記憶と記録/Once Upon a Time
午前十時。
試験開始前から、観測室の四つの画面には、敵部隊の編成も、進攻予定も、分岐条件も表示されている。
その横に、ルヴィリアの視界。
さらに姿勢制御、照準、機体負荷、ナノエーテルの液量と循環圧、判断記録、戦術統合AI「メレナ」との思考補助対話まで、取得可能なデータが並んでいた。
ただし、四機からルヴィリアへ返せるものは、何もない。
「これ、見えてる方がもどかしいやつだ」
チルダが言った。
クローザーは、敵の配置図を拡大している。
「教えたら、失格?」
「試験不成立です」
アイシアが答える。
「メレナも、こちらの情報は参照できません。今回の戦況について使えるのは、指揮官が現地で取得した情報と、メレナ自身の戦術記録だけです」
コラプスは、配置図ではなく、地形の欄を見ていた。辰砂の濃度と、磁気の分布。
「ここ、薄いね。辰砂」
「試験場って言いながら、普通に境界区の検問所を使わせてもらってるだけだからね。掻き出してあるの」
「でも、一か所だけ濃い」
コラプスの指が、画面の端の、排水路の先を指した。
チルダが、その数字を覗き込んだ。それから、敵の配置図と重ねた。
そこに、敵機が三体いた。
「……磁気の溜まりに、伏せてるって訳だ」
「指揮官のセンサーでは、そこは拾えません」アイシアが言った。「磁気でずれます」
「教えたい」
「試験不成立です」
コラプスは、口を閉じた。
*
画面の中で、ルヴィリアが検問所へ入った。
旧仙京から境界区を抜け、戦闘区へ続く幹線道路。
低い倉庫。休耕地。遠くに点在する住宅。
道路脇には電柱、排水路が延び、その先で地面が緩く盛り上がっている。
空は広かった。
見える範囲も広い。
それなのに、敵の姿は一体も見えなかった。
課題は、検問所の維持。
メビウスが管理する試験用敵性部隊による占拠と突破を阻止し、試験終了後も道路を使用可能な状態に保つこと。
ルヴィリアは、正面の道路を一度見た。
次に、背後を見た。
遮断設備の動作を確認し、退避用の通路を歩き、管理棟の裏まで回る。
通路の途中で一度立ち止まり、管理棟の陰から正面の道路が見えないことを確かめた。
まだ、敵を探していない。
クローザーが首を傾げた。
「来るの、反対」
「分かってるって」
チルダは言ったが、ルヴィリアが何を確かめているのかまでは、まだ分からなかった。
メレナが尋ねる。
『検問設備の状態は、事前資料に記載されています』
「資料を書いた時には動いたんだろう」
『現在の作動確認を優先しますか』
「引き継いだ物は、自分で一度触る」
ルヴィリアが遮断設備を途中まで動かし、戻す。
少し、引っかかった。
その箇所を、記録に残す。
「戦闘が始まってから、開くはずの扉の前で考えたくない」
アイシアが、事前資料と実測値を並べた。
試験上の罠ではない。
設備に元からあった、小さな動作のばらつきだった。
「……これは、想定課題に含まれていません」
「本人には関係ないでしょ」
チルダが答えた。
「使うんだから」
検問所へ戻ったルヴィリアは、地図に印をつけ始めた。
敵の位置ではない。
見えている場所。
一部しか見えていない場所。
見えているように思えるが、地面の起伏に隠されている場所。
それから、もう一つ。
センサーが「何もない」と言っている場所。
『倉庫の向こう側は、敵影を検出していません』
メレナの言葉に、ルヴィリアが訂正を入れる。
「未確認だ」
『分類を変更します』
ルヴィリアは、排水路の先の、緩い盛り上がりを見た。
『排水路の先も、敵影はありません。ただし、磁気の値が周囲より高く、検出の精度が落ちています』
「なら、そこも未確認だ。見えない、と、いない、を混ぜるな」
『分類を変更します』
四機の画面では、倉庫の裏に二体、排水路の先に三体、敵機がいる。
コラプスが、少し身を乗り出した。
「……ルヴィリア、あそこ、残した」
「まだ当てていません」
アイシアが判断記録を示す。
そこには、敵存在の確定表示はなかった。
未確認。通過可能。継続監視。
それだけだった。
ルヴィリアは、敵がいると分かった顔もしていない。
分からない場所として、そのまま残していた。
試験開始の合図までに、ルヴィリアはもう一つ、メレナに訊いた。
「今日の敵性部隊の戦術制御は、どこの土台で動いている」
『試験規定により、敵性部隊の内部情報は参照できません』
「内部はいい。メビウスの管理する部隊なら、お前の戦術記録から組まれているはずだ」
メレナは、一拍だけ間を置いた。
『一般論として、メビウス製の戦術制御は、私の戦術統合の記録を基礎にしています』
観測室で、アイシアの手が止まった。
チルダが、ゆっくりと顔を上げた。
「……ボス、敵の頭とメレナが、同じ土台だって気づいてる」
「なら、教えても同じだった?」クローザーが訊いた。
「違います」アイシアは言った。
「指揮官は、敵の情報を何も受け取っていません。メレナに、メレナ自身のことを訊いただけです」
画面の中で、ルヴィリアは言った。
「メレナ。お前が攻める側なら、この検問所をどう取る」
『正面に部隊を見せて、守備側の注意と射撃を正面に集めます。そのあいだに、守備側の視界の外から、別の一隊を接近させます。守備側が正面を撃ち始めた時点が、別動隊の前進の合図になります』
「別動隊は、どこから来る」
『現地で取得した情報だけで判断するなら、倉庫の陰か、排水路の先の起伏です。後者は磁気で守備側のセンサーが鈍るため、私なら後者を選びます』
ルヴィリアは、排水路の先を、もう一度だけ見た。
「分かった」
『それを前提に配置を変えますか』
「変えない」
『理由は』
「向こうも、お前と同じことを考えている。お前の手を読んで動けば、お前の手を読んだ相手に読まれる」
ルヴィリアは、地図の上の、排水路の先の印を、指でなぞった。
「お前の手は、教本だ。教本はありがたい。だが、教本どおりに守れば、教本どおりに落とされる」
『では、何を変えますか』
「順番を変える」
観測室の四機は、その意味をまだ取れなかった。
最初に姿を現したのは、道路上の車両だった。
その後方で、武装した試験機が散開する。
ルヴィリアの照準が動く。
止まる。
撃たない。
「届く」
クローザーが、画面の端の射撃可能表示を見る。
「届くね」
チルダも見ていた。
メレナが報告する。
『交戦可能です』
「確認してる」
『射撃を保留する理由は?』
「正面を撃ち始めた時が、別動隊の合図なんだろう。合図を出すのは、こちらが決める事だ」
道路上の部隊は進んでいる。
その後方には、何も見えない。
ルヴィリアは、見えている敵の動き方を見ていた。
前進しては止まる。
止まるたびに、違う方向を確かめる。
一体だけが先へ出ても、周囲はそれについていかない。
「急いで来た部隊ではない。始まるのを待ってる」
『何をですか』
「こちらの一発目だ」
観測室で、アイシアが敵の試験制御画面を拡大した。
《別動隊:守備側の正面射撃開始を確認後、前進》
その一行が、点滅したまま止まっていた。
正面の部隊は前に出ている。だが、ルヴィリアは撃たない。合図が来ないので、別動隊は排水路の先から動けない。
正面の部隊は、撃たれないまま、少しずつ検問所へ近づいていく。
近づきすぎれば、正面だけで突っ込むことになる。それは、別動隊を待つ予定とは異なる。
先頭の一体が、また止まった。
確かめるように、後ろを振り返った。
「……待たされてる」チルダが言った。「敵の方が」
やがて、遠方の倉庫脇で、小さな反射が動いた。
正面ではなかった。倉庫の陰。正面の部隊の様子を後方へ伝える、観測の支援機だった。
ルヴィリアが撃った。
乾いた発砲音が、建物の少ない土地を長く走った。
反射が消える。
敵側の観測画面で、支援機の一体に停止判定がついた。
道路上の部隊が止まった。
ルヴィリアは、止まった敵へ続けて撃たなかった。
別の方角を見ていた。
「一体だけ?」
クローザーが聞いた。
敵の試験制御画面では、複数の命令が更新されていた。
前進保留。
支援配置変更。
確認要求。
そして、別動隊の欄で、一行が書き換わった。
《守備側の射撃開始を確認。ただし、射撃方向:正面ではない。前進条件の再確認を要求》
一体の停止に対して、ずいぶんと多くの表示が動いている。
チルダが、肘を机についた。
「……あれを待ってたんだ。正面じゃないところで、最初の一発を撃つのを」
「合図の条件を、崩したんです」アイシアが、低い声で言った。
「正面が撃たれたら別動隊が動く、という手順だったのに、最初の一発がただの観測機への狙撃。別動隊は、動いていいのかどうか、確かめないと動けない」
「敵の内部通信は、ボスには」
「取得していません」
ルヴィリアの受信欄は、空白のままだった。
メレナも、敵の命令内容を知らない。
『敵前進の停止を確認しました』
「一度、予定を外しただけだ」
『攻勢中断と評価しますか』
「まだ早い。次が来る」
来た。
正面の部隊が停止しているあいだに、排水路の先から射撃が始まった。
別動隊が、確認を待ちきれずに動いたのだった。
自律アンドロイドにも、焦らされるのを嫌う個体は存在する。それだけの話だった。
ルヴィリアが身体を沈める。
検問所の外壁に、着弾表示が走った。
そのうち一発が、ジャケットの裾を掠めた。
『被弾判定。損傷軽微。ナノエーテルの漏出なし』
ルヴィリアの視界が、地図の、排水路の先の一角へ向く。
『主攻方向の推定を修正します』
「正面も消すな。両方使う気だ」
観測室で、クローザーがアイシアを見る。
「外した?」
「最初の推定とは異なります。ただ、別動隊の位置は、メレナの教本どおりです」
「当たってたのに、被弾した」
「伏せてた三体のうち、一体の位置だけが、ルヴィリアの死角」コラプスが言った。
「磁気の、一番濃いとこ」
チルダは、ルヴィリアの機体負荷を見ていた。
跳ね上がっていない。
判断記録にも、長い停止はなかった。
「外した後が速いね」
ルヴィリアは、最初の見立てを説明し直そうとしなかった。
新しい射撃が来た方へ向き直り、必要な分だけ撃ち返す。
その間にも、正面から目を切り続けることはない。
『当初推定の誤差要因を解析しますか』
「後でいい」
『記録のみ継続します』
「今は、そこから撃たれてる。それで足りる」
そこからの戦闘は、観測している四機にも奇妙に見えた。
ルヴィリアは、射撃できる敵のすべてを撃たない。
長く一か所へ留まらないが、敵を追って遠くへも行かない。
武器を整える短い間にも、視線だけは別の場所を確かめる。
そして、敵がまとまって動こうとしたところで、急に射撃が激しくなる。
それまで抑えていた分を、そこで使う。
先頭の敵機が停止した。
続いた一体が進路を変え、その後ろが詰まる。
別方向の部隊は前進を始めていたが、そちらだけでは検問所へ到達できない。
支援側が配置を変える。
ルヴィリアは、その動きを最後まで見届けず、静かになった方へ顔を戻した。
「そっち、今は誰も動いてない」
クローザーの声へ、今度はチルダも答えなかった。
敵の全配置を知っている四機には、ルヴィリアの動作のいくつかが無駄に見える。
だが、彼女自身の地図には空白がある。
その空白が埋まっていない限り、確認を省かない。
倉庫の陰に、観測の支援機がもう一体、残っていた。
ルヴィリアは、その位置を、二度目の交戦のあとで掴んでいた。
反射の角度と、正面の部隊の動きが、そこからの報告に合わせて変わっていたからだ。
『倉庫の陰に、敵の観測機と推定される反応があります。停止可能です』
「残せ」
『理由は』
「あれは、向こうの目だ。今は、こちらの口として使う」
ルヴィリアは、検問所の正面の外壁へ出た。わざと、倉庫の陰から見える位置に。
そこで二発、正面の部隊へ撃った。
それから、管理棟の裏へ下がった。
試験の前に歩いた、退避用の通路。
管理棟の陰から、正面の道路が見えない通路。倉庫の陰からも、そこは見えない。
ルヴィリアは、その通路を抜けて、検問所の反対の端に出た。
排水路の先が、斜めに見える位置だった。
観測室で、アイシアが敵の試験制御画面を読み上げた。
「敵の観測機、報告を送っています。『守備側、正面外壁に位置。正面へ射撃』。……敵の指揮は、それを受けて、別動隊に前進の命令を出しました。正面に釘付けになっているはずの守備側の、横から」
「ボスは、もう横にいる」チルダが言った。
別動隊が、排水路の先の起伏から身を起こした。三体。正面の外壁に向かって、斜めに走り出す。
その横腹が、ルヴィリアの照準の真正面にあった。
ルヴィリアは、撃った。
一体。二体。
三体目が、起伏の陰へ飛び込んだ。磁気の一番濃いところへ。ルヴィリアのセンサーから、その反応が消えた。
ルヴィリアは、追わなかった。
『一体、検出から外れました』
「未確認に戻せ」
『分類を変更します』
コラプスが、観測室の画面を見たまま、小さく言った。
「……あの子、まだそこにいる。でも、ルヴィリア、ちゃんと『いる』の方に入れてる」
「いない、と、見えない、を混ぜてないんだよ」チルダが言った。
メレナが、停止した敵機の情報をまとめる。
『敵機能の低下を確認。局地的優勢です』
「こちらの損傷」
『任務継続可能』
「ナノエーテル」
『液量、正常。循環圧、やや高め。冷却は追いついています』
「武装」
『継続使用可能。EMP誘導弾も使用可能です。使用すれば、残る敵性部隊の殲滅確率は大きく上がります』
「使わない」
『理由は』
「遮断設備と検問の端末が、一緒に焼ける。道路を使えなくして勝っても、課題は落とす」
観測室で、クローザーが「撃ったら、遮断機も壊れる」と呟いた。
「道路」
『検問機能を維持しています』
短いやり取りが終わると、ルヴィリアはまた外を見る。
チルダが、小さく言った。
「勝てそうな時にも、そっちを数えるんだ」
「敵の残存数ですか?」
「自分に何が残ってるか」
敵部隊が、再び攻撃を組み直した。
その時点では、まだ戦闘可能な敵機が相当数残っていた。
火力の合計も、ルヴィリアを上回っている。
それでも、攻撃開始までの間が長くなっていた。
一度目は、全体がほぼ同時に動いた。
二度目は、支援の再配置を待った。
三度目には、部隊ごとに確認が必要になった。
既に停止した機体。
使えなくなった位置。
前の交戦で露見した進路。
当てにならなくなった観測の報告。
予想より消耗した部隊。
それらを踏まえて攻撃を組み直すたび、ルヴィリアはその準備の動きを見ていた。
完全には分からない。
何体いるかも、どこから来るかも、最後まで確定しない。
だが、動き始めた部隊が何を必要としているかは、少しずつ見えてくる。
『敵指揮機の識別はできません』
メレナが言った。
「構わん」
『指揮系統への介入は不要ですか』
「誰が命令してるかは知らん。今、誰を待ってるかは見える」
観測室で、アイシアの手が止まった。
敵部隊の内部記録には、まさにその待機が表示されていた。
ルヴィリアは、その記録を見ていない。
見ているのは、遠くの機体が動きかけて止まったこと。
別の一体が、同じ場所を何度も確かめたこと。
前進するはずの車両が、まだ向きを変えないこと。
四機が画面の文字で知っている事情を、彼女は不揃いな動作から拾っていた。
『私の推定では、次の攻撃は、正面と倉庫の陰の二方向からの同時攻撃です』
「そうだろうな。お前ならそうする」
『あなたなら、どうしますか』
ルヴィリアは、少しだけ間を置いた。
「お前が二方向と言うなら、向こうも二方向で来る。向こうは、お前と同じ教本で考えているからな」
『はい』
「だから、二方向の、ちょうど真ん中を空けておく」
『真ん中には、遮るものがありません。守備側が最も撃たれやすい位置です』
「だから、向こうはそこに私がいないと思う。お前の教本なら、そこには立たない」
メレナは、しばらく黙っていた。
『……その解は、私の記録からは導けません』
「導けなくていい。導けたら、向こうにも導かれる」
最後の攻撃は、正面と倉庫の陰の、二方向から来た。
メレナの推定どおりだった。
ルヴィリアは、その真ん中にいた。
二方向から寄せてきた敵は、互いの射線を避けるために、真ん中を撃てなかった。撃てば、向こう側の味方に当たる。
そこでは、ルヴィリアも容赦なく撃った。
管理棟の窓が割れ、遮断設備の外装が飛ぶ。
ルヴィリアの脚部にも、損傷表示がついた。
『脚部被弾。駆動に制限。ナノエーテル、微量の漏出。予備流路へ切り替えます』
一瞬、クローザーが椅子から腰を浮かせた。
コラプスも、両手で机の縁をつかんでいた。
送信できない回線に、二機とも何も言わず、座り直す。
画面の中で、ルヴィリアが踏み直した。
脚部の応答を確かめるような、ごく小さな動きだった。
それから、姿勢を変えた。
さっきまで使えていた動きを、一つ捨てる。
接近してきた敵機が止まった。
その後ろも止まる。
銃声が途切れた後、ルヴィリアは追わなかった。
メレナが報告する。
『敵部隊に、後退の動きがあります』
「確認」
『追撃可能な対象があります』
「検問所を離れる理由にはならん」
敵の後退は、すぐには揃わなかった。
残る機体。
下がる機体。
停止機体のそばへ戻る機体。
排水路の先の起伏から、一体が這い出して、下がっていった。磁気の溜まりに隠れていた、最後の一体だった。
ルヴィリアは、見ていた。
『未確認の区域から、一体の後退を検出しました』
「未確認を、一つ消せ」
『分類を変更します。再攻撃の可能性は残ります』
「残る」
『後退を偽装している可能性も、否定できません』
「だから、まだ終わってない」
敵の姿が見えなくなってからも、ルヴィリアは持ち場を変えながら、監視を続けた。
弾が飛んでこなくなったことを、終了とは扱わなかった。
*
試験統制の音声が流れた。
《敵性部隊、作戦継続不能判定。試験終了》
クローザーが、敵の残存数を見る。
「まだ、こんなにいる」
ルヴィリアは、その声を聞けない。
聞けないまま、検問設備へ戻っていく。
遮断設備を動かす。
途中で、止まった。
戦闘前に確かめた時より、引っかかりが大きい。
ルヴィリアが、外装の破片を除け、試験の前に記録した箇所に指をかけて、もう一度動かす。
今度は、開いた。
『検問機能の維持を確認しました』
メレナの報告へ、ルヴィリアが頷く。
「試験統制。現地の監視は引き継がれたか」
《監視引継ぎ完了》
それを聞いて、初めて武器を下ろした。
チルダが、椅子の背へ身体を戻す。
「……終わる時まで、軍人だなあ」
通信制限が解除された後、最初に口を開いたのは、クローザーだった。
「敵、全部倒してない」
「ああ」
「でも、来なくなった」
「来るための手順が、続かなくなった」
ルヴィリアは、診断台へ腰を下ろす。
アイシアが、脚部の損傷と予備流路の状態を確かめながら訊いた。
「敵の戦闘可能機は残っています。再編後の攻撃も、想定していましたか」
「当然だ」
「では、撤退すると確信していたわけではない?」
「向こうが決めることだ。私は、次に来た時の準備をしていた」
コラプスが、診断台の横にしゃがみ込んだ。ルヴィリアの脚部の、漏出のあった場所を、じっと見ている。
「ルヴィリア。排水路の先、磁気が濃かった。センサー、効かないとこ」
「そうだったか」
「わたし、画面で数字見てて、教えたかった」
「教えなくていい」
コラプスは、顔を上げた。
「お前が教えていたら、試験は不成立だ。それに」ルヴィリアは言った。
「見えない場所があると知っていたから、いないことにしなかった。数字が分からなくても、それで足りた」
コラプスは、しばらく考えた。
それから、小さくうなずいた。
チルダが、試験記録を送る。
ルヴィリアが取得できなかった、敵側の全体図だった。
「答え合わせ、する?」
「する。見落とした場所から出せ」
「勝ったところからじゃなくて?」
「そちらは、お前たちの領分のはずだ」
チルダが笑う。
ルヴィリアは既に、最初に被弾した場面を開いていた。
「ここか」
「そこ。最初から伏せてあった。磁気の一番濃いとこ」
「見えなかったな」
「メレナでも拾えてない」
「なら、見えない場合の置き方を直す」
アイシアが、敵の試験制御の記録を重ねた。
「指揮官。敵の戦術制御は、やはりメレナの戦術統合を基礎にしていました。指揮官がメレナに『お前ならどう取る』と訊いた時の答えと、敵の作戦計画は、ほぼ一致しています」
「だろうな」
「それを分かった上で、メレナの手を、敵の手として使ったんですか」
「メレナの手は正しい。正しいから、向こうも同じ手を打つ」ルヴィリアは言った。
「同じ手を打つ相手には、順番を変えればいい。合図の撃ち方を変える。立たないはずの場所に立つ」
チルダが、記録の中の、ルヴィリアが二方向の真ん中に立った場面を止めた。
「メレナ、ここで『導けない』って言ってた」
ルヴィリアは、その画面を、しばらく見ていた。
「導けないものを足すのが、私の仕事だ」
クローザーが、その画面を横から覗く。
「指揮官でも、全部は分からない」
「分からん」
「怖くない?」
「分からんのに、分かったつもりになる方が怖い」
この試験の後、メビウス内部の評価で、ルヴィリアには「敵部隊の攻勢継続を阻止する指揮官機」という役割が明記される。
クローザーには、突破を阻む目標を終わらせる力がある。
ルヴィリアは、敵が次の突破を試みるまでに必要な準備と連携を、戦闘の中で崩していく。
通信の途絶えた独立運用でも、メレナ一つを相手に、その判断を維持できることが、この試験で確認された。
評価資料には、撃破数と被弾数のほかに、敵が攻撃を再開するまでの時間が並んだ。
後になるほど、長くなっていた。
資料の末尾には、もう一つ、短い記録が添えられていた。メレナ自身が書き加えたものだった。
《指揮官の判断のうち三件は、私の戦術記録からは導けない。同じ記録を基礎とする敵性部隊にも、導けなかった》
その資料の添付映像で、ルヴィリアは何度も同じ場所を見ている。
敵のいない畑。
倉庫の陰。
道路の向こうの、わずかな地面の盛り上がり。
メレナが、そのたびに情報を整理する。
ルヴィリアが、不明のまま残す場所を決める。
四機はすべての答えを知って、その視線を追っていた。
映像の中のルヴィリアは、二十年前から繰り返してきたように、もう一度、静かな方を見た。




