第44話:インシデント発生『ロザリー(最重要タスク)の引き継ぎ問題』
順調な婚活プロジェクトの裏で、緊急事態が発生します。 3歳児の体調急変。 それは、社畜の優先順位を一瞬で書き換えるほどの重大事でした。
徹夜の看病の果てに、主人公はある「致命的なリスク」に気づいてしまいます。
数日後、インシデントは、何の前触れもなく唐突に発生した。
季節の変わり目。ほんのわずかな気温の変化が、3歳児の脆弱なシステム(体調)を容赦なく直撃した。
「……うぅ、あつい……いやぁ……」
夜。ロザリーが、苦し気にぐずりながらうなされている。
触れた肌は、燃えるように熱い。
マリエルの顔から、いつもの冷静な「監査役」の仮面が剥がれ落ち、ただ怯える「母親」の顔になっていた。
私は、自分の額とロザリーの額を触り比べ、即座に「タスクの優先度」を切り替えた。
(クライアント(ロザリー)のコンディション、著しく低下。QOL(生活の質)の維持を最優先する!)
「マリエル、冷静に。あなたは冷たい濡れタオル(冷却材)の準備を。私は『経口補水液』を作成します」
「けいこう……?」
「(前世の知識だ)水に、少量の塩と砂糖を。脱水症状が一番危険です」
その夜は、まさに「戦場」だった。
熱で苦しいのか、意識が朦朧としているのか、ロザリーは「マーマじゃない、あーちゃんがいい」「あーちゃんいや、マーマがいい」と、理不尽極まりない「仕様変更」を繰り返す。
マリエルが熱い体を拭き、私が「補水液」をスプーンで根気よく、一滴ずつ口に運ぶ。
マリエルがロザリーを抱きしめ、私が背中をさする。
二人で、徹夜の看病を続けた。
不思議なことに、私(佐藤 葵)は「疲労」をまったく感じなかった。
前世で散々やらされた、あの「意味のない(・・・・・)、誰も幸せにならないデスマーチ(残業)」とは、まるで違う。
そこには、「クライアント(ロザリー)の生命を守る」という、明確すぎる「目的」があった。
そして、その過酷なタスクを共有する「パートナー(マリエル)」が、すぐ隣にいた。
奇妙な、としか言いようのない「充実感」が、そこにはあった。
◇
東の空が、インクを水で薄めたように白み始める頃。
ロザリーの荒い息遣いが、ようやく穏やかな寝息に変わった。
私がそっと額に触れると、あんなに熱かった体温が、確かに下がっている。
(……ミッション、完了か)
ロザリーは、看病のためにベッドに同席していた私の腕の中で、もぞもぞと身じろぎした。
そして、寝言のように、呟いた。
「……あーちゃん……」
すぅ、すぅ、と。
安心しきった、穏やかな寝息。
その、か細くも確かな「生命」の重みを腕に感じた、その瞬間。
(……ああ)
自分でも驚くほど、強烈な「安堵」が、私の全身を包み込んだ。
安堵。
そして、それだけではない、何か(・・・)。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたような、説明不能な「感情」。
私は、その徹夜明けの、妙にハイになった頭で、ロザリーの寝顔を見つめた。
昨日、私が導き出した「懸念(解雇リスク)」と、今しがた感じたこの強烈な「安堵(感情)」。
その二つが、私の脳内(CPU)で、最悪の形で結びついて(・・・・・)しまった。
(……待て)
私の思考が、けたたましく警鐘を鳴らす。
(マリエルが結婚(プロジェクト完了)したら、私の“契約”はどうなる?)
(私は“お荷物(元・加害者)”だ。婚家(トーマス家)についていく? それは“先方”への著しい不利益だ。あの男が、ロザリーの母親の「元・主人(DV加害者)」との同居を許容するはずがない)
(かといって)
私の視線が、腕の中のロザリー(・・・・)に落ちる。
(ロザリーは? ロザリーは“最重要事項”だ)
(私が、引き取る? 私が、母親として?)
(いや、ダメだ)
(ロザリーは、マリエルに懐いている。私は二番手だ。私が彼女から引き離すのは、“クライアント(ロザリー)の意向”に、明確に反する!)
ザアアアアア―――ッ。
私の顔から、血の気が引いていく。
徹夜明けの疲労か、それとも。
(まずい)
(まずい。ロジックがパンクする)
(マリエルの結婚(プロジェクト完了) = ロザリー(最重要タスク)との、分離(契約終了)……?)
(それは)
(それは、ダメだ)
(絶対に、ダメだ――!)
(最適解はどこだ!?)
(この、最悪の「リスク(未来)」を回避する、最適解は――どこだ!?)
お読みいただきありがとうございます。
「ロザリー(最重要タスク)との分離(契約終了)……?」 徹夜明けの脳内で、とんでもないロジックが組み上がりました。
マリエルが結婚する ⇒ 私は用済み(元加害者なので同居不可) ⇒ ロザリーとも会えなくなる! 普通の思考なら「じゃあ寂しいね」で終わるところですが、元社畜は違います。 「絶対にダメだ! 最適解を探せ!」と、全力で抵抗(エラー処理)を開始しました。
この思考の飛躍こそが、次回の悲劇(喜劇?)の引き金となります。 ロザリーの寝顔に癒やされた直後に、目がバキバキに決まっていく主人公。
次回、『暴走ロジック『最終監査』の策定』。 徹夜明けのハイなテンションで、とんでもない「書類」を作成します。
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