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終わった大戦の、終わらせ方 〜TSおじさんは機械の身体で戦後の世界を謳歌する〜  作者: 兼沢ほろろ


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19/23

手番と手札/duel in dolls

「ここから出たら、駄目?」


 クローザーが、ビーコンから放たれている青い境界を指した。


「移動は自由だ」


 開始前のルヴィリアが答える。


「ただし、敵をここへ入れるな」


「追いかけても?」


「守り切れるなら、な」


 クローザーは、青い線から視線を上げた。


 解放区・西地区の郊外に残る、旧い巨大な商業施設。

 近隣の人間は、そこを「塔」と呼んでいる。


 戦時中は、あらゆる軍事組織の兵站になっていた場所だった。


 中央の吹き抜けを取り囲むように、何層もの売場が重なっている。渡り廊下、停止したエスカレーター、暗い店舗の入口。その奥には、図面だけでは見通せない空間が続いていた。


 防衛対象は、中層の仮設搬出区画。


 見上げても、見下ろしても、敵が来られる場所がある。


 クローザーが、ダイダラを持ち直す。


「分かった」


 *


 観測室には、四つの画面が並んでいた。


 塔の全体図。敵性部隊の編成と、投入の順番。クローザーの視界。

 それから、照準、機体負荷、ダイダラの砲身温度、ナノエーテルの液量と循環圧、メレナとの思考補助対話。


 ただし、四機からクローザーへ返せるものは、何もない。


「使えるのは、メレナだけです」アイシアが言った。

「メレナも、こちらの敵の情報は参照できません。参照できるのは、クローザーが現地で取得した情報と、塔の古い図面だけです」


「古い図面って、何年前の」チルダが訊いた。

「大戦の終わりのものです。改修の記録は、ありません」


「じゃあ、半分は嘘だね」

 コラプスは、塔の全体図の、一番下を見ていた。吹き抜けの底。地下の搬入口。

「ここ、辰砂が残ってる」


「デパートとは名ばかりの兵站だったからねえ。あそこは敵だろうが味方だろうが、みんな使ってた」チルダが言った。

「戦時中、生の辰砂粉末の封缶をここに積んでたんだと思う。経年劣化でドバっとこぼれたのが、床に溜まってる」


「濃くはない。だが……舞ったら曇る」

 ルヴィリアが、コラプスの指した数字を見た。それから、クローザーの視界に目を戻した。


「……あいつは、まだ知らないな」


 *


 開始直後、塔の底から音が上がってきた。


 多数の脚が床を叩く音。


 駆動系の唸り。


 それらに混じって、上階の手すりを何かが掴む音がした。

 クローザーが振り向いた。


 四脚の戦闘機械が、手すりを越えてくる。

 最初の射撃で、一体が崩れた。

 その横を、別の一体が跳ぶ。


 クローザーは銃口を追わせながら、半歩下がった。着地した機体が停止するより早く、正面の店舗から射撃が始まる。


 床に、着弾が並んだ。


 クローザーが走る。


 青い境界の外側を横切り、足を止め、撃つ。


 店舗の暗がりで光っていたセンサーが消えた。


『上層に追加の動体』


 メレナの報告。


「うん」


 返事の間にも、視線は動いていた。


「メレナ。手番、ちょうだい」


『手番、とは』


「来る順番。青いところに、どれが一番先に着くか。二番目、三番目も」


『現在の動体の位置と速度から、到達順を推定します』


 クローザーの視界の端に、小さな数字が並んだ。動体の一体ずつに、一、二、三、と。


「それでいい」



 観測室の画面に、敵機の表示が増えていく。


 下層を進む重い機体。

 渡り廊下を走る小型機。

 壁面を使って、階層を移る機体。


 同じ速度でも、同じ道でも来ない。


 チルダが、吹き抜け全体の映像を見た。

「正面ってものがないね」


 ルヴィリアは、クローザーの視界を見ていた。

「本人(ヤツ)にはある」



 その時、クローザーは上階を狙っていた。

 もっと近い敵が、下にいる。


 だが、その機体は、まだ遠回りしなければ届かない。視界の端の数字は、三。


 上階の敵は、次の跳躍で青い区画へ入れる。数字は、一。


 発砲。


 跳ぼうとした機体が、手すりへ衝突した。

 クローザーが、そこで初めて下を向く。


 アイシアが、敵機の移動予測を重ねた。


 照準の動きと、防衛区画への到達順が、ほとんど一致していた。


「近い順に撃っていないんですね」アイシアが言った。

「着く順に撃っています」


「盤と同じだ」ルヴィリアが言った。

「次に打たれたら負ける石から取る」



 敵が増える。


 倒れた機体の横から、次が出てくる。

 一つの店舗を静かにしても、別の店舗で光が点く。


 クローザーが、下層へ向けて射撃した。

 何体かが止まる。

 残りが、その間を越えてくる。


「まだ出る」

『襲撃は継続中です』

「知ってる」


 クローザーの声には、まだ余裕があった。


 ダイダラの出力表示が変わる。

 足を止めた。


 照準が、敵の密集した一角へ収まる。下層の、吹き抜けの底に近い売場。

 次の瞬間、吹き抜けの空気が震えた。

 重なっていた機体が崩れる。


 広告板が裂け、その向こうの店舗まで見えるようになった。


 停止判定が、一度に並ぶ。

 クローザーは、その数を見なかった。


 射撃を終えると同時に身体を回し、背後へ迫った機体を止める。


 チルダが、小さく笑った。


「大きく撃った後に、ちゃんと忙しい」



 コラプスが、画面に顔を寄せた。


「……舞ってる」


 吹き抜けの底から、赤い粉が、薄い霧になって昇ってきていた。

 ダイダラの一発が床ごと叩いて、溜まっていた辰砂を巻き上げたのだった。


『下層の磁気が上昇しています』メレナが報告した。

『光学照準に、ずれが出る可能性があります』


 クローザーは、照準を覗いたまま、下層を狙った。


 照準の中の敵の位置が、わずかに揺れていた。

 実際の位置から、右に半目盛り。それから、下に、もう少し。


「……下、撃つと、曇る」


『叩かれた辰砂の粉塵です。吸気の濃度も上がっています』


 クローザーは、照準から目を離した。

 吹き抜けの底の、赤い霧を見下ろした。


 それから、霧の中で動いている下層の敵機を見た。三体が、霧の中で止まっていた。止まって、首を振るように、センサーを左右に振っていた。


「……それは、向こうも同じ」


『敵機のセンサーにも、磁気の影響が出ていると推定されます』


 観測室で、コラプスが、ルヴィリアの方を振り返った。


「あの子、気づいた」

「気づいたな」


 画面の中で、クローザーは、もう下層を撃たなかった。照準を、上層と渡り廊下に戻した。


『下層の敵は、まだ活動しています』

「霧が晴れるまで、寝てる」クローザーは言った。

「寝てるあいだに、上を取る」


『霧が晴れるまでの時間を、推定しますか』


「して。それが、下の手番」


 視界の端の数字が、並び替わった。下層の三体の番号が、後ろへ回った。



 だが、塔も変わっていた。

 壁がなくなる。

 経年劣化でボロボロになった手すりが、落ちる。

 それまで別々だった空間が、繋がる。


 クローザーが前方へ射撃していた時、その新しい開口部から一体が現れた。


 近い。


 青い境界まで、ほとんど距離がない。


 視界の端の数字は、表示されていなかった。メレナの古い図面に、その通り道はなかったからだ。


 クローザーが銃口を向けかけ、止めた。


 射撃の向こうに、防衛対象がある。


 踏み込む。

 敵機と衝突した。


 金属の擦れる音が響き、二体分の重量が境界の外へずれる。

 クローザーが押し切った。


 停止判定。


 敵機を蹴り飛ばし、自分が壊した壁の方を見る。


「ここ、近道になった」

『地形情報を更新します』


「あたしが開けたんだけど?」


 一瞬だけ、不満そうな声だった。


 ルヴィリアが鼻を鳴らす。

 アイシアは、その場面を記録する。


 以後、クローザーは大きく撃つたびに、周囲を見直した。


 敵が何体減ったか。


 その射撃で、どこが通れるようになったか。


 確認する物が、一つ増えていた。



 中盤から、クローザーの動きは小さくなった。


 追えば倒せる敵を残す。

 遠くの射撃へ、いちいち撃ち返さない。

 青い区画へ届く敵を止め、次を見る。


『ダイダラの砲身温度が上昇しています。機体の冷却も、限界に近づいています』


 メレナが告げる。

 クローザーは、表示を見た。自分の体の中を回るナノエーテルの温度。高負荷向けの専用配合でも、上がり続けている。


「残り時間」


『表示します』


 一度だけ、確かめる。


 ダイダラの出力を、一段落とす。


『現在の交戦数は、引き続き増加しています』


「全部は追わない。手間」


 それから、クローザーは、撃たずに照準を動かし始めた。

 敵ではなく、塔を見ていた。


 上層から中層へ降りる、停止したエスカレーター。東側の渡り廊下。下層から吹き抜けを回り込む、斜めの通路。


『何を参照していますか』


「道」


『道、ですか』


「さっき、壁を壊したら、道が一本増えた」クローザーは言った。

「なら、壊したら、一本減る道もある」


 観測室で、チルダが、肘をついていた腕を下ろした。


「……盤面を、作る気だ」


 クローザーは、東側の渡り廊下の、根元の支柱を撃った。


 一発。


 渡り廊下が、傾いた。


 二発目で、落ちた。


『東側の渡り廊下が崩落しました。上層東から中層への経路が、一つ消えました』


「メレナ、手番、出し直して」


『到達順を再推定します』


 視界の端の数字が、また並び替わった。東から来るはずだった小型機の群れの番号が、ずっと後ろへ下がった。遠回りをしなければ、もう青い区画へは届かない。


「次」


 クローザーは、上層から降りる停止したエスカレーターの、上の端を撃った。手すりの金具がはじけ、段の板が何枚か、吹き抜けの底へ落ちていった。エスカレーターは、残った。だが、四脚の機体が駆け下りるには、足場が足りなくなった。


「上から来るのは、跳ぶしかない」


『上層からの到達は、すべて跳躍経路になります』


「跳ぶのは、空中で曲がれない」


 クローザーは、照準を、跳躍の着地点に置いた。上層から跳べば、必ずそこへ降りる。


 観測室で、アイシアが、敵の到達予測の図を重ねた。


 上層、中層、下層。ばらばらだった敵の通り道が、少しずつ、細い流れに絞られていった。そのいくつかが、同じ一点へ向かっていた。青い区画の手前の、クローザーの照準の前へ。


「……敵の数は、減っていません」アイシアが言った。

「でも、来る道が減っています」


「正面がなかった塔に、正面を作ってる」ルヴィリアが言った。


 コラプスが、ルヴィリアの横顔を見た。


「ルヴィリアも、さっき、そう言った。『本人にはある』って」


「あいつは最初から、自分の正面を作るつもりでいた」



 クローザーは、青い線の上に落ちた破片を、足で押し出した。

 自分が通る場所だった。


 その直後、絞った道の一本から、敵機が来た。

 彼女は、空けた場所へ踏み込んだ。


 射撃。


 停止。



 終盤、上層で、大きな影が動いた。


 本(・)調(・)子(・)のダイダラでようやく撃ち抜けるほどの外装の厚い大型機。

 その周囲を、小型機が走っている。


 下層では、赤い霧が薄れ始めていた。眠っていた三体が、センサーを振るのをやめて、また動き出した。


 クローザーの視界に、接近表示が重なる。

 大型機へ、銃口が向いた。


 止まる。


 先に、足元へ迫った敵を撃った。

 もう一体。

 横へ動く。


 大型機が、吹き抜けへ身を乗り出す。


 クローザーが、上を見た。


『大型機の重量では、中層の床に着地すると、防衛区画の手前の床が抜ける可能性があります』


「知ってる」


 クローザーは、大型機ではなく、その下を見ていた。


 大型機の真下。吹き抜けの底。霧の晴れかけた下層から、三体が這い上がってくるための、斜めの通路の入口。


「メレナ。あれ、どっちに落ちる」


『大型機の重心と、脚部の位置から推定します。……右前脚を撃てば、右へ傾き、吹き抜けの底の東寄りに落ちます』


「東寄りって、あの斜めの通路の入口?」


『そうです』


 クローザーは、一段落としていたダイダラの出力を、元へ戻した。

 加圧ガスとバッテリーが、唸りを上げる。

 冷却していた砲身が、再び作動する。


『砲身温度が限界に近づいています。この一発のあと、しばらく高出力では撃てません』


「一発でいい」


 射撃音が、幾層もの売場を叩いた。


 大型機の右前脚が、根元から弾けた。


 巨体が、右へ傾いた。


 吹き抜けへ、落ちていく。


 クローザーは、落下方向を見ていた。


 防衛区画には来ない。


 巨体は、吹き抜けの底の東寄りに、轟音を立てて沈んだ。斜めの通路の入口の真上に。


 下層から這い上がろうとしていた三体が、その巨体に踏み潰された。


 それを確かめると、クローザーはもう目を離した。


 巨体が沈んだ轟音の中で、彼女は別の敵を撃っていた。


 観測室で、チルダが、声を立てずに笑った。


「……倒した敵で、道に蓋した」


「石を取って、そこに自分の石を置いたな」ルヴィリアが言った。



 終了間際には、敵が来るたびに距離が詰まっていた。


 防護になる物は、減っている。

 クローザーの機体にも、損傷表示が灯っていた。


 脚部。


 肩。


『肩部被弾。ナノエーテル、微量の漏出。予備流路へ切り替えます』


 視界の端に、一時的な乱れが入る。


 彼女が、顔を動かす。


 見えなくなった側を、自分で確かめる。


 視界の端の数字も、半分が消えていた。メレナの推定に、もう塔の形が追いついていなかった。


「メレナ、手番、もういい」


『推定を停止しますか』


「あとは、こっちで数える」


 一体が、青い線へ迫った。


 クローザーが、その前へ入った。


 撃つ。


 止まる。


 別の一体。


 向き直る。


 大きな動作は、もうほとんどなかった。


 境界の外側を短く往復して、その都度、敵を止めている。


 床には、彼女がそこまで運ばせた敵機の残骸が重なっていた。


 《規定時間経過》


 終了音。


 《防衛成功》


 クローザーは、まだダイダラを構えていた。


 残った敵機の駆動音が消える。


 動体表示が止まる。


 それを確認してから、ようやく銃口を下ろした。


「……多かった」


 *


 試験の後、最初に確認したのは、撃破数ではなかった。


 クローザーは、防衛区画の判定を開いた。


 敵機侵入、ゼロ。


 指で、表示を押す。


「ここ、合ってる?」

「合っています」


 アイシアが答えた。


「途中、近かった」

「境界は越えていません」


 クローザーが頷く。


 コラプスが、クローザーの肩の、漏出のあった場所を見ていた。

 それから、吹き抜けの底の映像を指した。


「クローザー。下の赤いの、最初から、あった」


「知らなかった」


「教えたかった」


「教えてたら、不成立」クローザーは言った。

「それに、撃ってみたら、分かった。曇るって」


 コラプスは、少しだけ口元を緩めた。


「辰砂、使うの、上手」


「コラプスほどじゃない」



「これからあそこ、いい加減取り壊すからって、試験場に使わせてもらった訳だけど……ここまで派手に行くもんとはね」

 チルダは、塔全体の映像を眺めていた。

 開始時にあった店舗の仕切りが、いくつも消えている。


 東側の渡り廊下が、ない。

 上層からのエスカレーターの段が、何枚も抜けている。


 吹き抜けの底には、大型機が、斜めの通路の入口を塞ぐように沈んでいる。


 その中層に、青い区画が残っていた。


「……来た時と、塔の形が違う」チルダが言った。

「クローザーが、作り直した」


 ルヴィリアが、最後の交戦映像を出す。


「残り時間を見てから、動き方を変えたな」


「熱くなってた」


「ああ」


「遠いの追うと、戻る分も要る」


 クローザーは、自分の機体負荷を見た。ナノエーテルの温度の記録が、終盤で一度だけ跳ね上がって、また下がっている。大型機を落とした一発のところだった。


「ここに来る分と、あの一発の分、残した」


 ルヴィリアは、頷いた。


 それから、大きな射撃の後に壁面を見直している場面へ戻した。新しい開口部から、一体が現れた場面。


「次はこれを、撃つ前にも考えろ」


「途中から、考えた」クローザーは言った。「渡り廊下、落とした」


「ああ。見ていた」


 ルヴィリアは、渡り廊下が落ちる場面を止めた。


「壊して道を増やすのは、事故だ。壊して道を減らすのは、手だ。お前は途中で、事故を手に変えた」


 クローザーは、しばらく画面を見ていた。


「……灯籠と打つ時と、同じ」


「どこがだ?」


「灯籠、こっちの読みの外から打ってくる。だから、読みで勝てない時は、盤の方を狭くする。打てる場所を、減らす」


 ルヴィリアは、少しだけ口の端を緩めた。


「それで、六勝六敗か」


「七勝目は、これで取る」


 クローザーが、開口部へ印をつける。それから、落とした渡り廊下と、段の抜けたエスカレーターと、大型機の沈んだ通路の入口にも。


「倒したら、道が増えた」


「増えるな」


「壊したら、道が減った」


「減らせるな」


「敵が増えるより、面倒だった。でも、途中から、面白かった」


 チルダが笑った。


 アイシアが、メレナの記録の末尾を開いた。


「メレナが、一行だけ書き加えています。『到達順の推定は、対象の地形改変に追いつかなかった。後半の到達順は、対象自身が地形によって決めていた』」


「メレナ、負けた?」コラプスが訊いた。


「負けてない」クローザーは言った。「メレナが手番出して、あたしが盤を作った。二人で打った」


 *


 画面では、戦闘終了後の塔が映っている。


 敵機の停止位置を重ねると、青い区画の周囲に、濃い帯ができた。


 遠くで倒せなかった敵も、途中で見失った敵も、最後にはそこまで来た。


 彼女が作った、細い道を通って。


 そして、そこで止まっていた。

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