第41話:『プロジェクト完了』報告と、日常(タスク)への回帰
王都での激務(恐喝)を終え、ブライトン家へ帰還しました。 まずは両親への成果報告です。
興奮のあまり「社畜用語」が飛び交いますが、マリエルさんの翻訳スキルが光ります。
王都での「交渉」から20日後。
私たちは、無事にブライトン家へと帰還した。
ロザリーへの「インセンティブ(お土産)」であるドライフルーツの砂糖漬けを荷物の奥にしまい込み、まずはマリエルさんのお父上――ブライトン氏の待つ応接室(という名の居間)へと向かう。
「……ただいま戻りました」
「おお、戻られたか! ご苦労だった、ロザリア様、マリエル」
出迎えたブライトン氏の顔には、この数日間の心労が深い皺となって刻まれている。
(無理もない。家の財政(プロジェクト予算)どころか、一家の存続そのものがかかった交渉だった)
私は、前世のクライアント(役員クラス)への最終プレゼン報告とまったく同じように、完璧な「社畜スマイル」を顔に貼り付けた。
「ブライトン様。ご報告いたします」
「う、うむ」
息を呑む音が聞こえる。
「『王宮御用達商人』への販路確保、および『試験的農法導入』名目での税制優遇措置――先方(王宮)より、正式に認可されました」
「……」
「……」
「……はい?」
何を言われたのか分からない、という顔で、ブライトン氏と、隣にいたお母様が固まった。
……しまった。また「社畜用語」で伝えてしまった。
すかさず、マリエルが完璧な「通訳」を入れる。その声は、安堵でわずかに震えていた。
「お父様、お母様。(意訳しますと)……家の借金、返せます。それに、王都のお金持ちに、うちの保存食が並びます」
「なっ……!」
「おお……! おおおお!」
ワンテンポ遅れて意味を理解したブライトン氏が、古い椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がった。
「ほ、本当か! ロザリア様! それは、本当に、本当のことで……!」
「はい。契約書もいただいております」
「やった……! やったぞ、マリエル!」
両親が、手を取り合って喜んでいる。それは歓喜というより、長年背負ってきた重荷からようやく解放された、嗚咽に近い声だった。
(よし。クライアント(ブライトン家)の満足度(CS)は最高値だ)
久々に味わう、大型案件完了の達成感。
悪くない。実に、悪くない。
その時だった。
「マーマ! あーちゃん!」
応接室の扉が勢いよく開き、小さな弾丸が飛び込んできた。
ロザリーだ。
「おかえりー!」
ロザリーは、喜びを全身で表現するように、まずマリエルさんに勢いよく飛びつき、次いで、私の足にも(分け隔てなく)ガシッと抱きついてきた。
「(!!)」
クライアント(3歳)からの、予期せぬ物理的接触。
しばらくぶりの、小さく、柔らかく、絶対的な信頼を込めた温かい感触に、私のロジック(思考)が一瞬フリーズする。
(ど、どう対応するのが最適解だ……? 抱き上げるか? 頭を撫でるか? しかし、馴れ合いは業務効率を低下させるリスクが……)
「あーちゃん! あーちゃん!」
見上げてくる、無邪気な笑顔。
……そうだ。タスク(やるべきこと)を忘れていた。
「(業務連絡)ロザリー。約束の『インセンティブ(お土産)』です」
私は懐から、例のドライフルーツの包みを取り出し、彼女の小さな手に握らせた。
包みを開けたロザリーが、目をきらきらと輝かせる。
「わー! あまいやつ!」
ロザリーは、さっそく一つをリスのように頬張ると、満面の笑みで私に再び抱きついてきた。
「あーちゃん、しゅき!」
「……(CS向上を、確認。良好なリレーションシップの構築だ)」
私は、ぎこちなく、その小さな背中をポン、と数回叩いた。
◇
その夜。
興奮冷めやらぬ両親と、遊び疲れて(お土産を握りしめたまま)寝てしまったロザリー。
家中が、この数ヶ月間忘れていた安堵の空気に包まれる中、私とマリエルさんは、居間で静かにお茶を飲んでいた。
王都での激務をねぎらう、打ち上げ(ラップアップミーティング)のようなものだ。
「……本当に、ありがとうございました、ロザリア様」
マリエルさんが、湯気の立つカップを見つめながら、心からの声で言った。
その横顔は、王都へ向かう前の、全てを諦めたような影が嘘のように、晴れやかだった。
「あなたの“計画”がなければ、今頃どうなっていたか……」
「(パートナーからの高評価だ。悪くない)」
「これで、家の心配も、ロザリーの将来も、本当に安心です」
「はい。当面の“予算”は確保できましたから」
私がそう答えると、マリエルは、ふぅ、と長い息を吐いた。
そして、私に向き直り、ここ数ヶ月で初めて見るような、穏やかで、嬉しそうな「笑顔」を見せた。
「――これで、心置きなく『婚活』できます」
カチャ。
私が持っていたティーカップが、ソーサーとぶつかり、乾いた音を立てた。
「……ああ」
私は、内心の微かな動揺を押し殺し、カップをソーサーに置く。
「そうでした。それが本筋でしたね」
満面の笑顔のマリエルさんに、私は、完璧な「社畜スマイル(ポーカーフェイス)」で応えた。
「承知しています」
お読みいただきありがとうございます。
「販路確保」に「認可」。 感動の再会シーンで契約書の話をする主人公。ブレません。 マリエルさんの通訳がなければ、ご両親はポカンとしていたことでしょう。
そして、最重要クライアント(ロザリー)との再会。 物理的な突撃にフリーズしましたが、インセンティブ(お菓子)で契約更新です。 「あーちゃん、しゅき!」 この一言で、これまでの苦労が全て報われました。CS(顧客満足度)は最高値です。
しかし、ラストのティータイム。 マリエルさんの「心からの笑顔」を見た瞬間、主人公のカップが音を立てました。 論理的には「成功」のはずなのに、なぜ心がざわつくのか。
次回、『育児と『5S活動(お片付け)』の攻防』。 モヤモヤを抱えたまま、日常業務(育児)に戻りますが……クライアントは容赦してくれません。
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