第29話:監査報告(プロポーズ)と、差し戻し(リジェクト)
徹夜明け、血走った目、手には分厚い報告書。 どう見ても不審者ですが、本人は至って真面目に「求婚」をしに行きます。
受け取る側のマリエルさんの心境やいかに。
夜が明け始めていた。
離れの物置部屋に、冷たい薄明りが差し込む。埃っぽい空気の中、私は、一睡もしていない(前世のデスマーチ完遂時のような)血走った目で、仁王立ちしていた。
手には、一晩かけて作成した『マリエル・ブライトン 人生補償プロジェクト』の監査報告書。
私のただならぬ気配と、昨夜のロザリーの夜泣き(私の絶叫が原因だ)で、マリエルが浅い眠りから目を覚ました。
「……ロザリア様。朝から、何の騒ぎです……?」
昨夜の件もあり、その青い瞳には明らかな警戒が宿っている。
私は、マリエルの前に進み出た。
そして、持っていた羊皮紙の束を(前世の最終報告会議の資料のように)バサッと彼女の目の前に突きつけた。
「マリエル。昨夜の『インシデント(DV追体験)』を受け、あなたへの『損害賠償プロジェクト』に関する監査報告書を、今、取りまとめました」
「……は?」
マリエルが、私の言葉の意味を理解できず、怪訝な顔で固まる。
私は、その困惑を(いつもの「業務理解度が低いクライアント」の反応だと)意にも介さず、徹夜明けの異様な熱量でプレゼンテーションを続行した。
「単刀直入に申し上げます。私は、あなたの『人生』という名のプロジェクトに対し、DVおよび婚活妨害という、回復不能な『損害』を与えました」
「……」
「この『損害』を、金銭や謝罪(という名の無価値なデータ)で補填することは不可能です。よって、最も合理的な『賠償』プランを策定しました」
私は、突きつけた羊皮紙をビシッと指差し、一晩かけて導き出した「完璧な解決策」を宣言した。
「――私が、あなたの『夫の代わり』になります。これは決定事項です」
私の予想では、マリエルは困惑し、しかし、やがてその完璧なロジックに納得するはずだった。
だが、現実は真逆だった。
マリエルの顔から、サッと血の気が引いた。
彼女は、私の血走った目(=徹夜明けの社畜の目)を、あの日に見た「DV加害者(ロザリア元)」の「独占欲に狂った目」と、完全に誤認したのだ。
「夫の代わりになる」
その言葉は、マリエルにとって「補償」ではなく、「所有」の宣言として響いた。
ロザリア(元)の粘つくような声が、彼女の脳内でフラッシュバックする。
((『お前は私のものだ』『私だけを見ていろ』『お前が結婚など、私が許すと思うな』))
「(……いやっ)」
マリエルは、突きつけられた羊皮紙(監査報告書)を、恐怖に強張った手で、反射的に叩き落とした。
ベッドの上で後ずさり、隣で眠るロザリーを(私から守るように)咄嗟に抱きしめる。
「い、いや……。やめてください……!」
その声は、絶望に震えていた。
(始まった。また、あの時と同じだ)
(この人は、また、私を『閉じ込めよう』としている!)
(この人は、壊れたのではなかった。ただ、元に戻っただけだったんだ……!)
私は、マリエルが(なぜか)恐怖に震え、ロザリーを庇う姿を見て、フリーズした。
「……マリエル? なぜ怯えるのですか。ロジックが理解できませんでしたか?」
完璧なプランが拒絶されたことに、私の(社畜)脳がエラーを起こす。
「これは『所有』ではありません。『損害賠償』です! ここに『経済的安定(ブライトン家再建)』のロードマップと、『育児の共同遂行(リソースの最適配分)』のスケジュールも……」
私は、床に落ちた羊皮紙を慌てて拾い上げ、そこに書き込まれた「(意味不明な)グラフ」や「(狂気的なまでに細かい)コスト計算」を、必死で説明しようとした。
その、瞬間。
マリエルは、私の口から発せられた単語の羅列を聞いて、動きを止めた。
(……ロジック? ロードマップ? リソース? コスト……?)
マリエルは、恐怖に震えながらも、目の前の「狂人(私)」を、冷静に、改めて観察した。
私の目は、確かに血走っている。だが、それは「独占欲(DV)」の狂気ではない。
私が必死で指差している羊皮紙は、恋文でも、脅迫状でもない。
意味は全く分からないが、数字とグラフと「業務」がびっしりと書き込まれた、本物の『報告書』だった。
(……この人。DVで私を支配しようとしてるんじゃ、ない)
(この人……私の『人生』を、本気で『仕事』か何かと勘違いして、徹夜で『賠償プラン』を……練っていた……?)
(この人は、DV加害者じゃない。ただの……『ヤバい社畜』だ……!!)
恐怖が、一瞬で「呆れ」と「(理解不能なものへの)疲労」に変わった。
マリエルの肩から、力が抜ける。
「(こめかみを抑え)……はぁ……」
堪えきれず、乾いた『苦笑』が漏れた。
「(混乱)なっ、なぜ笑うのですか! この『賠償プラン』は完璧なはずですが!」
私の抗議に、マリエルは深いため息をついた。
「……ロザリア様。あなたは、本当に……心の底から『ズレて』いらっしゃる」
「その『監査報告書』、謹んで『差し戻し(リジェクト)』させていただきます」
「リジェクト!? なぜ!? これ以上の合理的な解決策は無いはずだ!」
私が詰め寄ると、マリエルは冷ややかに言った。
「ええ。ですが、そのプラン、すでに『手遅れ』です」
「……手遅れ?」
マリエルは、私の(狂気に満ちた)目を、今度は(元メイドではなく、一人の女性として)まっすぐに見返した。
「先日、お父様(ブライトン氏)に、正式に依頼いたしましたので」
「――私の『お見合い相手』を、探していただくように、と」
「……え?」
「……お。みあい……?」
今度は、私がフリーズする番だった。
頭(社畜脳)が、猛烈な勢いで回転する。
(マリエルの人生が再始動した。目的は達成されている。これは『成功』だ。喜ぶべきだ)
だが、胸の奥が、ロジックでは説明のつかない、重く、黒い『モヤモヤ』で満たされていく。
(なぜ? 私の『完璧な解決策』が、負けた……?)
「……そ、そう。それは、良かった。うん。合理的だ」
私が、引きつった顔でそう言うと、マリエルは、私のその(あまりに分かりやすい)『モヤモヤ』した顔を見て、なぜか少しだけ、楽しそうに微笑んだ。
「ええ。合理的なのが一番です、ロザリア様」
お読みいただきありがとうございます。
「謹んで『差し戻し(リジェクト)』させていただきます」 即答でした。 最初はDVの再来かと怯えていたマリエルさんも、途中から「あ、こいつ仕事だと思ってる……」と気づいて脱力しました。 恐怖が呆れに変わる瞬間、主人公への信頼(?)がまた一つ歪な形で積み上がりました。
そして明かされた衝撃の事実。 「お見合いを依頼しました」
主人公の提案(夫になる)は、とっくに手遅れ(周回遅れ)でした。 マリエルさんは、すでに自分の足で未来へ歩き出していたのです。
論理的には「成功」のはずなのに、なぜか胸がモヤモヤする主人公。 次回、『プロジェクト『婚活支援』と“DV(コンプラ違反)”の記憶』。 このモヤモヤを「解雇不安」だと勘違いしたまま、主人公は全力でマリエルの婚活をサポート(邪魔?)し始めます。
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