません。 二人の間に、奇妙な協力関係が結ばれます。


「マリエルさん逞しい!」「カネは大事!」と共感していただけたら、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!

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