死神
このゲーム、赤貝の攻略とは、ダンジョンを進み、その先に待つボスを倒し、そしてその後出現した新たなダンジョンを攻略していくというものである。そして、それらは今現在に至るまで、極めて順調に進んでいると言っていいのだろう。なにしろ、ゲーム攻略で出た死人よりも、PKなどで死んだプレイヤーのほうが多いからだ。ある意味では、なんとも言えず、平和的な状況とも思える。
しかし難点があるとすれば、ことあるごとに発生するイベントである。例えば、とあるアイテムを合成して持って来いだとか、マジシャンのクラスを三十人連れて来いだとか、所謂借り物競走的なイベントが各ダンジョンごとに発生する仕様となっている。これのせいでゲーム攻略のスピードは落ちていると言わざるを得ない。
だがそのイベントにハイレベルのプレイヤーが参加する必要はどこにもなく、攻略に参加しているプレイヤーよりも少しレベルの低いプレイヤーが、このイベントをクリアするのが仕事となっている。そしてその間、攻略は一時的に中断となり、ハイレベルのプレイヤーには休息が与えられる。
鈴がたまに、なにもせずにギルドルームにいたのはこの為だったのだ。
しかし今、おそらく最終ボスを前にして、このお遊び程度のイベントが僕たち全プレイヤーに重くのしかかっている、らしいのだが。
「やはり一番の問題点は死神か」
「はい、そうですね……」
鈴と大団長さまの、いかにも気分の沈んだ会話はそれきり途絶えてしまった。
ここは帝国騎士団本部の作戦会議室である。だが、前回来たときと変わった点が、円卓に七人すべてが座っているということだ。鈴と大団長さまの他、青や赤を基調とした装備の騎士が座っている。幹部クラスなのだろう。しかしその七人は、一向に議論らしい議論をかわそうとせずに、揃いもそろって沈痛な表情をしていた。
ちなみに僕とサミーは、会議室の端っこの壁に寄り掛かって、行儀よく体育座りをしている。例えるならば、ママさんバレーについて行ったはいいが、やはりやることがなくて隅っこで大人しくしている子ども、と言えば分かってもらえるだろ。つまり、僕たちはこの会議に参加することはできないのだ。
まあ、それ以前になにを議論しているのかさえ知らないわけだが。
「にしても、なんであなたがここにいるの?」
と、なぜかサミーは髪の毛をいじりながら、不機嫌そうに呟いた。
「いや、もう僕とサミーはニコイチ的存在だから。それに、ここに僕たちがいるのは、鈴が付いて来いって言ったからだろ?」
「そうじゃなくて、そっち」
サミーは顎をしゃくって、僕の左隣に座っているプレイヤーを指した。そこには羽を綺麗に折りたたんで、姿勢正しく座っているかの騎士。
「どうしてセレスタミンがいるのかって聞いているのよ」
そうサミーが言った瞬間、カチンと、なにか固い物同士がぶつかったような音が聞こえた。
「わたしの名前はセレスティア。セレスタミンなんて、薬みたいな名前で呼ばないでくれる? それに、ここは帝国騎士団本部。帝国騎士団員のわたしがいるのは、別に普通のことよ」
「どう見ても幹部クラスの会議に、どう見ても下っ端のあなたがいるのがおかしいって言っているのよ」
「わたしよりもレベルの低いプレイヤーに言われたくない」
「私、いちおうジャスティスブレイカーの副ギルドマスターなんだけど。あなたよりも立場上なんだけど」
などと。
視線すら合わせることなく、口喧嘩を始めたサミーとセレスティア。まあ、出会い方も悪かったが、それ以上に相性が悪いのだろう。お互い強気だ。
そして僕はと言うと、女の喧嘩に口を出してはいけないというルールを知っているため、我関せずを決め込んでいるのだが、いかんせん僕の両隣で、僕を挟んで口喧嘩をしているのだ。
他人の振りができない。というか、僕が止めないからこんな事態になっているような気もしなくもない。
「あなたはレベルが高いから偉そうにしているけど、それは現実世界で言うところの、ただの喧嘩の強い人よ。そう考えてみると分かるでしょ、自分がどんなに小さい人間かが」
「安全な場所で偉そうに物を言っている人間も十分小さい」
いい加減止めに入らないと不味いかなあ、と思っていた時のことである。
「お前たち、静かにしろ!」
鈴の一喝。
それだけでサミーは、ぐぬっと口を閉じて、セレスは恥ずかしそうに俯いた。
そろそろ会議の進捗状況でも聞いておくか。僕としても、いつまでもここにいるのは退屈だ。
「鈴、会議は進んでいるのか?」
「見ての通り、進まない」
どっかりとイスに腰掛けて、足を組む。
「僕たちが邪魔なようならギルドルームに戻っておくけど……」
「あ、すまない……」
そう心底反省したような声を出した。
「八つ当たりになってしまったな。悪かったよ、サミー、セレス」
鈴がそう言うと二人は、少しだけ困ったように首を振った。二人の仲が改善したわけではないが、鈴に謝罪されてしまっては無闇に喧嘩することもなくなるだろう。サミーは鈴を一目置いているようだし、セレスは鈴と面識があるのかは知らないが、以前帝国騎士団にいたというだけで、立場上セレスは鈴の下にあたる。
……しかし思うのだが、サミーは上下関係というものを嫌っている節がある。いや、正確に言うと自分よりも上の人間がいることを認めたくない、と言った感じか。だからこそ、どんな相手にも対等であろうとする。だが、強弱のはっきりしてしまっているこの空間において、それは危険極まりない行為ともとれる。なぜならば、このゲームでは平等などという言葉は存在せず、そうであろうという風潮もない。弱者は強者に従い、強者は弱者を従える。
サミーの対等であろうという気概は、それに反しているのだ。
「いえ、マスター。うるさくしてしまったのはこちらですから。それで――会議はどうなっているのですか」
サミーは他の幹部を一瞥して、会議がまったく進んでいないということを強調してから鈴に尋ねた。
「ああ、そうだな。お前達にも話しておこうか。……というわけだから、わたしは一時的に抜けるな」
誰の返事を待つことなく、鈴はこちらに一直線にやってきて、僕たちの目の前に座った。会議がまったく進んでいないから鈴の行為を許したのか、それともジャスティスブレイカーでありながら会議に参加してくれた鈴に対しての、一定の配慮なのか。
「最後と思しきダンジョンを発見し、その攻略の途中にとあるイベントが発生した。まあ、よくある借り物競走のようなものなのだが、今回はそれが問題となっている」
「どんな問題だ?」
僕がそう言うと鈴は、うむと頷き話し始める。
「全クラスを集めてラスボス前の門に連れて来い、というものだ」
「それって全クラスでラスボスと倒すということ? もしくは全クラスいないと倒せないラスボスとか」
サミーの真っ当な疑問に鈴は間髪いれずに首をふった。
「イベントとボス戦は別物だ。今回はただ単に集合場所がラスボス前の門、というだけのことだ。問題となっているのは全クラスを集めろということだ。このゲームはクラスが多いからな。まあ、多さが問題となっているわけでもないんだが」
「じゃあ、なにが問題なんですか」
セレスの少しだけ苛立った声音に、鈴は真剣な表情をつくる。
「死神、というクラスの存在だ。このクラスになるにはパラメータは関係なく、ゲーム内での行動が鍵となっている」
鍵……。
その死神というクラスになるのが難しいということなのか。
「死神になる条件は、五百人のプレイヤーキル」
「ご、ごひゃく!?」
五百人もPKしなければならないとは、途方も無いことだ。一日十人をPKしたとして……。
いや、待て。途方も無いとか、そんな話ではない。
死神というクラスが存在していないということは、ラスボスまで辿りつけないということでもあり、ひいてはゲームクリアが不可能ということである。そうなれば僕たちはこのゲームから脱出することが出来ない。
それを防ぐためには死神のクラスをつくらなければならない。
ようするに今現在、死神のクラスを持ったプレイヤーはいない。
つまり、死神をつくるためにPKをしなければならないということになる。ゲームをクリアして脱出するためには、プレイヤーを殺さなければならないのだ!
「す、鈴……。どうすんだよ……」
「ああ、困ったな、カク。本当に困った」
そう言い残し、鈴は再び円卓に戻っていった。
僕たち三人の間には、先程会議していた幹部達と同様の空気が流れていた。




