サミー
鈴は結局。
自分の夢を語りたいだけ語ってから、健やかなる眠りに入った。
正直、いい迷惑だった。
「そういえばカク」
そう言ったのはサミー。布団に潜り込んで、顔を半分だけ出した状態でこちらを見ている。ちなみに僕も布団に潜り込んだ状態だ。そしてお互いに体を横に向けて、見つめ合っている。
「昨日のマスターの武器。あれってあの剣のスキルじゃなくて、『名義変更』っていうアイテムの効果らしいのよ。だから実際は、技の名前だけでなく、アイテムや自分の名前も帰ることが出来るって、昨日マスターが言っていたわ。一体どこで手に入れたのかしら」
それはおそらく、特隊に入っていたときに貰ったアイテムなのだろう。鈴が一体どういう意味を持ってそのアイテムを貰い受けたのか、つまり名前を変えると言うことがこれほどまでに強力なものと知って、それを受け取ったか、それとも単に面白そうだったからなのか。どちらにせよ、対人最強のプレイヤーが傍に居てくれのは心強い。
「それにしても、騎士のクラスで技の名前を変更できるなんて――鬼にコンボウね」
「いや、鬼に棍棒を持たせては駄目だ」
「なんで? 金ってコンとも読むんじゃなかったっけ?」
「難易度の高い間違いだ!」
鬼に金棒。さすがサミーと言うべきか。
「えっと……、結局違うのね。じゃあ――鬼にカネボウね」
「鬼に化粧品は必要ないと思う!」
鬼に金棒。さすが女性と言うべきか(?)。
しかし、鬼に金棒という表現が正しいのかは分からないが、それでも騎士クラス、いや接近戦をするクラスだったからこそ有効なアイテムなのだろう。
接近戦をしないクラス、つまりヒーラーやマジシャンは基本的に魔法を使う。魔法というものは発動するのにいくつかのステップを踏まなければならない。まず魔法名を言い、そして詠唱、その後魔法発動となるのだが、詠唱の際、魔法の属性に応じて自分の周りが光り出す。下位の魔法は詠唱自体が短いので今の僕は気にしたことが無かったが、その光り方でどんな魔法が発動されるのか、簡単に予測がつくのだ。これでは意味が無い。
「まあ、鈴が対人最強ってことはPKされる心配がほとんど無いってことだし、それに攻略に参加はしているものの、死なない程度の位置で頑張っているらしいから、我がギルドマスターが死んでしまうってことはないってことだ。うん、安心」
帝国騎士団も攻略には参加出来ていないって言っていたし、セレスが死ぬ心配も少ない。知り合いが死ぬのは、ごめんだからな。
「そうなんだけどね、今のところ一番心配なのは私たちかな。昨日は向こうが一人だったから助かったけど、こちらよりも人数が多ければパーティー申請でのPK阻止は出来ない。もちろんフィールドに出なければ問題ないんだろうけど……」
そう言ってサミーは、布団から右手を出して所在なさげに漂わせた。それを見て、なんとなく握ってあげないといけないと思った僕は、右手を布団から出して包み込むように握った。
「大丈夫だって、たぶん。ここから一緒に生きて帰ろう、な?」
たぶん、と言ってしまったが、それでもサミーは安心したようで、控えめに僕の手を握り返した。
どんなことに対しても物怖じしない性格だと思っていたが、さすがに襲われたというのは堪えたらしい。僕がお前を守ってやる、などという大それたことは言えないが、僕の傍にいることで安らぎを得ることが出来るというのならば、それでいいのだろうと思う。
「じゃあ約束しましょう」
そう言ってサミーは、互いに握り合っていた手を離して、小指をピンと立てた。指切りか。僕も彼女のそれに倣い、少し恥ずかしい気持ちを隠しながら、小指を絡めた。
「指切りしましょ、嘘ついたら鼻千倍のーびる、指切った!」
「日本と若干違う!?」
え、え? なにそれ。アメリカ式? すごいびっくりしたよ。
「ああ、ごめんなさい。アメリカはピノキオ文化が根付いているから」
「ピノキオ文化ってなんだよ……」
気を取り直して、と言ってサミーは再び指を絡めてきた。そして上下に激しく揺さぶる。
……どうでもいいことだが、さっき一応指は切ったのだが……。
「指切りしましょ、嘘ついたら鼻の下がのーびる、指切った!」
「お前ちげーよ! それはエロいこと考えてるヤツの症状だよ!」
しかも指切っちゃったよ。
「まあいいじゃない。嘘ついたらソレってことで」
「じゃああれか? もし仮に日本で僕が嘘をついたら鼻の下が伸びて、アメリカに行って嘘をついたら鼻が伸びるのか? どんな顔だよ!」
「大丈夫よ、整形すれば」
「なにその現代っ子の考え方!?」
普通は嘘をつかないように気を付けると思うんだけど、彼女の場合は嘘をついて鼻と鼻の下が伸びたら整形してしまえばいいと思っているらしい。
「治療じゃなくて予防しようよ。医療費が国家に負担をかけるから」
「大丈夫よ。アメリカは国民皆保険なんてないし。そもそも、日本においても整形は保険適用外じゃない?」
「真面目くさった話すんなや!」
「もし仮に鼻と鼻の下が伸びた場合、やっぱりこのゲームの責任者であるカラクサに治療費を請求することができるのかしら」
僕の右手をサミーが両手で包み込むようにして握る。
「いや、前提が違うだろ。鼻と鼻の下が伸びたのは嘘をついたせいだから、その点に関してカラクサは関与していないと言える」
「でもカクが言っていた、生きて帰ろう、が嘘になったとして、そうなったら生きて帰れていない、つまり死んだか、そのままこのゲームの中に閉じ込められている。それはカラクサのせいでしょ?」
「うん、そうなんだけど、このゲームの中に閉じ込められていてはカラクサになにも請求できないだろ。というか大前提がいろいろおかしいことに気付いてくれ!」
嘘をついたら鼻と鼻の下が伸びる部分からおかしかったのだ。
僕がそう言うとサミーは、にこりと淡く微笑んで僕の右手をにぎにぎと握り、遊び始めてしまった。
それを見ながら思う。
確かに僕たちは生きて帰らなければならない。例え、どんな犠牲を払おうとも。
生きて返してあげたいと思うのだ。
その点、鈴はすでに生きて帰った後のことを考えているが、これは攻略が順調に進んでいるという証拠でもあるのだろう。ゴールが見えているからこそ、ゴールの次が見えるのだ。だからと言って、自分の将来の夢を語られても迷惑だが、いい傾向であることに変わりは無い。
「……私、将来は日本で働きたいと思っているのよ」
「…………」
どうやらゲームに閉じ込められてしまうと、将来の夢を語ってしまう症状に陥ってしまうらしい。しかし幸か不幸か、僕には将来の夢などといったものは持っていない。小学生の頃の将来の夢をテーマにした作文には、サラリーマンになりたいと書いたくらいだからな。
「だから今は日本語を猛勉強中なのよ」
「いや? サミーの日本語は十分通じているぞ」
たまにおかしな日本語が出てくるが、それを加味しても問題ないと言えるレベルだろう。それに、一応鈴には敬語らしきものも使っているようだし。
「まあ話すほうはね、周囲に日本語を日常的に話す人が居れば、割と簡単に覚えることができるのだけど、書くのがね」
平仮名に片仮名に漢字。確かにこれらは日本語を学ぶ外国人にとっては、敬語並みにやっかいで難しいものだ。
いや、たとえ敬語が出来ていなくても、外国人だから仕方が無い、という風に思ってくれるだろうが、言葉が読めなければ生活が出来ない。ある意味では、敬語よりも面倒なものなのだろう。
「この間日本語のテストがあったのよ。そこでクラス全員が間違えてしまったガソリン」
「ガソリン?」
「ええ、ガソリンのソリンは形も書き順も似ているからみんな間違えてしまったのよ。例えばガリンソとかガソンリとかって」
「ああ。その気持ちは分かる。日本人でも字が汚いひとのは間違えたりしちゃうからな。それにしてもクラス全員ってことはサミーも間違えたのか。意外だな」
「ええ、私はソリガンって書いちゃったのよ」
……うん、それは普通に覚え間違いだと思う。だってガの位置がおかしいもの。
「将来日本のお笑い芸人を目指している私としてはあるまじき間違いだったわ……!」
なぜか手をわなわなとさせて、後悔に打ちひしがれている姿を見て、僕は驚愕した。これほどまでに感情を露わにするサミーを、僕は今までに見たことがなかったからだ。
いや、しかし待て。今なんと言った?
「……お笑い芸人?」
「ええそうよ。まさかマスターもお笑い芸人を目指しているとは思いもしなかったけど、アメリカ人の私の方が断然有利ね」
コメントに困るわあ。
これはなんだろうか。僕も実はお笑い芸人を目指していると言わなければいけないという、フリなのだろうか。しかし言ったところで笑いに昇華できる自信はない。
だいたいボケっていうのは、つっこみ任せの見切り発車が多いのだ。そのくせ、全ての責任をつっこみに押し付ける。見切り発車したのなら、終着点も自分で見いだせ!
「言っておくが、僕はお笑い芸人にはなりたくない」
「そう。それでね、やっぱり日本のお笑い界では、アメリカ人自体が有利だと思うのよ」
はは、完全に流されたぜ。
「変な質問になるけど、カクはアメリカ人のことを面白いって思う?」
「うーん……。正直、アメリカンジョークなどはすべるのが基本というか」
「そうなのよ!」
なぜか大声を張り上げて、僕の胸ぐらを掴む。そして二人の布団が乱れた。
「ちょ、ちょっと……」
「アメリカンジョークは面白くない。つまりアメリカ人は面白くない。でもこれは間違いなのよ! 考えてみなさい、カク。アメリカ人がつまらない、というのを定着させてしまったのが一体誰なのか!?」
「え、ええ? そんなことを言われても。朝の情報番組とか、昼のワイドショーとかでよく駄洒落を言っているあの人のことか?」
「分かっているじゃない!」
ついにはマウントポジションをとって僕の胸ぐらを掴むサミー。
「でも私達アメリカ人は彼のことを絶対に責めることはできない。なぜなら尊敬しているから……。でも、なぜ私達が尊敬していると思う?」
ちょっともう、ほんとに怖い。
「名前が、デーブ・リスペクターだからよ!」
「…………」
人の名前を使ったギャグにしては、つまらない結果となった。




