個機的調査
午後九時二分。
同期リンクの一覧で、ルヴィリアの状態表示が《本社・会合中》に切り替わった。
クローザーはそれを確認してから、店の裏口を出た。
「夜中にどこ行くの」
店を閉め、カウンターで在庫の帳簿をつけていたチルダが、顔も上げずに訊いた。
「散歩」
「ボスの真似?」
「違う。個人的な用事。……個機的な用事」
「言い直さなくていいよ」
チルダは笑い、それ以上は訊かなかった。
*
解放区・旧仙京の北側、使われなくなった配電所の屋上に、錆びた点検小屋が一つ残っている。
扉の鍵は、三か月前にクローザーが自分で付け替えた。
中には折り畳みの作業台と、携帯用の電源、それから布を被せた木箱が二つ。
一つ目の箱には、チルダの店で買ったジャンクパーツが入っている。
三か月かけて、少しずつ買い集めたものだ。
「これ、何に使うの」
最初に買いに行った日、チルダはそう訊いた。
「分からない。分からないから買う」
「ふうん。……非売品の棚には触らないでね」
「触らない」クローザーは答えた。「似てるのを買う」
チルダは一瞬だけ黙り、それから声を上げて笑った。
「あんた、ほんと面白いね。はい、毎度あり」
非売品の棚には、一度も触れていない。ただ、見てはいた。
刻印の書体、ネジ穴の規格、表面処理の色。
それと同じ年式、同じ製造系統の部品を、普通の在庫の山から選んで買った。
チルダが売ってくれる範囲で、できるだけ近いものを。
二つ目の箱の布を、クローザーはゆっくりと外した。
中にあるのは、掌に載るほどの円筒だった。表面に細かな放熱溝が刻まれ、今は光っていない。
第十一補給廠跡の、広域電子制圧型レリック。その砲身と母機を繋いでいた補助アダプタの奥に、この小さな制御コアが組み込まれていた。
本社への報告書には、こう書いた。
《アダプタ部、交戦時の損傷により制御系一部回収不能》
損傷は、確かにあった。回収不能だったかどうかは、クローザーしか知らない。
作業台の上に、コアとジャンクパーツを並べる。
自分の行動が、メビウスのビッグデータに残ることは分かっている。
この小屋に来た経路も、ここでの作業も、クローザーの記録として吸い上げられる。
ただ、ドローン・自律車輌・アンドロイド、そしてdolls。
最低でも五百機以上は仙京中に存在するメビウス社製のアンドロイドの記録の中で、特定の一機の、特定の一夜を探す人間はいない。
ボスとチルダがそうしているように、自分も森の中にいる。
「……始める」
最初のパーツは、何も起きなかった。
二つ目も、三つ目も、同じだった。コアは沈黙したまま、電源の数値だけがわずかに揺れる。
七つ目で、変化があった。
旧式の接続端子を、変換アダプタを介してコアに繋いだ瞬間、放熱溝の奥に、薄く赤い光が灯った。
「反応した」
作業台の端に置いた携帯端末に、見慣れない形式の信号が流れ始める。
大戦時代の通信規格だ。クローザーはそれを一行ずつ読み解いていく。
コアは、繋がれた部品を識別しようとしていた。
《接続部品を確認。追加兵装系統と判定》
「追加兵装」
レリックは母機と一体設計だと、今を生きる人々の誰もが思っている。
だが第十一補給廠のレリックは、規格の合わない母機に無理やり繋がれていた。あのとき感じた違和感が、ここで形になった。
このコアは、最初から「何かを後から付け足される」ことを前提に作られている。
そして今、クローザーが繋いだジャンクパーツを、その付け足される側の部品だと認識した。
「……双方向」
母機側と、追加兵装側。二つを繋ぐための手順が、このコアの中に書き込まれている。
クローザーの演算が、一気に加速した。コアが要求している信号の形式、追加兵装側が返すべき応答の構造、その往復の順序。一つずつ仮説を立て、試し、潰していく。地図を組んだときと同じだ。規則さえ分かれば、見ていない部分も推定できる。
十四分後、往復の手順の八割が埋まった。
残りの二割で、手が止まった。
《結合手続きの最終段階へ移行》
《運用承認コードを入力せよ》《前半:指揮権限者》《後半:技術権限者》
クローザーは、端末の表示をしばらく見つめていた。
承認コード。前半と後半。指揮する者と、技術を持つ者。
どこかで聞いた構造だった。
地図を投影した夜、アイシアが何気なく言った言葉。
『割符と、同じ考え方ですね』
それを聞いたボスが、表情を変えずに説明した。一人が全部を知らないように作られていた、と。
あのとき、チルダの手が一瞬止まったのを、クローザーは見ていた。
大戦時代、レリックの運用には指揮官と工兵の二人が要った。
Dollsには、元指揮官がいる。元工兵がいる。
店には、非売品の棚がある。 その棚の部品と、今自分が繋いだジャンクは、同じ系統だ。
演算は、そこで勝手に結論を出そうとした。
クローザーは、それを途中で止めた。
「……ここまで」
端末の入力欄は、空のまま点滅している。コードを知らない以上、先へは進めない。推論で埋められるのは手順までで、承認の中身は、誰かの記憶の中にしかない。
割符は、今もちゃんと機能している。
少なくとも、この二割については。
*
コアから端子を外すと、赤い光はゆっくりと消えた。
クローザーはジャンクパーツを一つずつ箱に戻し、コアを布で包み直した。作業のログは、端末から個人の記録領域に移した。消しはしない。消すと、消したという記録が残る。
同期リンクの一覧で、ルヴィリアの状態表示が《移動中》に変わっていた。午後十時九分。
小屋を出て、鍵をかける。
屋上から見える中央区の光は、いつもと変わらず赤く滲んでいた。その向こうに本社の社章が浮かび、反対側の地平線には、戦闘区の信号灯が小さく明滅している。
クローザーは、しばらくその両方を見比べていた。
ボスに訊けば、答えはもらえるかもしれない。
チルダに訊けば、笑ってはぐらかされるかもしれない。
アイシアに話せば、きっと本社に報告すべきかどうかで悩ませる。
コラプスはおそらくこの話を気にしないであろう。
どれを選んでも、合理的な理由は立つ。
だから、どれも選ばなかった。
「保留」
独り言のように言って、クローザーは階段を降りた。
店に戻ると、チルダがまだ帳簿をつけていた。
「おかえり。散歩、どうだった」
「面白かった」
「それはよかった」
チルダは顔を上げなかった。クローザーも、それ以上は何も言わなかった。
非売品の棚の前を通るとき、クローザーは一度だけ、そこに並ぶ部品を見た。
いつもと同じ、ジャンクの顔をしていた。




