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第25話:『監査(ワーク)ゾーン』と『安全(セーフティ)ゾーン』

前世で培った「5S活動」により、部屋は「仕事エリア」と「安全エリア」に分断されました。 しかし、好奇心の塊である3歳児クライアントに、国境線など通用しません。


忍び寄る魔の手。ターゲットは、命より大事な「インク瓶」です。

あの日、私が(意図せず)『リメイク料理(フレンチトースト風)』と『高速補修(ガタガタ裁縫)』のスキルを発動させてから、数日が経過した。


離れの物置部屋の空気は、奇妙に二分された「日常」に落ち着きつつあった。


部屋の北側(壁際)。

そこは、私が書類を積み上げて物理的なとりでとした『作業ワークゾーン』。


私は、鬼の形相で、積み上げられた『監査かんさ資料(ゲルマンの裏帳簿)』の山を睨みつけていた。


「……ダメだ。この『不明瞭ふめいりょう支出ししゅつ』の『勘定科目かんじょうかもく』が雑すぎる。これでは、代官への『上納金』の正確な『損害額』が算出できない……!」


ブツブツと、前世しゃちく呪文じゅもんを呟く。ペンディング中とはいえ、『たい代官だいかんプレゼン』の資料作りは、私のライフワーク(?)となりつつあった。


そして、部屋の南側(日当たり)。

そこは、私が(5S活動で)徹底的に整備した『安全セーフティゾーン』。


ロザリーが、小さな机に向かい、私の真似をして、炭で紙(貴重品きちょうひんの裏紙)に「何か(なぞのせん)」を描く遊びに夢中になっていた。


私という存在が(自分に害がないどころか、便利な雑務フレンチトーストをしてくれる『へん同居人どうきょにん』)だと学習したロザリーは、もはや私を怯えることはなかった。


その中間地点で、マリエルが、無表情で(新しい靴下を編みながら)、その(一方は『監査かんさ』、一方は『お描き』という)奇妙な「共同作業」の風景を、静かに監視していた。



その、奇妙な均衡が、破れたのは、突然のことだった。


「(タタタ……)」


ロザリーが、「お絵描き」に飽きたらしい。

小さな足で、おもむろに立ち上がると、トコトコと、床に引かれた(私の心の)境界線を越え、私の『作業ワークゾーン』に侵入してきた。


(……あ。この『縫い目』)


ロザリーは、どうやら、昨日私が(超高速で)補修した、自分のクマのぬいぐるみの「ガタガタの縫い目」と、今私が着ている(リメイクされた)服の「ガタガタの縫い目」が、まったく同じであることに気づいたらしかった。


(この人と、私のクマ、おなじ(・・・)!)


子供なりの「共通点きょうつうてん」の発見。

それが、彼女の警戒を最後の一段階まで解除させてしまった。


「(……この『支出』の承認ルート、おかしい。ゲルマンの独断か? いや、代官の『指示トップダウン』か……!?)」


私は、『監査かんさ』に深く沈潜ちんせんしすぎて、すぐ足元に、3歳児(=最優先クライアント)が接近していることに、まったく気づいていなかった。

前世しゃちくの「ゾーン(集中しゅうちゅうモード)」に入っていたのだ。


ロザリーは、私の足元から、机の上を(興味津々に)見上げた。

そこには、私の「仕事道具」が、雑然と並んでいる。

羽ペン、乾いたパン(非常食)、そして。


ロザリーの目が、ある一点に釘付けになった。


「(貴重品きちょうひんの)インク瓶」。


黒くて、ツヤツヤしていて、中の液体が(光に反射して)キラキラしている。

3歳児にとって、それは最高に面白そうな「玩具」にしか見えなかった。


「(あ! あれ、さわりたい!)」


ロザリーは、私の(仕事に集中している)脇から、小さな手を、ぐいっと、机に向かって伸ばした。

その指先が、インク瓶に、触れた。


グラッ。


インク瓶が、傾ぐ。

貴重なインクが、そして何より、私が何日もかけて作成した**『監査報告書かんさほうこくしょ(=たい代官用だいかんよう最終兵器さいしゅうへいき』**の(清書した)束の上に、今、まさに、こぼれ落ちようとしていた。


時間が、スローモーションになる。


(……あ)

(インク(データ)が)

報告書サーバに)

(……こぼれる(クラッシュする))


(―――!!!)


CRITICALクリティカル DATAデータ ERRORエラー!!! SERVERサーバ DOWNダウン!!!)


泣き叫ぶロザリーを前に、オロオロとパニックに陥った、あの「母親として無能」だった私は、そこにはいなかった。

私は、前世しゃちくの「緊急きんきゅうインシデント対応たいおう」モードに、0.1秒で移行していた。


「あーーーーーっ!!」


私は、椅子を蹴倒し、叫びながら、人間の限界を超えた(と、マリエルは後に語った)速度で、机に向かってダイブした。


カシャッ。(インク瓶を掴む音)

ドサッ。(私が倒れ込む音)

……フニッ。(何か、柔らかいものを掴む音)


時が、止まった。


私は、床に倒れ込んでいた。

右手には、インク瓶が、一滴もこぼれることなく、完璧にホールドされている。


(……セ、セーフ! データ(インク)、無事! 監査報告書サーバ、無事!)


安堵した私は、そこで初めて、左腕の違和感に気づいた。

何か、小さくて、温かくて、柔らかいもの(・・・)を、抱きかかえている。


(……ん?)

(……あれ?)


私は、恐る恐る、左腕に視線を落とした。

そこには、何が起こったのか分からず、キョトン(・・・)とした顔で、私の腕の中にすっぽりと収まっている、ロザリー(クライアント)の姿があった。


(……私、今、ロザリー(クライアント)を、抱いてる!?)

(抱いてる!!)


インク瓶を倒した張本人を、机の角にぶつけないよう、同時に(乱暴に)キャッチしてしまったらしい。

私の頭が、今度は別の種類の『インシデント(事故)』で、パニックに陥った。


(ど、どうしよう!? 『インシデント(事故)』対応の次の『プロトコル(手順書てじゅんしょ』は!?)

(『偶発的ぐうはつてき物理的接触ぶつりてきせっしょく』の対応マニュアルは!?)

(泣く!? 泣かれる!? また拒否される!?)


だが、ロザリーは、泣かなかった。逃げなかった。

彼女は、自分が(インク瓶と同時に)抱きかかえられたことに、ただ、キョトン(・・・)としている。


そして、自分の目と鼻の先にある、私の顔を、じーっ(・・・)と見つめてきた。


((私の顔=データ(インク)を守り切れて安堵しつつ、ロザリー(クライアント)を(初めて)抱いてパニックになっている、極度に引きつった変な顔))


ロザリーは、おもむろに、その小さな指を伸ばした。

そして、私の(引きつっている)頬を、


ぷにっ。


と、突いた。


「((フリーズ!!))」


私が、完全に固まる。

ロザリーは、自分が突いても怒らず、固まっただけの人(=私)を見て、判定を下した。


(……この人、変なの)


「(……くすっ)」


ロザリーが、小さく、笑った。

ロザリアに向かって、初めて。



その、一部始終。

あまりにカオスな『事故対応』を見ていたマリエルが、編み物の手を止め、深く、深いため息をついた。


「ロザリア様」

「(固まったまま、ロザリーを抱きかかえ、インク瓶を持ったまま、マリエルを見る私)」


「あなたは、インク(おしごと)を監査かんさなさっているのか、ロザリー(こども)を育児いくじなさっているのか」

「……どちらかに、決めていただけますか」


マリエルは、心底呆れたように、続けた。


「あなたの『マルチタスク』は、心臓に悪すぎます」


「(……『育児プロジェクト』、ステータス……不明ふめい???)」


私は、腕の中の(くすくす笑っている)小さな温もりと、右手のインク瓶の冷たさの間で、混乱の極みに達していた。

お読みいただきありがとうございます。


「CRITICAL DATA ERRORインクこぼれ回避!!」 火事場の馬鹿力ならぬ、修羅場の社畜力です。 インク(データ)を一滴もこぼさず、同時に子供クライアントも優しくキャッチする。 マリエルさんも引くほどの神業でした。


そして、ついに訪れた雪解け(?)。 頬を「ぷにっ」。 どうやら「お母さん」ではなく「見ていて飽きない変な生き物」として認定されたようです。それでも大きな進歩です!


しかし、平穏な日常に、突如としてノイズが走ります。 次回、『『統合』の兆候と、変な生きかんさつたいしょう』。 主人公の中で眠っていた「元・ロザリア」の記憶が、不穏な動きを見せ始めます。


「反射神経すごすぎw」「ぷにってされた!」とほっこりした方は、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!

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