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七年前の真実

 ――せめて、声が聞こえれば……。


 誰かに誘導されたり、翻弄される声ではなく。

 ハシュだけを確実に、答えに導いてくれる声。

 それさえ届けば、例え十月騎士団団長本人が口を閉ざし、気配を隠すように足音を消しても、ハシュにだって何となく所在が掴めるのに。

 ハシュは何度も首を左右にかしげながら「う~ん」……と唸るように考え込んでしまうと、その姿を見て何かが浮かんだのか、べつの伝書鳩がハッとして、


「ひょっとすると……答えは、情報、でしょうか?」


 小さく手を上げて、口にする。

 すると、それが求めていた正しい答えだったのか、十月騎士団団長は述べた伝書鳩に向かって微笑みながらうなずき、


「そう。僕が欲しいのは――目を閉じていても正確に届く情報」


 そう言って、ハシュに「もう目を開けてもいいよ」と声をかけながら、


「僕は最初、この床の地図にきみたちを立たせて、きみたちは実際の土地に何があるのかを理解した。そして僕は、これから迎える戦禍に主力を尽くすと言った」


 それを理解させた地図……盤面の上で、


「これらに対して僕が欲しいものを当ててほしい、そう言って、ハシュには目隠しをさせて、鬼ごっこをしようと言って、僕は立ち位置を悟られないよう足音を消して、周囲のみんなに交ざるよう気配を消した」


 それをされる前は、ハシュも十月騎士団団長が何を欲しがっているのだろうと意識を向けて考えることができたのだが、


「みんなも見てわかったように、ハシュには目隠しをさせて、僕が鬼ごっこをしようと誘った瞬間――ハシュは最初に僕が言ったことをほとんど忘れて、僕を探そうという新たな意識に集中してしまった」


 十月騎士団団長がそういうと、ハシュは目もとに捲いていた腰帯を解きながら、やや気まずそうに、


「だって……ッ、トットーが……団長が鬼ごっこをしようと言ったんですよ? 俺はそうすることで何か答えにつながるのかなって思ったから、だから――」


 すこしだけ口答えのように反論してしまうが、十月騎士団団長はそれも答えのひとつのように満足しながらうなずいて、


「そうだね。これはハシュが悪い、というわけではなくて、どちらかと言えば僕という権限を持つ者がつぎからつぎへと口にするから、ハシュはまず、それを熟そうと思って優先意識を変えてしまったに過ぎない」

「……」

「――これが恐ろしい、情報伝達の歪みのはじまりなんだ」


 それまで穏やかだった十月騎士団団長は、突如として声音を変えた。

 同時に、どこか冷徹な気配と切り替えるようにそれを浮かべるので、周囲は思わずぞくりとして姿勢を正してしまう。

 それはハシュでさえ見たことがない変貌だったので、普段から面識の浅いハシュの同期たち、彼を学年ひとつ上の先輩として見知っている、ハシュたちにとっての一期上の先輩文官たちも途端に緊張が走ってしまった。

 そんな伝書鳩たちをまっすぐ見やりながら、十月騎士団団長が断言してきた。


「これがね。七年前の大海戦で勝利したとはいえ、海軍騎士の七月騎士団が壊滅状態まで追い込まれ、トゥブアン皇国が建国以来、初めてかたむくかもしれない事態に追い込まれかねなかった事実なんだ」

「事実……」



□ □



「普段であれば、必要な書類や伝達事項は皇都地域という限定的ななかでやりとりをしているから、伝書鳩たちであるきみたちに活発に動いてもらえば、それらはすぐに手もとに届き、耳に届く」

「……はい」

「けれども、情報を必要とする範囲がきみたちを地図に立たせたような広域になってしまうと、さすがに距離も時間も簡単ではなくなってしまう」

「確かに……」


 ――だから、か。


 十月騎士団団長が自分たちをこの大広間の床に描かれた地図の上に立たせて、それとなく故意的に位置を把握させたのは。

 そうやって伝えてもらえれば、普段から皇都地域を奔走しているハシュたち伝書鳩は即座に距離と移動にかかる時間を計算することができるので納得できるし、先輩文官たちも経験者なので、脳内の計算もおなじだ。

 ハシュたちはこれに素直にうなずく。

 だが……。

 これと並行して彼が語ろうとする、情報伝達の歪みとはどういう意味だろう?

 ハシュたちはどんなときでも、正しく書類を受け渡しするためだけに奔走しているというのに。

 まぁ、その最中。

 十月騎士団の敷地を出ればどこに向かうのも一緒だと言いたげに、「ついで」に用件を頼む上官たちには飽き飽きしているが!


 ――ほんとうに、上官たちときたら!

 ――ついで、ついで、ついでついでの大合唱!


 まるでこうだ。


 ――ゲコ、ゲコ、ゲコゲコ……ッ。

 ――って、蛙かよッ!


 ハシュたち伝書鳩たちは、つい心中で何だかんだとこき使われる日々に異口同音で文句を叫んでしまう。

 だが、さすがにこれをいま陳情する場ではないので、ハシュたちは渋々言葉を飲み込むが。

 さて、話を戻すと――。

 十月騎士団団長に言われて、ハシュたちはあらためて自分たちの立ち位置に目をやる。

 この話の流れでいくと、どうも自分たちは今後、この広域に渡る距離のなかで書類の受け渡しや情報伝達の必要性を求めて奔走させられることが予想される。

 だが、トゥブアン皇国の実際はほんとうに広域だ。

 例えばハシュがいま立つ皇都地域と、いちばん近くに立っている同期の軍港地域を見ても、軍馬を長時間全力疾走させても片道だけで数日もかかる。

 いくら日々の激務の奔走に慣れてきたとはいえ、これ以上「頭を使って短縮させろ」と理不尽を命じられたとしても、これはとてもではないが熟せない。

 不可能だ!

 ハシュたちは「それでもやれ」と言われるのかと思い、それこそ、


 ――十月騎士団は真実、血も涙もないのかッ!


 と声にして抗議したくなったが、面々の表情を見て十月騎士団団長はわずかに目を丸めて、そして苦笑してしまった。


「――僕はね、七年前の大海戦がどうしてあんなにも悲惨で、勝利しながらも七月騎士団が壊滅状態にまで追い込まれたのかを徹底的に調べたんだ」


 多くの犠牲を出してまでこのトゥブアン皇国を守護してくれた海軍騎士の七月騎士団の悪口は、言いたくはない。

 だが、感謝の裏には多大な失敗がある。

 それを知ってしまった以上、あの七年前の大海戦の犠牲を悼み、美談で語ることはもうできない。


「いまでこそ当時の海戦の初期段階で、前線で指揮を取られていた団長が戦死していたことは誰もが知るところだけど……、当時、それは七月騎士団のなかでもごく一部だけが知る事実で、海軍騎士たちすべてが知ることではなかった」


 勿論、その理由は彼らの立ち位置が軍船という限られた場。

 周囲は大海洋で、目前にはつねに敵軍船団が恐ろしい数を成して向かってきている。

 しかも当時の七月騎士団団長はまだ若かったが、絶対的な信頼と魅力があったため、七月騎士団をはじめとする武官の騎士団からも悉く崇拝されていた。


 ――その団長を初期段階で失うのは、あまりにも痛手だ。


 現場を思えば、当時は仕方がなかったのかもしれないと思えるが、


「それを機に、七月騎士団は本来であれば微細であろうと伝えるべき情報をどこかで閉じてしまって、決戦は悲劇を予測しておきながら、後方支援のすべてに不利を正直に伝えて動揺と混乱を与えないよう、つぎからつぎへとほんとうに必要な情報を握り潰しはじめていたんだ」

「……え……」


 これはハシュたちにとっても衝撃的な内容だった。

 情報を握り潰す――。

 日ごろから正しく確実に書類を運ぶことを職務としている伝書鳩たちには、行為そのものに理解し難いものがあった。

 何で……と、誰かがつぶやいてしまうと、


「結論から言ってしまうと、団長を失ったことで現場が混乱し、そうと思われることを矜持が許さなかったんだろうね。でも、状況は想像以上に不利がつづき……」


 武器も、人員も、軍船も。

 援軍、後方支援はつねに喉から手が出るほど欲しかっただろうに、背後にあるトゥブアン皇国を絶対的に守護する役割を持ちながら、何の矜持が邪魔をしたのか……。


「どうして……ですか? 戦場では、助けて、と言っては駄目なんですか?」


 ハシュとおなじように七年前の大海戦で父を失った伝書鳩が、堪らず尋ねてくる。

 おなじように、父を失い、母も後追いしてしまい、双方を失った十月騎士団団長には、その震える声が何を知りたいのかがわかる気がして、おなじ胸の痛みに表情が出そうになる。

 だが彼は、いまは十月騎士団団長として情は出さずに、


「当時、それでも後方支援は用意されていた」


 そう。

 それでも。

 そうと言っても――。

 重なる不利に持てる軍船も、砲弾も、海軍騎士も残らず投入してしまい、援軍といっても残りは陸の武官たちで構成された一時的な海軍騎士――付け焼き刃のようなものだったが……。


「きっと、本来の海軍騎士のような働きができない以上、能力不足の援軍は足手まといと考えたのかもしれないし、むしろ、余計な被害甚大を招くだけと恐れていたのかもしれない」


 失うのは軍船の数だけではないのだ。

 これ以上の人命を失うのは耐えきれなかったし、何より、未来のために残せる人命は残さなければならない。――それができない自分たちのかわりに。

 こんなふうに語ってしまえば、美しく壮絶な覚悟だろう。

 それだけに、自己犠牲ゆえの配慮がかえって犠牲を生んだのかもしれない。


「こうやって、当時の十月騎士団や五月騎士団の文官たちにもたらされる情報がどんどん歪み、真実が聞こえなくなってしまった結果が――これだ」

「……」


 話を聞いて、父もそんなふうにハシュたちを護ろうと覚悟をきめてしまったのかと思うと、ハシュの胸は容赦なく軋む。

 切なくて、痛い。


「どちらにせよ、これ以上トゥブアン皇国を護りきった功労者たちを責めるつもりはないよ。でもこれは、美談ではない。許し難い失策である以上、僕は二の舞を踏むわけにはいかないんだ」

「団長……」


 ――でも……。


 そうと決意ばかりを全面に出しておきながら。

 もし、自分自身も気づかず、軍師と見定めてもらっておきながら策を誤ったら……?

 その最中、七月騎士団がまた重要な局面で伝達系統に支障をもたらしたら?

 それが原因となり、敗因にでもなったら、トゥブアン皇国はどうなる?

 今回も辛うじて乗り切れたとして、七月騎士団がまた壊滅の危機に瀕したら、「つぎ」は誰が皇国を守護できるというのだろう?

 戦場での究極の判断と、陸に残る「決断の長」の判断は、どこまで相互しつづけることができるのだろう?

 戦時においてはトゥブアン皇国の国権すべてを預かる立場として、十月騎士団団長は就任後、とにかく生き残った当時の出撃経験を持つ海軍騎士から徹底して当時の状況を聞き出し、何百、何千と精査した。


 ――そうして今回、敵国の不穏な動きを知り。

 ――さらに何千、何万と練り上げては棄却をくり返した自身の海戦案を見直して。


 それでようやく、つぎなる戦禍が確実に迫っていることを公表することができた。

 この気弱そうな少年の本性は、百年に一度と謳われる――軍師。

 その天賦の才を以てしても、決断に至るまでには時間を要してしまった。


 ――そんなことをハシュたちが聞かされている間。


 実際、七年前の当時。

 まだ若き海軍騎士として大海戦に挑んだ経験を持つ、十月騎士団団長付きの美貌の秘書官は表情を陰らせていた。

 彼にとっても、それは後で知ったことのほうが多くて、事実ショックを受けた。――でも、自身の驚愕などあまりにも微々たるものだ。

 こうして目の前で父を実際に失っている少年たちを見ると、どう詫びたらいいのかわからない。そんな表情をしている。

 だが十月騎士団団長は、そんな自身の秘書官には見向きもせず、


「今回、何よりも重要視したのは伝達系統を正すことだった。戦時での伝令は騎馬隊の八月騎士団が主体だった慣例を廃し、その役目はすべて、僕を長とするこの十月騎士団の伝達係……つまり、きみたち伝書鳩にその権限を移項させようと思い、――決定させてもらった」

「……え?」

「へ?」

「きみたちにとっては突然の話だろうけど、僕としては前々から考えていたところなんだ」


 十月騎士団団長がすべての国権を預かるのなら、そこに情報や書類を届けるのは武官ではなくて、文官。


「僕の可愛い十月騎士団の伝書鳩でもいいんじゃないかって」

「!」

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