第34話:報・連・相(ほうれんそう)『(元)醜聞(スキャンダル)の活用について』
ターゲット(ユーリス)と、攻略法(スキャンダル×横領証拠)は決まりました。 次は、パートナーであるマリエルさんへの「報・連・相」です。
ビジネスにおいて、根回しは最重要。 完璧なプレゼン資料を用意して挑みますが……。
「完璧な業務改善提案だ」
私は「ユーリス」という“情報資産”の活用法を見出し、一人、脳内で喝采を上げた。
だが、そこで即「実行(Go)」の判断を下さないのが、今の私だ。
(危ない危ない……)
私の脳裏には、かつて『監査報告』という名の狂気のプレゼンテーションを独断で強行し、マリエル(クライアント)から「リジェクト(差し戻し)」という名の、氷のように冷ややかな視線を浴びた、あの失敗が鮮明に焼き付いている。
(「報告・連絡・相談」……)
社畜の、いや、組織人としての基本原則。
そして何より、マリエルは単なるクライアント(補償対象)ではない。
彼女は、この『マリエル・ブライトン 人生補償プロジェクト』における、唯一無二の「共同事業者」なのだ。
彼女の「承認」なくして、この財政の根幹に関わる重要案件を、私の一存で進めるわけにはいかない。
◇
その夜。
ロザリーが健やかな寝息を立て始めたのを確認し、私は居間のテーブルへと向かった。
ランプの揺れる灯りの下、マリエルが(先日私が監査した)あの絶望的な帳簿(ゴミ溜め)の整理を続けている。その背中は、ひどく小さく見えた。
「マリエル。少々、お時間をいただけますか?」
私の、いつもより幾分か改まった声色に、マリエルはペンを止め、「……はい」と顔を上げた。
その青い瞳が、また何か「突拍子もない報告書」が出てくるのではないかと、一瞬、わずかに警戒を帯びて強張ったのが分かった。
(大丈夫。今回は暴走じゃない。ちゃんとした「提案書」だ)
私は彼女の向かいに居住まいを正し、単刀直入に切り出した。
「現在進行中の『婚活支援プロジェクト』、およびロザリーの『養育環境担保』について、一つの『業務改善提案』があります」
「……また、プロジェクト、ですか」
マリエルの眉がピクリと動く。その反応は想定内だ。私は構わず続けた。
「単刀直入に申し上げます。ブライトン家の財政状況を根本から改善するための、『資金調達』の目処が立ちました」
「資金調達……? まさか、またあなたの装飾品を……」
「いいえ。あれはすでに売却済み(リソース枯渇)です。今回活用するのは……」
私は一拍置き、あくまで冷静に、事実として告げた。
「リソースは、私……いえ、ロザリア(元)の“記憶”です」
「……記憶、ですか?」
マリエルの表情が、困惑から明確な不信へと変わっていく。
私は、ロザリア(元)の記憶に生理的なドン引きをしている「佐藤葵」の常識を必死に抑え込み、あくまで「ビジネス」の体で説明を続けた。
「ロザリア(元)の記憶を監査した結果、極めて“利用価値”の高い『情報資産』を発見しました」
(……とはいえ、思い出すだけで反吐が出るような、腐りきったデータ(記憶)だが)
「対象は、王宮財務局の官僚、ユーリス・マルカム。ロザリア(元)の……元・取引先の一人です」
マリエルが、小さく息を呑む。
彼女もその名前を知っていた。ロザリア(元)が「有能な駒」として傍に置き、見下していた、あの銀縁眼鏡の男だ。
私は、ロジカルに、淡々と、この「取引」のメリットをプレゼンした。
ユーリスの「弱み(リスク)」=私との密通。これは彼のキャリアにとって致命傷であること。
ユーリスの「欲求」=彼は「領主代官の不正」を暴く手柄を欲しがっているが、“決定打”が足りていないこと。
我々の「交渉カード」=私が持つ「ゲルマン(家令)の横領の証拠」。これが、ユーリスの持つ証拠と“連結”すれば、代官を失脚させる“決定打”となること。
「……以上の点から、彼我の利害は一致します。私とのスキャンダルを“黙秘”する見返りと、代官を排除する“手柄”を提供する代わりに、我々はブライトン家への『税制優遇(合法的な利益供与)』を要求する。完璧なWin-Winの関係(取引)が構築可能です」
完璧だ。
社畜OL・佐藤葵が組み上げたロジック(企画書)としては、完璧なはずだった。
しかし。
マリエルは、私のプレゼン(提案)を聞き終えると、わなわなと唇を震わせ、その顔から急速に血の気が引いていくのを、私はただ見ているしかなかった。
「……冗談じゃ、ありません」
ランプの灯りが、真っ青になった彼女の顔に、暗い影を落とす。
それは、絞り出すような、拒絶の声だった。
「あなたの……いえ、ロザリア様の、あの“汚れた過去”を……?」
彼女は、弾かれたように立ち上がり、私を睨みつけた。
その瞳に宿っていたのは、ロジック(理屈)への反論ではない。
もっと根源的な、純粋な「嫌悪」と「恐怖」だった。
「あなたが……ロザリア様が、王都で、あの男たちと……っ」
「ま、待ってマリエル。これは過去の“清算”ではなく、未来のための」
「聞きたくありません!」
マリエルの叫びが、静まり返った夜の部屋に、ガラスが割れるように突き刺さる。
「そんな、汚らわしい記憶を……今更、掘り起こすなんて! あなたは、また……!」
――あなたはまた、私をあの「地獄」に引き戻すおつもりですか。
そう言外に叫ぶマリエルの、恐怖に歪んだ瞳に、私は言葉を失った。
お読みいただきありがとうございます。
「あなたは、また……!」 マリエルさんの悲痛な叫び。 主人公(葵)としては「使える資産をリサイクルしましょう」というSDGsな提案のつもりでしたが、マリエルさんにとっては「汚物を食卓に広げられた」ようなものです。
ロジックは完璧でも、相手の「感情」への配慮が欠けていました。 営業としては痛恨のミスです。 恐怖に震えるパートナーを前に、言葉を失う主人公。
このままプロジェクトは頓挫するのか? 次回、『説得『これは“コスト(過去)”ではなく“投資”だ』』。 感情論で拒絶する相手を、主人公はどう「説得」するのか。
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