第39話:交渉(アメ)の提示と『監査データ』
「金の無心か?」と嘲笑うユーリス。 しかし、私がテーブルに滑らせた一枚の羊皮紙を見た瞬間、その表情が凍りつきます。
元・社畜が徹夜で仕上げた「監査レポート」。 その威力をご覧あれ。
私の「ご提案」という言葉に、ユーリス・マルカムの嘲笑が、顔に張り付いたまま凍りついた。
彼の銀縁眼鏡の奥にある冷たい灰色の瞳が、猜疑心と――そして、ほんのわずかな、厄介なものに対する好奇心で、私を射抜く。
部屋の空気が、変わった。
埃っぽい宿の一室が、張り詰めた交渉の場へと変貌する。
「憐れな元愛人(カネの無心)」から、「正体不明の“取引相手”」へと。
ユーリスは、神経質そうに指先を組むと、崩れた体勢を立て直すように、再びマウントを取るように私を値踏みした。
「……“ディール”? あなたが、私に?」
彼は、なおもこの状況が信じられないといった様子で、鼻を鳴らす。
「寝言は寝てから言うものだ。あなた方のような落ちぶれた女に、この私(王宮官僚)が欲しがる“手札”など、あるはずが――」
「失礼します」
私は、彼の“牽制(雑音)”を、何の感情も込めずに遮った。
(前置き(雑談)が長い。本題に入れ)
社畜の辞書に、「相手のプライドに配慮する」という項目はない。無駄な時間はコストだ。
私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
ブライトン家の「開かずの間」で見つけた横領の証拠を、私(佐藤 葵)が社畜スキルで『監査サマリーレポート』として完璧に仕立て上げたものだ。
それを、テーブルの中央に、滑らせる。乾いた羊皮紙が木目を擦る、わずかな音だけが響いた。
「(ブライトン家のある)辺境領の『領主代官』」
私の淡々とした声に、ユーリスの眉がピクリと動いた。
「――彼は、現在あなたの上司(財務局長)が失脚させたがっている、政敵の派閥ですね?」
ユーリスの呼吸が、止まった。
彼の視線が、嘲笑から、隠しようのない「驚愕」へと変わる。
彼はレポートを乱暴に掴み取ると、その精密な「(横領の)手口」と「(金の)流れ」、そして(私が書き加えた)「政治的リスク分析」に、目を見張った。
(なんだ、これは……?)
ユーリスの内心の動揺が、その強張った表情から透けて見える。
(この精密な分析……。あの頭の空っぽな、情欲だけが取り柄だった女が、これほどのものを? ……いや、あり得ない。まさか。横のメイド(マリエル)か!?)
彼の視線が、私と、私の後ろで気配を消して控えるマリエルさんの間を、疑わしげに激しく行き来する。
だが、彼は王宮のエリート官僚だ。
その剥き出しの動揺を、即座に冷笑の仮面の下に隠した。
「……ふん。面白い“密告状”だ」
彼は、レポートをテーブルに放り投げる。価値などないと言わんばかりの仕草で。
“揺さぶり(ローボール)”だ。わざと価値を低く見積もり、こちらの出方を探っている。
「だが、これだけでは“状況証拠”に過ぎない。こんな“ゴミ”と引き換えに、私に何をさせたい?」
“ゴミ”。
その言葉を聞いて、私は内心で(プロジェクトの)進捗を確認した。
(よし。フェーズ1、完了)
彼が「食いついた」証拠だ。
本当に価値がない(ゴミだ)と思えば、彼は交渉(こんな茶番)を即座に打ち切り、護衛(秘書官)に私たちを「処理」させているはず。
彼が「揺さぶり」に来たということは、この「アメ(情報)」に、彼が抗えないほどの「価値」があると認めたことに他ならない。
私は、表情一つ変えずに、椅子に深く座り直した。
「ご指摘通り。それ(アメ)は、あくまで“ご提案”です」
私は、テーブルの上の「ゴミ(レポート)」を、指先で軽く叩く。
「あなた様が、この“取引”に応じるべき“本当の理由”は――こちら(ムチ)になります」
空気が、さらに一度、冷えた。
私は、隣で静かに佇んでいたマリエルさんに、目配せした。
「マリエル」
「……はい」
その声は、震えていなかった。
「当方の『リスク評価報告書』の概要説明を」
お読みいただきありがとうございます。
「面白い“密告状”だ」 強がっていますが、目は泳いでいます。 ゴミ山から発掘した横領の証拠に、的確な「政治的リスク分析」まで添えられた完璧な資料。 「あの頭空っぽなロザリアが!?」という彼の動揺が手に取るように分かります。最高の「ざまぁ」ですね。
そして繰り出される「揺さぶり(ローボール)」。 価値がないフリをして買い叩こうとする交渉術ですが、歴戦の営業事務(社畜)には通じません。 「フェーズ1、完了」 主人公の脳内は完全に業務モードです。
さて、アメ(利益)は見せました。次はムチ(脅威)の時間です。 次回、『交渉成立と『悪』の継承』。 控えていたマリエルさんが、満を持して「地獄への片道切符」を提示します。
「ユーリス焦ってるw」「主人公有能すぎ!」とスカッとした方は、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!




