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終わった大戦の、終わらせ方 〜TSおじさんは機械の身体で戦後の世界を謳歌する〜  作者: 兼沢ほろろ


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閉じたシャッター

 《MC(メビウスクルー)-0390  05:40 新都西区画 夜間巡回 第七周》


 夜明け前の新都の西地区は、赤く、低く、湿っていた。


 電飾の店は、ほとんど灯りを落としている。

 残っているのは、辰砂灯の街灯と、どこかの換気扇の音と、旧仙京の方から流れてくる、古い流行歌のラジオの切れ端だけだった。


 MC-0390は、巡回路の端で、半歩、壁の側に寄った。


 新都の西区画の巡回は、もともと、この機体の持ち場ではなかった。

 半年前のレセプションの夜、臨時で申請した。その臨時が、蘇芳の承認で定期に変わり、今は週に四夜、この通りを歩いている。


 巡回路の最後の角を曲がると、裏路地の奥に、看板の半分切れたジャンク屋がある。


 その朝、ジャンク屋のシャッターは、下りていた。


 シャッターの横に、札が一枚、下がっていた。


 《本日休業》


 その下に、小さな字で、もう一行。


 《しばらく》


 MC-0390は、札の前で、足を止めた。


 止める理由は、巡回の手順にはなかった。閉じた店は、閉じた店として記録すればいい。施錠の確認、周辺の異常の有無、不審な熱源の有無。この区画の巡回で、毎晩、同じ手順を繰り返している。


 施錠、確認。周辺、異常なし。


 熱源。


 シャッターの足元の、古い排水溝の格子から、温かい空気が上がっていた。人の体温ではない。もっと一定で、もっと低い、機械の熱。地下のどこかで、何かが絶えず回っている。


 MC-0390は、それを記録した。不審な熱源ではない。この店の地下にサーバーがあることは、メレナの区画情報に載っている。夏には熱を地下水路へ逃がす仕掛けがあることも。


 店の中は、眠っていても、地下だけは起きている。


 MC-0390は、メレナに一行だけ照会した。権限の範囲内で引ける、公開区分の記録。


 《特記戦力 dolls  第二十八奥坑 制圧任務  完了  帰投 03:12》


 二時間半前。


 この札は、その前から下がっていたのか、その後で下がったのか。MC-0390には、分からなかった。


 分からないことを、分からないまま、記録欄の余白に置いた。


 《ジャンク屋  札:本日休業/しばらく》


 その欄は、巡回の手順にはないものだった。



「珍しいね」


 背後で、声がした。


 MC-0390が振り向くと、向かいの乾物屋の軒先に、老人が立っていた。腰を曲げて、箒を片手に持っている。もう片方の手には、いつものように、壊れたラジオがあった。


 この老人のことは、記録にある。数週間に一度、ジャンク屋にラジオの修理を頼みに来る。代金は、乾物一袋。


「白いのが、こんな奥まで来るのは」


「巡回です」MC-0390は答えた。

 声帯の代わりの発声器が、短く、平たい音を出した。


「知っとるよ。半年くらい前から、夜中にあんたの足音がする。最初は、何事かと思った」

 老人は箒を壁に立てかけた。「……あそこの札、見とったね」


「はい」


「読めたかい」


 MC-0390は、札を見た。


「本日休業。しばらく」


「そうじゃない」老人は、少しだけ笑った。「字の具合だよ」


 MC-0390は、もう一度、札を見た。視覚センサーの倍率を上げる。筆跡を、いくつかの数値に分解する。線の太さ。筆圧の変化。払いの長さ。文字と文字の間隔。


「……傾きが、少ない。線の速度が、一定です」


「そうだろう」老人は、満足そうに頷いた。「任務の前の札はね、字が走っとる。急いで書いて、急いで出ていく。あれが下がると、この辺りの者は、窓を閉めて、水を汲んでおく。戦闘区が、荒れるからね」


 老人は、札の方へ顎をしゃくった。


「後の札は、字が落ち着いとる。終わって、帰ってきて、ゆっくり書いた字だ。あれが下がると、ああ、片付いたんだな、って分かる。チルダちゃんの字は、正直だよ」


 MC-0390は、その言葉を、記録した。


 《任務前の札:筆跡の速度、高。周辺住民、窓を閉め、水を汲む》


 《任務後の札:筆跡の速度、低。周辺住民、片付いたと判断》


 メレナの区画情報には、この記録がない。

 メレナは、戦闘区の状況を、センサーと、dollsの戦闘データと、辰砂予報で知っている。

 この通りの住民は、札の字で知っている。


 二つの知り方は、同じ結果を指していた。


 《第二十八奥坑 制圧任務  完了》


「しばらく、って書いてあるだろう」老人は言った。

「大きいのが終わった時の札だ。隊長さんはすぐ起きる。一番小さい子が、一週間くらい寝るんだよ。前に、チルダちゃんが言っとった」


「一週間」


「あんたらは、寝るのかい」


 MC-0390は、少しだけ、答えを探した。


「交代で」


「交代でか」老人は、箒を取り直した。「そりゃ、大変だね」



 《MC-0390  06:00〜08:00 メビウス・クルー新都西地区・詰所 交代スリープ 第三群》


 詰所は、新都の西の、古い郵便局の建物を改装したものだった。一階に、クルー六機分の充電架台が並んでいる。そのうち三つが埋まり、三つが空いていた。


 空いた架台の持ち主は、今、別の通りを歩いている。二時間後に、入れ替わる。


 MC-0390は、架台に背を預けた。


 スリープに入る前に、その夜の記録をまとめる。

 巡回の経路。異常なし、の欄。熱源の記録。そして、手順にない一行。


 《ジャンク屋  札:本日休業/しばらく  筆跡:任務後》


 二時間のスリープで、メレナに上げられるのは、この程度の量だ。浅い眠り。記録を上げ、ナノエーテルの循環を整え、次の持ち場に間に合うだけ休む。


 dollsは、違う、とMC-0390は知っていた。


 戦闘区から持ち帰る記録は、二時間では上げきれない。

 辰砂の磁気の中で、一瞬ごとに状況が変わる場所。未だ大戦の最中に在る残党軍。異形の機械である「継ぎ接ぎ」。

 メレナの指示を待っていては間に合わない判断を、機体の中で、出力を上げて、処理し続ける。

 熱になり、ナノエーテルを使い切り、冷却回路を焼く寸前まで回して、帰ってくる。


 だから、深く眠る。一度に、全員で。店を閉めて、札を下げて。


 MC-0390には、その負荷はない。だから、止まらずにいられる。


 止まらずにいられる、というのは、止まらなくていい、ということではない。止まる順番が、自分の側ではなく、街の側にある、ということだ。


 詰所の窓の外で、新都の西が、少しずつ明るくなっていった。


 MC-0390は、スリープに入った。



 メレナは、その朝、MC-0390から上がってきた記録を受け取った。


 巡回の経路。異常なし。ジャンク屋。熱源。


 そして、手順にない一行。


 《札:本日休業/しばらく  筆跡:任務後》


 メレナは、その一行を、消さなかった。


 削除の基準には当たらない。報告の書式から外れているだけで、誤りではない。戦闘区の状況の記録として、内容は正しい。照合すれば、dollsの帰投記録と、一致している。


 メレナは、それを「許容誤差」の欄に入れた。


 本社への報告書の、一番目立たない欄に。


 *


 二日目の朝も、札は下がっていた。


 《本日休業》 《しばらく》


 字は、同じだった。昨日と同じ札だ。


 MC-0390は、札の前で、昨日と同じ記録を取った。施錠、確認。周辺、異常なし。熱源、地下、一定。


 それから、一つ、手順にないことをした。


 裏路地に入る手前で、歩幅を、半分に落とした。足裏の接地を、踵からではなく、つま先から。白いコートの裾が、壁を擦らないように、半歩、通りの中央に戻した。


 足音が、ほとんど消えた。


 向かいの乾物屋の軒先で、老人が、箒を止めた。


「……あんたも、静かにしてくれるんだね」


 MC-0390は、立ち止まった。


「この辺りの方は、札が下がっている間、静かにしているのですか」


「しとるよ」老人は言った。

「朝の荷の積み下ろしは、裏から回す。ラジオは、音を絞る。子供らには、あの店の前で騒ぐなって言っとる。……誰が決めたわけでもない。みんな、なんとなく、そうしとる」


 老人は、閉じたシャッターを見た。


「あの子らが、あそこで寝とる間は、こっちが静かにしとく番だと思っとる。普段は、あっちが、戦闘区の方を静かにしてくれとるんだから」


 MC-0390は、その言葉を、記録した。


 それから、一つ、訊いた。手順にない質問だった。


「その順番は、いつ、変わりますか」


 老人は、少しだけ目を丸くした。それから、札を指さした。


「あれが、裏返った時さ」


 三日目の朝も、札は下がっていた。


 MC-0390は、歩幅を半分にして、裏路地を通った。施錠、確認。熱源、地下、一定。


 シャッターの向こうで、何かの匂いが動いた気がした。MC-0390の嗅覚センサーは、そこまで細かくはない。ただ、閉じた店の、二階の窓のあたりで、カーテンがほんの少しだけ揺れた。


 誰かが、寝返りを打ったのかもしれない。


 MC-0390は、足を止めずに、通り過ぎた。


 *


 四日目の朝。


 巡回路の最後の角を曲がった時、MC-0390は、音を聞いた。


 金属の擦れる音。シャッターが、半分だけ、上がっていく音。


 ジャンク屋の前で、作業着の上着を肩に引っかけただけの機体が、寝癖のついた頭のまま、大きな欠伸をしていた。片手で、シャッターの取っ手を掴んでいる。もう片方の手で、札を外している。


 チルダだった。


 チルダは、札を裏返した。


 《本日より営業再開》


 字は、少しだけ、跳ねていた。


 それから、チルダは、通りの端に立っている白いコートに気づいた。


「あ」


 MC-0390は、動かなかった。


 チルダは、欠伸を噛み殺して、白いコートを上から下まで眺めた。それから、半分上がったシャッターに肘をついた。


「……おはよ」


「おはようございます」


「毎朝、通ってたでしょ」チルダは言った。

「コラプスが、寝言で言ってた。白い匂いが、静かに通るって」


 MC-0390は、少しだけ、答えを探した。


「巡回です」


「知ってる」チルダは、少しだけ笑った。「静かに、ってとこ。ありがとね」


 MC-0390は、頷いた。


 チルダは、シャッターを最後まで上げた。店の灯りが点いた。棚の上の古いラジオが、どこかの流行歌を、小さな音で流し始めた。


 向かいの乾物屋で、老人が、壊れたラジオを抱えて軒先に出てきた。札を見て、それから、白いコートを見て、何も言わずに頷いた。


 MC-0390は、記録を取った。


 《ジャンク屋  札:本日より営業再開  筆跡:速度、中。跳ねあり》


 《周辺住民  平常に復帰》


 それから、メレナに照会した。


 《第二十八奥坑  辰砂濃度、平常域  鬼火反応、なし  状況:鎮静》


 二つの知り方は、また、同じ結果を指していた。


 MC-0390は、記録欄の余白に、もう一行だけ、足した。


 《順番、交代》


 それから、裏路地を出た。歩幅は、もとに戻っていた。次の持ち場は、八時から、新都西区画の詰所。交代スリープ、第三群。


 店の灯りは、その背中の向こうで、ずっと点いていた。


 その日、一番小さい子(クローザー)は、まだ二階で眠っていた。札の字が落ち着くまで、もう三日はかかる、とチルダは乾物屋の老人に言った。

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