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ハシュの目隠し鬼 「鬼さんこ~ちら、声するほ~うへ」

 大広間の床に描かれた、トゥブアン皇国の地図。

 少年兵を育成する十二月騎士団の学術の時間で、その図面上には実際に何があるのかを正確に学んでいたので、ハシュたち伝書鳩は自分の立ち位置がどこに当たるのかを理解することはできたのだが……。

 故意的に立たされた、その意味と十月騎士団団長の目的までは読み取れない。

 もし……。

 十月騎士団に何かを問われて、正確に答えることができなかったら――。

 それを考える面々の漠然とした緊張感が大広間に漂うも、こうして大きな地図の上に直截立つと、何だか自分たちが小さくなってしまったような錯覚も起きるので、まるでチェスなどの盤面の上に立つ駒になった感じ……と、その不思議も拭えない。


 ――何だか、小人になった気分だ。


 そう思えてしまうと、いまは不謹慎かもしれないが、口もとに小さな笑みが浮かんでしまう。

 そんなふうにハシュたち伝書鳩は足もとの地図……トゥブアン皇国を見やる。


 ――そして。


 このかけがえのない島大陸を、すべての恩恵に愛されている楽園のように捉える西の大陸の中央諸国地域、それらが侵攻する宗教の総本山であり、強大な権力を握る「シャトラリス聖皇国」らが自国の領土としてこのトゥブアン皇国を欲し、もう何百年単位の侵略戦争を仕掛けている。

 ああ……。

 なんて悲しい欲望なのだろう?


 ――それでもトゥブアン皇国は、自ら拳を振り上げることはしない。

 ――何があろうと、のどかな牧畜国家として生きていきたいのだ。


「こうして立ってみると、となりの相手までの距離はわずかに数歩。あるいはそれにも満たない。――でも、その歩数も実際の距離では、どれほどの早馬を走らせても数日はかかる」


 例えば、


「この皇都地域からいちばん近い海軍騎士の七月騎士団の軍港もそう。陸路では馬を、あとは港に向かって流れる川を船で移動しなければ、簡単には到着できない」


 十月騎士団団長は言って、ハシュたち伝書鳩を立たせたまま自分の歩調で彼らの周囲を歩きはじめる。

 コツ、コツ……と革靴で小さな足音を立てながら、


「ここがもっとも重要な軍港。大型軍船の主力が所属していて、その前後の軍港に補佐の隊列を務める軍船が集中している」


 その軍港の配列後方が、大型造船所をいくつも構える匠の九月騎士団の根拠地で、


「この沿岸地域は、トゥブアン皇国と七月騎士団の最重要ともいえる軍事力のすべてが集中している。言わば、心臓部というところだね」


 あとは――。

 一般生活に欠かせない漁村や漁港、すでにほとんどの国と国交を断絶しているので、いまでは予備軍港となっているか、かつての交易港の名残がある遺跡か、それくらいだ。

 四方を豊かな海洋に囲まれながら、防衛の面では島大陸ゆえに厚く、海洋に面している地域にはとにかく軍港が多い。

 人差し指をゆっくり伸ばして、十月騎士団団長が地図をぐるりと示す。

 その土地柄もあって、唯一皇帝の御座所となる皇宮を中心とした皇都地域は海から離れた平野部に築かれている。

 皇都地域にはトゥブアン皇国に十二ある騎士団がそれぞれの敷地と庁舎を設け、伴って国民も集中してこの地域で暮らしている。


 ――戦禍が及ばぬよう、ここは隠された都でもあるのだ。


 そうやって人々が集中する皇都地域以外は、実り豊かな穀倉地域、牛や羊の牧畜に適した地域、人が通わぬ自然のままの地域があるだけで、戦争さえなければ皇国はほんとうにのどかで平和なのだ。


「トゥブアン皇国は、沿岸地域の地形自体が広域の断崖絶壁が天然の要塞を兼ねているからね。普段は軍備を配さないけど、いまは陸の騎士団である剣技の六月騎士団、騎馬隊の八月騎士団を見張りの意味を込めて等間隔で警備に配している」


 その配置の速さは著しく、普段であれば皇都の街で多く見かける武官たちの姿もだいぶまばらになっている。

 ハシュも先日、重要地域に配されて移動する武官たちの隊列を見かけて、無事であるようにと心から祈りを込めて一礼している。


 十月騎士団団長はそうやって説明しながら地域を歩いて、皇都の中心部に立っているハシュと先輩文官と向かい合うように止まる。

 一度、周囲の顔ぶれを見やるように視線を巡らせながら、


「――では、ここでみんなに質問」

「え?」

「僕は十月騎士団団長として死力を尽くすため、的確な位置にそれぞれ軍備を配した。でもそれは、普段の行動範囲を考えれば広域すぎて、僕の欲しいものが即座には手に入らない」

「団長の欲しいものですか?」

「そう。――()()()()()()()


 ――何か、わかるかな?


 と、まるで謎解きを仕掛けて遊ぼうとするように、彼にしては珍しく悪戯っぽく小首をかたむけながら尋ねてくるので、向かい合うハシュも眉間にしわを寄せながら周囲の伝書鳩たちを見やり、床に描かれている地図を見やりながらこの謎解きに参戦する。


 ――幼馴染のトットーが……。

 ――「決断の長」である十月騎士団団長として欲しいもの……。


 彼の性格は気弱な面が多いが、本心は謎解きを介して探らなければ見当もつかない、そんな複雑めいた一面もあるので、これを当てるのは難しい。

 子どものころはこのような謎解きを遊びに置き換えて、ハシュは周囲の子どもたちと一緒に彼から読み書きを学んでいる。彼はこうやって学びを誘うのが思いのほかうまい。

 ただ……大人びてくると、難解になるから厄介だ。

 この手の思考は苦手だな――。

 何事もまっすぐすぎるハシュとは真逆の考えだけに、ハシュの目がいつの間にか真剣になって探ろうとしていくと、


「ハシュ、目を閉じて」

「へ?」


 目の前に立つ十月騎士団団長が柔らかく言ってくるので、ハシュは一瞬、何を言われているのかがよくわからなかったが、


「いまは、視界からの情報はあまり関係ないから」

「?」

「さ、目を閉じて。そして――僕の欲しいものを当ててみて」

「え……えっと……?」


 促す彼は、どうしてもハシュに目を閉じてもらいたいらしい。


 ――目を閉じれば答えがわかる?


 だが、すでに謎解きがはじまっているこれの意図さえわからないのに、目まで閉じてしまったら……。


「目を閉じたら、何をすれば……」


 困惑しながらハシュが尋ねると、――幸せだったあのころ、ハシュがみんなと元気に走り回りながら遊ぶ傍らで本ばかりを読んで、周囲のにぎやかな声に微笑んでいたようすを再現するように十月騎士団団長が、


「目隠し鬼――しようか?」

「は?」

「ハシュが鬼。目を閉じたまま、僕を見つけて?」

「――へ?」


 突然、幼い子どもの遊びを持ちかけられてしまい、ハシュはほんとうに困惑してしまう。

 それでも彼が目を閉じろというのだ。

 意味はある……のだろうと思い、ハシュは渋々とうなずく。

 最初はただ目を閉じようとしたが、十月騎士団団長の突然の思いつきに傍らに控えていた美貌の秘書官が笑いながら、ハシュに長い帯を手渡してくる。

 それは秘書官が軍装に身につけている腰帯だった。

 彼は元武官。海軍騎士だったので、それらで纏っていた名残をいまも身につけているのだ。

 受け取ったハシュはその腰帯で目もとを隠す。

 見た目よりも上質な布地なので、しっかり捲くとこの大広間に届く日差しもあまり気にならない。


 ――トットーって、こんなに茶目っ気があったっけ?


 ハシュは疑問に思いながら首を左右にかたむけ、そして、両手を不安定に伸ばしながら動こうとしたが、


「ハシュは()()()()()()だよ。きみは()()()()()()いないと」

「……?」


 その声を最後に、十月騎士団団長はぴたりと声を閉ざした。

 ハシュはまだ傍にいるだろうと思い、目隠しのままきょろきょろとするが、そのしぐさのなか、それまで足音を立てて歩いていた十月騎士団団長がわざと足音を消して、周辺の地図の上に立つ伝書鳩たちのなかに紛れるよう歩きはじめてしまう。

 そのまま――。

 ハシュには自分が動く位置を悟らせないで、と彼は自分の唇に人差し指を当てながら伝書鳩たちに伝え、その一方で片手をうまく使いながら何かジェスチャーのように動かしたり、指先を鳥のくちばしに見立てて素早く開閉させるので、


「――ハシュ! 団長はあちらに行かれたよ」

「へ?」

「ちがうよ、こっちに戻ってきた」

「え?」

「ハシュ、どっちに向いているんだよ。団長はそっちだって!」

「はぁ?」


 同期や先輩たちが咄嗟に十月騎士団団長の意を悟り、目隠しをしているハシュに対して、十月騎士団団長がいま、どの位置に立っているのかを言葉で撹乱するように口々に言いはじめる。

 ハシュは聞こえる声を頼りにあちらこちらと向くが、そのたびに「ちがうよ」と言われてしまい、その場から動かないようにしていても、どんどん自分がどの方角を向いているのかがわからなくなってしまう。


「もうッ、みんな、あっちこっち言わないでよ! 全然わからないじゃないかッ」


 しまいにはそう叫んでしまい、むぅ、と頬を膨らませながらその場で腕を組んで仁王立ちをするような体勢を取ってしまう。

 獲物? の居場所さえ満足に掴めない目隠しの鬼が奇妙に開き直って、堂々仁王立ちとは!

 周囲の伝書鳩たちは堪らなくなって、笑い出してしまう。


「ハシュ~、開き直ってどうするのさ」

「そうだよ。ちゃんと団長の欲しいものを見つけることができた?」

「――あッ、そうだ!」


 言われて、ハシュはハッとする。

 最初は十月騎士団団長の欲しいものを探すように、周囲と一緒になって床に描かれている地図を見やっていたのに、目隠しをして、と言われたり、ハシュが鬼だよ、と言われたりして、ハシュは当初の目的をすでに半分忘れていた。

 そうだよ、そうだ。

 ハシュはあわてて意識を取り戻し、まずは十月騎士団団長がどこにいるのだろうかと神経を研ぎ澄ましながら気配を探るが、相手がわざと身を隠しているようで、それは容易には掴めない。

 周囲がうまく彼を隠している。


 ――ひょっとして、トットーは……。


 ハシュに目隠しをさせて、自分を探せと言いつつも、じつはそのこと自体が目的ではなく、「もし、ハシュが十月騎士団団長の立場で、この状況でいちばん欲しいものは何かな?」、その感覚を掴ませるために、わざと役割を伝えて意識を逸らしたのであれば……。

 この状況で、ハシュが欲しいと思うのは――。

 むむ、とハシュは腕を組んだまま眉間にしわを寄せながら、


「……気配とか、居場所、ですか?」


 それさえあれば、ハシュだって目隠しをしたままでも何となく十月騎士団団長がいまどこにいるのか、おおよその位置は掴める。

 彼が欲しいものとは、こういう部類なのだろうか?

 ハシュは自分なりに答えを出してみるが、十月騎士団団長は黙したまま。

 これは彼の望む答えではなかったらしい。

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