第18話 「疑惑の家令(ターゲット・ロックオン)」
「数字は嘘をつきません」 ゴミ山から掘り出したのは、ブライトン家を食い物にする「害虫」の痕跡でした。
真夜中の緊急報告。 眠い目をこする領主に対し、元社畜が冷徹に事実を突きつけます。
離れの部屋の冷気が、ランプの光でわずかに揺らぐ。
マリエルの血の気が引いていくのが、その顔色の変化でわかった。彼女は、私の(楽しそうな)狂気と「横領」という単語の毒に、凍りついていた。
「……何を、言っているのですか。横領? この家に、盗むほどの金が……」
「違う」
私は、彼女の震える声を、即座に否定した。
「金があったから盗んだんじゃない。『盗まれ続けたから、金が無くなった』んです」
「(ハッとして)……まさか、お父様を、疑って……!?」
「違います」
私は、マリエルのその動揺を『監査役』の冷徹な目で見返した。
「ブライトン様は『被害者』です」
私は、先ほど抜き出した二冊の台帳を、マリエルの目の前に叩きつける。
「(前世の新人研修のように)見てください、マリエルさん。ここ」
インクで汚れた指が、数字が決定的に異なる箇所を明確に示す。
「××年、西地区の税収『500』。家計への繰入『300』。差引『200』が行方不明」
「その翌年。××+1年、西地区の税収『450』。家計への繰入『250』。差引『200』が行方不明」
私は、ゴミの山から(索引を元に)さらに数冊の台帳を引き抜き、積み上げる。
「……××+2年、差引『180』。××+3年、差引『220』」
「これは『ミス』じゃない。『パターン(規則性)』です。何者かが、毎年、意図的に『税収元帳』から『家計支出入帳』へ数字を転記する際に、一定額を抜き続けて(・・・・)いる」
マリエルは、その整然と積み上げられた「不正の証拠」を前に、言葉を失っていた。
「マリエル。今すぐお父様(ブライトン氏)を起こして」
「え……?」
「これは、私とあなたで抱えていい問題じゃない。経営陣マターです」
(『監査報告』は、発見次第、即時上申。これが鉄則……!)
私の有無を言わさぬ迫力に、マリエルは事の重大さを悟り、母屋へと走った。
舞台は深夜の応接室。
寝間着姿のまま叩き起こされたブライトン氏が、眠い目をこすりながら現れた。
「……ロザリア様。こんな夜更けに、何の騒ぎだ……」
私は、前置きも謝罪も一切せず、ランプの光の下に、証拠となる台帳を広げた。
「ブライトン様。単刀直入に申し上げます。あなたの領地は、長年にわたり、内部の人間によって『横領』されています」
ブライトン氏の顔に、最初は「何を馬鹿な」という怒りが浮かんだ。
だが、私が「××年の税収500、繰入300」「翌年450、繰入250」と、彼が確認すら放棄していた「数字」を淡々と突きつけると、その顔から急速に血の気が引いていった。
「(震える声で)……まさか。そんな……」
「(監査役として冷徹に)ブライトン様。この『税収元帳』を管理し、『家計支出入帳』を作成・転記していたのは、どなたです?」
「それは……それは、一人しかおらん。我が家に三十年仕えてくれている、家令の……ゲルマンだ」
彼は、長年信頼していた男の名を口にし、その場で崩れ落ちそうになる。
(『ターゲット・ロックオン』。三十年勤務のベテラン。一番、疑われにくく、一番、不正をしやすいポジション……!)
「(絶望)……だが、証拠が。彼がやったという証拠が、これだけでは……」
彼は、長年の信頼を裏切られた(かもしれない)ショックで、判断力を失いかけている。
私は、その狼狽する「経営者(ブライトン氏)」を見て、ニヤリ、と(前世のコンサルタントが大型案件を受注する時の)笑みを浮かべた。
「証拠? ……ブライトン様。甘いですね」
ブライトン氏とマリエルが、ビクッとして私を見る。
「(カビ臭い台帳をバン、と叩き)これは『証拠』ではありません。まだ『疑惑』です」
私は、ブライトン氏に顔を近づけた。
「私が今からやるんです。この『ゴミの山』全てを精査して、彼が誤魔化しようのない、完璧な『証拠』を」
私は、震える「依頼人」に宣言する。
「私は、彼がこの三十年間で着服した金貨の一枚に至るまで、全てを定量化し、完璧な『損害賠償請求書』を作成します」
「それが、私の『監査』サービスですので」
私は、呆然とするマリエルに向き直った。
「マリエル。私たちの『契約』、内容が変更になりましたね。私はもう、あなたの家の『居候』じゃない」
「――私は、あなたの家の『監査役』です。そして、明日の朝一番で、あの家令の執務室を使えるよう、手配してください」
「……彼の机と帳簿を、私が『監査』ますので」
お読みいただきありがとうございます。
「証拠ではありません。まだ疑惑です」 プロですね。 ここで「犯人だ!」と騒ぐのではなく、「これから完璧な請求書を作ってやる」と宣言するのが、歴戦の監査役(元社畜)です。
犯人は、30年仕えた古株の家令ゲルマン。 「信頼」を盾にした最も悪質な「内部犯行」です。
そしてラストの宣言。 「私は居候じゃない。監査役です」 契約変更のお知らせです。マリエルさんも痺れたことでしょう。
次回、『監査の開始と『鍵のかかった引き出し』』。 いよいよ直接対決。逃げ場のない「詰め」が始まります。
「主人公カッコいい!」「倍返し(請求書)楽しみ!」と思われた方は、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!




