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ヒーラーというクラス

 ジャスティスブレイカーのギルドルームの端っこで、僕は体育座りをしている。

 別に鈴に言われたからやっているわけではなく、部屋の真ん中に居座る度胸もなく、そしてふて寝をするほど豪胆でもない。必然的に、こうなったのだ。

 鈴はまだ帰ってきていない。商会に行くといっていたが、それがなんなのかも僕は知らない。


「カク、あなたが責任を感じる必要な無いのよ。それにあのセレスティアって女だってそう。そもそも初心者であるカクに情報収集にあたらせた大団長さまや、カクをひとりにしたマスターの責任だもの。言ってたでしょ?」


「……でも」


 サミーが僕を気遣うように言ってくれる。

 だけど、それを素直に受け入れることはできない。僕ひとりが動いていたということは、そこに確固たる信頼があったのだ。鈴が僕に対して、この件ならカクひとりで大丈夫だろうと、そう判断してのことだったはずだ。


「私たちはこのゲームの中で過ごした時間が、他のプレイヤーよりも短い。今後は、そういったことも含めて、行動しないとね」


 そう言って、ごろりと寝転がる。壁に背中をつけて体育座りをしている僕の目の前で、横たわるサミー。

 近い。

 しかし、このゲームの中で過ごした時間が他のプレイヤーよりも少ない、か。その部分が、セレスが怒られて、僕が何も言われなかった大きな理由なんだよな。この世界のことを何も知らない、そして一番弱い――赤子のような存在。

 そう思われていると思うとしっくりくる。

 でも、だからといって僕が実際に赤子なわけではない。なんとかして、名誉を挽回したいと思うのだが……。現実を見ると、それも厳しい。


「……むう」


「カク、余計なことを考える必要ないわよ。なにをどう足掻いても、いまの私たちに出来ることなんて、何もないんだから」


 僕の心中を見透かしたような言葉。随分と分かり易い顔をしていたようだ。


「鈴に任せるしか、ないのか」


 サミーはそれを聞いて、そうね、と頷く。


「そういえばカク、あなたを襲ったのって爬虫類って言ってたけど、それって騎士と同様にクラスなのかしら」


「どうなんだろうな。そこらへんはサミーのほうが詳しいんじゃないか?」


 帝国騎士団本部会議室において、僕は一連の話をした。僕を襲ったプレイヤーに関しての情報はせいぜい、赤と青の爬虫類でPKを普段からしている、程度のことしか言えなかったのだが、それでも大団長さまは十分といったような表情をしていた。そしてそのまま、サミーと共にこのギルドルームに戻って来たのだ。

 だからサミーも、一通りのことは知っている。


「私もネットでいろいろ調べていたのは確かだけど、このゲームはクラスがたくさんあって、よくわからないのよ」


「ふーん。でもマジシャンの上位クラスくらいは分かるんじゃないか?」


 自分の上位クラスは調べていて当然だ、と思ったのだが。


「さあ……私が知っているのはせいぜい、各属性を極めたクラスとか、そんな感じね。でもレベル1のマジシャンが、上位のクラスがどうのこうのってのは、いくらなんでも青写真が過ぎるわ」


「そうか?」


 この上位クラスになりたいから、この下位クラスにするしかない、という考えのひとも多い筈だ。もちろん、接近戦でちくちく相手を攻撃するよりも、高威力の魔法で敵を屠りたいからマジシャンを選ぶひともいるのは確かだが。


「けど、どんな魔法使いになりたいかと問われたら、あらゆる魔法を使い、どんな魔法も最高のダメージを叩き出せて、しかも連発できるくらいのMPを持っているような、そんな魔法使いになりたいわね」


 青写真とか、そんなレベルじゃない。それはただの将来の夢だ。

 しかし僕の疑問などお構いなしに、そういえば、と言う。


「ゲームを始める前に、ポイントを振り分けたじゃない? あそこでどうポイントを振り分けるかによって、なれない上位クラスが出てきちゃうらしいわよ。カクはどう振り分けた?」


「あー……」


 確かにそんなものがあったような。

 10ポイントを、例えば物理攻撃力や物理防御力、魔法攻撃力や魔法防御力などに振り分けて、そこからスタートしたのだ。


「僕は面倒だから、全部MPに振り分けた」


 前衛や、色々なことがやりたいプレイヤーは、平均的に振り分けるのだろうが、僕はヒーラーだから、回復魔法しか使う気は無い。


「私は全部魔法攻撃に振り分けたわ」


「あのポイントって、ゲーム開始時にボーナスとして、振り分けた分だけ上昇するってことか?」


 でも、そうなってくると、HPやMPに振り分けた人は不利になる。それらが10上がったところで、その他のパラメータが10上がったのとでは、各段に違いが出るからだ。


 違うわ、とサミーは寝転がったまま首を振る。


「あれはレベルアップ時の成長率よ。だから魔法攻撃に全部振り分けた私は、レベルアップする度に、ほかのプレイヤーよりも魔法攻撃力が多く上昇するの。もちろん一切振り分けなかったとしても、マジシャンのクラスは魔法攻撃が上昇しやすいクラスだけど、最初に振り分けておくことによって、さらに魔法攻撃力が上がるの」


「…………」


「カクの場合は、MPに全部振り分けたってことだけど、これはレベルアップ時にMPが上がり易くなるってこと。それともうひとつ」


 サミーは人差し指を立てる。


「MPはHPとは違って、自然回復があるでしょ。その自然回復のスピードも上昇するのよ。でもこの自然回復の早さのパラメータは隠されているから、最初のポイントをMPに振り分けてない人は、回復スピードがレベル1の頃と変わらないの」


 隠れているパラメータを上げるなんて、実際無理じゃない? と。

 つまり、MPが多くなれば自然回復も早くなる、というわけではないのか。


「最近分かったことらしいけど、これって最初のポイントをMPに7以上振り分けないと、自然回復のスピードが上昇するためのパラメータが上がらないらしいのよ。その点カクはラッキーだったわね」


「確かに……、でもそういう人って多いんじゃないか? MPに全部のポイントを振り分ける人」


「多いわけないじゃない。ヒールにおける回復量は魔法攻撃力に依存するんだから、MPを上げてヒールを連発するよりも、魔攻を上げて単発で回復した方が時間の短縮につながる。そしてそれがMPの節約にもつながる。だからポイントを全部MPに振り分けるなんて、前代未聞の事件だわ」


 ……前代未聞の上に、事件として取り扱われていた。

 しかし、これもやはり赤貝の特徴のひとつ、なのだろう。クラスチェンジ機能がないこともそうだが、この最初のポイント振り分けにより、たとえ同じヒーラーを選んだとしても、レベルが上がっていけばまったくタイプの違うヒーラーが出来あがる。

 能力に個性が生まれるのだ。


「でも、サミーはそういう知識はあるのに、自分のなりたい上位クラスは知らないのか?」


「だから――私はなりたいクラスがあるんじゃないのよ。というか、私にとってクラスなんてどうでもいいのよ」


「つまり?」


「つまり。あらゆる魔法を使い、どんな魔法も最高のダメージを叩き出せて、しかも連発できるくらいのMPを持つ魔法使いになりたいの」


「……なるほど」


 ようするに、なにかのクラスを目指してポイントを振り分けたのではなく、自分のなりたい魔法使いになれるように振り分けた、と。

 その結果、全てのポイントを魔攻に振り分けた。でもそれじゃあ、MPが足らないと思うけど。


「ヒーラーの上位クラスは、例えばどんなものがあるんだろうか」


 素朴な疑問である。


「それは分からないわ。でも想像くらいなら出来るかも」


 と、サミーは簡単に言うが、僕はさっぱり分からない。ヒーラーを鍛えていけば、いったい何になるのだろうか。


「やっぱ最終的には開業医じゃない?」


「誰が医者の話をしてたんだ!」


 それは医者の上位クラス(?)だ。

 医者、というクラスならありそうだが、開業医などというクラスはありえないだろ。このゲーム内で受けたダメージは、別に病院に行って治す必要はないのだ。以前僕が喰らった麻痺も、時間が経てば消えてなくなっていたし。


 そこで、なんとなく話が途切れて、サミーは何度か寝がえりをうった。真っ黒なローブに真っ黒なとんがり帽子。魔法使いというよりは、魔女に近い。

 僕の視線に気づいたのか、サミーは僕を見つめて、なに? と、目だけで訴えた。


「ああ、いや。その真っ黒なローブは、あんまり可愛くないだろ。だから新しい装備が欲しいとこだな。お互いに」


「そう? 私、黒ってけっこう好きなのよね」


 言って、サミーは自分のローブをはためかせる。ぼふぼふと、布から空気が抜ける音が聞こえる。


「黒は何物にも染まらないっていう意味があるのよ」


「どっかで聞いたことあるセリフだな」


 裁判官が黒いのを羽織っている理由がそれだったような。


「ちなみに、医者は白衣を着ているから、何物にも染まってしまう。彼らが悪さをするのはそのせいよ」


「そんな風に思ってたの!?」


 確かに、医者の偉い人(?)とか、悪さをしてそうな感じはするが。でもそれは、テレビの見過ぎだ。僕が今まで出会ってきたお医者さんはみんな、すごくいい人たちだった。


「しかもナースはエロいし、病院は幽霊でるし」


「イメージで喋り過ぎだ!」


「よくこんなんで、世界の最先端医療、とか言えるわね」


「日本の病院の悪口やめろー!」


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