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試されていたハシュ⁈ そして伝達騎馬隊初代隊長に!

「ハシュ、これを――」


 言われて差し出されたそれを見やると、手紙のような、書類のようなものが数枚、ハシュが受け取るのを待っていた。

 刹那、問答無用の辞令書だろうかと思い、ハシュは警戒して戸惑ったが、


「じつのところ、()()()()()()()()は秘かに幾人かを厳選して正しく測ろうと思い、()()()()()()()()()()()()()()()

「……()()()()?」


 かまわず話しはじめる十月騎士団団長の入り口に、ハシュはかるくまばたく。

 彼はハシュを見ながら、


「その方は、適材適所を見抜くにはこれ以上ない目利きをお持ちでね。つい、お好きなように測ってくださいとお願いしたところ、まさかとんでもない苦労がハシュの身に降りかかってしまったけど、――ハシュは見事にそれを熟してしまった」

「そ……それって……」


 ――ん?


 十月騎士団団長の話には、どこか引っかかるものがある。

 それも、ものすごく直近だ。

 とある方。

 適材適所。

 測りごと――それはひょっとすると、謀、あるいは、秤ごと、と称したほうが伝わるかもしれない――の目利き……。

 この言葉を聞いて、ハシュは自分の身に降りかかった恐ろしい災い……その日々を思い出す。ちょうどハシュはこれらの言葉に散々苦しめられ、努力の末にあっさり放り出された。

 これに関して即座に浮かぶのは、あの七三黒縁眼鏡鬼畜!

 あれ以来彼には会っていないので、すっかり記憶から消したはずなのに、ここでふたたび思い出してしまうとは!

 えッ、とハシュは思ったが、


「その方がおっしゃるには、個としては不適正だけど、周囲が動く長として自らの姿勢を正すのであれば適任だと」

「それって……」


 どういう意味だろう?

 個、というのはきっとハシュ個人を指すのだろう。

 そして……。

 前半はどう考えてもあの七三黒縁眼鏡鬼畜の音声がそのまま脳裏に流れて、意味どおりに馬鹿にされたような気がする。

 でも、後半は胡散臭い。疑わしい。

 ハシュはあの声に素直に褒められたことがないので、怪訝そうに眉間にしわを寄せてしまう。


 ――何より!


 測る、測ると言われたが、ハシュはいったい、いつ、何を測られたというのだろう?

 どうもこれだけでは理解につながらない。

 ハシュが困惑を拭えずにいると、


「多くは語らないよ。でもハシュは先日、とても大変なことを言いつけられて困っていたけど、周囲の協力を得て、受けた難問題に正しく答えを出すことができた」

「……?」

「もっとも困難な方さえ、ハシュの前に現れてくれた」

「……?」

「その方さえ現れなければ、この隊長の任はべつの誰かに託そうと思っていたけど、ハシュは熟してしまった。――それが件の適任の判断になったんだ」

「それって……」


 もしかして……。

 ハシュが浮かべる心当たりに、十月騎士団団長がうなずく。

 ハシュはそのまま、ほんの数日前の事柄を思い出す――。

 あの日はいつものように「ついで」と激務を付け加えられて、ハシュは皇宮内にある四月騎士団の庁舎をはじめて訪ねることになった。

 そこではいつものように、ただ書類の受け渡しをするだけで済むだろうと思っていたのに、まさかの人物に目をつけられて、突然無理難題を押しつけらてしまった。


 ――二日やる。「クレイドル」を連れてこい、と。


 ハシュはそこから必死に名前だけを頼りに「クレイドル」を探す羽目となり、多くのことを経験し、周囲の温かさと優しさに助けられて、酷い目にも遭ったけど、とんでもない出会いも体験できて、――あっという間に過ぎ去ってしまった。

 もし、あれらのすべてがいまのハシュにつながる「謀」だというのであれば……。


「あ、あれって、四月騎士団団長の単なる暇つぶし……じゃない、虐め……じゃない――いやいやいや、あれは絶対に壮絶な虐めの一種だ!――、ただの思いつきじゃなかったのッ?」


 ハシュの口調は思わず幼馴染に向けるそれになってしまう。

 ふたりの関係は周知されている。

 それでもいまは立場に徹するべきだと、ハシュは傍らに立つ先輩文官に肩をかるく叩かれて窘められる。だが十月騎士団団長は、ハッとするハシュを咎めようとはしない。


 ――その名を聞けば、対面せずとも誰もが震え上がるという人物。


 だが正式な騎士となって三ヵ月のハシュは彼のことはまだ知らず、おかげで最後の最後まで彼の手のひらの上で踊らされて、それが何を意味していたのかさっぱりわからないまま勝手に放り出されて、――ハシュはそのままだった。

 でも――。

 こうしてやや遠回しのように経緯を聞かされると、それらが急に腑に落ちる勢いで理解という組み立てを行っていくではないか。

 何より!

 あの七三黒縁眼鏡鬼畜がすべての主犯格だと思えていたのに、まさかそれを上回る黒幕が存在していたなんて!

 しかもその手のひらの上は、ハシュの目の前に立つ気弱そうな青年のものだったとは!

 ハシュはこの衝撃に心底目を見開いてしまう。

 それは左目もとのほくろも同様だった。


「ごめんね、ハシュ。きみを試すようお願いしてしまって」

「トットー……」


 何だろう。

 何だか不思議な、複雑めいた感情がハシュの鼓動を速めてきた。

 うまくは言えないが、何だか釈然としない。


「でも、何で……?」


 そんな謀のなかにハシュを放り投げたのだろう?

 あんな扱いを受けるぐらいなら、最初からそうと打診してくれてもいいというのに。――だからと言って、はい、わかりました、俺、隊長になります、などと受けるかどうかはべつとして。

 ハシュの目がまばたきを繰り返していると、


「……僕はこのトゥブアン皇国に、戦時であると国情態勢を切り替えた。正直、タイミングとしてはやや遅い部分もあったけど、――じつを言うと、まだ決定打となる情報が掴みきれていなくて、考えあぐねていた事柄もあるんだ」

「?」


 白状する声がわずかに重たくなる。

 どこか苦渋を滲ませる十月騎士団団長の表情には、どれだけ情報を正しく得て精査しても、つぎからつぎへと止むことなく舞い込む事柄に心底参ってしまうようすも浮かんでいたが、


「でも、だからこそ過去の二の舞を踏むわけにはいかない。だから武官ではなく、この十月騎士団直属の伝達系統を主体にしたくて、伝達騎馬隊を新設した。それを確固たるものとするには、どうしてもそれに値する人物が中心にいないと駄目なんだ」


 ――だから、ハシュを試した。


「ハシュはね、どうも極星らしい」

「極星?」


 それは確か、皇宮の御用門で衛兵を務める一月騎士団の彼らにも言われたことがある。――きみは極星のようだね、と。

 ハシュはすぐに泣いたり、あわてたり、困惑してしまうから、誰もが見かねて手を貸してしまう。ハシュにはその自覚があるから、周囲には絶えず感謝しているのだが、


「事情は何も知らなくても、誰もがハシュのためになるのなら……そうやって自然と手が伸びて、協力体制が生まれるのは稀なこと。それが温かな波紋のように広がる中心を極星に例えて、ハシュはそれに当てはまるようなんだ」

「……」

「きっと、先の件。べつの誰かがおなじ条件を言い渡されて困り果てても、苦労を同情する言葉だけで終わって、誰の手も無条件には伸びなかったと思う」

「でも、俺がみんなに助けてもらったのは……」


 ハシュがあまりにも「ハシュすぎる」から。

 だから周囲も「やれやれ」と思い、手を伸ばしてくれたにすぎない。

 そう感じるハシュは、自分が特別の存在であるかのように伝えられる言葉には自覚も自信も持てない。いや、こういうのは持ってはいけないと思う。

 それでもようやくのことで差し出されている手紙を受け取ろうと手を伸ばし、その一枚一枚を目にして、――ハシュは驚愕する。

 最初の一枚目にはあの七三黒縁眼鏡鬼畜……ではなく、四月騎士団団長の署名があった。


 ――十月騎士団新設、伝達騎馬隊。その隊長の任に同意する。奉職全うせよ、期待する。


 あの顔と性格がまったく一致しないような、あまりにも美しい流麗な文字。

 しかも、彼がはじめてハシュを肯定するように書かれていて、


 ――迷うことがあれば、即座に根性を叩き直してやる。いつでも四月騎士団団長執務室を訪ね、土下座して乞うがいい!

 ――ふはははははッ!


「……」


 うん……。

 何だろう、この別次元の恐怖は……。

 まるであの尊大すぎる笑い声まで脳裏に直截ひびいてくる。

 何で俺はいま、この手紙を見て感動してしまったのだろう……とハシュは盛大に猛省し、気持ちだけは受け取りますとつぶやいて、あわててべつの手紙を前にして絶対尊大の化身の手紙を隠す。

 でも、つぎからつぎへと現れる、ハシュに宛てられた隊長同意への文章。

 ハシュの驚愕の目は収まらない。


 ――いつの間に、こんな……。


 これらに関してトゥブアン皇国に十二ある騎士団の頂点に立つ各団長が集い、ハシュのために会議でも行ってくれたのか、ハシュの隊長の任命に対し、


 ――一月、二月騎士団団長、同意。奮励努力せよ。

 ――五月騎士団団長、同意。

 ――七月、八月騎士団団長、同意。清き奉職を期待する。

 ――十二月騎士団団長、同意。隊長任命、寿ぎ申し上げる。

 ――六月騎士団団長、条件付きで同意。

 ――半数の採用同意を承認とし、十月騎士団団長、これを正式に任命する。


 そのような同意文章と署名が記されているではないか。


 ――バティア……。


 ハシュは思わず、親友が団長として宛ててくれた同意書を胸にぎゅっと抱いてしまう。

 自分はただの伝書鳩だというのに……。

 これほどまでに雲上人である各騎士団の最高位から認められるなんて!


「この手紙……」

「ハシュが今回秤に掛けられなければ、彼ら団長とも面識を得る機会もなかったし、ましてやたった一度の対面でここまでの信頼を得ることもなかった。――つまり、これがハシュの極星たる力なのかもしれないね」

「……」


 ああ、とハシュは思う。

 こうやって褒められる嬉しさと、多くの団長から同意を得てしまった重責と不安。それらが綯い交ぜになってしまうと、


「ハシュ、お願い――。みんなと一緒に僕を支えてくれないだろうか? きみたちがいてくれれば、僕はぜったいに挫けることはないから」

「トットー……いえ、ユーボット団長……」


 一伝書鳩に対して、新人文官に対して、いまも大任を預かる現実に迷い、震えが止まらないハシュに対して、このトゥブアン皇国の国権すべてを手にする十月騎士団団長が礼節ではなくて、心底個人として乞うように頭を下げてくる。

 これにはハシュどころか、周囲に立つ伝書鳩たちもおどろいてしまったが、


「――ハシュ!」


 突然、誰かがハシュの名を呼び、声を上げてきた。

 え? と思うと、ハシュはつぎからつぎへと名前を呼ばれて、困惑しきっている身体と心を彼ら同期たちに力強く抱きしめられてしまう。


「ハシュ、きみならできるって!」

「俺たちだって、がんばるさ。ハシュだけに背負わせたりしないから!」

「僕はきみのような早馬ではないけど、でも、がんばって走るよ」


 同期たちはそうやって目の前にはまだ十月騎士団団長がいるにも関わらず、いつものようにハシュを励ましてくる。

 抱きしめて、背や肩を撫でて、叩いて。

 それは互いに示し合わせたものではなく、誰もが自然と身体が動いて、感情を伝えずにはいられなかった証だった。

 これをさせてしまうのがハシュなのだと思うと、十月騎士団団長は幼馴染として嬉しかったし、だからこそ測ろうと秤にかけ、謀った甲斐もあった。

 ハシュが極星であるかぎり、周囲もまたハシュのために忠実に動こうとするだろう。

 その忠実が正しき情報となって、この「決断の長」の手もとに届く――。

 そう……この手に。


「みんな……」


 ハシュは伝書鳩たちに抱きしめられながら、戸惑いながらも照れを浮かべて、ゆっくりと目を閉じる。

 ああ……。

 こんなにも信を戴けるなんて――。

 ハシュは優しくて温かい、彼らの手をゆっくりと撫でながらようやくのことで覚悟をきめた。その場に直立しようと思い、すこし離れて、と彼らの手をかるく叩いて合図する。


「ハシュ!」

「がんばれ!」

「言っちゃえ!」


 周囲も「わっ」と喜びながら離れて、ハシュより一歩下がって整列する。

 ハシュがこれから何をしようとするのか。

 十月騎士団団長も察して、自身も姿勢を正して向き直る。


 ――心はまだ不安のほうが勝っているけど……。


 ハシュは虚空にある剣を手にするように握る。

 剣の名は決意。

 それはハシュが本体描いていた手にする剣とはまったく異なっていたけれど、ハシュは名付けたとおりに心中でつぶやき、ぎゅっと拳を握る。


 ――世の中というのは、じつに自分の思いどおりに事は進まない。

 ――いつだって想定外の着地地点に足を着けることになってしまうけど……。

 でも――。

 ああ、何だかどきどきしてきた。


「十月騎士団ユーボット団長、ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございませんでした。新設、伝達騎馬隊隊長の任、ハシュ! 謹んでお受けいたします――」


 トゥブアン皇国の地図が床に描かれた広間。

 ハシュが立つ位置は、ここ皇都。

 皇国はこれから戦禍と面する戦時へと突入せざるを得ないが、自分の奮闘がすこしでもこの皇国の、「決断の長」である十月騎士団団長を支え、国民のすべての支えとなるのなら……。

 ハシュは任を受諾し、決意を以って敬礼する。

 それにつづいて、背後に整列する伝書鳩たちも一糸乱れなく敬礼した。



 こうして十月騎士団に新設された伝書鳩たちに寄る伝達騎馬隊は正式なものとなり、――ハシュはその初代隊長として奉職を全うすると誓うのだった。

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