第43話:『婚活プロジェクト』の進捗(しんちょう)と『傍観者(PM)』のバグ
財政が安定し、ブライトン家は「優良物件」として再評価され始めました。 それに伴い、マリエルさんの婚活プロジェクトも順調にフェーズが進みます。
本来ならPMとして喜ぶべき進捗ですが、私のシステム(心)に謎のエラーが発生します
私とマリエルが王都との「交渉」を成立させたという事実は、「ブライトン家の財政健全化」という『結果』以上のものを、この家にもたらしていた。
空気が、変わったのだ。
「おお、ロザリア様! また縁談の話が!」
数日後、マリエルのお父上(ブライトン氏)が、数枚の羊皮紙(釣書)を手に、まるで若返ったかのように嬉々として居間に飛び込んできた。
以前は「(借金まみれの家に)貰い手など……」と、家の隅の埃を数えるような目をして卑屈になっていたのが、嘘のようだ。財政が改善し、王宮との「販路」まで確保した今、ブライトン家は「将来性のある投資先」として、近隣の貴族から再評価され始めていた。
「まあ、お父様。大げさですわ」
そして、マリエルさん自身の変化が、何よりも大きかった。
彼女は、かつてのように「(どうせ私なんて)」と影を落とすことなく、その釣書を冷静に受け取った。
まるで、王都の宿屋でユーリスと渡り合った時のように、自信に満ちた「監査役」の目で、彼女は自分の「未来」を吟味している。
私は、その一連のプロセス(ながれ)を、少し離れた場所から「プロジェクトマネージャー(PM)」として、静かに“傍観”していた。
(よし。プロジェクト『マリエル・ブライトン 人生補償』、本筋である『婚活支援』フェーズが、ようやく軌道に乗った)
「……この方、トーマス様」
マリエルの指が、一枚の釣書で止まった。
「隣の領地の次男……。実家は農地の改良に熱心で、堅実な方らしいわ」
(ふむ)
私は、脳内で即座に『リスク監査』を開始する。
案件A:トーマス氏。
スペック:堅実(OK)。次男(OK。家督争い(リスク)は低い)。
マリエルさん(当事者)の反応(感触):良好。
(……順調な進捗だ。問題なし)
PMは、満足して頷いた。
◇
その数日後から、マリエルさんは、その「トーマス」という男と手紙(業務連絡)のやり取りを始めた。
私は、相変わらずロザリー(最重要クライアント)の「5S活動(お片付け)」に完敗しつつ、ブライトン家の『中長期資産運用計画書』の策定に没頭していた。
平和だった。
そう、あの日までは。
ある日の午後。
私は、帳簿の数字の羅列から顔を上げた。
ふと、庭先に目をやると、マリエルが一通の手紙を読みながら、そこに立っていた。
午後の、柔らかい日差しが彼女の髪を縁取っている。
(トーマス氏からの、進捗報告(返信)か)
マリエルさんは、手紙から顔を上げた。
そして、ふと(・・)、嬉しそうに(・・・・・・)、微笑んだ(・・・)。
それは、ロザリーに向ける「母親」の、慈愛に満ちた笑顔ではなかった。
私(葵)に向ける「パートナー(監査役)」の、あの諦観を含んだ苦笑いでもない。
私が、この世界に来てから、一度も見たことのない――
穏やかで、少し恥じらうような、熱を帯びた、「女」の顔をした微笑みだった。
その瞬間。
(――……ッ!?)
私の胸に、強烈なエラー(ノイズ)が走った。
視界に砂嵐が走ったかのような、不快な衝撃。
思考が、一瞬停止する。
(……チッ)
私は、訳の分からない衝動に、舌打ちしそうになるのを必死でこらえた。
奥歯を、強く噛み締める。
(……なぜだ?)
(なぜ、今、舌打ちが?)
(プロジェクト『婚活支援』は、順調なはずだ)
(マリエルの幸福(タスク完了)は、私の目標だったはずだ)
(なぜ、こんなに胸がザワつく……!? この不快なアラートは、何だ!?)
説明不能な「バグ(感情)」が、私のロジック(思考)を汚染する。
ダメだ。落ち着け、私(佐藤 葵)。
社畜は、この「バグ」の正体を、冷静に(ロジカルに)自己分析しなければならない。
……
…………
(……分かった)
数分間の強制的な思考の末、私は結論にたどり着いた。
(これは、感傷ではない。合理的な懸念だ)
そうだ。
私は、このプロジェクトが「完了」した後の、私自身の「処遇」を懸念しているのだ。
(プロジェクトが完了(マリエル結婚)すれば、私(葵)とブライトン家の『業務委託契約』は終了する)
(私は、また“居場所”を失う)
(そうだ。このザワつきは、マリエルのあの笑顔に対してではない。私自身の『契約終了(解雇)』リスクへの、真っ当な懸念だ)
私は、大きく息を吐いた。
(……問題ない。ロジック(正常)だ)
胸の不快感に、無理やり「解雇不安」というラベルを貼り付ける。
原因が特定できれば、あとは対策を立てるだけだ。
私は、この「新たなリスク(契約終了)」に対し、どう立ち向かうべきか、思考を切り替えた。
お読みいただきありがとうございます。
「女の顔をした微笑み」。 マリエルさんが手紙の相手(トーマス氏)に見せたその笑顔に、主人公の思考回路がショートしました。 胸のザワつき、不快なノイズ。 普通なら「嫉妬」や「寂しさ」と呼ぶ感情ですが、社畜脳はこれを「契約終了(解雇)への恐怖」だと断定しました。
「マリエルが結婚したら、私は用済み(クビ)だ」 ……まあ、論理的には間違っていないのですが、感情の正体からは全力で目を逸らしていますね。 この誤診が、後の暴走(監査)の引き金となります。
次回、『インシデント発生『ロザリー(最重要タスク)の引き継ぎ問題』』。 そんなモヤモヤを抱えたまま、突如としてロザリーが体調を崩します。 そこで主人公は、ある致命的なリスクに気づいてしまいます。
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