十月騎士団団長は、伝書鳩の羽ばたきに期待して――
十月騎士団団長の語りに、何か特別な高揚はなかった。
だが、最後のくだりにハシュたち伝書鳩は驚愕を余儀なくされてしまう。
誰もが目を見開いて、目の前に立つ若き「決断の長」を凝視し、ハシュの動揺を含む目もおなじように彼に向かっていた。
そんな伝書鳩……後輩たちの視線を受けながら、十月騎士団団長はうなずき、
「伝書鳩の日々は、最終的に僕の裁可押印を必要とする書類を各騎士団の庁舎から受け取り、また渡すこと。そこに軍事情報が加わるだけだから、言葉だけで言えばほんのすこし仕事量の嵩が増すだけ。――そうと割り切らせてもらったよ」
「で、ですが……」
「ごめんね。おどろかせるつもりはなかったけど、もう決めたことだから」
「……」
決めたことだから――。
そう言われてしまえば返す言葉もないが、この衝撃をどう自身に理解させればいいのだろう?
伝書鳩に権限を移行だなんて……ッ。
十月騎士団団長は何を新たに決断し、ハシュたち伝書鳩に何をさせようというのだろうか?
――これから、何やら重大な使命がはじまろうとしている。
それは充分に理解できるのだが、自分たちはまだまだ未熟な文官だ。
先輩文官だってまだ一年、ハシュたち同期に至ってはやっと三ヵ月が経とうとしている。
こんな自分たちに何が背負えるというのだろう?
そんなハシュたちの隠しきれない動揺を、十月騎士団団長も充分に理解しながら、
「勿論、きみたちに地図に立たせている位置から実際に皇都にあるこの十月騎士団本庁舎まで、つねに書類や情報の受け渡しをお願いする、だから騎馬を死ぬ気で走らせて……何てことは言わないよ。現実的に不可能だからね」
――ですよね。
――ああ、さすがにそこは上官たちとはちがって冷静か。
――これが上官たちだったら、二日もあれば往復できるだろうって、訳のわからない理論で「書類を取ってこいッ」って言うよね、絶対……。
現実的に不可能。
それをきっぱりと言った十月騎士団団長に、ハシュたちは内心ほっと胸を撫で下ろす。
「基本的な距離の往復は、従来どおり騎馬隊の八月騎士団を用いるから、きみたちの日常や負担はそこまで様変わりすることはないよ」
「……」
その言葉に誰もがほっとするが、
「でも、それでは僕の考案に意味がなくなるから、ときには伝書鳩も同行させる。――そうだね、ある意味、長旅になる任務を与えることは否めない」
「……」
これを聞いて誰もが絶句する。
馬術を得意とするハシュはともかく、周囲の同期や先輩文官はいずれも最初から文官志向だった。
騎馬は不得意ではないが、頭脳で務めを果たすのが本来だ。
――ま、俺の場合は……。
真逆の意味で十月騎士団に採用されたんだろうけど……。
ハシュはふとそんなことを思い、自分と同期たちの成績順に涙を浮かべる。
なので、片道だけでも数日はかかる――ほんとうに長旅のような奔走が任務に加わるのだと思うと、自分は終日、本職の騎馬隊の足についていけるのだろうかと、まずは不安が先行してしまう。
これは無理もない事柄だった。
だが、十月騎士団団長の圧案に尻込みする気配が大広間に生まれると、それを口にした長も表情をあらためて、
「いまはすでに戦時。きみたちも少年兵を育成する十二月騎士団を修了した、立派な騎士だ。文官であろうと、武官とおなじ高潔なる魂を持って奉職する、その決意を忘れてはならないよ」
「……は……はい」
「それに、十月騎士団はあくまでも文官。ここに所属するきみたちに武官の真似事はさせないけど、でも、本職の騎馬隊の矜持を叩き折ってまで伝書鳩に軍事面の情報伝達の権限を与える。それがどれだけの重責なのかは自覚してほしい」
「……はい」
「十月騎士団はいま、それだけの責務を背負っている。それでなくても日々、書類を手に奔走してくれるきみたちにはほんとうに感謝している。――ありがとう」
「団長……」
「だから、一緒にトゥブアン皇国の未来をつなごう」
十月騎士団団長は言って、ゆっくりと一同を見やる。
――ほんとうに戦争さえなければ……。
どの面々もまだ十七歳、十八歳と若く、団長自身もまだ十九歳。
いくらトゥブアン皇国の定めた成人年齢が十八歳とはいえ、皇国を戦禍から護るにはあまりにも未熟だ。例え、途端にやる気を漲らせても経験がない。誰もが自覚があるからこそ、胸を張って「お任せください!」とは言えない。
何より……。
十月騎士団団長に至ってはその経験がないというのに国事、国政、軍事のすべてに決定権がある「決断の長」として皇国のトップに立っている。
内示から就任まで、当時、十二ある騎士団の団長のほとんどが仰天し、不信に思ったが、
――この皇国を護るためだけに集中しろ。
そう言われて、十月騎士団団長の座に据えられた以上、腹を括るしかなかった。
だから……。
今後も止まることなく、幾度と訪れるだろう国難を支えるためには年齢も未熟も関係がない。
とにかく身を挺して経験し、生き残って成長していかなければならないのだ。
これがトゥブアン皇国に生まれた者として、背負わなければならない運命でもあった――。
「これより十月騎士団は通常の伝達係を一時廃し、新たに伝達騎馬隊として設け、きみたちをその任に据える」
「ええッ?」
「騎馬隊ですかッ?」
これもまた突然の名称変更に驚愕してしまったが、先ほどの衝撃とはいささか受け止め方も異なった。
――まさか、騎馬隊だなんて……。
――俺たち文官なのに、武官のような立場になっちゃうわけ?
実際には向き、不向きもあった。
だが、誰もが一度は武官騎士になることに憧れて、少年兵を育成する十二月騎士団に入団したのだ。
ハシュはいまも剣を握る文官にこだわり、憧れつづけているが、そうではない伝書鳩たちも思わぬ新設とその名称に動揺しているものの、心なしか浮足立ってしまう。
でも、「隊」が付くということは――。
ほんとうに、これまでの日々の奔走とは桁違いの激務に忙殺されることが安易に予想もできる。これは伝書鳩の名称がカッコよくなっただけで浮かれていては、身体が持たない。――うん、身体よりも心が。
誰もが即座にそう判断して、浮かれ熱もすぐに肝ごと冷えたが……、
「もし、騎馬隊と呼ばれることに重圧を感じるのなら、きみたちの好きなように名前を付けてもいいよ。騎馬隊も名目上につけた名前だからね」
「で、でも……」
「それとも従来どおり、伝書鳩、って呼んだほうがしっくりくるかな?」
「そ、それは……」
小さく笑みながら十月騎士団団長が揶揄してくるので、伝書鳩たちはかえって複雑に困惑してしまう。
伝書鳩――。
それはいかにも小間使い、こき使われやすい名称のように思えて――いえ、実際は真実そのとおりに使われていますが!――、当初は少年兵時代の同期たちが武官、文官となった立場よりも低く見られている気がして嫌でもあったが、最近はその呼び名にも愛着が湧いて、いまは、その……気に入っている。
なので、騎馬隊と畏まって言われるのであれば、伝書鳩のままのほうが何となく気負わず動けるような気がする。
――どうする?
――これは先輩たちも含めて、今夜の夕食の席で会議する?
――でもさ、先輩に奇妙な名称が浮かんだら、それを「よいしょ」しなくちゃいけないし……。
――え~、拒否権なしなの?
――一期上の先輩には少年兵時代にお世話になったんだ。後々改変も含めて、いまは立てないと。
――ねぇ、俺たち。そもそも何を重点に心配しなくちゃならないわけ?
などと、ハシュを含む同期たちは早速視線だけで会話し、早くも飛躍した年功序列の壁に当たってしまう。
それが気配から溢れて、周囲の先輩文官にも筒抜けになってしまい、先輩文官らは可愛い後輩たちのどうでもいい悩みに額を押さえて、ため息をついてしまう。
――こら。
――そういうお話は、あとで。
いまは全体の取りまとめ役を買っている先輩文官が視線の会話に参加して、ハシュたちを黙らせる。
ハシュは素直に「ひゃッ」と身を竦めてしまった。
傍から見ていてそのやりとりがおもしろく、十月騎士団団長は堪えきれず苦笑してしまう。
「あと、名目上では騎馬隊として登録するので、隊をまとめる人物が必要になる。――人選はこちらで厳選して向かせさせてもらったよ」
そう言って、彼はハシュに向き直る。
彼は一瞬だけ幼馴染として申し訳なさそうに瞳を揺らしたが、すぐさま十月騎士団団長として表情をあらため、ハシュに伝えてくる。
「――ハシュ、これよりきみを十月騎士団伝達騎馬隊、初代隊長として任命する」




