↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わった大戦の、終わらせ方 〜TSおじさんは機械の身体で戦後の世界を謳歌する〜  作者: 兼沢ほろろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/23

社員証


 メビウス・テック本社、地下第二層。

 社員購買部。


 昼休みを過ぎた窓口は空いていた。

 担当のミナセは、入社三年目の事務職だ。受付票の整理をしながら、次の客を待っていた。


 自動扉が開き、客が一人、窓口の前に立った。


 ポニーテールに結ったライトグリーンの長髪。

 黒い外套。その下の白い戦闘服。

 メビウスの社員なら、一度は広報資料で見たことのある姿だった。


「予約していたものを受け取りに来た」


「あ、はい。ご予約の……」


 ミナセは端末を叩いた。予約票が一件、表示される。


《品名:ディヤウス アサルトライフル 新製品・発売初日分》


「ディヤウス、ですね。ご用意できております。では、社員証のご提示をお願いします」


「ああ」


 客は、左手の手袋を外した。手首の内側を、窓口の読み取り機の方へ向ける。

 ミナセは、その手首を見つめた。


「……あの、社員証を」


「これだ」


「これ、とは」


「体内に認証キーが入っている。手首の、その下だ」


 ミナセは、読み取り機と、差し出された手首を、交互に見た。自律アンドロイドが物を買いに来るのは、想定していなかった。

 読み取り機は、社員証のカードをかざすための平たい台だ。手首をかざすことは、想定されていない。少なくとも、ミナセが研修で習った範囲では。


「……かざして、いいんですか。その、直接」


「他にかざす方法を知らない」


 ミナセは、おそるおそる読み取り機を持ち上げ、手首に近づけた。

 電子音が鳴った。


*


 画面に、社員情報が表示された。


《社員番号:D-001》

《氏名:ルヴィリア》

《所属:戦術対策部門 特命部隊「Dolls」》

《区分:基礎人格保有機体(法務上社員)》


ミナセは、四行目を二度読んだ。


「……ほうむじょう、しゃいん」


「そうだ」


「あの、失礼ですが、社員の方……ですよね」


「法務上はな」


「法務上は」


「報酬も出ている。非番もある。年末調整の書類も出している。副官が」


 ミナセは、ゆっくりと頷いた。

 頷く以外に、何をすればいいのか分からなかった。


「では、購入手続きに入ります。こちらの書類にご記入を」


 差し出した用紙を、客は受け取り、ペンを取った。


*


《銃器購入申請書(社員向け)》


一行目、氏名。客は迷わず書いた。 二行目、社員番号。これも迷わない。 三行目、購入目的。


□ 身辺防御 □ 業務使用(部門長の承認が必要) □ その他( )


客は、「身辺防御」に丸をつけた。


ミナセは、つい口に出した。


「身辺防御……ですか。ご自身の」


「そうだ」


「その……必要、なんですか。失礼ですけど、お強いですよね」


「業務用の装備は、業務外では持ち出せない。非番の日は丸腰になる」


「はあ」


「丸腰で旧仙京の裏路地を歩けと言うのか?」


「い、いえ、そういうわけでは」


 客は次の行に進み、そこでペンを止めた。

 四行目、生年月日。


ミナセは、客の手が止まったまま動かないことに気づいた。数秒。十秒。それ以上。


「……あの、生年月日を」


「どちらを書けばいい」


「どちら、とは」


 客は答えなかった。ペン先が、紙の上でわずかに揺れていた。

 やがて、客は一つの日付を書いた。二年前の日付だった。


《稼働開始日》と、その横に小さく書き添えて。


*


 ミナセが書類を端末に入力すると、画面が赤く点滅した。


《警告:購入者年齢 二歳》 《銃器購入の年齢制限に該当します。手続きを続行できません》


「……えっ」


 ミナセは画面を二度見した。それから、客を見た。客は、表情一つ変えずに立っていた。


「二歳……」


「稼働開始から二年だ」


「そ、そうですよね、そういう意味ですよね。ちょっと、お待ちください」


 ミナセは内線を取った。上司に繋ぎ、上司は法務部に繋ぎ、法務部はしばらく保留音を流した。


 窓口の前で、客は黙って待っていた。


 五分後、内線が戻ってきた。

 ミナセは受話器を耳に当てたまま、何度も頷き、それから手元の規定集をめくった。


「……あの、確認が取れました。基礎人格保有機体は、法務上、稼働年数にかかわらず『成人相当』として扱う、という規定があるそうです」


「そうか」


「数年前に追加された規定だそうで。……たぶん、同じことが前にもあったんですね」


「そうだろうな」


 ミナセは端末に特例の区分を入力した。画面の赤い点滅が消え、手続きが進んだ。


*


「最後に、お支払いです。社員割引が適用されますが、ご利用に」


「使う」


 即答だった。


 ミナセは、思わず顔を上げた。客の目は、まっすぐに彼女を見ていた。これまでの手続きの中で、一番迷いのない返事だった。


「……社割、使われます」


「使う」


「はい」


 支払いは、都市通貨で一括だった。


 奥の保管庫から、係員が細長いケースを運んできた。窓口の台の上で、ミナセがケースを開ける。


 新品のディヤウスが、緩衝材の中に収まっていた。


 客は、しばらくそれを見下ろしていた。手を伸ばす前に、ほんの少しだけ間があった。


 それから、銃を取り上げた。

 重さを確かめるように、一度だけ構える。

 銃口は天井の方へ、窓口の誰にも向かないように。慣れた動作だった。慣れすぎている、とミナセは思った。


「……いい銃だ」


 独り言のようだった。


「バアル・ゼブルの系譜ですよね、それ」


 ミナセは言ってから、自分でも驚いた。広報資料に一行だけ書いてあった言葉が、なぜか口から出ていた。

 客は、初めてミナセの顔をまともに見た。


「知っているのか」


「あ、いえ、資料に書いてあったのを読んだだけで。雷神の名前がつく系統、って」


「そうか」


 客は銃をケースに戻し、蓋を閉じた。


「バアル・ゼブル、トール、そしてこれだ。次の名前は、まだ決まっていないらしいな」


「次、ですか」


「次が出たら、また来る」


 ミナセは、少し迷ってから、カウンターの下の棚に手を伸ばした。取り出したのは、薄い冊子。


「あの、これ。来期の新製品の発売予定表です。社外向けの広報資料ですけど、よかったら」


 客は冊子を受け取り、表紙を見た。それから、ケースと一緒に小脇に抱えた。


「助かる」


「いえ」


「毎期、出るのか。これは」


「はい。四半期ごとに」


「そうか」


 客は一礼して、窓口を離れた。自動扉が開き、閉まった。


*


 休憩室で、ミナセは同僚に話した。


「今日、アンドロイドの人が、社割で銃買っていった」


「アンドロイドの人?」


「法務上、社員なんだって。手首かざして。二歳だって」


「……二歳?」


「成人相当なんだって」


 同僚は、紅茶のカップを持ったまま、しばらく黙っていた。


「なにそれ」


「分かんない。でも」


 ミナセは、窓口で見た最後の一瞬を思い出していた。新品の銃を見下ろしていた、あの少しの間。


「すごく、嬉しそうだった」


「表情、変わってたの?」


「変わってない。変わってないんだけど」


 ミナセは、自分の言葉を探した。


「生年月日のところで、ペン止めてたときと、社割って言ったときで、全然違う顔してた。……同じ顔なのに」


 同僚は首を傾げた。ミナセも、それ以上は説明できなかった。


 その四半期の終わり、経理部門に一枚の報酬申請書が届いた。項目は四行。その四行目を見て、経理の担当者は内線を取ることになるのだが、それはまた別の話だった。



 月例の報告が終わったのは、午後九時を少し回った頃だった。


 第三十二層の応接室。遮光を半分下ろした窓から、辰砂の光が細く差し込んでいる。

 蘇芳は報告書を閉じ、錠剤を一粒飲み込み、壁の時計を一度だけ見た。


 いつもなら、ここで会合は終わる。


「統括」


「なんだ」


「本日の昼、購買部に寄りました」


 蘇芳の手が止まった。


「購買部」


「予約していたものを受け取りに」


「……何をだ」


「ディヤウスです。発売初日分」


 蘇芳は、しばらくルヴィリアの顔を見ていた。

 それから、椅子の背にゆっくりと体を預けた。

 機械の膝が、少し遅れて角度を合わせる。


「続けろ」


 ルヴィリアは、窓口でのことを順に報告した。


 報告書の読み上げと、同じ口調だった。

 社員証の代わりに手首を差し出したこと。

 担当者が読み取り機を持ち上げたまま固まったこと。購入目的の欄。生年月日の欄。年齢制限の警告。法務部への内線と、五分間の保留音。


「年齢は、二歳と表示されました」


 蘇芳の肩が、小さく揺れた。


「稼働開始日を書いたので」


 肩の揺れが、大きくなった。


「その後、法務部の確認で成人相当と認められ、手続きが進みました。支払いは社割を」


 そこまで言ったところで、蘇芳が吹き出した。

 最初は、堪えようとしていた。生身の方の手で口元を押さえ、顔を背けた。だが、堪えきれなかった。短く乾いた笑いが、やがて途切れなくなり、応接室の中に響いた。


 ルヴィリアは、黙って待っていた。


 蘇芳は、しばらく笑い続けた。

 途中で一度咳き込み、胸を押さえ、それでもまた笑った。生身の肺には、少し負担だったらしい。


「……二歳」


「稼働年数です」


「分かっている。分かっているが」


 蘇芳は目元を拭った。


「二歳の少佐が、社割で、アサルトライフルを」


「少佐ではありません」


「ああ――そうだったな」


 そう言いながら、蘇芳はまた笑った。



 ようやく笑いが収まると、蘇芳は深く息をついた。


「いつ以来だろうな、こんなに笑ったのは」


「お体に障ります」


「障るな。障るが、いい」


 蘇芳は机の引き出しを開け、中から一枚の封筒を取り出した。

 上質な紙に、企業連合の紋章が箔押しされている。


「そんなに銃が好きなら、これに行ってこい」


 ルヴィリアは封筒を受け取り、中を見た。


《企業連合主催 銃火器技術レセプション》 《招待状》


「毎年、各社の新型と試作品が並ぶ。技術者と、軍の調達担当と、物好きな重役が集まる。私のところに毎年一枚来るが、私はもう行かん。立ちっぱなしが腰と膝に来る」


「……統括の招待状ですか」


「代理で行けぃ。名目は、我が社の戦術部門からの視察だ」


 ルヴィリアは、招待状をしばらく見下ろしていた。


「私は――こういったレセプションパーティーには本社から出禁を」


「接待はな」蘇芳は言った。

「これは接待ではない。客として行くんだ。誰にも酒なんぞ注がなくていい。ただ、銃を見てこい」


「大戦を知る者も、来るのでは」


「来るだろうな」


「また、戦友会になります」


「銃の話だけしてこい。大戦の話はするな」


 ルヴィリアは、少しだけ考えた。


「銃の話をすれば、大戦の話になります」


 蘇芳は、また小さく笑った。


「……それはそうだ。まあ、うまくやれ」


*


 ルヴィリアが招待状を懐にしまい、立ち上がる。


 扉の前で、蘇芳が言った。


「その窓口の子は、何と言った」


「ミナセという事務職です。入社三年目」


「泣いてなかったか」


「泣いてはいませんでした。予定表をくれました」


「予定表」


「来期の、新製品の発売予定表です。四半期ごとに出るそうです」


 蘇芳は、額に生身の方の手を当てた。


「……それで、報酬の申請書に四行目が増えるわけか」


「ご存じでしたか」


「経理から、私のところに回ってきた。『これは報酬の項目ではない』とな。判を押したのは私だ」


「感謝しています」


「するな。経理の若いのが、三日悩んだ」


 蘇芳は、機械の方の指で卓上を軽く二回叩いた。


「私もな、人のことは言えんのだ。体を弄ったばかりの頃、この腕で購買部に行った。支払いの読み取り機に手をかざしたら、義肢の制御チップの方が反応して、社員証の情報と二重に読まれた。窓口の子が真っ青になってな」


「その方は」


「今は、購買部の主任をやっている。ミナセとやらの上司だろう」


 ルヴィリアは、少しだけ目を伏せた。


「では、二代にわたって」


「そういうことだ」


 蘇芳は立ち上がった。今度は、いつもより少しだけ、動作が軽く見えた。

 扉の前まで来て、ルヴィリアの肩に、生身の方の手を置いた。


「お互い、あまり若い者を困らせてやるなよ。ルヴィ」


 ルヴィリアは、動かなかった。

 その呼び方を、この身体になってから聞くのは、そう何回もある事ではなかった。


*


 大戦の頃、その名で彼女――あるいは、彼を呼ぶ人間は、何人かいた。


 同じ士官学校を出た同期。前線で背中を預けた部下。

 補給線の向こうで、無線越しに冗談を飛ばしてきた、若い輸送隊の中尉。


「以前、統括は、無線で私の名前を聞いたと仰いました」


「言ったな」


「控えめな言い方でした」


 蘇芳は、肩から手を離した。


「……無線の向こうで、補給が遅いとよく怒鳴られた。こっちは弾薬を積んで、砲撃の下を走っていたというのに」


「覚えています」


「覚えているのか」


 ルヴィリアは、少し間を置いた。


「記憶の齟齬かもしれませんが」


「齟齬で結構」


 蘇芳は扉を開けた。廊下の灯りが、応接室に差し込んだ。


「レセプションは来月だ。銃を見て、帰ってこい。それから、感想を聞かせろ」


「報告書で、よろしいですか」


「口頭でいい。お前の報告書は、アイシアとやらが清書するから、面白くない」


 ルヴィリアは、一礼した。


「承知しました、統括」


 扉が閉まった。

 廊下を歩きながら、ルヴィリアは懐の招待状に、そっと指を触れた。

 ルヴィ、と呼ばれたのは、二十年ぶりだった。


 内部の時刻を確認する。午後九時四十八分。あの男にとって、今日はもう少しで終わる。


 今夜は少しだけ、長く笑った分だけ、良い一日だったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。