第48話(最終話):『責任、とってもらいますよ』
ついに最終回です。 ロジックも、プライドも、言い訳も。 全てを捨てた元・社畜が、人生で初めて「心」でぶつかります。
凸凹な二人がたどり着いた、ひとつの答え。 どうぞ、最後まで見届けてください。
ガシャァン!!
私の中で、張り詰めていた何かが、完全に砕け散る音がした。
「なぜ、あなたはいつも……っ!」
マリエルの、涙の叫び。
「邪魔」
「台無し」
ダメだ。ロジック(思考)が、回らない。
私を(佐藤 葵を)支えていたはずの、あの強固だった「社畜ロジック(よろい)」が、マリエルのたった一粒の「涙」によって、まるで鉄を貫く酸のように、貫かれ、崩壊していく。
「あ……」
「……ぁ……」
(違う)
(違う、私は、ただ……)
(プロジェクト、は?)
(監査、は?)
(タスク(ロザリー)、は?)
(リスク回避、は?)
散り散りになった「単語」が、頭の中を意味もなくぐるぐる回る。
どれも、もう、意味をなさない。
なぜ?
なぜ、私は、あんな「監査レポート(ゴミ)」まで作って、あの男を追い返した?
「契約終了(解雇)リスク」?
「ロザリー(タスク)との分離」?
(……ああ)
違う。
全部、嘘だ。
ロジック(理屈)で塗り固めた、私の言い訳、全部が、嘘だ。
私は、ただ。
ただ、嫌だったのだ。
マリエル(・・・・・)が、知らない男に微笑みかけるのが。
マリエル(・・・・・)が、私とロザリー(・・・)ではない「誰か」と、幸せ(・・)になるのが。
この三人の、歪で、けれど確かに存在した「日常」が、終わってしまうのが。
(ただ、一緒に、いたかった)
それは、「ロジック」でも「レポート」でもない。
説明不能な、あまりにも人間的な、ただの「感情」。
私(佐藤 葵)が、この世界に来て、初めて自覚した、「バグ(こころ)」。
私の「暴走」が、またしても、マリエルの人生を、台無しにした――
「――ごめんなさい」
気づいた時、私は、動いていた。
ロジック(思考)ではなく、本能が。
ドサリ、と。
私は、応接室の冷たい床に、両膝をついていた。
マリエルのお父上とお母上が息を呑むのが、遠くに聞こえる。
私は、そのまま、床に、額をこすりつけた。
前世でも、したことがない。
完璧な「土下座」。
「ごめんなさい……っ」
レポート(言い訳)は、ない。
ロジック(弁明)も、ない。
監査も、タスク(・・)も、もう、全部消し飛んだ。
ただの「佐藤 葵」として、
「ロザリア・ヴェルデ」として、
一人の「人間」としての、人生で初めての、謝罪。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
「……」
静寂。
私が、床に頭をつけたまま、みっともなく「ごめんなさい」と繰り返す音だけが、響く。
マリエルは、激しい怒りで私を睨みつけたまま、固まっていた。
彼女は、きっと、私の「次のロジック(言い訳)」を待っていたはずだ。
「これはリスク回避だ」と、またあの「監査役」の顔で、私が正当化するのを。
だというのに。
目の前にいるのは、プライドも、ロジック(論理)も、全て(・・)をかなぐり捨て、床に額をこすりつけて泣きじゃくる、ただの「壊れた女」だった。
「……はぁ」
マリエルの口から、怒り(・・)ではない、何か(・・)がこぼれ落ちた。
それは、怒りを通り越した、深い、ふかーい「呆れ(あきれ)」の息。
彼女の、あまりにも強すぎた「怒り(エネルギー)」が、私の「完璧すぎる降伏(土下座)」によって、行き場を失い、霧のように消えていく。
「……本当に、あなたは……」
マリエルは、涙で濡れた目を乱暴にこすりながら、今にも倒れそうな私を、見下ろしていた。
その顔は、怒りよりも、むしろ「(どうしようもないモノ(・・・・・・)を見てしまった)」という、強烈な「疲労」と「諦観」に満ちていた。
【エピローグ】
あの日(監査強行事件)から、数日。
ブライトン家には、重苦しく、ひどく気まずい空気が流れていた。
(マリエルのお父上とお母上には、後で私が(再び)土下座外交でなんとか「謝罪(和解)」した)
居間で、ロザリーが、私とマリエルの「間」で、ただ一人、ご機嫌に積み木を積んでいる。
この無邪気な「緩衝材」がいなければ、私とマリエルは、一言も口を利けなかったかもしれない。
「……あの」
沈黙を破ったのは、私だった。
マリエルは、視線を合わせないまま、ロザリーの柔らかい髪を指で梳いている。
私は、意を決して(またしても徹夜で作成した)、一枚の羊皮紙を取り出した。
「マリエル。この度の『多大なる損害(トーマス氏逃亡)』に関する、『補償プラン(改訂版)』についてですが――」
「――もう、結構です」
ピシャリ、と。
私の(またしても始まった)「業務報告」を、マリエルが遮った。
ビクッ、と私の肩が跳ねる。
(リジェクト(却下)……!?)
マリエルは、ロザリーの髪を撫でる手を止め、ゆっくりと、私を見た。
その瞳には、もう怒り(・・)はない。
だが、あの日の「呆れ」と、そして、見たことのない、悪戯っぽい「何か」が宿っていた。
「……そういう『報告書』は、もう、結構です」
「で、ですが、補償が……」
「いいんです」
マリエルは、ふ、と息を吐く。
そして、私の目を、まっすぐに見据えて、言った。
「……ただ」
「はい」
「もし、このまま私が、本当に(・・)嫁に行けなかったら」
「……」
「責任、とってもらいますよ?」
「……え?」
(責任……?)
(責任、とは、どの範囲の、どのようなタスク(・・)を……? 補償の具体的なKPIは……?)
私の脳内(CPU)が、彼女の「要求」を解析できずに、フリーズする。
そんな、まったく「ロジック(分かって)ない」顔の私を見て、マリエルは、ついに、小さく噴き出した。
(完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「責任、とってもらいますよ」 マリエルさんのこの一言に、全てが詰まっていました。 主人公は「範囲は?」と混乱していますが、それはもう「一生」という契約に他なりません。
復讐者とターゲット。 社畜と元メイド。 監査役と被監査人。 様々な形を経て、二人は「家族」になりました。ロザリーちゃんという最強のカスガイと共に。
これにて、第一部「社畜、悪役令嬢に転生す」完結です!
ここまでの物語を楽しんでいただけましたら、 【広告の下】にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、作者としてこれ以上の喜びはありません! (※皆様の応援が、続編や番外編へのエネルギーになります!)
本当に、お付き合いありがとうございました!




