第47話:崩壊『あなたは、どこまで私の人生を』
トーマス氏は逃げ出し、縁談は白紙に。 「リスク回避完了」。 そう安堵した主人公に、マリエルからの冷たい、そして激情に満ちた言葉が突き刺さります。
トーマス氏が、嵐のように逃げ去った応接室には、痛々しいほどの静寂が訪れた。まるで、部屋中の空気が一瞬で抜き取られたかのようだ。
「あ……」
「……ああ……」
マリエルのお父上とお母上が、その場にへなへなと座り込む。全ての希望が消え去った絶望(プロジェクト失敗)が、その背中に重くのしかかっている。
私は、その凍り付いた空気の中で、ただ一人、手に持った『チェックシート(監査レポート)』を見つめていた。
(……ダメだ。やはり、あの程度では、リスク管理能力が低すぎる)
私は、レポートの最後に、震える手で(徹夜明けの疲労と、異様な高揚感で)大きく書き込んだ。
『監査結果:不適格』
そして、ペン(タスク)を置くと、深く、ふかーく息を吐き出した。
「(ふぅ……)」
私は、安堵していた。
心の底から。
よかった。これでいい。
「……監査結果、不適格。『引き継ぎ(結婚)』案件は、ペンディング(保留)とします」
私は、自分に言い聞かせるように、そして、その場にいる全員(関係者)に「議事録」を共有するように、呟いた。
「これで、『リスク(ロザリーとの分離)』は、回避できた……」
その、場違いなほどの安堵の呟き(・・・・・)が、引き金だった。
「――……ふざけないでください」
氷のように冷たい、しかし、マグマのような怒り(エラー)に震える声が、私の「完了報告」を遮った。
声の主は、マリエルだった。
彼女は、先ほどまで青ざめていた顔を、今は怒りで赤く染めていた。
その透き通るような青い瞳が、私を――かつて自分を虐げた主人と、今自分の幸福を破壊した「化け物(社畜)」を、憎悪を込めて同時に睨みつけていた。
「ふざけないでくださいッ!!」
ドン!と、彼女がテーブルを叩く。
ビクリ、と私の肩が跳ねた。(※クライアントからの、予期せぬ物理的抗議(ドン!))
「あなたは……!」
マリエルは、わなわなと震えながら、叫んだ。
「あなたは、どこまで私の人生を台無しにすれば気が済むんですか!!」
「(え……?)」
(台無し……? 私は、リスクを回避したはずでは……? 適性評価の結果、不適格と判断しただけで……)
私のロジック(思考)が、彼女の感情を理解できない。
そんな私の混乱を、マリエルの叫びが、容赦なく打ち砕いていく。
「愛人をDVし! 私の婚活を妨害し! 追放されてもまだ足りないのですか!」
(ちが……それは、私じゃなくて、ロザリア(元)の)
「やっと! やっと、借金もなくなって! ロザリー(タスク)の将来も安心できて!」
「せっかく! せっかく今度こそ、私も、普通の幸せを掴めると思ったのに……!」
「なぜ!!」
マリエルさんの瞳から、ついに堪えきれなかった涙が、大粒でこぼれ落ちた。それは悔しさか、絶望か、あるいはその両方か。
「なぜ、あなたはいつも……! いつも、私の邪魔ばかりするんですか……っ!」
(邪魔……?)
(違う、私は、邪魔じゃなくて、監査を……)
(ロザリー(タスク)との分離を、回避するために……)
(最適解を……)
マリエルの、涙。
マリエルの、叫び。
「邪魔」。
「台無し」。
「普通の幸せ」。
ロジック(論理)では説明できない、生身の「感情」の奔流が、私の頭(CPU)に、許容量を超えて流れ込んでくる。
(違う)
(違う)
(私は、マリエルのために)
(ロザリーのために)
(プロジェクト(みんな)のために)
(正しい「監査」を――)
ガシャァン!!
私の中で、何かが、決定的に壊れる音がした。
私を支えていた、強固だったはずの「社畜ロジック(よろい)」が、マリエルの涙という、たった一つの非論理的な「現実」によって、貫かれ、破壊されていく。
「あ……」
「……ぁ……」
(私、は……)
(私、は……なにを、した……?)
私は、自分が握りしめていた「監査レポート(チェックシート)」が、いつの間にか、何の価値もない、ただインクが滲んだ「ゴミ(かみくず)」に変わっていくのを、ただ、呆然と見つめることしかできなかった。
お読みいただきありがとうございます。
「ふざけないでください」 その一言で、社畜の鎧が砕け散りました。 「普通」の幸せを求めたマリエルさん。それを「リスク」と断じて踏みにじった主人公。 かつてのロザリア(元)と同じことを、「論理」という皮を被って繰り返してしまったのです。
握りしめていた「監査レポート」。 あんなに必死で作った書類が、ただのインクの染み(ゴミ)に見える瞬間。 主人公はようやく、自分の行動が「管理」ではなく、ただの「傲慢」だったことに気づきました。
次回、最終回『『責任、とってもらいますよ』』。 ロジックもプライドも捨てた主人公が、最後に取る行動とは。 そして、マリエルが出す答えとは。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。 この結末を、ぜひ見届けてください!




