レセプション 02
「で、また、ボス一人で行くんだ」
カウンターに頬杖をついたチルダの声は、前回のレセプションとほとんど同じ温度だった。
「一人ではない。支部長が出る」
「アゴルディさんと二人で? それ、一人より窮屈じゃない?」
ルヴィリアは答えず、外套の襟を整えた。紺の耐磁ジャケット。裏地のシアンが、店の灯りを映している。
作業台の端で、アイシアが端末を閉じた。
「指揮官。今年の出展一覧です。メビウス・テクノロジーズの区画に、変更があります」
「変更?」
「昨年は、正面に看板と照明だけでした。今年は、実機の展示があります」アイシアは画面をルヴィリアに向けた。「メビウス・アンドロイド・クルー。二十四機」
階段の途中で、クローザーが顔を上げた。
「クルー、並べるんだ。……二十四機も、街から抜いて大丈夫なの」
「抜いてはいない、と支部長は言っていた」ルヴィリアは招待状を外套の内側にしまった。
「展示と、会場の警備と、支部長の警護を、同じ二十四機で兼ねる。メビウスらしいやり方だ」
奥の物置ではなく、二階の部屋から、コラプスが顔を出した。寝ぼけた目のまま、鼻をひくつかせる。
「ルヴィリア、どこ行くの」
「仕事だ。夜には戻る」
「白い匂いの、人たちのところ?」
ルヴィリアは、少しだけ手を止めた。
「……そうだ。よく分かったな」
「招待状。白いコートの匂いがする。消毒の匂いも」
チルダが、頬杖をついたまま眉を上げた。
「消毒?」
「病院の匂い」コラプスはそれだけ言って、部屋に引っ込んだ。
ルヴィリアは、外套の上から招待状に手を当てた。蘇芳から渡されたものではない。今年は、支部長室から、クルーの一機が直接持ってきた。
その一機が、どこから来たのかを、ルヴィリアは訊かなかった。
「行ってくる」
「ボス」
扉の前で、チルダが呼び止めた。
「昔の知り合いに会っても」
「喋りすぎない」
「……あたしの台詞、取らないで」
*
企業連合 銃火器技術レセプション。
会場は、前回と同じ、中央辰砂特区の連合会館の最上層だった。
受付の係員は、前回とは違う若者だった。そして、前回の若者と、同じ顔で固まった。
《企業連合登録区分:特記戦力》
ゲートが開いた。
会場の様子も、ほとんど変わらなかった。抑えた照明。磨かれた銃器の光。迷路のような展示区画。区画ごとに、同じ顔のアンドロイドが、同じ数だけ並んでいる。
変わったのは、中央だった。
メビウス・テクノロジーズの区画に、白い列ができていた。
二十四機。
白いキルティングのコートに、黒い簡易スーツ。襟と肩に赤橙の識別パッチ。継ぎ目のない白い面の頭部に、虹色に光るバイザー。女体型と男体型が、交互に、等間隔で並んでいる。
《メビウス・アンドロイド・クルー ── 夜を、安全に。》
客たちは、その前で足を止めていた。
「これが、メビウスの」
「新都の検問に立ってるやつだろう。うちの社屋の前にもいる」
「顔がないのが、いいな。威圧感がある」
「いや、あれは安心感だよ。白いコートを見ると、ああ、メビウスがいる、と思う」
ルヴィリアは、客の後ろから、列を見た。
前回、他社の区画の前で、同じ顔の人形を見た。灰色の制服、同じ角度、同じ瞬き。一機だけ、手の甲に擦り傷があった。
今年の白い列も、外から見れば揃っている。同じコート、同じバイザー、同じ立ち方。
だが、ルヴィリアには、揃っていないものが見えた。
左から三番目の女体型は、重心がわずかに右足に寄っている。長時間、同じ場所に立つ持ち場の機体の立ち方だ。検問か、施設の門だろう。
七番目の男体型は、肩のハーネスの留め具が、他の機体より一段きつく締められている。担架か、荷を固定する仕事を、つい数時間前までしていた。
十一番目は、列の中で、半歩だけ後ろに立っていた。客には分からない程度の半歩。遮蔽物の陰から、射線を残して下がる位置。赤の嵐の夜、境界区の防衛ラインで、何度もその位置に立った機体の癖だ。
十九番目のバイザーには、かすかに赤い粉が残っていた。磨き残しではない。磨いたあとに、もう一度、外を通ってきた。
同じ顔の列の中に、それぞれの夜が、少しずつ残っていた。
「……お気に召しましたか」
背後から、声がかかった。
前回と同じ台詞だった。声は、違った。
「ルヴィリア」
アゴルディ支部長は、上等な背広の上から、白いコートの襟章だけを付けていた。メビウスの社員が、クルーと同じ印を身に付けるのは珍しい。
「支部長」
「よく来てくれました。今年は、あなたに見ていただきたかったので」
「展示を、ですか」
「展示ではありません」アゴルディは、白い列を見た。「仕事ぶりを、です」
アゴルディの両脇に、クルーが二機、控えていた。
列の二十四機とは別に、警護の二機。
そのうちの一機が、アゴルディの肩越しに、会場の出入口の方へ、ほんのわずかに頭を向けた。
アゴルディは、それに気づいている様子だった。気づいていて、何も言わない。
「連名の権限で、記録を見ても構いませんか」ルヴィリアは訊いた。
「どうぞ。そのための連名です」
ルヴィリアは、メレナに繋いだ。
クルー機動隊、本日の展示二十四機。
指揮権限、蘇芳、ルヴィリア連名。照会の許可は、一瞬で下りた。
視界の端に、二十四行の記録が並んだ。
《MC-0311 前日22:00〜本日06:00 中央区第四物流拠点 夜間警備》
《MC-0347 本日07:30〜10:40 新都北病院→白鷺製薬研究棟 医療搬送護衛》
《MC-0352 前日18:00〜本日04:00 新都第二検問 検問補助/本日05:00〜08:00 民間契約 商業区画巡回》
《MC-0402 本日05:00〜08:00 新都北病院 医療搬送護衛/09:00〜11:00 支部長室 招待状配達》
《MC-0419 前日20:00〜本日08:00 境界区第三防衛線 定期点検・辰砂濃度観測》
ルヴィリアは、行を下へ送った。
二十四機のうち、今朝からこの会場に直接来た機体は、一機もなかった。全機が、別の持ち場から、この会場へ移ってきていた。
そして、その次の行もあった。
《本日21:00〜 中央区第四物流拠点 夜間警備》
《本日20:30〜 新都北病院 夜間待機》
《本日22:00〜 民間契約 繁華街区画巡回》
《本日19:00〜 支部長 帰路警護》
最後の欄に、スリープの記録があった。
《直近スリープ 交代制 第三群》
《連続稼働 31時間》
《連続稼働 27時間》
《連続稼働 40時間》
ルヴィリアは、記録を閉じた。
dollsは、任務のあとに店へ戻る。整備を受け、眠り、朝になれば店を開ける。
大きな任務の前後は、店を閉めて休む。近所の住人は、その看板の開け閉めで、戦闘区の具合を測っている。
クルーには、看板がない。
「明らかに、多い。人間であれば過労判定が認められるほどに」
ルヴィリアは、昼も夜も一切休みなしの戦時中を思い出し、そう言った。
「多いです」アゴルディは、あっさりと認めた。
「街の仕事は、終わりがありませんから。戦闘区は、あなた方が片付けてくれる。ですが、街は、片付くということがない」
「休ませないのですか」
「休ませていますよ。交代制で、きちんと」アゴルディは、少しだけ笑った。「ですが、休みの間にも、街は回ります。だから、休みの順番を、街の方に合わせるしかない」
ルヴィリアは、十一番目の機体を見た。半歩後ろに立つ、防衛ラインの癖のある機体。記録の上では、連続稼働四十時間。
それでも、立ち方は、崩れていなかった。
*
それが起きたのは、展示の後半、乾杯の少し前だった。
隣の区画で、客の一人が倒れた。
年配の男。他社の購買担当で、展示台の銃を手に取ろうとして、そのまま膝から崩れた。
会場の空気が、一拍、止まった。
止まらなかったのは、白い列だった。
列の端の一機が、最初に動いた。九番目の男体型。赤橙のパッチの縁に、他の機体とは違う、細い白線が一本入っている。
トーチライト級だ、とルヴィリアは思った。
九番目は、倒れた男の方へは走らなかった。代わりに、片手を小さく上げた。
それだけで、列が割れた。
七番目、ハーネスを締めた男体型が、倒れた男の元へ。その後ろから、医療搬送の記録のあった三番目と十四番目が、担架の代わりに展示用の長台を外して運ぶ。十一番目と十九番目は、会場の出入口へ向かい、廊下の人の流れを左右に分けた。残りの機体は、列の形を半分だけ崩して、客と倒れた男の間に、白い壁を作った。
クルーもメビウス製である以上、メレナを経由すれば、指示は一瞬で届く。
だが、九番目は、メレナの割り当てを待たなかった。手の上げ方と、頭の角度だけで、どの機体に何をさせるかが、列の中で通じていた。
ルヴィリアは、その配置を見て、少しだけ驚いた。
自分なら、出入口を先に押さえる。客の流れを止めてから、倒れた男に人を割く。それが、ルヴィリアの戦闘データの中にある、指揮の型だ。クルーの指揮の型は、もともと、そこから作られている。
九番目は、逆をやった。倒れた男を先に動かし、出入口は後から開けた。止めるのではなく、流れを作った。
会場は戦場ではない。客は敵ではない。止められれば、人は騒ぐ。流れがあれば、人はそれに乗る。
九番目は、それを知っていた。民間警備の夜と、医療搬送の朝と、検問の昼で、覚えたのだろう。ルヴィリアの戦闘データには、なかった判断だ。
二十秒で、倒れた男は会場の外に運び出された。四十秒で、白い列は元の形に戻った。客たちは、何が起きたのかを、半分も分かっていないようだった。
「……今のが、トーチライト級ですか」
アゴルディが、ルヴィリアの隣で言った。
「そうです。あなたなら、出入口を先に止めていましたね」
ルヴィリアは、アゴルディを見た。
「試験場で、あなたの指揮のデータを、何度も見ていますから」アゴルディは、肩をすくめた。
「ですが、今のは、あれで正しかった。人形だけに任せておくと、綻びが出ます。ですが、人形が、人の街で覚えてきたものには、綻びがない」
「人形、ですか」
「失礼。口癖です」
ルヴィリアは、九番目の方を見た。
九番目は、列の端に戻っていた。白い面の頭部が、一度だけ、ルヴィリアの方へ向いた。
ルヴィリアは、小さく頷いた。
九番目は、何もしなかった。ただ、正面に向き直った。
それで、十分だった。
レセプションが終わる前に、白い列は、少しずつ短くなっていった。
二十時。三番目と十四番目が、列を抜けた。
客の前から下がる時、二機とも、同じ角度で一礼をした。新都北病院、夜間待機。
二十時三十分。七番目と十九番目が抜けた。民間契約、繁華街区画。
二十一時。十一番目が抜けた。中央区第四物流拠点、夜間警備。連続稼働四十二時間目に入る。
ルヴィリアは、会場の窓際から、それを見ていた。
前回、この窓から、中央区の赤い夜を見た。
監視網の目が、見えない網のように街を覆っていた。
夜道は安全で、その安全を作っているのが、メビウスの監視機と、白いコートの列だった。
あの網の、目の一つ一つが、記録の一行だ。
《本日21:00〜》
《本日22:00〜》
閉会の挨拶が始まる頃には、列は、九番目を含めて四機だけになっていた。その四機は、アゴルディの帰路の警護に付く。
「ルヴィリア」
会場の出口で、アゴルディが言った。
「送らせましょうか」
「歩いて帰ります」
「そうですか」アゴルディは、九番目を振り返った。
「……では、九番を、境界区の手前まで付けます。新都の西は、夜の巡回が手薄なので」
「支部長の警護は」
「三機で足ります。私は、そう狙われる顔ではありませんから。試験場では、撃たれる側に回ることもないですし」
ルヴィリアは、九番目を見た。九番目は、一歩前に出て、ルヴィリアの斜め後ろ、半歩の位置に立った。
「……では、頼む」
*
中央区から西へ、二人は、黙って歩いた。
正確には、ルヴィリアだけが歩き、九番目は、その半歩後ろを、同じ速さで付いてきた。足音が、ほとんどしない。
電飾の店が減り、古い店が増えていく。新都の西の、境界区の手前。
通りの角で、ルヴィリアは足を止めた。
「ここまででいい」
九番目は、止まった。
「次の持ち場は」
九番目の頭部の、側面の小さなユニットが、かすかに光った。音声で答えるより先に、ルヴィリアの視界に、記録が一行、送られてきた。
《MC-0390 本日23:30〜 新都西区画 夜間巡回(臨時)》
ルヴィリアは、その行を見た。
臨時。今日の夕方には、なかった行だ。
「……支部長の指示か」
九番目は、首を横に振った。それから、もう一行、送ってきた。
《申請者 MC-0390》
自分で、取った持ち場だった。新都の西、境界区の手前。夜の巡回が、手薄な区画。
ルヴィリアの店の、手前。
ルヴィリアは、しばらく、その行を見ていた。
「……任せる」
九番目は、一度だけ頷いた。それから、通りを引き返していった。白いコートが、新都の赤い夜の中に、一つの灯りのように、遠ざかっていった。
最後の角を曲がると、看板の半分切れたジャンク屋が見えた。
店の灯りは、まだ点いていた。
扉を開けると、カウンターの向こうで、チルダが顔を上げた。
「おかえり、ボス。……で、どうだった」
作業台の端で、アイシアが端末から顔を上げた。階段に居座っていたクローザーが手を止めた。二階の部屋の扉が、少しだけ開いて、コラプスの鼻先が覗いた。
ルヴィリアは、外套を脱ぎながら、少しだけ考えた。
前回は、こう言った。人形が、たくさん並んでいた。
「白い列が、並んでいた」
「白い列。クルー?」
「二十四機。全部、別の持ち場から来て、全部、別の持ち場へ帰っていった」
チルダは、頬杖を外した。
「帰るって、メビウスに?」
「次の仕事に、だ」ルヴィリアは、外套を壁に掛けた。
「病院の夜間待機。物流拠点の夜間警備。繁華街の巡回。一番長い機体は、四十二時間、起きていた」
「よんじゅうに」クローザーが、階段の上で繰り返した。
「人間なら過労だね」
まるでルヴィリアのような事を、チルダが言い放った。
アイシアが、端末を少しだけ操作した。
「……クルー機動隊の、公開されている稼働統計です。仙京支部の全機平均で、月の稼働率は、九割を超えています」
「九割」チルダが言った。「アイシアの、地下にいる時間と同じくらいじゃん」
「私は、あれは、好きでいるので」
「あっちは、好きでいるんじゃないの?」
アイシアは、答えなかった。ルヴィリアも、答えなかった。
ただ、九番目の記録の、最後の一行を思い出していた。申請者、MC-0390。
「……あいつらの方が、忙しいかもしれんな」ルヴィリアは言った。
「ボスより?」
「私たちより、だ」
チルダは、少しだけ黙った。それから、カウンターの下から、湯呑みを一つ出して、ルヴィリアの前に置いた。
「じゃあ、ボスは、ちゃんと休んで」
「休んでいる」
「今日は、立ちっぱなしだったでしょ。あたしにも分かるよ、それくらい」
二階の扉が、もう少しだけ開いた。
「ルヴィリア」コラプスの声がした。「外。白い匂いが、通った」
全員が、店の窓の方を見た。
硝子の向こう、通りの端を、白いコートが一つ、通り過ぎていった。足音は、ほとんどしなかった。半歩、壁の側に寄って歩いていた。
ルヴィリアは、湯呑みを手に取った。
「……巡回だ」
「こんなところまで来るの、珍しいね」チルダが言った。「店の開け閉め見て、戦闘区の具合測ってるの、近所のおばちゃんだけかと思った」
「そうでもないらしい」
白いコートは、角を曲がって、見えなくなった。
店の灯りは、そのあとも、しばらく点いていた。通りの向こうで、巡回の足音が、一定の間隔で、遠ざかっては、また戻ってきた。
朝まで。




