第45話:暴走ロジック『最終監査(デューデリジェンス)』の策定
徹夜明けの脳に、天啓(という名のバグ)が降ります。 「マリエルの結婚」=「案件の引き継ぎ」。
ならば、前任者(PM)としてやるべきことは一つです。 社畜の義務感が、最悪の形で暴発します。
徹夜が明けた。
腕の中のロザリー(最重要タスク)は、穏やかな寝息を立てている。その温もりだけが、現実だった。
私(佐藤 葵)の脳内(CPU)は、昨夜のロジック(思考)のパンク(・・)を経て、異常な静寂と高揚に包まれていた。疲労の底が抜け、思考だけがガラスのように冷たく、恐ろしいほどクリアだった。
(ダメだ)
その結論だけが、耳鳴りのように繰り返される。
(マリエルの結婚(プロジェクト完了) = ロザリー(タスク)との分離(契約終了))
(この最悪の「リスク(未来)」だけは、絶対に回避しなければならない)
(最適解はどこだ?)
(最適解は……)
私は、ロザリーの寝顔を見つめたまま、思考を続けた。
マリエル(パートナー)は、「トーマス氏」との結婚を望んでいる。私には、それを「妨害」する権利はない。
……本当に?
(……待て)
(いや)
(……ある(・・))
ピシャリ、と。
まるで回路が焼き切れて、異常な形で繋ぎ直されたかのように、暴走した思考に、一つの「解」が閃光のように導き出された。
(そうだ……!)
高揚感が、冷たい水のように背筋を駆け上る。
(私は、この『マリエル・ブライトン 人生補償プロジェクト』の、現プロジェクトマネージャー(PM)だ)
(そして、マリエル(パートナー)とロザリー(クライアント)は、私が管理する、何よりも重要な『案件』だ)
(その『重要案件』を、次の担当者(トーマス氏)に『引き継ぐ(・・・・・)』)
(……そうだ。『引き継ぎ』だ!)
前世で骨の髄まで叩き込まれた常識が、まるで啓示のように頭蓋に響き渡る。
『重要案件の引き継ぎの際は、引き継ぎ先の“適性”を評価し、リスク(問題)がないことを確認するのは、前任者(PM)として当然の“義務”である』!
(これだ……!)
私の思考は、夜明けの光の中で、恐ろしいほどクリア(狂気)になった。
私は、マリエルの結婚を「妨害」したいのではない。
私は、彼女の未来のために、PMとして、純粋な『デューデリジェンス(適性評価監査)』を行う“義務”があるのだ!
(そうだ。そうに違いない)
私は、徹夜明けのハイな頭のまま、そっとロザリーをマリエルの隣に寝かせ、亡霊のようにフラフラとインク(タスク)と羊皮紙(レポート用紙)の前に座った。
(もし、万が一、万が一だ)
インクにペン先を浸しながら、心臓が冷たく、しかし規則正しく脈打つ。
(監査の結果、相手(トーマス氏)が“不適格(リスク大)”と判断されれば)
(この『引き継ぎ(結婚)』案件は、『ペンディング(保留)』となる)
(……いや、違う。これはマリエル(クライアント)の幸福(利益)を最大化するための、純粋な“リスク監査”だ)
私の手は、熱に浮かされたように、恐るべき速度(社畜スキル)で動き始めた。
『お見合い相手(次期引継先) 適性評価チェックシート』
1.財務状況の健全性
2.コンプライアンス(法令遵守)意識(※DV(暴力)リスクの有無)
3.当方へのコミットメント(関与計画)
4.(最重要)付帯案件へのリソース(養育費・時間)配分計画
5.
6.……
◇
そして、数日後。
マリエルと、トーマス氏の「お見合い(ファーストコンタクト)」当日。
ブライトン家の応接室は、私がこの家に来てから感じたことのないほど、穏やかで「まともな」和やかな(・・・・)空気に包まれていた。
マリエルのお父上とお母上の、安堵に満ちた顔。
そして、マリエルの、緊張しつつも、どこか晴れやかな横顔。
向かいに座るトーマス氏は、釣書通りの「堅実」を絵に描いたような、人の良さそうな青年だった。
「これはご丁寧に……。マリエルさん、お手紙の通り、素敵な方だ」
「いえ、トーマス様こそ……」
和やかに、談笑が進む。
ロザリーは(この場には危険すぎるため)お母様が庭で遊ばせている。
その、全てが順調に進もうとしていた、その時だった。
バァン!!
応接室の扉が、何のノック(アポ)もなしに、まるで爆発したかのように勢いよく開け放たれた。
「「「!?」」」
全員の視線が、扉に突き刺さる。
そこに立っていたのは、私――ロザリア・ヴェルデ。
徹夜(看病)と徹夜(チェックシート作成)の疲労が重なり、顔は死人のように青白く、目の下には隈がどす黒く浮かび上がっている。
だが、その金色の瞳だけが(狂気的な使命感によって)異様にギラついていた。
その手には、数枚にわたる羊皮紙の束が、まるで凶器のように握りしめられていた。
唖然とするマリエルとトーマス氏、そしてブライトン夫妻を、私は(焦点の合わない目で)見据えた。
そして、頬を引きつらせ、完璧な「社畜スマイル(虚無)」を浮かべて、宣言した。
「――失礼」
「その縁談、私が『監査』させていただきます」
お読みいただきありがとうございます。
「その縁談、私が『監査』させていただきます」 ……言っちゃいました。 和やかなお見合いの席に、目の隈も凄まじい亡霊(主人公)が乱入。 手には凶器。完全にホラーです。
「引き継ぎ」という言葉の便利さと恐ろしさ。 主人公の中では筋が通っているのが一番タチが悪いです。 相手のトーマス氏、逃げて……!
次回、『尋問『マリエル・ブライトン 人生補償プロジェクト』』。 戦慄の圧迫面接が始まります。 彼に、この激重な「案件」を受け取る覚悟はあるのか。
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