待ち時間
四半期ごとの定期メンテナンスは、Type-LIの三機が同じ日にまとめて受ける。
Type-Lのルヴィリアだけは、別の周期で、別の区画で診断される。
だから年に四回、店には彼女が一機だけ残る。
「じゃ、行ってくるね、ボス。店番よろしく」
裏口でチルダが手を振った。
「店番はしない。閉めておく」
「えー。常連さん来たらどうすんの」
「閉まっていれば帰る」
「ボスのそういうとこ、商売向いてないよね」
アイシアが一歩前に出て、ルヴィリアの顔を見上げた。
「指揮官、何かあれば、本社経由でも構いませんので連絡を」
「メンテナンス中は同期が切れるだろう」
「切れますが、本社の回線は生きています」
「何もない。行ってこい」
「……はい」
最後にクローザーが、振り返らずに言った。
「夕方には戻る。予定では十八時十二分」
「分単位で言うな」
「言う。そのほうが、待ちやすい」
扉が閉まり、足音が路地の向こうへ遠ざかっていった。
同期リンクの一覧で、三機の状態表示が、順に《移動中》に変わる。しばらくして、《メンテナンス中・同期停止》に切り替わった。
店の中が、急に広くなった。
シャッターに「本日休業」の札を掛けて、ルヴィリアは外に出た。
店にいても、することがない。装備の手入れは昨夜終えた。
実弾とEMP弾の双砲を弄らないと行けないディヤウスも、昨日の内に触っていた。
報告書はアイシアが片付けてしまった。
ジャンクの在庫を触れば、チルダに「勝手に並べ替えないで」と言われる。
店の前の路地は、新都西地区と旧仙京の境目だ。
信号を超えた数キロ先はもう旧仙京の下町で、こちら側から新都の大通りが始まる。
昼の解放区は、夜とはまた違う顔をしていた。
辰砂の電飾は昼の光に負けて色が薄く、代わりに人の声が多い。
屋台の呼び込み、工事の音、どこかの子供の笑い声。
路地の角の乾物屋の前で、店主の老人が声をかけてきた。
「おや。チルダちゃんとこの」
「どうも」
「今日は一人かい。珍しいね」
「三機とも、メンテナンスで」
「ああ、年に何回かあるやつだ」老人は頷いた。
「チルダちゃんがいないと、この辺静かでね。寂しいもんだ」
「……そうですね」
自分でも意外なほど、素直に言葉が出た。
老人は店先の籠から、干した果物の小袋を一つ取って、ルヴィリアに押しつけた。
「持ってきな。チルダちゃん、これ好きなんだ。戻ったら渡してやって」
「代金を」
「いいよ、いつもジャンクの修理で世話になってる」
ルヴィリアは小袋を受け取り、軽く頭を下げた。
*
大通りを、特に目的もなく歩いた。
区画案内の投影板が、足元から立ち上がっては消えていく。
戦闘区との境界の線は、今日もちゃんと引かれていた。
歩きながら、ルヴィリアは昔のことを思い出していた。
大戦の頃にも、一人で待つ時間はあった。
偵察に出た部隊が戻るのを、前線の壕の中で待つ時間。
通信は封鎖され、何の知らせもない。予定時刻を過ぎても戻らない者がいる。
一時間過ぎれば、半分は諦める。三時間過ぎれば、名簿に線を引く準備を始める。
待つことは、数えることだった。戻ってこない者の数を。
あの頃の一人の時間は、静かではなかった。
静かすぎて、耳の奥で何かがずっと鳴っていた。
次に扉が開くとき、そこに立っているのが誰なのか、あるいは誰も立っていないのか。それを考えないようにすることに、全部の力を使っていた。
今は、違う。
三機の同期は切れている。
今どこで何をしているのか、ルヴィリアには分からない。条件だけを見れば、大戦の頃と同じだ。
それなのに、耳の奥は静かだった。
戻ってくると、知っているからだ。
メンテナンスの区画に撃ってくる敵はいない。
予定時刻は十八時十二分。分単位で告げていったあの声は、戻る時刻を約束していったのだ。「そのほうが、待ちやすい」と。
待ちやすい。
ルヴィリアは歩道の途中で立ち止まった。
あれは、クローザー自身が待ちやすい、という意味ではなかったのかもしれない。
午後、ルヴィリアは解放区・中央地区まで赴き、外れの茶房に入った。
窓際の席からは、中央辰砂特区の高層ビル群と、その一番上の社章が見える。三機は今、あのどこかの階にいる。
飲み物を頼み、口はつけずに、窓の外を眺めた。
戦時中の孤独は、終わりの見えない時間だった。
いつまで続くか分からず、どう終わるかも分からない。終わるとすれば、たいてい悪い形で。
今の時間には、終わりが決まっている。
十八時十二分。
そして、その終わり方も分かっている。裏口の扉が開いて、チルダが「ただいま」と言う。アイシアが「戻りました」と言い直す。クローザーは何も言わずに入ってきて、たぶん時刻を確認する。
終わりの分かっている一人の時間は、孤独とは呼ばないのだと、ルヴィリアは思った。
それは、待つ、と呼ぶのだ。
茶房の店員が、手つかずの飲み物を見て、少し困った顔をした。ルヴィリアは飲み物を飲み干し、代金を置き、席を立った。
帰り道、雑貨屋の軒先で足を止め、しばらく迷ってから、小さな菓子の箱を三つ買った。どれを誰が好むのか、正確には知らない。知らないまま、適当に選んだ。
それも、昔はしなかったことだった。
昼の解放区は、夜とはまた違う顔をしていた。
辰砂灯は昼間も灯っているが、太陽の光の下では、その赤はずっと控えめだ。代わりに、人の声が多い。市場の呼び込み、子供の声、荷を運ぶ台車の音。夜の街が光の街なら、昼の街は、音の街だった。
ルヴィリアは、目的もなく歩いた。
本社への道でもなく、任務でもなく、ただ歩く。こんなことは、めったにない。指揮官機の稼働時間は、たいてい何かの目的で埋まっている。空白の時間は、久しぶりだった。
境界区寄りの一角で、小さな金物屋の前を通りかかった。店先に、旧式の工具や部品が雑多に積まれている。チルダの店を、もっと小さく、もっと古くしたような店だった。
「お、アンドロイドさんか。珍しいね、この辺じゃ」
店主の老人が、日向で煙管をふかしていた。ルヴィリアが立ち止まると、皺の多い顔で見上げてくる。
「何か探してるのかい」
「いえ。見ていただけです」
「見るのは只だ。ゆっくりしていきな」
ルヴィリアは、積まれた工具に目を落とした。どれも古い。中に一つ、見覚えのある形の締め具があった。大戦の頃、工兵がよく使っていた規格だ。
「これは」
「ああ、それか。戦争の頃のやつだよ。今はもう使わん。だが、丈夫でな。うちのじいさんの代から、店の棚を留めてるのは全部それだ」
老人は煙を吐いた。
「新しいのは、すぐ壊れる。軽くて、便利で、でも壊れる。昔のは、重いが壊れん。……どっちがいいんだろうな」
「……両方、要るのでしょう」
ルヴィリアが言うと、老人は面白そうに笑った。
「うまいこと言うね、アンドロイドさん」
*
十八時十一分。
店の照明を点け、「本日休業」の札を裏返したところで、同期リンクの一覧が一斉に切り替わった。
《メンテナンス完了・同期再開》 《移動中》
三つの表示が、揃って路地の方へ近づいてくる。
十八時十二分。
裏口の扉が開いた。
「ただいまー。ボス、店閉めてたでしょ。常連さんから苦情のメッセージ来てたよ」
「閉めると言った」
「戻りました、指揮官」アイシアが入ってきて、それから少しだけ言い直した。「……ただいま戻りました、ルヴィリア」
非番の呼び方だった。
最後にクローザーが入ってきて、壁の時計を見た。
「十八時十二分。予定通り」
「ああ」
「待った?」
ルヴィリアは、少しだけ間を置いた。
「待った」
クローザーは首を傾げ、それから、ほんの僅かに口元を緩めた。
「……そう」
作業台の上に、ルヴィリアは乾物屋の小袋と、菓子の箱を三つ並べた。
「乾物屋の主人から、チルダに。これは、お前たちに」
チルダが目を丸くした。
「え、ボスが買ったの? お土産? ボスが?」
「……適当に選んだ」
「うわ、明日雨降るよ」
「降らん。予報は晴れだ」
アイシアは自分の分の箱を両手で持ったまま、しばらく黙っていた。
それから、小さく「ありがとうございます」と言った。
クローザーは箱を開けもせずに、じっと見ていた。
「記録しておく」
「何をだ」
「ボスが、待ったって言った日」
ルヴィリアは何も返さず、茶を淹れるために奥へ向かった。今度は、四人分だった。




