弱者の責任
僕は走っている。
散々、斬りつけられて、アイテムもポロリも全て失った状態で。
HPは1しか残っていない状態で。
回復せずに、いや、回復することが出来るということすら忘れて。
帝国騎士団本部の城の内部を、かつて帝国騎士団大団長さまと話したあの会議室に向けて、一心不乱に走っていた。
そしてドアをブチ開ける。鈴がそうしたように。
「はあ、はあ、はあ……」
会議室にいた人間から注目をあびるが、その中に探していた人物を見つけて、僕はひざから崩れ落ちた。
そして、
「……ごめん」
と、一言。
でも、それだけではまったく足りなかった。
「セレス! ごめん! アイテム盗られた!」
そのままの格好で頭を下げる。傍目からは土下座をしているように見えるだろう。だけど、だとしてもまったく足りない。
「待ちなさい。何があったのですか。その説明をお願いします」
その場にいた大団長さまが驚いたように口を開いた。そして説明するために上げたくない顔を上げると、なぜかジャスティスブレイカーの面々、すなわち鈴とサミーも同席していた。だが今は彼女達のことを気にしている余裕はないし、そもそもこのことは僕の責任だ。彼女達は関係ない。
「アイテムを――盗られた。ごめん」
「それは、デッドロックがカラクサから与えられたという、ツンケン剣とペッソペを、ということですか?」
「ああ、そうだ」
目を逸らす。
責められるのが怖いから。
「はあ……」
たったそれだけで大体の事情は察したらしく、大団長さまが額に手を当てて溜息を吐く。それを見た僕は、小さな声で、ごめん、としか言うことが出来なかった。そしてそれを見たセレスが、
「あなたっ!」
僕の胸ぐらを掴んで、壁に追いやりそのまま叩きつける。後頭部で、ごつんと鈍い音が聞こえた。
「……ごめん」
「そ――そんなことで許されるとでも思っているの!?」
でも、今の僕には謝ること以外、なにも思いつかない。
「やめなさい、セレス」
大団長さまがそう言うと、セレスは忌々しげにこちらを睨んだ後、胸ぐらを掴んだまま大団長さまに振り向く。
「亜妃さんだって分かっているはずです。これは帝国騎士団の沽券に関わるってこと」
そのまま締めあげる力を込めて続ける。
「あのアイテムは帝国騎士団の名のもとに、一時期的に預かっているものです。それを奪われ、もし仮に売りに出されたり、そのアイテムを使っているのをデッドロックに見られた場合、その人たちは帝国騎士団が自分たちから奪ったアイテムを他のプレイヤーに与えた、そう捉えられるんですよ?」
「分かっています」
「だったら!」
セレスが大声を張り上げた時、サミーが彼女の腕を掴む。
「待ちなさいよ」
「なに」
短く、あくまでも見下した対応をするセレス。それを受けてサミーはいつものような不遜な態度を崩すことなく言った。
「カクがこの部屋に入った時、あなたに謝ったでしょ。これがどういう意味か分かっているかしら?」
セレスは、何を言っているのか分からない、という顔をしている。
「帝国騎士団大団長さまでもなく、私たちでもなく、あなた。あなたに対してだけ謝った――これが、どういう意味か分かっているのか、と聞いているのよ」
「はあ? それはわたしたちが一緒に行動していたからじゃないの? というか、そんなこと、知らないし」
分かってるじゃない、とサミーは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「カクがあなたに対してだけ謝ったのは、それは責任が同じだからよ。あなたもカクと同様に責められるべきであると、カクがそう思ったから、まずあなたに謝ったの」
カクの行動のせいで、あなたまで責められるから、と。
「意味が分からない」
「これだからバカは嫌だわ。この件の問題を作ったのはカクだけど、もっと根本的な考え方をするのならば、カクと行動していたあなたにも、責められるべき何かがあったということよ。そうでしょ、カク」
「え……?」
急に振られて戸惑う。しかし、確かに僕は、なぜかセレスに謝らないといけないと、そう思いながらここまで来た。大団長さまに対してではなく、帝国騎士団にでもなく、セレスティアに謝らなければならないと、そう思っていた。でも、サミーの言うようなことを考えていたかというと、それは違う。
何も考えていなかったのだ。
「うちのギルドメンバーに、責任を押し付けないでよ」
「な、なんですって!」
「ま、待て。サミー」
その考え方はあまりにも乱暴だ。だから、とりあえずサミーを制止したのだが。
「セレス。まずはその手を離しなさい」
と、大団長さまが、あたかもセレスを責めるかのような口調で言った。それに敏感に反応したセレスが声を上げる。
「でも、こいつのせいで帝国騎士団の――」
「セレスティア!」
「あ……」
それを上回る大団長さまの声に、セレスも僕もあっけにとられた。そしてそのまま、どっかりとイスに深く腰掛ける。
「この件の原因を作ったのは、セレスです」
そう言ったのだ。僕ではなく、セレスだけに責任があると。
「わたし、に?」
本気で分からない、と言ったように、きょとんとして自分を指さした。サミーの時は売り言葉に買い言葉だったが、自分のギルドのマスターの言葉はやはり、それよりも重かったようだ。
「あなたの浅慮が、この事態を招いたと、そう言っているんです」
「ちょ、ちょっと待てって!」
僕という存在が、まるで無いかのように話を進められたから、咄嗟に声が出ていた。
「これは僕の責任だ。セレスは関係ない」
「あなたには関係ない。セレスの責任です」
そう、ぴしゃりと言い放って、それ以上は僕と目を合わせようともしなくなった。
「いや、でも――」
と、反論を言いかけた時、大団長さまは面倒くさそうに鈴の方を見る。
鈴は今まで、難しい顔をし、それでも口を挟むことなく黙っていたのだが、ここでようやく口を開いた。
「カク、確かにお前のせいでこの事態に陥ったことは言うまでもないことだが、でも、だからといってお前になにが出来たというんだ」
僕の答えを待とうともせずに続ける。
「お前には、何が出来た?」
そう、問うたのである。
僕に出来ること。
昨日と今日の出来事が思い起こされる。
『低レベルのヒーラーがあまりひとりでうろちょろするものではありません』
『……要するに、誰にも相手にされなかったの?』
『あなたが居なくても、ここまで辿りつくことが出来たのは事実でしょ』
『何もしないじゃなくて、何も出来ない、の間違いでしょ?』
大団長さまとセレスの言葉。
「……なにも、できない」
「そうだ。お前はセレスと一緒にいたというだけであって、なにもしていない。なにもやっていない。なにもできない。そのお前に重要なアイテムを渡したセレスに問題がある、そういうことだ」
「で、でも……」
「お前はただの――被害者だ」
それは……、それは違う。
「まあ、いまの言い方だと、そもそもセレスにこの件を任せた亜妃の責任でもあるし、カクを一人にしてしまったわたしの責任でもある」
原因をつくったのは、紛れもなくお前だがな、と言って。
すくっと立ち上がる。
「どこに行くのですか、鈴」
「商会に顔を出してみるさ。情報はメールで送ってくれ。それとカク、お前はギルドルームに戻って、部屋の隅の方で体育座りでもしていろ――サミー、カクから目を離すなよ」
僕の方をじろっと睨み、そしてサミーに向けて指をさして、そのまま会議室から出て行った。
「…………」
セレスの言葉が重くのしかかる。
帝国騎士団の沽券に関わる、と。そう言って、大団長さまもそれを肯定した。
帝国騎士団とはなんの関係もない、ただ一緒に行動していただけの一般プレイヤーが、高潔なギルドを貶めることになる。
そしてその責任を取ることも、果たすこともできない。すべてが僕には重たすぎた仕事だったのだ。
そう――大団長さまも言っていたじゃないか。情報収集を手伝ってほしい、と。初期装備のヒーラー程度がこなせるのは、せいぜいこの程度の仕事だったのだ。実際は情報収集すらまともにこなせなかったのだが。
「セレスティア」
「はい……」
大団長さまに呼ばれたセレスは、しょんぼりと返事をした。
「彼はWHOに入っていないと、わたしは言いましたよね」
「はい、聞きました」
「だったら、PKされてしまう可能性もあると、予想がつきましたよね」
「……はい」
「反省しなさい」
「…………」
僕のことなど、完全にいないものとしての会話だった。
事実、そうなのかもしれない。人数が確保できればよかった情報収集と、情報内容の確認というのは、別物だった。
いや……、別物とか、そういったことは関係なかった。
酒barからここまでの間で、PKされかけてアイテムを奪われる、なんてことを誰が想像できようか。WHOがなんなのかは知らないが――おそらくPKされにくくなるギルドなのだろうけど、それに入っていなかったからといって、僕に責任が無いわけではない。確かに責任の所在を明らかにするのならば、それは僕以外にあるのだろうが、僕はあそこでアイテムを盗られてしまうという事態を、そもそも避けることができたのだ。
「セレス、カク。イスに座りなさい」
と、半ば放心状態の僕の意識を、大団長さまが引き戻した。
「鈴はすでに商会に向かっていますから、手早く情報を伝えなくてはなりませんので、わたしの質問に、手短に、そして正確に答えてください。いいですね?」
「……はい」
「……はい」
僕とセレスの小さな声が、会議室に響いた。




