↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わった大戦の、終わらせ方 〜TSおじさんは機械の身体で戦後の世界を謳歌する〜  作者: 兼沢ほろろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

記憶と記録/Once Upon a Time

 午前十時。


 試験開始前から、観測室の四つの画面には、敵部隊の編成も、進攻予定も、分岐条件も表示されている。


 その横に、ルヴィリアの視界。


 さらに姿勢制御、照準、機体負荷、ナノエーテルの液量と循環圧、判断記録、戦術統合AI「メレナ」との思考補助対話まで、取得可能なデータが並んでいた。


 ただし、四機からルヴィリアへ返せるものは、何もない。


「これ、見えてる方がもどかしいやつだ」


 チルダが言った。


 クローザーは、敵の配置図を拡大している。


「教えたら、失格?」


「試験不成立です」


 アイシアが答える。


「メレナも、こちらの情報は参照できません。今回の戦況について使えるのは、指揮官が現地で取得した情報と、メレナ自身の戦術記録だけです」


 コラプスは、配置図ではなく、地形の欄を見ていた。辰砂の濃度と、磁気の分布。


「ここ、薄いね。辰砂」


「試験場って言いながら、普通に境界区の検問所を使わせてもらってるだけだからね。掻き出してあるの」


「でも、一か所だけ濃い」


 コラプスの指が、画面の端の、排水路の先を指した。


 チルダが、その数字を覗き込んだ。それから、敵の配置図と重ねた。


 そこに、敵機が三体いた。


「……磁気の溜まりに、伏せてるって訳だ」


「指揮官のセンサーでは、そこは拾えません」アイシアが言った。「磁気でずれます」


「教えたい」


「試験不成立です」


 コラプスは、口を閉じた。


 *


 画面の中で、ルヴィリアが検問所へ入った。


 旧仙京から境界区を抜け、戦闘区へ続く幹線道路。


 低い倉庫。休耕地。遠くに点在する住宅。


 道路脇には電柱、排水路が延び、その先で地面が緩く盛り上がっている。


 空は広かった。


 見える範囲も広い。


 それなのに、敵の姿は一体も見えなかった。


 課題は、検問所の維持。


 メビウスが管理する試験用敵性部隊による占拠と突破を阻止し、試験終了後も道路を使用可能な状態に保つこと。


 ルヴィリアは、正面の道路を一度見た。


 次に、背後を見た。


 遮断設備の動作を確認し、退避用の通路を歩き、管理棟の裏まで回る。

 通路の途中で一度立ち止まり、管理棟の陰から正面の道路が見えないことを確かめた。


 まだ、敵を探していない。


 クローザーが首を傾げた。


「来るの、反対」


「分かってるって」


 チルダは言ったが、ルヴィリアが何を確かめているのかまでは、まだ分からなかった。


 メレナが尋ねる。


『検問設備の状態は、事前資料に記載されています』


「資料を書いた時には動いたんだろう」


『現在の作動確認を優先しますか』


「引き継いだ物は、自分で一度触る」


 ルヴィリアが遮断設備を途中まで動かし、戻す。


 少し、引っかかった。


 その箇所を、記録に残す。


「戦闘が始まってから、開くはずの扉の前で考えたくない」


 アイシアが、事前資料と実測値を並べた。


 試験上の罠ではない。


 設備に元からあった、小さな動作のばらつきだった。


「……これは、想定課題に含まれていません」


「本人には関係ないでしょ」


 チルダが答えた。


「使うんだから」



 検問所へ戻ったルヴィリアは、地図に印をつけ始めた。


 敵の位置ではない。

 見えている場所。

 一部しか見えていない場所。


 見えているように思えるが、地面の起伏に隠されている場所。


 それから、もう一つ。

 センサーが「何もない」と言っている場所。


『倉庫の向こう側は、敵影を検出していません』


 メレナの言葉に、ルヴィリアが訂正を入れる。


「未確認だ」


『分類を変更します』


 ルヴィリアは、排水路の先の、緩い盛り上がりを見た。


『排水路の先も、敵影はありません。ただし、磁気の値が周囲より高く、検出の精度が落ちています』


「なら、そこも未確認だ。見えない、と、いない、を混ぜるな」


『分類を変更します』


 四機の画面では、倉庫の裏に二体、排水路の先に三体、敵機がいる。


 コラプスが、少し身を乗り出した。


「……ルヴィリア、あそこ、残した」


「まだ当てていません」


 アイシアが判断記録を示す。


 そこには、敵存在の確定表示はなかった。


 未確認。通過可能。継続監視。


 それだけだった。


 ルヴィリアは、敵がいると分かった顔もしていない。


 分からない場所として、そのまま残していた。



 試験開始の合図までに、ルヴィリアはもう一つ、メレナに訊いた。


「今日の敵性部隊の戦術制御は、どこの土台で動いている」

『試験規定により、敵性部隊の内部情報は参照できません』

「内部はいい。メビウスの管理する部隊なら、お前の戦術記録から組まれているはずだ」


 メレナは、一拍だけ間を置いた。


『一般論として、メビウス製の戦術制御は、私の戦術統合の記録を基礎にしています』


 観測室で、アイシアの手が止まった。


 チルダが、ゆっくりと顔を上げた。


「……ボス、敵の頭とメレナが、同じ土台だって気づいてる」


「なら、教えても同じだった?」クローザーが訊いた。


「違います」アイシアは言った。

「指揮官は、敵の情報を何も受け取っていません。メレナに、メレナ自身のことを訊いただけです」


 画面の中で、ルヴィリアは言った。


「メレナ。お前が攻める側なら、この検問所をどう取る」


『正面に部隊を見せて、守備側の注意と射撃を正面に集めます。そのあいだに、守備側の視界の外から、別の一隊を接近させます。守備側が正面を撃ち始めた時点が、別動隊の前進の合図になります』


「別動隊は、どこから来る」


『現地で取得した情報だけで判断するなら、倉庫の陰か、排水路の先の起伏です。後者は磁気で守備側のセンサーが鈍るため、私なら後者を選びます』


 ルヴィリアは、排水路の先を、もう一度だけ見た。


「分かった」


『それを前提に配置を変えますか』


「変えない」


『理由は』


「向こうも、お前と同じことを考えている。お前の手を読んで動けば、お前の手を読んだ相手に読まれる」


 ルヴィリアは、地図の上の、排水路の先の印を、指でなぞった。


「お前の手は、教本だ。教本はありがたい。だが、教本どおりに守れば、教本どおりに落とされる」


『では、何を変えますか』


「順番を変える」


 観測室の四機は、その意味をまだ取れなかった。



 最初に姿を現したのは、道路上の車両だった。

 その後方で、武装した試験機が散開する。


 ルヴィリアの照準が動く。


 止まる。

 撃たない。


「届く」

 クローザーが、画面の端の射撃可能表示を見る。

「届くね」

 チルダも見ていた。


 メレナが報告する。


『交戦可能です』

「確認してる」

『射撃を保留する理由は?』

「正面を撃ち始めた時が、別動隊の合図なんだろう。合図を出すのは、こちらが決める事だ」


 道路上の部隊は進んでいる。

 その後方には、何も見えない。


 ルヴィリアは、見えている敵の動き方を見ていた。


 前進しては止まる。

 止まるたびに、違う方向を確かめる。

 一体だけが先へ出ても、周囲はそれについていかない。


「急いで来た部隊ではない。始まるのを待ってる」


『何をですか』


「こちらの一発目だ」


 観測室で、アイシアが敵の試験制御画面を拡大した。


 《別動隊:守備側の正面射撃開始を確認後、前進》


 その一行が、点滅したまま止まっていた。


 正面の部隊は前に出ている。だが、ルヴィリアは撃たない。合図が来ないので、別動隊は排水路の先から動けない。


 正面の部隊は、撃たれないまま、少しずつ検問所へ近づいていく。

 近づきすぎれば、正面だけで突っ込むことになる。それは、別動隊を待つ予定とは異なる。


 先頭の一体が、また止まった。

 確かめるように、後ろを振り返った。


「……待たされてる」チルダが言った。「敵の方が」


 やがて、遠方の倉庫脇で、小さな反射が動いた。

 正面ではなかった。倉庫の陰。正面の部隊の様子を後方へ伝える、観測の支援機(ドローン)だった。


 ルヴィリアが撃った。


 乾いた発砲音が、建物の少ない土地を長く走った。


 反射が消える。

 敵側の観測画面で、支援機の一体に停止判定がついた。


 道路上の部隊が止まった。


 ルヴィリアは、止まった敵へ続けて撃たなかった。

 別の方角を見ていた。



「一体だけ?」


 クローザーが聞いた。


 敵の試験制御画面では、複数の命令が更新されていた。


 前進保留。


 支援配置変更。


 確認要求。


 そして、別動隊の欄で、一行が書き換わった。


 《守備側の射撃開始を確認。ただし、射撃方向:正面ではない。前進条件の再確認を要求》


 一体の停止に対して、ずいぶんと多くの表示が動いている。


 チルダが、肘を机についた。


「……あれを待ってたんだ。正面じゃないところで、最初の一発を撃つのを」


「合図の条件を、崩したんです」アイシアが、低い声で言った。

「正面が撃たれたら別動隊が動く、という手順だったのに、最初の一発がただの観測機への狙撃。別動隊は、動いていいのかどうか、確かめないと動けない」


「敵の内部通信は、ボスには」

「取得していません」



 ルヴィリアの受信欄は、空白のままだった。

 メレナも、敵の命令内容を知らない。


『敵前進の停止を確認しました』

「一度、予定を外しただけだ」

『攻勢中断と評価しますか』

「まだ早い。次が来る」


 来た。


 正面の部隊が停止しているあいだに、排水路の先から射撃が始まった。


 別動隊が、確認を待ちきれずに動いたのだった。

 自律アンドロイドにも、焦らされるのを嫌う個体は存在する。それだけの話だった。


 ルヴィリアが身体を沈める。


 検問所の外壁に、着弾表示が走った。


 そのうち一発が、ジャケットの裾を掠めた。


『被弾判定。損傷軽微。ナノエーテルの漏出なし』


 ルヴィリアの視界が、地図の、排水路の先の一角へ向く。


『主攻方向の推定を修正します』


「正面も消すな。両方使う気だ」


 観測室で、クローザーがアイシアを見る。


「外した?」


「最初の推定とは異なります。ただ、別動隊の位置は、メレナの教本どおりです」


「当たってたのに、被弾した」


「伏せてた三体のうち、一体の位置だけが、ルヴィリアの死角」コラプスが言った。

「磁気の、一番濃いとこ」


 チルダは、ルヴィリアの機体負荷を見ていた。


 跳ね上がっていない。


 判断記録にも、長い停止はなかった。


「外した後が速いね」


 ルヴィリアは、最初の見立てを説明し直そうとしなかった。


 新しい射撃が来た方へ向き直り、必要な分だけ撃ち返す。


 その間にも、正面から目を切り続けることはない。


『当初推定の誤差要因を解析しますか』


「後でいい」


『記録のみ継続します』


「今は、そこから撃たれてる。それで足りる」



 そこからの戦闘は、観測している四機にも奇妙に見えた。


 ルヴィリアは、射撃できる敵のすべてを撃たない。

 長く一か所へ留まらないが、敵を追って遠くへも行かない。

 武器を整える短い間にも、視線だけは別の場所を確かめる。


 そして、敵がまとまって動こうとしたところで、急に射撃が激しくなる。


 それまで抑えていた分を、そこで使う。


 先頭の敵機が停止した。

 続いた一体が進路を変え、その後ろが詰まる。

 別方向の部隊は前進を始めていたが、そちらだけでは検問所へ到達できない。


 支援側が配置を変える。


 ルヴィリアは、その動きを最後まで見届けず、静かになった方へ顔を戻した。


「そっち、今は誰も動いてない」


 クローザーの声へ、今度はチルダも答えなかった。


 敵の全配置を知っている四機には、ルヴィリアの動作のいくつかが無駄に見える。

 だが、彼女自身の地図には空白がある。

 その空白が埋まっていない限り、確認を省かない。



 倉庫の陰に、観測の支援機がもう一体、残っていた。


 ルヴィリアは、その位置を、二度目の交戦のあとで掴んでいた。

 反射の角度と、正面の部隊の動きが、そこからの報告に合わせて変わっていたからだ。


『倉庫の陰に、敵の観測機と推定される反応があります。停止可能です』


「残せ」


『理由は』


「あれは、向こうの目だ。今は、こちらの口として使う」


 ルヴィリアは、検問所の正面の外壁へ出た。わざと、倉庫の陰から見える位置に。

 そこで二発、正面の部隊へ撃った。


 それから、管理棟の裏へ下がった。


 試験の前に歩いた、退避用の通路。

 管理棟の陰から、正面の道路が見えない通路。倉庫の陰からも、そこは見えない。


 ルヴィリアは、その通路を抜けて、検問所の反対の端に出た。

 排水路の先が、斜めに見える位置だった。


 観測室で、アイシアが敵の試験制御画面を読み上げた。


「敵の観測機、報告を送っています。『守備側、正面外壁に位置。正面へ射撃』。……敵の指揮は、それを受けて、別動隊に前進の命令を出しました。正面に釘付けになっているはずの守備側の、横から」


「ボスは、もう横にいる」チルダが言った。


 別動隊が、排水路の先の起伏から身を起こした。三体。正面の外壁に向かって、斜めに走り出す。


 その横腹が、ルヴィリアの照準の真正面にあった。


 ルヴィリアは、撃った。


 一体。二体。


 三体目が、起伏の陰へ飛び込んだ。磁気の一番濃いところへ。ルヴィリアのセンサーから、その反応が消えた。


 ルヴィリアは、追わなかった。


『一体、検出から外れました』


「未確認に戻せ」


『分類を変更します』


 コラプスが、観測室の画面を見たまま、小さく言った。


「……あの子、まだそこにいる。でも、ルヴィリア、ちゃんと『いる』の方に入れてる」


「いない、と、見えない、を混ぜてないんだよ」チルダが言った。



 メレナが、停止した敵機の情報をまとめる。


『敵機能の低下を確認。局地的優勢です』

「こちらの損傷」

『任務継続可能』

「ナノエーテル」

『液量、正常。循環圧、やや高め。冷却は追いついています』

「武装」

『継続使用可能。EMP誘導弾も使用可能です。使用すれば、残る敵性部隊の殲滅確率は大きく上がります』


「使わない」


『理由は』

「遮断設備と検問の端末が、一緒に焼ける。道路を使えなくして勝っても、課題は落とす」


 観測室で、クローザーが「撃ったら、遮断機も壊れる」と呟いた。


「道路」

『検問機能を維持しています』


 短いやり取りが終わると、ルヴィリアはまた外を見る。


 チルダが、小さく言った。


「勝てそうな時にも、そっちを数えるんだ」

「敵の残存数ですか?」

「自分に何が残ってるか」


 敵部隊が、再び攻撃を組み直した。

 その時点では、まだ戦闘可能な敵機が相当数残っていた。

 火力の合計も、ルヴィリアを上回っている。


 それでも、攻撃開始までの間が長くなっていた。


 一度目は、全体がほぼ同時に動いた。

 二度目は、支援の再配置を待った。

 三度目には、部隊ごとに確認が必要になった。


 既に停止した機体。


 使えなくなった位置。


 前の交戦で露見した進路。


 当てにならなくなった観測の報告。


 予想より消耗した部隊。


 それらを踏まえて攻撃を組み直すたび、ルヴィリアはその準備の動きを見ていた。

 完全には分からない。

 何体いるかも、どこから来るかも、最後まで確定しない。


 だが、動き始めた部隊が何を必要としているかは、少しずつ見えてくる。


『敵指揮機の識別はできません』

 メレナが言った。


「構わん」

『指揮系統への介入は不要ですか』

「誰が命令してるかは知らん。今、誰を待ってるかは見える」


 観測室で、アイシアの手が止まった。

 敵部隊の内部記録には、まさにその待機が表示されていた。

 ルヴィリアは、その記録を見ていない。

 見ているのは、遠くの機体が動きかけて止まったこと。


 別の一体が、同じ場所を何度も確かめたこと。


 前進するはずの車両が、まだ向きを変えないこと。


 四機が画面の文字で知っている事情を、彼女は不揃いな動作から拾っていた。


『私の推定では、次の攻撃は、正面と倉庫の陰の二方向からの同時攻撃です』


「そうだろうな。お前ならそうする」


『あなたなら、どうしますか』


 ルヴィリアは、少しだけ間を置いた。


「お前が二方向と言うなら、向こうも二方向で来る。向こうは、お前と同じ教本で考えているからな」


『はい』


「だから、二方向の、ちょうど真ん中を空けておく」


『真ん中には、遮るものがありません。守備側が最も撃たれやすい位置です』


「だから、向こうはそこに私がいないと思う。お前の教本なら、そこには立たない」


 メレナは、しばらく黙っていた。


『……その解は、私の記録からは導けません』


「導けなくていい。導けたら、向こうにも導かれる」


 最後の攻撃は、正面と倉庫の陰の、二方向から来た。

 メレナの推定どおりだった。


 ルヴィリアは、その真ん中にいた。


 二方向から寄せてきた敵は、互いの射線を避けるために、真ん中を撃てなかった。撃てば、向こう側の味方に当たる。

 そこでは、ルヴィリアも容赦なく撃った。

 管理棟の窓が割れ、遮断設備の外装が飛ぶ。


 ルヴィリアの脚部にも、損傷表示がついた。


『脚部被弾。駆動に制限。ナノエーテル、微量の漏出。予備流路へ切り替えます』


 一瞬、クローザーが椅子から腰を浮かせた。

 コラプスも、両手で机の縁をつかんでいた。

 送信できない回線に、二機とも何も言わず、座り直す。


 画面の中で、ルヴィリアが踏み直した。


 脚部の応答を確かめるような、ごく小さな動きだった。

 それから、姿勢を変えた。


 さっきまで使えていた動きを、一つ捨てる。


 接近してきた敵機が止まった。


 その後ろも止まる。


 銃声が途切れた後、ルヴィリアは追わなかった。


 メレナが報告する。


『敵部隊に、後退の動きがあります』

「確認」

『追撃可能な対象があります』

「検問所を離れる理由にはならん」


 敵の後退は、すぐには揃わなかった。

 残る機体。

 下がる機体。

 停止機体のそばへ戻る機体。


 排水路の先の起伏から、一体が這い出して、下がっていった。磁気の溜まりに隠れていた、最後の一体だった。


 ルヴィリアは、見ていた。


『未確認の区域から、一体の後退を検出しました』

「未確認を、一つ消せ」

『分類を変更します。再攻撃の可能性は残ります』


「残る」


『後退を偽装している可能性も、否定できません』


「だから、まだ終わってない」


 敵の姿が見えなくなってからも、ルヴィリアは持ち場を変えながら、監視を続けた。


 弾が飛んでこなくなったことを、終了とは扱わなかった。


 *


 試験統制の音声が流れた。


 《敵性部隊、作戦継続不能判定。試験終了》


 クローザーが、敵の残存数を見る。


「まだ、こんなにいる」


 ルヴィリアは、その声を聞けない。


 聞けないまま、検問設備へ戻っていく。


 遮断設備を動かす。


 途中で、止まった。


 戦闘前に確かめた時より、引っかかりが大きい。


 ルヴィリアが、外装の破片を除け、試験の前に記録した箇所に指をかけて、もう一度動かす。


 今度は、開いた。


『検問機能の維持を確認しました』


 メレナの報告へ、ルヴィリアが頷く。


「試験統制。現地の監視は引き継がれたか」


 《監視引継ぎ完了》


 それを聞いて、初めて武器を下ろした。


 チルダが、椅子の背へ身体を戻す。


「……終わる時まで、軍人だなあ」



 通信制限が解除された後、最初に口を開いたのは、クローザーだった。


「敵、全部倒してない」


「ああ」


「でも、来なくなった」


「来るための手順が、続かなくなった」


 ルヴィリアは、診断台へ腰を下ろす。

 アイシアが、脚部の損傷と予備流路の状態を確かめながら訊いた。


「敵の戦闘可能機は残っています。再編後の攻撃も、想定していましたか」


「当然だ」


「では、撤退すると確信していたわけではない?」


「向こうが決めることだ。私は、次に来た時の準備をしていた」


 コラプスが、診断台の横にしゃがみ込んだ。ルヴィリアの脚部の、漏出のあった場所を、じっと見ている。


「ルヴィリア。排水路の先、磁気が濃かった。センサー、効かないとこ」


「そうだったか」


「わたし、画面で数字見てて、教えたかった」


「教えなくていい」


 コラプスは、顔を上げた。


「お前が教えていたら、試験は不成立だ。それに」ルヴィリアは言った。

「見えない場所があると知っていたから、いないことにしなかった。数字が分からなくても、それで足りた」


 コラプスは、しばらく考えた。

 それから、小さくうなずいた。



 チルダが、試験記録を送る。


 ルヴィリアが取得できなかった、敵側の全体図だった。


「答え合わせ、する?」


「する。見落とした場所から出せ」


「勝ったところからじゃなくて?」


「そちらは、お前たちの領分のはずだ」


 チルダが笑う。


 ルヴィリアは既に、最初に被弾した場面を開いていた。


「ここか」


「そこ。最初から伏せてあった。磁気の一番濃いとこ」


「見えなかったな」


「メレナでも拾えてない」


「なら、見えない場合の置き方を直す」


 アイシアが、敵の試験制御の記録を重ねた。


「指揮官。敵の戦術制御は、やはりメレナの戦術統合を基礎にしていました。指揮官がメレナに『お前ならどう取る』と訊いた時の答えと、敵の作戦計画は、ほぼ一致しています」


「だろうな」


「それを分かった上で、メレナの手を、敵の手として使ったんですか」


「メレナの手は正しい。正しいから、向こうも同じ手を打つ」ルヴィリアは言った。

「同じ手を打つ相手には、順番を変えればいい。合図の撃ち方を変える。立たないはずの場所に立つ」


 チルダが、記録の中の、ルヴィリアが二方向の真ん中に立った場面を止めた。


「メレナ、ここで『導けない』って言ってた」


 ルヴィリアは、その画面を、しばらく見ていた。


「導けないものを足すのが、私の仕事だ」


 クローザーが、その画面を横から覗く。


「指揮官でも、全部は分からない」


「分からん」


「怖くない?」


「分からんのに、分かったつもりになる方が怖い」



 この試験の後、メビウス内部の評価で、ルヴィリアには「敵部隊の攻勢継続を阻止する指揮官機」という役割が明記される。


 クローザーには、突破を阻む目標を終わらせる力がある。


 ルヴィリアは、敵が次の突破を試みるまでに必要な準備と連携を、戦闘の中で崩していく。

 通信の途絶えた独立運用でも、メレナ一つを相手に、その判断を維持できることが、この試験で確認された。


 評価資料には、撃破数と被弾数のほかに、敵が攻撃を再開するまでの時間が並んだ。


 後になるほど、長くなっていた。


 資料の末尾には、もう一つ、短い記録が添えられていた。メレナ自身が書き加えたものだった。


 《指揮官の判断のうち三件は、私の戦術記録からは導けない。同じ記録を基礎とする敵性部隊にも、導けなかった》


 その資料の添付映像で、ルヴィリアは何度も同じ場所を見ている。


 敵のいない畑。


 倉庫の陰。


 道路の向こうの、わずかな地面の盛り上がり。


 メレナが、そのたびに情報を整理する。


 ルヴィリアが、不明のまま残す場所を決める。


 四機はすべての答えを知って、その視線を追っていた。


 映像の中のルヴィリアは、二十年前から繰り返してきたように、もう一度、静かな方を見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。