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カク、史上最大の危機

「ま、まあまあ……。このアイテムは持って行ってもらって構わないから、な?」


 僕とセレスの不毛な言い争いは、もはやただの罵声の飛ばし合いでしかなかった。そしてそれを不味いと思ったのか、なぜかデッドロックメンバーが大慌てで仲裁に入ったのだ。申し訳ないような、そもそもお前らが原因なんだけどな――のような。

 ともかく、僕とセレスの間には不穏な空気が流れ続けている。

 そしてセレスが仕切り直すように言う。


「あなたがわたしを信用できないって言うのなら、このアイテムはあなたが責任を持って帝国騎士団に届けてちょうだい」


「お前のことを信用していないのは確かだが、意味が不明だ。そんなことは自分でやれ」


「まったく役に立たないくせに、仕事を選ぶの?」


「勘違いするな。僕の役目は情報収集であって、お前の小間使いじゃない。そもそも、お前はこれからどうせ城に戻るんだろうが。嫌がらせでもしてるのか?」


「あなたが亜妃さんの判断を求めたのだから、あなたが亜妃さんに説明する必要があるでしょ。それが責任というものよ」


「…………」


 まあ、確かに僕の提案であるし、どうやらセレスもそのことについては受け入れているらしいので、僕の責任であることは事実だが、それはアイテムを持って帰るということとは別物のような気がする。でもそれを指摘すると、延々と口論を繰り返しそうな気もする。


「あなたがわたしと同等だと、もし仮にも思っているのなら、あなたも仕事を請け負うべきでしょう?」


「はあ……、分かったよ。僕がこのアイテムを帝国騎士団の本部に持って行って、そこで大団長さまに説明すればいいんだな? 先に言っておくけど、もうこれ以外はなにもしないからな」


「なにを言っているの? 何もしないじゃなくて、何も出来ない、の間違いでしょ?」


「…………」


 こいつ、マジで嫌な奴だな。


 そんなわけで、現在憩いの広場に戻って来たわけだ。が、しかし。


「帝国騎士団本部に、どうやって行ったっけ?」


 確か鈴たちと一緒に行ったときは、憩いの広場の横っちょにあるキラキラしたやつを……。だめだ、あまりにもうろ覚えすぎて、記憶を頼りにするのは危険だ。

 さっき鈴に、帝国騎士団へはどうやって行けばいいんですか、という内容を丁寧に認めたメールを送ったのだが、いまだ返信は無い。おそらくまだ寝てる。そしてセレスだが、彼女はなぜか酒barを出た後、ひとりで飛んで行ってしまった。一緒にいたくない気持ちは激しく同感だが、彼女のそれも、責任を放棄しているような気がするのだが……。

 セレスにもメールを送ってみるか……?

 いや、だめだ。あいつとはどうも相性が悪い。メールを送って本部までの道程を知れたとしても、あいつはそれをネタに、ねちねちと責め立てるに違いない。

 と、そこで。


「なあ、あんた。初心者か?」


 振り返ると、ふたりの男が立っていた。

 どちらも羽――といっても騎士のような羽ではなく、どちらかというとドラゴンっぽいというか、恐竜っぽいというか、爬虫類っぽいというか。そしてそれと同じように、シッポも生えている。人間の体に、羽とシッポが生えたような感じだ。

 青い爬虫類と赤い爬虫類の二人組。


 赤い爬虫類が顔を覗き込むようにして聞いて来た。


「なんか困ってんだろ?」


「まあ、困っていないわけでもないというか……」


 困っていることを認めてしまうと頭の中で、セレスに文句を言われている、という状況が再生されてしまう。


「言ってみろよ。俺らが力になるぜ」


 赤いのが鬱陶しいくらいに、力になりたがっている。それに困り果てた僕は、助けを求めるように青いのに視線を送る。


「この広場でうろうろしているのが目に入りましてね。それで困っているんじゃないかと、図々しくも声をかけたわけなのですよ」


 青いのは、赤いのと違って非常に丁寧な口調だった。どこか白々しいほどに、丁寧だ。


「違いますか?」


「あー、まあ。そんな感じ」


 正直あまり関わり合いになりたくない気分だ。爬虫類がどうというわけではないが、いまはアイテムを預かっている身だからだ。

 だが、そんな僕の気持など知る由もない爬虫類は、どんなことを困っているんだ、と言わんばかりに、目を輝かせている。

 仕方ない――というか、どうせ誰かに聞かなければ分からなかったことだ。


「昨日、ここにあるキラキラしたやつで、ワープっぽいことをしたんだけど。どうやってやるか分からないんだ。知り合いについて行っただけだからさ」


 言ってて自分で虚しくなるほどの、説明力だった。

 しかしさすがは爬虫類というべきか、そんな僕のテキトーすぎる説明でも理解できたようで、


「転移石ですね――あれは特別なアイテムがいるんですよ。よろしければ、採りに行くのを手伝いましょうか?」


 そう提言してくれた。

 でも。


「だったらいいや。そんなに急いでいるってわけでもないし」


「急いでいるわけでもないのに、ワープを使おうとしたのですか?」


「いや……」


 急いでないと言えば嘘になるが、別にそこまで急ぐ必要も無い。世界の終末やゲームオーバーなどの重要な情報は、セレスが先に伝えてくれている筈だからだ。

 ……ふむ? ということは、セレスが僕を置いて先に行ってしまったことについては、正しい選択だったのか?


「転移石を使うアイテムは、すぐそこで採れるんですよ。どこに行くのかは知りませんが、たぶん転移石を使った方が早いですよ」


「そうだ。早いぞ」


「それじゃあ採りに行きましょう」


「おお、行こう行こう」


 そう勝手に結論付けて、赤と青の爬虫類が門の方へと、僕が付いてくることが前提であるかのように歩き出す。


「…………」


 やっぱ行かないと不味いよな……。

 ここで完全に無視して帰ったとしたら、向こうからすれば善意を踏みにじられた形になる。できれば他のプレイヤーとのいざこざは避けたい。


 はあ、とひとつ息を吐いて爬虫類について行くことにした。

 まかり間違えても、死ぬことはないだろう。


 憩いの広場に面している門から、いつぞやの平原に出ると、青赤の爬虫類はこっちこっちと手招きをしている。いそいそとそちらに移動すると、そこからさらに移動。

 けっきょく、2,3分歩き続けた。


「なあ、アイテムはどこにあるんだ?」


 僕が痺れを切らしてそう聞くと、青赤が互いに顔を見合わせる。


「さて、ここらでいいか」


「そうですね」


 そう言って立ち止まる。あたりには誰もいない。そもそもゲームに閉じ込められて、まだ二日しか経っていないのだ。精神的ショックからまだ立ち直っていないプレイヤーも多い筈だから、のほほんとモンスターを戦う、なんてことは出来ないのが普通の思考だろう。


「ここにアイテムがあるのか?」


 そう僕聞くが、青色は完全に無視して、


「あなたはWHOには入っていないのですか」


 と、言った。

 またそれか、と僕は思う。鈴もそうだし、大団長さまもWHOのことを気にしていた。


「WHOに加入しているプレイヤーは、全員腕にWHOのエンブレムが貼られているんですけど、あなたにはそれがない」


「…………?」


 それはまあ、当然だろう。僕はそれに入っていないのだから。

 僕が入っているのは、ジャスティスブレイカーただひとつ。


 そこで何を思ったのか、赤い爬虫類が僕のそばまでやってきた。アイテムを探そうとか、もうそういう雰囲気は無くなっていることに、僕はなんとなく気付いてしまった。


「わ、悪い。ちょっと用事思い出したから帰る。じゃあな」


 と、軽く片手をあげて、この場から立ち去ろうとするが、


「まあ待てって」


 腕を掴まれる。そしてそれを振り切ろうと腕を強く振った瞬間。


「あ……れ?」


 なぜか体が動かない。なんかこう……、金縛りにでもあったかのように、なにかに縛られているわけでもないのに、体がまったく言うことを聞かない。


 バッドステータス――麻痺


「な、なんだ……これ」


「あー、やっぱ低レベルのヒーラーだけあって、耐性が無い。ちょっと触っただけでこれだよ」


 と、赤い爬虫類が言う。心底馬鹿にした風に。


「仕方が無いですよ。そういうプレイヤーを選んでPKしているわけですし、ね」


 PKしているわけですし、ね。

 これは――不味い。

 この爬虫類二人組は、普段からそういったことをしているプレイヤーなんだ。低レベルのプレイヤーをキルして楽しんでいる。

 しかし、そのことについては、僕はなにも言う気は無いし、実際僕もPKしてようとしていた身だから、責める資格すらない。嫌な気持ちになるが、嫌な気分にさせられるが、このゲームを選んだからには、それは仕方のないことだ。それに、そういったことがあるがゆえに、僕たちは緊張感を持って遊べるのも、また事実だろう。

 でも。

 今は違う。


「ま、待てって。お前らだって分かってるんだろ?」


「何が、ですか?」


「今までとは違うってことだ。ここでPKしてしまえば、いや、HPが0になった瞬間に、僕たちは死ぬ。どういう原理かは知らないが、これは紛れもない事実だ」


「そんな話は聞いていません」


「それは知ってる。だけどお前らだって、なんとなく分かっている筈じゃないのか? それに、僕はさっきそういう情報を手に入れた。もうしばらくすれば、帝国騎士団の名のもとに、それが発表されるだろう」


 それでもお前はPKするのか、と。

 僕がそう言うと、さすがに爬虫類も、殺人鬼になる気はないのか、互いに顔を見合わせている。そして諦めたように赤色が、


「じゃあアイテムを貰う」


 ふう、と息を吐く。殺されるくらいならアイテムを渡した方がずっとましだ。


「別にいいけど。500ポロリしかない」


 正確には、奪われてもいいアイテムが500ポロリ、というだけなのだが。

 そして、赤色が懐から一本の剣を取り出す。


「いや、峰打ちスキルと窃盗スキルがあるからお前は何もしなくてもいい」


「峰打ちと窃盗?」


 聞きなれない言葉が出てきて、僕は無意識に聞き返した。それを見た赤色は、嬉しそうな顔をする。


「峰打ちってのは、攻撃したときに絶対にHPが1残るってスキルだ」


 全くもって無意味なスキルだけどな、と付けくわえる。


「そして窃盗が、攻撃した対象のアイテムを確率でランダムに奪うスキルだ。成功率が低い上に、奪えるアイテムがランダムだから、これもあんまり使えない」


 それは……、そうだろな。

 成功率が低いということではなく、奪えるアイテムがランダムというのがミソだ。持ち歩けるアイテムの数は不明だが、ある程度モンスターなどを倒せば、かなりの数のアイテムが手に入るはずだ。それをランダムで奪うなど、効率が悪すぎる。

 おまけに剣についているスキルならば、それはその剣で斬った時に発動するものなのだろう。レアなアイテムを持っているプレイヤーはレベルも技術も高く、何度も何度も斬ることが事実上不可能。

 確かに使い勝手の悪いスキルと言えなくもない、が。

 それはレアアイテムを高レベルのプレイヤーが持っている場合のみの話。


「ま、待てって。だからポロリなら出すって言ってるじゃん!」


 自分でも驚くほどに、酷く焦った声が出た。

 窃盗スキルは、相手が無抵抗ならば幾らでも斬りつけることができるし、こちらにはそれに対抗できる耐性がない。ようするに、好きなだけ斬りつけられて、好きなだけアイテムを持っていかれる、ということ。


「おや、随分と焦っていますね。もしかしたらなにか、いいアイテムでも持っているのですか?」


「…………」


 ま……ずい。

 血の気が引いて行くのが分かった。


 そして振り下ろされる剣。


 その後のことは、あまり覚えていない。


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