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第10話:利害共同体(パートナー)の誕生

「口止め料」という名の「養育費」が止まる。 それは即ち、隠しロザリーの生活基盤の崩壊を意味していました。


マリエルが突きつける解決策は、あまりにシンプルで、残酷な「正論」でした。

「――今この瞬間にも途絶えようとしている(・・・・・・・・・・)ことです!!」


 マリエルの切羽詰まったような叫び声が、安宿の狭い部屋に響き渡る。


 養育費。口止め料。


 怒りと焦燥に満ちたその単語の羅列――特に「養育費」という、前世(佐藤葵)の記憶に生々しく刻み込まれた「カネ」に直結する言葉に、私は完全に思考を停止させられていた。


(養育費……? 口止め料……? え、どういうこと? 復讐の話じゃなくて、いきなり『生活費』の話になった!?)


 混乱する頭で、私は一つの可能性――最悪の可能性――にたどり着き、震える声で尋ねた。


「待って、マリエルさん。養育費って……まさか、ロザリアの両親……公爵家は、隠し子の存在を知ってたの?」


 もし知っていたなら?


(なんであの断罪の場で、誰もそのことを言わなかったの? 「淫乱」とは罵ったけど、最大の爆弾である「隠し子」には触れなかった。矛盾してない?)


 私の(おそらくは見当違いな)質問に、マリエルは「はぁ……」と、心底面倒くさそうな、深いため息をついた。


「……だから、あなたは『壊れて』いて話が通じない」


 彼女は、こめかみをトントンと指で叩きながら、苛立ちを抑えるように説明を始めた。


「いいですか、よく聞いてください。公爵家がご存じなわけないでしょう。もし知っていたら、あなたは15歳で出産した(・・・・・)、その時点で、とっくに『処理』されていました」


 ヒッ、と喉が引き攣る。

 ヴァルカンミランダの、あの冷酷な顔が脳裏に浮かんだ。


(間違いない。絶対に「処理」されてた。不良債権どころじゃない、即時償却されてた……!)


「あれは、あくまで『お嬢様の数々の悪行(わたしへのDVや、他の貴族へのスキャンダル)を、ブライトン家(私の実家)が外部に漏らさない』ための、純粋な『口止め料』です」


「くち、どめりょう……」


(あ、前世しゃちくでも聞いたことある! コンプライアンス違反のもみ消し費用!)


「『遠縁の親戚(ブライトン家)への資金援助』という、当たり障りのない名目で、公爵家から私の実家に、毎月多額の金貨が送金されていました」


 マリエルは、淡々とカラクリを解き明かしていく。


「……私は、そのお金を『ロザリーの養育費』として、実家に渡していたのです」


 その瞬間。

 私の頭の中で、バラバラだったパズルが、最悪の形で組み上がった。


(口止め料という名の、養育費……)

(でも、ロザリアは勘当された)

(公爵家にとって、もう『口止め』する必要のある『ロザリア』は、存在しない)

(勘当された人間の過去のスキャンダルなんて、公爵家はもう握り潰す必要がない。『あんな女は家の者ではない』と切り捨てたんだから)


(つまり……『契約』が、一方的に破棄された!)

(だから、『口止め料』という名の『定期収入』が、今月で打ち切られる――!!)


 血の気が、急速に引いていく。

 それは、貴族のプライドとか復讐とか、そういう高尚なものではない。

 前世で、ボーナスカットを宣告された時のような、もっと直接的で、絶望的な「カネ」の恐怖だった。


 私が顔面蒼白になっているのを、マリエルは冷ややかに見下ろしていた。


「ご理解いただけましたか。ブライトン家は、公爵家からの『援助』がなければ立ち行かないほどの、しがない田舎貴族です」


 彼女は、冷徹な現実を突きつける。


「ましてや、公爵家(元)の血を引く子供ロザリーを、無償で養い続けられる余裕など、私たちの実家にはありません」


「じゃあ……」


 私の口から、掠れた声が漏れた。


「じゃあ、ロザリーは……ロザリアが産んだ子は、どうなるの……?」


(まさか、カネがないから……養えないから……『処理』……? いやいやいや! それだけはダメだろ!)


 そこで初めて、私は、あの「隠し子」を、遠い他人事ではなく、自分(の体)が産んだ「自分の子」なのだと、強く意識していた。


 マリエルは、宿の汚れた窓から、暗い外を見つめていた。

 その横顔は、もう復讐者のそれではなかった。

 怒りも焦りもない。ただ、冷徹な「現実主義者」の顔に戻っていた。


「だから、実家で当事者(養育していた私の両親、そしてロザリーの本当の母親であるあなた)を集め、今後の処遇を、現実的に話し合う必要があるのです」


「私に……どうしろと……」


「当たり前でしょう?」


 マリエルは、ゆっくりと私を振り返った。

 その青い瞳が、私をまっすぐに射抜く。


母親あなたが育てるのが、・・ですから」


(――は!?)


(ムリムリムリ! 無理ゲーすぎる! 私、無一文だぞ!? 換金したカネだって、このマリエルが握ってる! スキルなし! 記憶なし! あるのは『元・悪役令嬢』の悪評と、借金(元・私の悪行)だけ!)


(どうやって稼ぐんだよ! 前世の社畜スキル、この中世ヨーロッパ風世界で役に立つの!? 育児しながら!?)


 私は、自分が「ロザリア」の罪だけでなく、その「子」という、何よりも重い「養育費」という現実リアルから逃れられないのだと、今度こそ直面させられた。

お読みいただきありがとうございます。


母親あなたが育てるのが、筋ですから」 ぐうの音も出ない正論です。 復讐相手だろうが何だろうが、金がないなら働いて責任を取れ。マリエルさんのスタンスは一貫してドライです。


ここに、奇妙な「利害共同体パートナー」が結成されました。 友情も信頼もありませんが、「生きるため」という最強の動機で繋がっています。


次回、いよいよ過酷な旅を経て、マリエルの実家へ。 そこで待っているのは、噂の「隠し子」と、厳しい現実(両親の反応)です。


「このドライな関係性が好き!」「頑張れ主人公!」と思っていただけたら、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!

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