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第13話:ブライトン家の家族会議(という名の査定

歓迎されない客として、追い出されそうになる主人公。 しかし、ブライトン氏が口にした「現実的なカネがない」というワードが、社畜のスイッチを押してしまいました。


お待たせしました。反撃プレゼン開始です。

 通されたのは、屋敷で一番立派なはずの「応接室」だった。

 だが、その空間に満ちているのは、澱んだ空気と、陽の光を忘れたような埃の匂いだけだった。


 壁のタペストリーは色褪せ、客を迎えるためのソファは、肘掛けが擦り切れて汚れた内綿を覗かせている。この家の困窮は、もはや体裁で隠しきれるものではなく、そこにいる者の呼吸まで重くする。


 紅茶はおろか、水一杯すら差し出されない。乾いた空気が、責め立てるように喉に張り付いた。


 古びたテーブルの最奥、主人席にブライトン氏が険しい顔で腰を下ろす。その傍らに、マリエルが石像のように無表情で控えた。

 そして私は、まるで法廷に引き出された被告人のように、二人と向かい合う席に浅く腰掛けるしかなかった。


 ロザリーは、ここにはいない。


 あの明確な拒絶の後、「おばあちゃんと一緒に寝る」と祖母の服を強く掴み、別室へと連れられていった。大人の、生々しい「カネ」の話から、子供を意図的に遠ざけたのだ。

 その小さな背中を、私は、焼けるような罪悪感と、手の届かない寂しさを抱えて見送るしかなかった。


 重苦しい沈黙が、埃と共に降り積もる。

 やがて、ブライトン氏が重々しく口を開いた。


「――ロザリア様」


 その呼び名が、昨日までの世界と、今いる場所との間に、分厚いガラスの壁を築き上げる。


「単刀直入に申し上げます」


 彼の手元に、数日前に届いたのだろう、ヴェルデ公爵家の紋章が押された書状――おそらくは、最後の――が置かれていた。


「ヴェルデ公爵家からの『援助』は、今月分の送金を最後に、正式に停止・・するとの通達がございました」


 来た。

 ついに宣告されたXデーに、私の胃が警告を発するように小さく痙攣する。


「我々は、あのロザリーを……実の孫のように可愛いと思っております。それは本心です。ですが、それも『援助』があったればこそ」


 ブライトン氏は、苦々しげに言葉を絞り出す。


「正直に申し上げて、我々にはこれ以上、あの子を……ましてや、ロザリア様方・・・・・を養う余裕は、一切ございません」


 ロザリア様方あなたたち

 その言葉が、私とロザリーを一つの「荷物」として括り、この家から厄介払いされる対象なのだと、明確に突きつけてきた。


 私が恐怖と罪悪感に凍りついていると、隣のマリエルが、氷を滑らせるような冷静な声で口を挟んだ。


「お父様。だからこそ、私はロザリア様を母親・・としてお連れしたのです。彼女が責任を放棄しないと見届けた上で」


「責任だと!?」


 ブライトン氏が、初めて感情的な苛立ちを露わにし、マリエルの言葉を遮った。テーブルを叩かんばかりの剣幕だ。


「マリエル! このロザリアは勘当され、追放された身だぞ! 我々に援助を打ち切ったあの冷酷な公爵家が、この方に資産を持たせて追放したとでも思うのか!」


(……あ、それ、あるんです。マリエルさんが換金したけど)


 喉まで出かかった言葉を、必死で飲み込む。

 ブライトン氏は、宝石の件など露知らず、私を「無一文の厄介者」と断じて話を続けている。


「我々は、これ以上ヴェルデ家の厄介事に巻き込まれたくない。ロザリーは……残念だが、しかるべき施設・・に預けるしか……」


 ――施設。


 その単語。

 そして、ブライトン氏の「コストカット(厄介払い)」という、冷徹な(しかし、彼にとっては正論でもある)響き。


 その瞬間。

 私の頭の中で、恐怖と混乱でショートしていた回路が、プツン、と音を立てて切れた。


(……待て)

(落ち着け、佐藤葵)


 熱いパニックが、急速に引いていく。


 これは危機だ。絶体絶命のピンチだ。だが、これは前世で何度も経験した『理不_尽な予算折衝』であり、『無茶な取引先からのクレーム対応』だ。本質は同じ。


 相手(ブライトン氏)は、カネがないと怒鳴っている。マリエルは「責任」という定義の曖昧な言葉を振りかざしている。


 ダメだ。感情論では、カネの問題は絶対に解決しない。


 私の顔から、怯えと罪悪感が、スッと音を立てて抜け落ちた。

 表情筋が冷たく固定され、前世、数多の理不尽を捌いてきた営業事務「佐藤葵」の、能面のような無表情・・が貼り付く。


「――ブライトン様」


 私が、彼を「様」付けで呼び返し、その目を真正面から見据えると、ブライトン氏の言葉が止まった。

 私の突然の変化――特に、その感情の一切を排した冷徹な「目」の光に、ブライトン氏と、マリエルさえもが、わずかにたじろいだ気配がした。


「感情論は、後で結構です。まず、数字を明確にいたしましょう」


「……すうじ?」


 ブライトン氏が、怪訝な顔で問い返す。


「はい」


 私は、前世で鍛えた「相手に反論の隙を与えない速度」で、畳みかけた。


「私たちが(ロザリー含め)ここで生活するのに、最低限必要な生活費コストは、ひと月おいくらですか? 食費、雑費、光熱費……こちらの離れ(たぶん)の部屋代も含めて、概算で結構です」


(……は?)


 ブライトン氏とマリエルの両方が、完全に意表を突かれた顔で、私を凝視している。元・公爵令嬢の口から、あまりに現実的すぎる「コスト計算」の単語が飛び出したのだ。無理もない。


 私は、二人の反応を待たず、マリエルに視線を送った。


「マリエルさん。例の『資金』を」


 マリエルは、私のその指示に、一瞬(本当に一瞬だけ)驚きに目を見開いた。だが、彼女は即座に私の意図を察したらしい。

 すぐにいつもの無表情に戻ると、懐からあの重い革袋を取り出した。


 ドサッ。


 古びた応接室のテーブルに、この家の財政状況とは全く不釣り合いな「現実カネ」の重みが、鈍い音を立てて叩きつけられた。

 ブライトン氏の目が、その革袋に釘付けになる。


 私は、テーブルに両手をつき、被告人の席から、この家の主人あるじにはっきりと宣言した。


「これは、ロザリアが持参した『手付金』であり『当座の資金』です。私とロザリーの生活費は、ここからお支払いします」


 そして、息を吸い込む。


「この資金が尽きる前に。私が、この村で、私たちの生活費を稼ぎます」

お読みいただきありがとうございます。


「感情論は後で結構です」 言ってみたかったセリフNo.1です。 さっきまで怯えていた被告人が、突然「冷徹な監査役」に変貌しました。ブライトン氏もマリエルさんも唖然としています。


そして伝家の宝刀、物理的な「札束(金貨)ビンタ」。 やはり話し合い(交渉)において、現金キャッシュほど強い説得力はありません。


これでひとまずの「滞在権」は勝ち取りましたが、次は「稼ぐ手段」を見つけなければなりません。 次回、マリエルへの逆提案。社畜の目は死んでいません。


「この交渉シーン最高!」「やっと本領発揮!」とスカッとした方は、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!

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