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終わった大戦の、終わらせ方 〜TSおじさんは機械の身体で戦後の世界を謳歌する〜  作者: 兼沢ほろろ


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継ぎ接ぎ

「ボス。これ、どかして」


 チルダが、作業台の下を指さした。


 ガラクタが、山になっていた。

 旧軍の監視機の首から上。家庭用の清掃機の足回り。地雷探知機の円盤。配線の束。何の部品か分からない歯車の箱。

 山は作業台の下からはみ出して、通路の半分を塞いでいた。


「先週、言ったよね。今週中に片付けるって」

「言った」

「今日、何曜日」

「週の終わりだ」


「今週の、終わり」チルダは、山の上に乗っていた清掃機の足回りを持ち上げた。

「これ、あたしが『いい子』って言ってたやつと同じ型でしょ。展示館の、ねじ四本の」

「同じ型だ。カナエの回収業者から、壊れたのを三台分買った」

「三台分。それも、ここに」


 カウンターの内側で、コラプスが釣り銭を数えながら、山の方を見ていた。


「……古い油の匂いと、焦げた匂いと、辰砂の匂い。三つとも、別々の場所から来てる」


「来ている」ルヴィリアは言った。

「監視機は第十九区画、清掃機は旧仙京の廃屋、探知機は灰街道の縁だ」


 奥の長椅子から、クローザーが顔を上げた。


「指揮官、それで何、作ってるの」


 ルヴィリアは、少しだけ間を置いた。


「継ぎ接ぎだ」


 店の中が、静かになった。


 *


 戦闘区には、「継ぎ接ぎ」と呼ばれる機械がいる。


 大戦のあと、戦場に捨てられた機材を、残党が拾い集めて組み合わせたものだ。監視機の目、運搬機の脚、砲台の旋回部、ときには家電の基板まで。部品ごとに出どころが違うので、中に積まれている自律機関(AI)も一つではない。二つ、三つ、多いものでは五つ。それぞれが、自分の元の持ち主の仕事を覚えたまま、一つの体に押し込まれている。


 だから、継ぎ接ぎは滅茶苦茶に動く。


 前へ進むと見せて横へ跳ぶ。

 止まったかと思えば、急に回り出す。

 撃つ方向と走る方向が、毎秒変わる。

 メレナの戦術記録からも読めない。一つの頭で考えていないものの動きは、一つの頭では読めないからだ。


「……継ぎ接ぎの、もどき?」チルダが言った。


「擬きだ。本物ほどは混ぜない」


「なんで作るの」


「戦闘区で、継ぎ接ぎが出る回数が増えている」ルヴィリアは言った。

「残党が捨てた機材だけでなく、回収業者に流れない企業連合の廃棄品まで混ざり始めた。次に正面からぶつかる前に、あれがどう『決めている』のかを、手元で見ておきたい」


 チルダは、山を見下ろした。


「それを、ここで組むの」

「その予定だった」

「勘弁してよ」

「分かっている」


 ルヴィリアは、作業台の下から、清掃機の足回りを一台引き出した。


「ラボへ移す」


 チルダは、目を瞬いた。


「……ああ。ボスの、あっちの方」


「あっち?」コラプスが訊いた。


「ボスはね、ここのほかに、もう一つ作業場を持ってるの。境界区の外れに」チルダは、少しだけ声を落とした。

「クローザーも持ってるでしょ、自分の」


「持ってる」クローザーが言った。

「でも、指揮官のは、見たことない」


「あたしも、何回かしか入ったことない」


「何をする場所?」コラプスが訊いた。

 チルダは、ルヴィリアの方を見た。

 ルヴィリアは、清掃機の足回りの裏蓋を、指先で叩いて確かめていた。


「企(・)業(・)倫(・)理(・)に(・)適(・)さ(・)な(・)い(・)も(・)の(・)を(・)作(・)る(・)場所だ」


 コラプスは、首を傾げた。


「……悪いもの?」


「悪くはない。企業が作れないだけだ」ルヴィリアは言った。

「出力の規格。安全の規格。企業連合の約定。企業の製品は、全部それに合わせなければ売れない。合わせないものは、企業には作れない」


「ボスのは、合わせてないの」


「合わせていないものもある」


 チルダが、口を挟んだ。


「約定のぎりぎり。ぎりぎりの、内側。……たぶん」


「内側だ」


「たぶん、って言ったのは、あたしの方ね」


 *


「運び出す代わりに、搬入は手伝ってもらうぞ、チルダ」

「分かってるよ、それくらいやればいいんでしょ」


 ルヴィリアのラボは、境界区の西の外れにあった。


 旧仙京の屋根の連なりが途切れて、白い杭が並び始める少し手前。大戦のころの、旧軍の整備小屋だった。トタンの屋根と、厚い煉瓦の壁。表には看板も表札もない。扉の横に、古い錠前が一つと、その下に、目立たない小さな読み取り口が一つ。


 ルヴィリアが、読み取り口に指先を当てた。


 小さな音がして、錠前が外れた。


 チルダは、ガラクタを積んだ台車を押しながら、それを横目で見ていた。


「……相変わらず、それなんだ」


「何がだ」


「鍵。人の指じゃなくて、素子の方で読んでるやつ」


「人の指は、もうないからな」


 ルヴィリアは、それ以上は言わずに、扉を開けた。



 中は、広かった。


 天井が高い。整備小屋だったころの、機材を吊るすための梁が、そのまま残っている。床は打ちっぱなしのコンクリートで、ところどころに、古い油の染みが黒く広がっていた。


 壁際に、作業台が三つ。工具の棚。部品の箱。それから、布をかけられた、何か大きなものがいくつか。


 チルダは、台車を止めて、布の一つの裾を、少しだけ持ち上げた。

 そして、ぎょっとした。

 銃身が見えた。見たことのない太さの、短い銃身。

 明らかに、企業連合の規格に合わない代物。

 チルダは、何も言わずに布を戻した。


「見たか」ルヴィリアが言った。

「見てない」

「見たな」

「見てないってことにしといて。あたし、ここで見たものは、ゼッタイに言いふらさない事にしてるから」


 ルヴィリアは、少しだけ口の端を緩めた。



 床の真ん中に、黒く焦げた機械の残骸が一つ、転がっていた。


 脚が四本。

 そのうち二本は運搬機の脚で、残りの二本は、旧軍の砲台の支柱を曲げて作ったものだった。

 胴体は、配電盤の箱を三つ溶接して繋いである。上に、監視機の首が二つ。左右を向いたまま、止まっていた。


「……本物だ」チルダが言った。


「先月、第二十二区画で止めたやつだ。回収して、ここまで運んだ」


 チルダは、残骸の周りを一周した。継ぎ目を、指でなぞりながら。溶接の跡。ねじ。針金。粘着の帯(ダクトテープ)。


「……ひどい継ぎ方」


「ひどいな」


「でも、動いてたんでしょ、これ」


「動いていた。滅茶苦茶にな」


 ルヴィリアは、残骸の胴体の、配電盤の箱を一つずつ指さした。


「この箱に、運搬機の自律機関。荷を運ぶために、前へ進む。この箱に、砲台の自律機関。標的を見つけたら、止まって旋回する。この箱に、監視機の自律機関。動くものを見つけたら、首を向けて追う」


「三つとも、自分の仕事をしてる」


「そうだ。三つとも、まともに働いている。だから滅茶苦茶になる」


 チルダは、残骸の脚を見下ろした。運搬機の脚と、砲台の支柱。


「……脚を、取り合ってるんだ」


「そうだ」ルヴィリアは言った。

「進みたい頭と、止まりたい頭と、振り向きたい頭が、同じ四本の脚で思考の綱引き大会だ。その時々で、一番強く引いた頭が脚を持っていく。外から見ると、何を考えているのか分からない。中では、三つの頭が、それぞれまともなことを考えている」


 チルダは、しばらく黙っていた。


「……指揮官のいない隊、みたい」


 ルヴィリアは、目を瞑り、何も答えなかった。


 *


 ルヴィリアは、作業台の上で、擬きを組み始めた。


 清掃機の足回りを二台、背中合わせに繋いで、六本の脚にした。その上に、地雷探知機の円盤を胴体として乗せる。円盤の上に、監視機の首を一つ。


 自律機関は、三つ。


 清掃機のもの。部屋の隅々まで、埃を探して進む。


 探知機のもの。地面の下の金属を探して、見つけたら止まる。


 監視機のもの。動くものを見つけたら、首を向けて追う。


 チルダは、隣の作業台で、部品の継ぎ手を削りながら、それを見ていた。


「本物は、三つで、四本脚。ボスのは、三つで、六本脚」


「脚が多い方が、取り合いの様子がよく見える」


「見えすぎて、目が回りそう」


 ルヴィリアは、胴体の円盤の側面に、小さな四角い窪みを一つ、削り出した。


 チルダの手が止まった。


「……それ」


「鍵の口だ」


 窪みの奥に、素子の読み取り部を埋め込む。ルヴィリアの指先の素子を当てなければ、三つの自律機関のどれにも電源が入らない。


「擬きでも、付けるんだ」


「付ける」


「店に置いとくわけじゃないのに」


「どこに置いても、付ける」ルヴィリアは、読み取り部の配線を、細い工具で円盤の内側へ通していった。

「バッテリー出力を規格の外まで上げてある。清掃機の足回りは、家庭用の三倍で回る。誰かが持ち出して、別の機械の脚にしたら、それは」

「継ぎ接ぎになる」

「そうだ」


 チルダは、削りかけの継ぎ手を作業台に置いた。


「……昔も、そういうの付けてたよね」


 ルヴィリアの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「昔の、玩具」チルダは、作業台の木目を指でなぞった。「旧軍の機材のばねとか、時計仕掛けとか、そういうので歩く人形とか、回る独楽とか作ってた。それで、全部に、指の鍵を付けてた」


「付けていた」


「持ち主の指でしか、動かないやつ」


 ルヴィリアは、配線を通す手を、また動かし始めた。


「ばねも時計仕掛けも、外せば、起爆の仕掛けに使える」ルヴィリアは言った。「玩具のままでいるには、玩具の持ち主の指でしか動かないようにしておくしかなかった」


「あの時、大人の兵隊が、何人か外そうとしたよね。動かなくて、諦めてた」


「覚えている」


 チルダは、少しだけ笑った。


「石の家の、子供たち」


 ルヴィリアは、答えなかった。


 ただ、配線の最後の一本を、円盤の内側の端子に、静かに留めた。


 この会話は、今夜、二機がスリープに入れば、メレナに上がる。玩具の話をした、という記録として。どこの、いつの、誰の子供の話なのかは、記録のどこにも書かれていない。


 それは、二機の心理領域の中にだけある。



 日が傾きかけた頃、擬きは組み上がった。


 ルヴィリアは、それを床の真ん中に下ろした。本物の継ぎ接ぎの残骸の、すぐ隣に。


 円盤の側面の窪みに、指先を当てる。


 小さな音がして、三つの自律機関に、同時に電源が入った。


 最初の一秒、擬きは、何もしなかった。


 二秒目に、清掃機の頭が、前へ進もうとした。六本の脚のうち、前の二対が床を掻いた。


 三秒目に、探知機の頭が、床の下に何かを見つけた。古い整備小屋の床には、鉄筋が埋まっている。探知機の頭は、止まれと言った。後ろの一対が、踏ん張った。


 前へ進もうとする脚と、止まろうとする脚。擬きは、その場で、フォークリフトの旋回めいてぐるりと半回転した。


 四秒目に、監視機の首が、チルダを見つけた。首が、チルダの方を向いた。監視機の頭は、追えと言った。


 六本の脚が、三つの方向に、同時に引っ張られた。


 擬きは、跳んだ。


 横へ。斜め後ろへ。それから、壁に向かって、まっすぐに走った。


 壁にぶつかって、跳ね返った。仰向けに転がって、六本の脚で空を掻いた。起き上がった。今度は、本物の継ぎ接ぎの残骸に向かって走っていった。残骸の脚に、自分の脚を絡ませて、また転んだ。


「……ほんとに滅茶苦茶」


 チルダは、作業台の上に佇んで避難していた。


 ルヴィリアは、動かなかった。作業台の前に立ったまま、擬きの動きを、ずっと目で追っていた。



 作業台の端の端末が、小さく鳴った。

 ルヴィリアの目が、ちりちりと発光する。


『ルヴィリア』


 メレナの声だった。ルヴィリアが、擬きの動きの記録を取るために、接続しておいたのだった。


『動体の行動予測を試みています。予測の的中率は、現在十二パーセントです』

「十二」

『偶然と、ほとんど変わりません。一つの方針で動いていない対象の行動は、私の記録からは読めません』

「本物の継ぎ接ぎと、同じだな」

『はい』


 擬きが、また壁に当たって、跳ね返った。

 ルヴィリアは、擬きの六本の脚を見ていた。


 どの脚が、どの頭に引かれているか。


 前の二対は、清掃機の頭。後ろの一対は、探知機の頭。首の向きに合わせて、全部の脚が一瞬だけ引かれるのは、監視機の頭。


 脚の綱引きには、順番があった。


 清掃機の頭は、休まず引き続ける。探知機の頭は、床の鉄筋を通り過ぎるたびに、引く。監視機の頭は、首の視界に何かが入るたびに、引く。


「……メレナ。脚ごとに、どの頭が引いているかを、記録に分けて取れ」


『分類を開始します』


「それから、それぞれの頭が引く間隔を出せ」


 数秒のあと、ルヴィリアとチルダの視界に三本の線が並んだ。


 清掃機の線は、平らで、途切れない。


 探知機の線は、ぽつ、ぽつ、と、床の鉄筋の間隔ごとに、山が立つ。


 監視機の線は、不規則だった。だが、チルダが作業台の上で身じろぎするたびに、そこにだけ山が立っていた。


「……三つの拍だ」


 チルダが、作業台の上から身を乗り出した。


「拍?」


「鬼火と同じだ。一つの頭で見ると、滅茶苦茶に見える。頭ごとに分ければ、それぞれは規則で動いている。三つの規則が重なって、滅茶苦茶に見えているだけだ」


 ルヴィリアは、床を指さした。


「探知機の頭が引くのは、鉄筋の上を通るときだけだ。監視機の頭が引くのは、動くものが首の前に入るときだけだ。だから」


 ルヴィリアは、一歩、横へずれた。擬きの首の視界の外へ。


 チルダも、作業台の上で、身じろぎをやめた。


 擬きの監視機の首が、止まった。追うものが、なくなった。


 擬きは、鉄筋の上で一度止まり、鉄筋を越えて、また進み、次の鉄筋で、また止まった。


 進む。止まる。進む。止まる。


 まだぎこちなかったが、滅茶苦茶ではなくなっていた。


『予測の的中率、六十一パーセントに上昇しました』


「頭を一つ黙らせれば、残りの二つの拍が見える」ルヴィリアは言った。

「本物も同じだ。戦闘区で継ぎ接ぎに会ったら、まず、一番うるさい頭を黙らせる。動くものを追う頭なら、視界の外に出る。標的を探す頭なら、標的を見せない」


『戦術記録に追加しますか』


「追加しろ。それから、全機に配れ」



 擬きは、まだ、鉄筋の上で止まったり進んだりを繰り返していた。

 チルダは、作業台から降りて、擬きの監視機の首を引っ掴んだ。


「ねえ、ボス。止め方、作った?」


「作った」


「どこ」


 ルヴィリアは、擬きの横に膝をついた。


 円盤の胴体の、鍵の口のすぐ上。そこを、指先で、二回、軽く叩いた。


 とん、とん。


 三つの自律機関が、同時に止まった。


 六本の脚が、床に揃った。監視機の首が、正面を向いた。擬きは、それきり、動かなくなった。


 チルダは、しばらく、何も言わなかった。


「……それ、止まる合図なんだ」


「三つの頭が、同時に聞き取れる音を探した。一つの頭は振動で、一つの頭は音で、一つの頭は鍵の口の素子の近さで聞く。二回叩けば、三つとも聞き取れる」


「二回」


「一回だと、探知機の頭が床の振動と間違える。三回だと、監視機の頭が、動くものだと思って追い始める。二回が、ちょうどいい」


 チルダは、擬きの胴体の、ルヴィリアが叩いた場所を見ていた。


 円盤の、鍵の口のすぐ上。何の印もない、平らな面。


「……ボスが叩かないと、止まらないの」


「鍵の口の近くで叩かないと、止まらない。鍵の口は、私の素子しか読まない」


「じゃあ、この子は、ボスの二回でしか止まらないんだ」


 ルヴィリアは、少しだけ、間を置いた。


「そうだ」


 チルダは、鼻で笑いながら立ち上がった。

 それから、ルヴィリアに背を向けて、作業台の上の工具を片付け始めた。いつもより、少しだけ丁寧に。



 扉の外で、小さな音がした。


 錠前の下の読み取り口に、誰かが指先を当てて、弾かれた音だった。


 ルヴィリアが、扉を開けた。


 クローザーが立っていた。肩に、ダイダラを担いでいた。


「……開かなかった」


「お前の素子は、登録していない」


「知ってた。一応、試した」クローザーは、扉の隙間から、中を覗き込んだ。

「チルダが、帰ってこないから。見に来た」


 クローザーの目が、床の真ん中の、止まった擬きに留まった。それから、隣の、本物の継ぎ接ぎの残骸に。


「……あれ、指揮官の?」


「擬きだ」


「動く?」


「動く。滅茶苦茶に」


 クローザーは、ダイダラを肩から下ろして、扉の内側の壁に立てかけた。中に入ってこようとはしなかった。扉の枠の、すぐ外に立ったままだった。


「メレナから、さっき、更新が来た。継ぎ接ぎに会ったら、一番うるさい頭を黙らせろ、って」


「ここで分かったことだ」


「あたしのラボでも、似たようなこと、やってる」クローザーは言った。「照準の方。でも、指揮官のは、もっと散らかってる」


「散らかっているな」


「あたしのラボの方が、きれい」


「そうか」


 クローザーは、擬きを、もう一度だけ見た。


「……あれ、欲しい」


「やらん」


「知ってた。一応、言った」



 帰り道、三機は、境界区の西の外れから、旧仙京の屋根の連なりの方へ車輛を回していた。


 荷台は空だった。ガラクタの山は、全部ラボに置いてきた。


「これで、店の通路、元に戻るね」チルダが言った。


「戻る」


「次に何か作るときも、ラボでやってね」


「やる」


「ボスの『企業倫理に適さないもの』は、全部あっちで」


 ルヴィリアは、答えなかった。


 クローザーが、二機の少し後ろを歩きながら、言った。


「指揮官。あの擬き、玩具みたいだった」


 ルヴィリアの足が、ほんの少しだけ、遅くなった。


「……試作だ」


「試作の、玩具」


「試作だ」


 チルダが、前を向いたまま、小さく笑った。


 *


 店に戻ると、作業台の下は、すっかり空になっていた。

 コラプスが、カウンターの内側から、空いた通路を見ていた。


「……広い」


「広いでしょ」


「油の匂いも、焦げた匂いも、辰砂の匂いも、なくなった」コラプスは、少しだけ物足りなさそうに言った。「ルヴィリアの匂いだけ、残ってる」


「それは、いつもでしょ」


 ルヴィリアは、作業台の前に座って、ディヤウスを手元に引き寄せた。布を取って、銃身を拭き始めた。


 チルダは、カウンターに頬杖をついて、それを見ていた。


 ルヴィリアの指先が、銃身の上で止まった。


 それから、作業台を、二回、軽く叩いた。


 とん、とん。


 チルダは、それを聞いて、少しだけ笑った。


 ラボの床の真ん中では、擬きが、六本の脚を揃えたまま、静かに止まっている。


 次に、ルヴィリアの指先が、鍵の口に触れるまで。

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