表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/49

第12話:初めての接触(ファーストコンタクト)

感動の親子対面……のはずでした。 しかし、佐藤葵(28・独身)の引き出しには「子供をあやすスキル」など入っていません。


あるのは「取引先への営業スマイル」のみ。 結果はお察しの通りです。

「――あなたのお母様・・・・・ですよ」


 夕暮れの冷気が肌を刺す中、マリエルの静かな声は、張り詰めた糸を断ち切る鋭利な刃物のように響いた。


 すべてが、止まる。

 屋敷の前に立ち尽くす全員の呼気が、薄青いもやとなって凍りついた。


 え。なに。今?


 言葉にならない絶叫が、私の内側でこだました。心の準備どころか、笑顔の練習、母親としての演技指導、そのどれもが未着手のまま、あまりにも無慈悲な幕が上がる。


 マリエルの両親――ブライトン夫妻が、「何を言うんだ、マリエル」と、娘の突飛な行動に絶望を刻み込んだ顔で硬直している。


 そして、当のロザリーは。


 私と、あのミランダと同じ、燃えるような赤毛。その小さな少女が、怯えを映した大きな瞳で、私を見上げていた。

「お母様」という響きと、目の前の「知らない女」。二つの存在が、彼女の小さな世界で激しく衝突し、うまく像を結ばないでいる。


 どうすれば。


 パニックが冷たい蛇のように背骨を駆け上がり、思考を麻痺させる。前世は年齢イコール彼氏なし、社畜研修のカリキュラムに三歳児のあやし方など含まれていない。


 だが、沈黙は許されない。


 私は必死で、前世の「新規取引先への初回訪問」で叩き込まれた業務用の笑みを、ぎこちなく顔面に貼り付ける。

 震えが止まらない。その震えが伝わらぬよう、恐る恐る、手をロザリーへと差し伸べた。


「あ……あの……」


 声が、乾いた喉に張り付いて掠れる。


「わ、私が……お母、さん……です?」


 最悪だ。語尾が情けなく跳ね上がり、疑問形になった。


 その瞬間。


 私の差し伸べた手と、自信のかけらもない声。それが、ロザリーの脆い均衡を崩す、決定的な引き金となった。


 くしゃり、と。少女の顔が恐怖に歪む。


 声にならない悲鳴がその小さな喉から迸り、彼女はくるりと背を向けた。

 先ほどまで隠れていた祖母(ブライトン夫人)のスカートの裾。そこが唯一の避難所であるかのように、今度は両手で強く、強く掴み、その影に顔を埋めてしまう。


「……あ」


 差し伸べた私の手は、夕暮れの冷気の中で行き場を失ったまま、凍りついた。


 明確な、拒絶。


 心臓が、氷を詰められたように鈍く痛む。

 ブライトン夫人が、困惑しながらも、庇護するように孫の背を撫でている。その無意識の仕草が、私という存在を「敵」だと規定しているようで、さらに胸が軋んだ。


 耐え難い沈黙が、墓地のように場を支配する。


 この地獄を演出したマリエルだけが、これが現実です、とでも言いたげな無表情で、凍りついた私たちを見つめていた。


 静寂を破ったのは、父親(ブライトン氏)だった。

 深く、疲れたため息が漏れる。彼はごしごしと眉間を揉み、重い口を開いた。


「……立ち話もなんだ」


 その視線が、まずマリエルを呆れたように一瞥し、次いで私へと移る。

 目には、元・公爵令嬢という過去の身分への無意味な遠慮と、どうしようもない「厄介事」を前にした険しさが、隠しようもなく滲んでいた。


「マリエル。そして……ロザリア・・・


 彼は、私を「様」付けで呼んだ。

 それは敬意ではない。これ以上、内側には踏み入らせないという、冷たい境界線。


「奥へ。まずは中に入っていただこう」


 古びた屋敷の扉へと顎がしゃくられる。


「今後について、当事者・・全員で、現実的な(・・・・)お話をさせていただく」


 現実的な、お話。


 その単語が耳に入った瞬間、前世しゃちくの記憶が蘇り、私の胃がキリキリと痙攣した。知っている。そのフレーズを私は知っている。上司が「(予算削減の)現実的なお話をしよう」と切り出す、あの忌まわしい会議の招集通知だ。


 始まった。育児デスマーチの前に、まずは予算会議(査定)からか。


 私を「知らない怖い女」と拒絶する娘。

 私を「ロザリア様」と呼び、現実カネを突き付ける保護者。

 そして、この全てを仕組んだ、無表情の元メイド。


 逃げ場のない、四面楚歌。


 私は、行き場を失っていた手を無言で引っ込め、冷たい石畳を見つめた。

 これから始まる「査定」を覚悟し、古びた屋敷の、薄暗い玄関口へと、重い一歩を踏み出した。

お読みいただきありがとうございます。


「私が……お母、さん……です?(疑問形)」 自信の無さと、貼り付けたような営業スマイル。 3歳児にとってはホラー映像だったようです。全力で拒絶されました。


祖父母(ブライトン夫妻)からも「厄介者」扱いされ、四面楚歌の状態。 メンタルが削られていきますが、落ち込んでいる暇はありません。


次回、場所を応接室に移して「現実的なお話(査定)」が始まります。 育児はLv.1でも、修羅場の会議ならLv.99です。 社畜の本領発揮にご期待ください。


「営業スマイルで泣かれるの辛いw」「次回の反撃(?)楽しみ!」と思われた方は、 ぜひ【ブックマーク】や【評価】で応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ