へ……? 俺が、何? ええッ!
「――ハシュ、これよりきみを十月騎士団伝達騎馬隊、初代隊長として任命する」
これを伝えられたとき、ハシュたち伝書鳩は一瞬だけぽかんとしてしまった。
十月騎士団伝達騎馬隊――。
名称は好きに変えてかまわないと言われたが、あらたまって聞くと何だか凄い命名だ。
ああ、ほんとうに何かが動こうとしている。
伝書鳩はもう、ただの小間使いではなくなってしまうのだ!
誰もがそう思い、身も心も引き締まる。
しかも、十月騎士団団長は何と言った?
――ハシュを初代隊長だってッ?
これには誰もが驚愕すぎて思いきり目を見開いてしまったが、つぎの瞬間、伝書鳩たちの心に湧いたのは歓喜だった。
「やったね、ハシュ! 隊長だなんて凄いじゃないか!」
「騎馬隊と名を打つなら、ハシュが妥当だよなぁ」
「ハシュ、おめでとう!」
同期の伝書鳩たちも先輩文官たちも本心から喜々を露わにして拍手し、抱きついて、ハシュの肩をパシ、パシと叩いてくる。
ハシュが少年兵時代に一気に才能を開花した、その馬術。
技量は誰もが知っているし、誰もが認めている。
――ハシュの実力を正しく評価してもらった!
そう思うだけで周囲のほうが誇らしくなってくるし、
――でも、ハシュで大丈夫かな……?
まだまだ到底人の上に立つ器ではない、その性格を知るだけに同期たちはべつの角度で一抹の不安も覚えたが、ハシュがいつものように容量を超えてパニックになったら、自分たちがどうにかして支えればそれで済むはず。
いままでそうやってきたのだから、これからもそうすればいい。
となると……。
物事は案外、何もかもが大きな変動を迎えるわけではないのかもしれない。
周囲はそんなふうに先々をまとめ、早くも奇妙な協力体制、連携体制を自然と構築していく。
その一方で、
――当人のハシュはというと……。
最初は周囲とおなじく、十月騎士団にいよいよ伝達騎馬隊が新設されたことに、自分たちの職務の重要性がより現実味となった気がして、緊張も不安も一気に増した。
でも、みんなと一緒ならきっとやっていける――。
そんなふうにまるで他人事のように、ここまでは一致団結の一角を担う気持ちもいっぱいにさせたが、
「……へ?」
――ん……?
十月騎士団団長はいま、ハシュに向かって何と言ったのだろう?
ハシュはそこだけが理解できず、きょとんとした表情のまま固まってしまったが、
「ハシュにはこれから騎馬隊の八月騎士団の庁舎に向かってもらい、本日をもって十月騎士団団長……僕が正式に騎馬隊を新設したと伝えてほしい。同時にハシュが隊長として就任したと伝えて、今後の動きを話し合ってきてほしい」
「は……?」
「大丈夫。指針はすべて預ける書類に示してあるし、これには幾人かの上層部の文官も同行させるから、ハシュが個人で難しく考える必要はないよ」
「……へ?」
目前に立つ十月騎士団団長が困惑中のハシュをそのままにして話を進めるので、ハシュの思考はどんどんと追いつかなくなってしまう。
不安と動揺に高鳴る鼓動とおなじ速さで、ハシュの顔が青ざめていく。
「ち……ちょっと待って……ください」
団長?
ユーボット団長?
トットー……?
先ほどからいったい、自分は彼に何を言われているのだろう?
「あ、あの……ユーボット団長……」
「ん? どうしたの?」
「俺が隊長って……?」
柔和のままわずかに首をかたむける十月騎士団団長に、ハシュは焦る。
いったい何を基準にそうなって、何がそれを正しく判断して、人選されて、どうしてハシュのような伝書鳩がいきなり隊長に……しかも、初代隊長などという名誉に立つことになったのだろう?
いや、おかしい。
どう考えたって、おかしいだろう。
この集まった顔ぶれのなかでそんな重役が決まるのであれば、いま、自分たちを手早くまとめることのできる先輩文官が適任だろう。
馬術においてハシュに敵う者はこの場にはいないが、人をまとめる器であれば――。
それを可能とする先輩文官たちを差し置いて、自分が隊長……――?
――いやいやいやッ!
この国難が目前にある一大事に、そんな重責を自分が預かるはずがない!
いざというとき、ハシュはすぐにパニックになってしまうのだから。
いまだってそうだ。
そろそろ脳内で何かが激しく慌てふためきそうでいっぱいになってくる。
ハシュはどんな表情をしたらいいのかがわからず、ひたすら困惑しながら十月騎士団団長を見つめ、
「お、俺が隊長だなんて……、そんなの嘘ですよね?」
あまりの動揺と不安で、足もとが途端に震えてきた。
尋ねる声も緊張で震えてしまう。
「俺……、誰かの上に立つような器じゃありません……ッ。しかも、大切なお役目を担う騎馬隊の隊長だなんて……」
無論、伝書鳩して先々にどんな苦難があろうと、新設された騎馬隊の一員として任務は全うしようと思っている。走れというのであれば、どんな全力疾走だってやってみせるつもりだ。
だが……。
その立場だけはどう考えても、不相応以上だ。
いきなり背負わされる、とてつもない重責。
はじめて知る重みは途方もなく、経験がないだけに早くも不安で爆発しそうになるし、何か失敗してしまったら大変なことになる、どうしよう、と思考だけが高速で先行してしまう。
「ユーボット団長ッ」
無理です!
俺には絶対に無理です!
無理、無理、無理ッ!
ハシュは激しく頭を振って、自分に向けられたすべてを拒絶してしまう。
――あ、ひょっとすると……。
ハシュが騎馬隊の隊長に任命されることなんかあり得ないので、これは相当に恥ずかしいけれど、聞きまちがえ……?
かなぁ――と一抹の望みを賭けて周囲を見やるが、周囲の目は何とも言えず、すでにパニックになっているハシュに「早速はじまったか」とどこか冷たい。げんなりとしている。
十月騎士団団長も困ったように、
「ハシュ――。これは職務としての決定事項だから。まずはやってみよう?」
「で、でもッ」
「駄目だよ。やりもしないで否定や異論を唱えるのは。きみももう正式な十月騎士団の文官なのだから、まずは与えられた職務を全うしようと、その意識をきちんと持たないと」
「で、でも……」
職務を蔑ろにしてやるとは、ひと言も言っていない。
ただ、何事にも向き不向きがあるわけで……。
ハシュはあっという間に涙目になって、自分にはできないと頭を振りつづけるが、
「――ハシュ」
「……ッ」
途端に奇妙な威圧のような気配を浮かべる十月騎士団団長に、ハシュはびくりと身を震わせてしまうが、だからと言ってこれは渋々うなずいていい事柄ではない。絶対に。
ハシュは気圧されながらも視線を弱々しくしながら泳がせ、うつむきこそしなかったが、やや顔を下げて下唇を噛んでしまう。
いまはどこぞの誰かよりも、そばかすが浮いている痩身の、幼馴染の青年のほうが遥かに怖かった。
十月騎士団団長はけっして叱りつけるような威圧を出しているわけではないのに、反論を完全に封じられてしまい、ハシュはどうしたらいいのか途方に暮れてしまう。
そんなハシュの心情は、十月騎士団団長も痛いほどわかる。
自分もそうだった。
何の経験もないのに、このトゥブアン皇国の国権すべてを手にする座に据えられてしまった。反論も、逃げ場も。そんなものはどこにも存在しなかった。
そうやって自身の経験と、いまのハシュの動揺や不安を比較するのはおかしいが、だからこそ、ハシュにはまずうなずく強さを学んでほしい。
十月騎士団団長はハシュが完全に服するまで視線を向ける。
そして……。
「確かに騎馬隊新設の話も、隊長の話も唐突すぎて、みんなだって不安や動揺のほうが勝ってしまうよね。――無論、僕たちは武官ではないのだから、ハシュに隊長としてすべてを指示しなさい、なんてことは言わないよ」
「……」
「ただ、文官には文官のやり方がある」
基本的に伝書鳩は伝書鳩のまま。
所属する伝達係の名称も、伝達騎馬隊と変わるだけ。
部署も伝達係を取り仕切る上官たちがそのまま継続し、彼らがいつものように主導で伝書鳩を動かして、
「ハシュはその伝書鳩のまとめ役。きみがね、いちばんの適任だと判断したんだ」
「適任って……いったい……」
何を根拠に、そう判断されるものが自分にはあるのだろう?
ハシュはどれだけ頭を捻らせても、自身からは何も見い出せない。
確かに馬術は得意になったし、好きだけど、それはあくまでも個人の技量であって、人の集まりをまとめる役割の判断材料とはちがうと思われる。
いまの心情……。
表現を悪く言ってしまえば、責任逃れ、これに近かったが、それでもハシュに白羽の矢が立って、どうしても抜け出せないというのであれば、ハシュにだって納得のいく説明が欲しい。
もうわけがわからないまま誰かに流されるのは、嫌だった。
ハシュは目を震わせながら十月騎士団団長を見やる。




