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いざフィールドへ

 HPが1になってしまったが、僕は心の中で小躍りをしていた。まさかこんなにも早く自分の力が試せるときが来るとは。


 そう――僕のクラスはヒーラーである。

 どこのMMORPGにおいても、やりたがる人は少ないが、絶対に珍重されるというあの回復専用のクラスだ。

 武器は杖ではなく、魔道書。


「よし、さっさと回復魔法とやらを使用してみるか……」


 メニューコマンドからマニュアルへ。


「えー……。使用方法は――魔道書を開いて、技名を叫ぶ。MPの残量に気を付けよう、か」


 叫ぶ必要があるのかどうかは別として、試してみようか。

 右手に引っ付いているように持っていた魔道書を、目の前に翳して適当なページを開く。そして――


「……ヒール」


 そう言った瞬間、きらきらっとした効果音と共に、自分の体から光が放たれた。初級の回復魔法であるヒールは、どうやら成功したらしい。

 しかし、全体の30パーセント程度しか回復出来ていない。でも、初めの魔法だからこの程度が妥当か。


「ヒール、ヒール、ヒール」


 続けざまに3回ヒールを繰り返して、ようやく全回復となった。

 ふむ、こんなものか。

 さっさとレベル上げに行こう。


 あたりを見回すと、すぐに大きな門を見つけた。あそこからフィールドに出られるのだろう。今も数人だが、あの門を出入りしている人が何人か見える。

 ……なるほど、NPCのサクラさんは、この広場に帰って来たプレイヤーを出迎えるためのものだったのか。きめ細やかな優しさだ。悪くない。


「さて……」


 歩き出す。

 それと同時に、自分の鼓動の音が大きくなっていることに気づく。疲れたのではない。緊張とか高揚とか興奮とか、そんな様々な感情が相まって、もうとにかくこれ以上にないくらいドキドキしていた。


 門を潜り、外に出る。


 初めて見た。これが地平線というやつか。

 目の前に広がっているのは平原。しかし、いかんせんアニメのタッチで描かれているため、どうにも現実感がわかない。空も地面も草も木も、どれもこれもハリボテのような、嘘くさいものに思えてならない。

 まあ実際、どれもこれもハリボテで嘘っぱちなんだけど。

 分かり易くていい。


 そんな感じのことを考えながら、敵を探し回る。

 すぐに目的の物は見つかった。黄色くてチョコチョコ動きまわっている鳥がいる。僕の身長の半分くらいの大きさだが、あれはおそらくヒヨコだろう。ぴよぴよと、大量のヒヨコが大合唱だ。


「…………」


 近づいても襲ってくる気配はない。序盤の敵だから、こちらが攻撃をしかけない限りは襲ってこないという設定なのかもしれない。


「…………」


 考える。

 相手は攻撃してこない敵であり、だがしかし、こちらが攻撃すべき敵である。

 考える。

 相手が攻撃してこないのに敵なのか、と。

 もちろん、このヒヨコを殺しまくる理由なら簡単に用意できるし、ヒヨコを殺しまくった後に嫌な気分になっても、それを誤魔化すくらいの言い訳だっていくらでも出てくるだろう。


「……でも」


 このヒヨコを殺して、2、3分後には、殺すべき対象としか見ることが出来なくなる、と思ってしまうのではないかと非常に不安なのだ。

 つまり――無抵抗の物を壊すことになんの抵抗も無くなってしまう、というのが怖い。


 と、そんなとりとめもないことを、とりとめもなく思っていた時のことである。


 ひとりのプレイヤーがヒヨコの中に突っ込んでいくのが見えた。

 ヒヨコは数十匹が一か所に集まっていたため、その数の多さに攻撃を躊躇わされたという部分が僕の中にはあったのだが、その中に突っ込んで行ったのだ。


 風貌は――さながら騎士。

 白い甲冑に身を包み、高価そうな剣を持って、なぜか羽が生えていた。天使とかに生えていそうな、白くてふわふわの羽だ。レベルが上がって来ると、ああいったカッコイイ感じの装備品が手に入るのだろうか。


 その白騎士は、集まっていたヒヨコの真ん中に陣取って、なにやら不穏な空気を醸し出した。白騎士の周囲、いや、数十匹のヒヨコすらも覆うほどの、大きな魔法陣が展開されたのだ。


 ――そして。


 ヒヨコは一瞬にして、蒸発するように消えて行った。

 それを茫然と眺める。

 すると白騎士と目が合った。

 真っ白な外見とは別に、意思の籠った強気の黒い瞳が近づいてくる。綺麗な女性だった。


「きみもヒヨピー狙ってたの?」


 ヒヨピー……。


「いや、狙ってない。ただ動物園のごとく、遠くから眺めていただけだから。ところで君は、こんな序盤の敵を屠る必要があるようには見えないけど、ヒヨピーを倒すとなにかいいことがあるのか?」


「ええ、そうなの。ヒヨピーは1000匹に一度、レアドロップするから、こうやって湧いたところを一掃するの」


「……ヒヨピーは殺されまくる運命にあるってことか」


 しみじみと思う。さきほど殺された全てのヒヨピーに想いを馳せながら。


「どういうこと?」


「序盤の敵だから、このゲームを始めた人は大概狩ることになるだろうし、レベルが上がってきたら、レアドロップ狙いで殺されまくる」


 まるで白騎士を責めているような口調になったが、それでも止まらない。


「それと、これは予想でしかないんだけど。新しく覚えた技とか術を試しに使いたくなることとかあるだろ? そういった時には最適だよな。技が弱くて一撃で倒しきれなかったとしても、たいした反撃があるわけでもないし。うん、安全だ」


「…………」


「ヒヨピーは固まって湧くから、ある程度の広範囲の魔法なら一瞬で消せるだろ、さっきみたいに。正直言って、それってかなり気持ちいいんじゃないのか? 自分が滅茶苦茶強くなったみたいに感じてさ」


「きみは私がヒヨピーを狩ったことを批判しているの?」


 白騎士の怒りの籠った口調。

 僕は首を振る。ちゃんちゃらおかしいと首を振る。


「それは深読みしすぎだ。さっき挙げたのは、ヒヨピーを殺す理由であり、ヒヨピーを殺すことを批判なんてしてない。もし批判されたと思ったのなら、それは自分の行為が批判されるようなことだと、自分自身で思っているからだ」


 違うか? と視線だけで問う。


「……違う」


 白騎士は言う。


「なら、きみはどうなの。ヒヨピーに対して随分と熱く語っていたけど、ヒヨピーを狩らない理由でもあるって言うの?」


 少し高圧的な口調に驚きながらも、僕はしっかりと相手の目を見据える。さっきまで答えは出ていなかったが、白騎士を見て思った。僕はヒヨピーを殺すことはしない。


「自分から攻撃してこないヒヨピーは、他のモンスターとは別物だ」


「は、何を言うかと思えば。きみ、攻撃してこない、っていうのが頭にこびり付き過ぎて、問題の本質が見えてないよ」


 問題の本質……?


「ヒヨピーは、倒せば経験値は入るしドロップもする。このゲームの中でそれらは必要不可欠な物。これって牛や豚を殺して食べることと、そう変わりはないんじゃない?」


「…………」


 その考えはあまりにも飛躍しすぎだ。ゲームの中でモンスターを殺すことと、現実の世界で牛や豚を殺すことが同義だと言うのか。


「あんた、もしかしたら現実とゲームの区別がついていないのか?」


「それはこちらのセリフ。ヒヨピーに愛玩動物のような感情を持っているきみこそ、現実とゲームの区別がついていない。頭おかしいんじゃないの?」


「いや、頭はおかしくないが……」


「じゃあ、あなたがヒヨピーを殺さない理由はなんなのよ」


「それは……」


 攻撃してこない敵を攻撃するのは嫌だから。確かさっき、そんなことを口走ったような気がする。

 でもそれだと。

 確かに、僕のほうが現実とゲームの区別がついていない、のか?

 要するに、ゲーム側の意識が現実側を侵食しているのではなく、現実側がゲーム側の意識を侵食している、と。

 ゲームと現実は別物である。だけどもっと大きな視点から見れば、このゲームは現実の中のゲームであり、ゲームであっても現実であるからして、さっきの僕の現実世界における一般論は極めて正当性があるのでは……?


「むう……」


 顎に手を当てて考え込む。すると白騎士は勝ち誇ったように、ふん、と鼻をならした。


「ふふ、楽しかった。今度またお話しましょうね」


 そう言って、飛んで行ってしまった。


 完全に僕の負けだった。形だけみれば、僕の方から仕掛けた喧嘩なのに、僕が逆に言い負かされてしまったのだ。

 口喧嘩は、言葉に詰まった方が負けのルール。


「帰ろう……」


 中途半端に言い負かされてしまったせいで、僕は未だヒヨピーに対しての立ち位置を明確に出来ていなかった。


 まさかこんな序盤に、こんな哲学的なことをやらされるとは。いったいストーリーを進めていくとどんな展開になるのか、不安のような楽しみのような。そんな世界観の深さに圧倒されながら、門を潜った。


 そして、先の戦いで傷ついた僕の心を癒してもらうために、サクラさんの元へと向かう。


「あれ……?」


 サクラさんの目の前にはひとりのプレイヤーがいた。

 全体的に黒を基調とした服装、そしてとんがり帽子から流れる金色の長い髪。マジシャンのクラスだろうか。

 そして――


「うわあ……、あいつHPが1しか残ってない」


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