第33話:『情報資産』の棚卸しと“業務改善提案”
「男の記憶」=「情報資産」。 ブライトン家の財政難を救うため、元・ロザリアの脳内データを検索(棚卸し)します。
しかし、出てくるのは「顔だけの脳筋」や「生産性のない放蕩貴族」ばかり。 不良在庫の山に、監査役が頭を抱えます。
「使える(かもしれない)」
一度その可能性という名のパンドラの箱を開けてしまえば、社畜の脳は、もはや止まらない。最適化に向けた思考が、本能的に、自動的に開始される。
翌朝、私はロザリーの世話(メイン業務)という日常をこなしつつ、その水面下で、脳内の「監査室」をフル稼働させていた。
ロザリア(元)が遺した「男関係」という名の、あまりにも膨大な「情報資産」の棚卸し作業の強行だ。
目的は、ただ一つ。
『マリエル・ブライトン 人生補償プロジェクト』の安定遂行。
マリエルの婚活支援にせよ、ロザリーの養育にせよ、このプロジェクトには絶対的に、そして絶望的に欠けているものがある。
――「カネ(活動予算)」だ。
ブライトン家の財政は、私が先日「監査」した通り、破綻寸前(火の車)。家令ゲルマンの横領(内部犯行)というリスク要因を排除したところで、領主代官からの徴税(本社からの理不尽な要求)が続く限り、ジリ貧の状況(キャッシュフローの悪化)は変わらない。
この状況を根本から打破するには、外部からの「収益改善(テコ入れ)」が必須だ。
そのための「交渉材料」が、この“腐った記憶”のデータバンクに眠っているかもしれない。
(さて、棚卸し開始……)
私は、ロザリーに(例のガタガタ裁縫で作った)布製のボールを手渡し、その柔らかな感触を指先で確認させながら、意識の深層では脳内の「記憶リスト」を高速でスクロールしていく。
(データNo.1:近衛騎士団・第三分隊長、ジェラルド)
……記憶再生。ああ、無駄に鍛え上げられた筋肉。ロザリア(元)は彼の「見栄えの良さ(企業ブランド)」を利用していただけか。彼自身は名誉こそ重んじるが、スキャンダル(密通)をバラされても「それがどうした!」と開き直るタイプの脳筋。脅威にもならなければ、弱み(交渉材料)にもならない。はい、次。
(監査結果:ゴミデータ。利用価値ゼロ)
(データNo.2:財務官僚の父を持つ、侯爵家三男、フィリップ)
……記憶再生。うわ、典型的な放蕩貴族。ロザリア(元)とは「どっちが多く寝取れるか」とかいう、生産性の欠片もないアタマの悪い競争をしていた仲。弱みもクソもない。関わるだけ時間の無駄だ。却下。
(監査結果:ゴミデータ。潜在的リスク(風評被害)のみ)
(データNo.3:魔術師団・筆頭魔術師、エドゥアルド)
……記憶再生。……寝取った相手の、その婚約者か。面倒なだけ。リスク(感情のもつれ)が高すぎる。こういうプライベートな感情が複雑に絡む案件は、ビジネス(交渉)のテーブルに載せる妨げにしかならん。却下。
(監査結果:不良債権。即時償却)
(ダメだ。文字通り、ゴミの山だ……)
ロザリア(元)の「営業活動(男漁り)」は、あまりにも短絡的すぎた。
「承認」という刹那的なリターンを得るためだけに動いていたせいで、その関係性には「戦略」という視点が一切欠けている。
これでは「情報資産」どころか、触れることすら危険な「負の遺産」の詰め合わせだ。
(やはり、このプロジェクト(資金調達)は頓挫か……?)
諦めが、ロザリーをあやす私の手に、一瞬、力を失わせた。その時だった。
リストの片隅。ほとんどノイズに埋もれるように、比較的「最近(断罪直近)」のデータが埃をかぶって残っていることに、私は気づいた。
(データNo.24:王宮財務局・第二監査室長補佐、ユーリス・マルカム)
……ユーリス。
思い出した。銀縁眼鏡の奥に、温度を感じさせない冷たい灰色の目を持つ男。
確か、平民(あるいは下級貴族)の出身で、実力だけを武器に這い上がってきた野心家。
記憶再生。
ロザリア(元)は、彼を「自分に傅く有能な駒」として傍に置いていた。(※本人はそう思っていた)
対して、ユーリスは、ロザリアを「ヴェルデ公爵家(ひいては王家)へのコネクション」として明確に利用していた。
(うわぁ……最高にドライな関係。互いに“利用価値”だけ)
ロザリア(元)の他の関係と違い、そこには一切の「感情」が存在しない。あるのは、剥き出しの「利害」だけだ。
(……まあ、感情論が入り込む余地がないだけマシか)
だが、それだけでは「交渉材料」としては致命的に弱い。
彼が私と密通していた事実は、確かに彼のキャリアにとって「スキャンダル(リスク)」だ。王子の婚約者(当時)に手を出したのだから、発覚すれば即時更迭。
しかし、あの野心家の彼が、それだけでこちらの要求(ブライトン家への財政支援)を素直に呑むだろうか?
(もっとだ。もっと「決定的な情報」は……)
記憶をさらに深く「監査」する。
密会中の会話。ベッドサイドでの、彼が零した「愚痴」。
『――現地の領主代官(ゲルマンの上司)は酷いものです。帳簿をごまかし、私腹を肥やしている』
『へぇ? なら、あなたが捕まえればいいじゃない』
『それができれば苦労はしません。証拠は掴んでいるが……王都(本社)を動かすには、もう一つ“決定打”が足りない』
……これだ!
私は、ロザリーを抱き上げているのも忘れ、脳内で全ての「解」が完璧に組み上がるのを、確信した。
ユーリスの「弱み(リスク)」=私との密通。王家への不敬。
ユーリスの「欲求」=領主代官を排除し、その「手柄」が欲しい。
そして、こちらの「新カード」=家令ゲルマンの横領(内部犯行)の物的証拠。
(ユーリスが持っている「代官の不正の証拠」に、私が先日発見した「ゲルマンの横領の証拠」を“連結”させれば、それは「代官の管理不行き届き」を証明する、彼が喉から手が出るほど欲しがっていた“決定打”になる!)
「これだ……!」
私は思わず声を上げていた。
「この『情報資産(ユーリスの弱み)』と『こちらのカード(ゲルマンの横領)』を組み合わせれば、『代官の不正(本社監査)』に繋げられる! そして、その“手柄”と引き換えに……ブライトン家の財政(プロジェクト予算)を大幅に改善できる!」
完璧な業務改善提案の完成だった。
お読みいただきありがとうございます。
「監査結果:ゴミデータ。利用価値ゼロ」 元・ロザリアの男を見る目の無さが露呈しました。リスクばかりでリターンがない。 企業のM&Aなら即破談になるレベルの「負債」リストです。
しかし、そのゴミ山の中に一つだけ、「使える駒」が埋もれていました。 王宮官僚、ユーリス・マルカム。 「愛」ではなく「利害」で繋がっていたからこそ、今回も「利害(交渉)」で動かせる。皮肉なものです。
彼が欲しがる「手柄」と、彼が恐れる「スキャンダル(ムチ)」。 完璧な提案書が完成しました。
次回、『報・連・相『(元)醜聞の活用について』』。 この悪だくみを、まずはパートナーであるマリエルさんに報告・相談します。 彼女の反応やいかに。
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