ウチは武器屋じゃない
その輸送車は、朝の九時に裏路地へ入ってきた。
旧仙京の路地は、車一台がやっと通れる幅しかない。
荷台の幌が両側の壁を擦りながら、チルダの店の前でぴたりと止まった。
「……何あれ」
シャッターを半分開けたところで、チルダが固まった。
運転席から降りてきたのは、無口な中年の男だった。
旧軍の作業服を、階級章だけ外して着ている。男は伝票を一枚差し出した。
「ルヴィリア殿宛て。受け取りを」
「ボス宛て?」
チルダが振り返ると、店の奥から出てきたルヴィリアが、伝票を受け取った。
差出人の欄は空白。添えられた紙に、一行だけ。
《少佐殿の私物を返却する。非公式に》
ルヴィリアは、その字をしばらく見ていた。
「……受け取る」
男は頷き、荷台の幌を上げた。
木箱が、ぎっしりと積まれていた。
*
一時間後。
店の一階は、木箱で埋まっていた。
カウンターの前に四つ。ジャンクの棚の間に六つ。
作業台の上に三つ。入口の脇に、細長いものが五つ立てかけてある。通路は、横歩きでやっと一人通れる幅しか残っていなかった。
「ボス」
「なんだ」
「これ、全部?」
「全部だ」
「中身、全部?」
「銃だ」
チルダは、木箱の山の頂上に座り込んだ。
「……何丁あんの」
「数えたことはない」
「数えてよ!」
二階から、アイシアが降りてきた。階段の最後の段で、足の置き場がなくて止まる。
「……指揮官。これは」
「私物だ」
「私物の量ではありません」
その後ろから、クローザーが顔を出した。木箱の山を見て、目がわずかに輝く。
「数える」
「数えなくていい」
「数える。チルダが数えろって言った」
クローザーは木箱の蓋に手をかけ、一つずつ中を覗き始めた。
蓋を開けるたびに、ガンオイルの匂いが店に広がっていく。
*
問題が起きたのは、昼過ぎだった。
常連の老婦人が、壊れたラジオを抱えて店に入ってきた。
入口の脇の細長い木箱に、ちょうど蓋を開けたところのクローザーが、古い狙撃銃を一丁、光にかざしていた。
老婦人は、ラジオを抱えたまま、固まった。
「……チルダちゃん。ここ、いつから鉄砲屋さんになったの」
「なってない! なってないから!」
チルダが木箱の山を飛び越えて駆けつけた。
「これは、その、預かり物で。ボスの、個人的な」
「あら、そう。……最近は解放区も物騒だしねえ、その鉄砲、おいくら?」
「売り物じゃないです!」
老婦人が帰ったあと、次に来た客は、境界区の回収業者だった。
男は店に入るなり、木箱の山を見て、目を細めた。
「おう。今度から銃も扱うのか。いいヤツあるか?」
「ない!」
その次の客は、何も言わずに入ってきて、何も言わずに出て行った。
店の外で、誰かと話している声が聞こえた。
『チルダんとこ、武器屋になったらしいぞ』
『そういう時期か? そろそろ危ないかもしれん』
チルダは、顔をしかめながらカウンターに突っ伏した。
*
夕方。
木箱の山の間で、ルヴィリアは黙々と銃の手入れを続けていた。
一丁取り出し、布で拭き、分解し、点検し、組み立てる。朝からずっと、それを繰り返している。
チルダは、その向かいに立った。腕を組んで。
「ボス」
「なんだ」
「ウチは武器屋じゃないんだよ」
ルヴィリアの手が、止まった。
「……分かっている」
「分かってない。今日だけで三人に武器屋って言われた。もう明日には、西地区じゅうに広まってる。ジャンク屋の看板、半分電飾切れてるのに、武器屋の噂だけは光の速さで回るの」
「すまない」
「謝るならどうにかして」
ルヴィリアは、手の中の古い小銃を見下ろした。銃床の右側に、小さな傷がある。
「……置き場所がない」
「だから困ってるんでしょ」
クローザーが、木箱の山の上から報告した。
「数え終わった。長物が八十七、拳銃が四十三、分解状態の部品一式が十二箱。弾薬は別」
「百三十丁……」チルダは天井を仰いだ。
「店の在庫より多いじゃん」
アイシアが、端末を操作しながら一歩前に出た。
「指揮官。一つ、提案があります」
「言え」
「本社の地下第四層に、Dolls用の待機室があります。規定上、私たちが本社で待機するための部屋です」
「あったな」
「この二年で、実際に使ったのは三回です」アイシアは淡々と続けた。
「作戦立案はほぼすべて、この店で行っています。本社で待機する必要がないので、待機室はずっと空いています」
チルダが、ぱっと顔を上げた。
「それだ」
「広さは、この店の一階のおよそ二倍。空調と施錠は、本社の規格です。……銃の保管には、この店より適しているかと」
ルヴィリアは、少し考えた。
「待機室を私物の保管に使うのは、規定違反ではないのか」
「そんな事言わないで、早く持ってってよ!」
「規定には、待機室の用途について『Dollsの待機および関連する業務』とあります」アイシアは画面を見たまま言った。
「武装の保管は、関連する業務と解釈できなくもありません」
「できなくもない、か」
「統括の判断次第です」
「……蘇芳に頼む」
チルダが、両手を上げた。
「やった! これで武器屋の噂、消える!」
「噂は消えないと思う」クローザーが言った。
「一度回った噂は、そう簡単には消えない」
「一ヶ月くらいで済むなら安いもんよ」
*
三日後、蘇芳の判が押された使用許可が届いた。
翌朝、同じ輸送車が、今度は空の荷台で路地に入ってきた。
無口な中年の男は、事情を聞くと、何も言わずに木箱を積み直し始めた。
最後の一箱が荷台に載ったとき、チルダは店の入口に、手書きの張り紙を貼った。
《当店はジャンク屋です。武器の取り扱いはございません。》
「……これで大丈夫」
「逆効果だと思う」クローザーが言った。
「わざわざ書くと、何かあったと思われる」
「うるさいっ」
輸送車が路地を出ていく。ルヴィリアは、荷台の後ろ姿を見送った。
「ボス」チルダが、隣に並んだ。
「なんだ」
「本社の部屋に移したら、ちゃんと自分で手入れしに行くんだよ。放りっぱなしにしないで」
「放りっぱなしになどするものか」
「知ってる」チルダは笑った。「ボス、今日一日、ずっと手入れしてたもんね。あの顔、久しぶりに見た」
「どの顔だ」
「なんにも考えてない顔」
ルヴィリアは答えなかった。
その夜、店の一階は、いつものジャンクの匂いに戻っていた。
ガンオイルの匂いだけが、ほんの少し、棚の隅に残っていた。
張り紙は、三週間後に剥がされた。噂は、ちょうど三週間で消えた。




