レセプション
「で、結局、ボス一人で行くんだ」
レセプションの夜、チルダはカウンターに頬杖をついて、ふてくされていた。
作業台の前で、ルヴィリアが外套の襟を整えていた。
白い戦闘服の上に、紺の外套。
耐磁コーティングの裏地のシアンが、店の灯りを映している。ライトグリーンの長髪は、いつもより少しだけきつく、ポニーテールに結われていた。
「統括の条件だ」
「チルダは連れて行くな、でしょ。聞いた。三回聞いた」
「四回目だ」
「数えないで」
奥の作業室から、アイシアが薄い冊子を持って出てきた。
「指揮官。会場の出展企業の一覧です。昨夜のうちに、企業連合の公開資料から整理しました」
ルヴィリアは冊子を受け取り、頁をめくった。チルダが物欲しそうな顔で横から覗き見てくる。
社名が、ぎっしりと並んでいる。
軍需企業、都市警備会社、民間軍事会社、施設警備の専門会社。その半分以上の横に、小さな注記があった。
《自社アンドロイド部隊の展示あり》
「……アンドロイドを、並べるのか」
「はい。近年のレセプションでは、銃火器と一緒に、各社の戦闘アンドロイドを実機で展示するのが通例だそうです」アイシアは、少しだけ言葉を選んだ。「治安維持用、施設防衛用、要人警護用。どの会社も、自社の部隊を持っていますので」
階段の途中で、クローザーが端末を見ていた。
「出展アンドロイド、推定百二十機。全部、量産型か準量産型」
「全部か」ルヴィリアが言った。
「全部。一点ものは、ない」クローザーは、端末から顔を上げた。「……ボス以外は」
チルダが、カウンターの向こうで小さく笑った。
「ボス、会場で一番の珍品だね」
「客として行くのだ」
「珍品の客」
ルヴィリアは、冊子を外套の内側にしまった。
蘇芳から渡された招待状の隣に。
「行ってくる」
「ボス」
扉の前で、チルダが呼び止めた。頬杖をついたまま、それでも、少しだけ真面目な顔で。
「昔の知り合いに会っても、喋りすぎないでね」
「お前に言われたくない」
「あたしだから言うの」
ルヴィリアは、少しだけ口元を緩めた。それから、扉を開けた。
*
企業連合 銃火器技術レセプション。
会場は中央辰砂特区、連合会館の最上層だった。
夜間に始まるというのに、受付の前には長い列ができていた。
企業の購買担当。都市の治安機関の幹部。民間軍事会社の役員。皆、上等な背広か、仕立てのいい制服を着ている。その列の中に、ルヴィリアは並んだ。
前の男が、ちらりと振り返った。
白い戦闘服と紺の外套を見て、怪訝そうに眉を寄せた。それから、前を向いた。後ろの女が、連れの男に小声で何か囁いた。
アンドロイドが、客の列に並んでいる。
それが、珍しいのだ、とルヴィリアは理解した。
「招待状を」
受付の若い係員が、ルヴィリアの差し出した封筒を開いた。それから、名簿と、ルヴィリアの顔を見比べた。
「メビウス・テクノロジーズ、戦術対策部門代表……蘇芳様の、代理の方ですね」
「そうだ」
「失礼ですが、社員証を」
ルヴィリアは手袋を外し、手首を差し出した。
係員は、読み取り機を持ったまま、三秒ほど固まった。それから、何も訊かずに手首にかざした。
電子音が鳴った。
係員の手元の画面に、表示が浮かんだ。
係員は、それを読んで、もう一度、固まった。
画面の一番上に、小さく、赤い枠で囲まれた一行があった。
《企業連合登録区分:特記戦力》
係員は、ゆっくりと顔を上げた。
「……ご、ご入場ください」
ゲートが開いた。
ルヴィリアが中へ進むと、背後で、係員が隣の同僚に囁くのが聞こえた。
「……今の、特記だった」
「特記? あの、台帳の?」
「メビウスの。名前で載ってるやつ」
どこの会社の若者も、同じ顔をする。
会場は、広かった。
天井の高い大広間に、各社の展示区画が迷路のように並んでいる。
照明は抑えめで、その分、展示台の上の銃器が、磨かれた金属の光を放っていた。
アサルトライフル。狙撃銃。重機関銃。辰砂セル式の新型弾倉。光学照準器。対装甲の携行火器。壁際には、車輌搭載型の大型兵装が、実物大の模型で据えられている。
ルヴィリアは、搭載CPUの高速回転によりめまいを起こしそうになっていた。
そして、区画の一つ一つに、アンドロイドが立っていた。
*
最初に目に入ったのは、都市警備会社の区画だった。
展示台の後ろに、同じ顔のアンドロイドが、十二機、整列していた。灰色の制服に、灰色の装甲。
顔立ちも、背丈も、髪の長さも、寸分違わない。全機が、同じ角度で正面を見て、同じ間隔で瞬きをしていた。
《治安維持用 量産型 第七世代》
札にはそう書かれていた。
隣の区画には、施設防衛用の重装型が六機。
その隣には、要人警護用の、黒い背広を着た細身の機体が八機。
民間軍事会社の区画には、違法区域の制圧用と銘打たれた、無骨な装甲の機体が十機。
どの区画にも、同じ顔が、同じ数だけ、並んでいた。
客たちは、その前で足を止め、性能表を見比べ、担当者に質問をしていた。
機体の価格。保守の費用。故障率。一個中隊を揃えるのに、いくらかかるか。
ルヴィリアは、その列の前を、品定めするようにゆっくりと歩いた。
アンドロイドたちは、誰もルヴィリアを見なかった。決められた方向を、決められた角度で見ている。
ルヴィリアは、一機の前で、足を止めた。
眼球の解析を起動しようと思ったが、その必要はなかった。
施設防衛用の重装型。
展示台の端で、他の機体と同じように正面を見ている。
その左手の甲に、小さな傷があった。展示用に磨き上げられた装甲の中で、そこだけが、かすかに擦れていた。
実戦に出たことのある機体だ、とルヴィリアは思った。修理して、磨き直して、展示台に戻された。
その傷のことを、この機体は覚えているのだろうか。
覚えていても、誰も訊かないのだろう。
「……お気に召しましたか」
背後から、声がかかった。
振り返ると、仕立てのいい黒い背広の男が立っていた。
四十代の半ば。胸に、他社の社章。民間軍事会社の大手、黒曜警備保障。
「黒曜の、営業統括をしております、ミカドと申します」男は、名刺を差し出した。
「メビウスの、特記戦力の方ですね」
「この度は、蘇芳統括の代理として来ております」
一礼したルヴィリアは、名刺を胸ポケットから取り出したケースに仕舞った。
「失礼。ただ、お会いできる機会は、そうそうありませんので」
ミカドは、隣の展示区画を見た。整列した灰色のアンドロイドたち。
「うちも、ああいう部隊を、何個中隊も持っています。治安維持、施設防衛、違法区域の制圧。性能は、業界の平均より上です。ですが、どれだけ揃えても、企業連合の台帳では、一行です。型式と、機数と、用途。それで終わり」
ミカドは、ルヴィリアの方を見た。「あなた方だけが、名前で載っている」
ルヴィリアは、何も答えなかった。
「メビウスは、何をお作りになったんですか」ミカドは、穏やかな声のまま訊いた。
「五機の、一点ものの部隊。人格転写の個体が含まれている、という噂もある。外から見れば、全機同じ装備、同じ光学系、同じ連携。きれいに揃った、人形の部隊だ。……ですが、揃えるなら、量産すればいい。わざわざ、一点ものを五つ並べる理由が、分からない」
「分からないなら、それでよろしいかと」
ルヴィリアは企業秘密をそう易々と公言しない。
「我々も、同じものを作りたいと思っています」
ミカドの声は、変わらず穏やかだった。だが、目だけが、少しだけ鋭くなっていた。
「作り方を、少しでも教えていただけませんか。指揮官の、ご経験の範囲で構いません」
ルヴィリアは、ミカドの顔を、しばらく見ていた。
それから、隣の展示区画の、手の甲に傷のある重装型を見た。
「あの機体は、実戦に出たことがある」
ミカドは、一瞬、目を瞬いた。
「……はい。施設防衛の現場で、一度。損傷して、修理しました」
「その機体の名前は」
「名前、ですか」ミカドは、少し困ったように笑った。「型式番号なら、ありますが」
「名前を付けたら、一点ものになる」ルヴィリアは言った。
「作り方は、それだけです」
ミカドは、言葉を失った。
ルヴィリアは、軽く会釈をして、その場を離れた。
背後で、ミカドが小さく息を吐くのが聞こえた。
*
メビウス・テクノロジーズの区画は、会場の中央付近にあった。
他社の区画と、明らかに様子が違った。
正面の展示は、銃ではなかった。
白い台の上に、小さな自律警備ドローンの模型。都市監視網の、街全体を覆う光の網を描いた立体投影。災害時避難誘導AIの実演。床に投影された光の矢印が、模型の街の中を、避難所へ向かって、ゆっくりと流れていく。
その上に、大きな看板。
《夜を、安全に。 ── メビウス・テクノロジーズ》
客たちは、その前で足を止め、感心したように頷き合っていた。
「やっぱり、安全はメビウスだな」
ルヴィリアは、その声を聞きながら、展示の前に立っていた。
光の矢印が、模型の街の中を流れていく。避難所へ。安全な方へ。
ルヴィリアは、その矢印を、知っていた。
誘導灯だった。撤退戦の夜、暗い谷に、等間隔で置かれていた光の点。
退路を示す、低く絞った光。兵たちは、それだけを見て歩いた。最後尾に、殿がいた。
同じ技術だった。退路を示す光が、今は、市民を避難所へ導いている。
ルヴィリアは、都市監視網の立体投影を見上げた。街全体を、光の網が覆っている。網の結び目の一つ一つが、監視機。その全部の記録が、一つの基盤に集まっていく。
大戦の頃の、指揮ネットワークと、同じ形だった。
展示の奥に、もう一つの区画があった。
正面の明るい展示とは違い、照明が抑えられ、客の数も少ない。その奥の台に、銃が並んでいた。
《バアル・ゼブル》──大戦期、統合陸軍採用。
《トール》──現行主力、施設破壊用電磁砲。
《ディヤウス》──現行、EMP誘導弾対応アサルトライフル。
雷神の名の系譜。
ルヴィリアは、その前で足を止めた。
バアル・ゼブル。大戦の頃、ルヴィン少佐が使っていた電磁砲。メビウスが、旧陸軍に納めたもの。
二十年前、メビウスは、兵器を作っていた。
二十年後、メビウスは、安全を作っている。
正面の明るい展示と、奥の暗い展示の間に、壁はなかった。同じ区画の、表と裏だった。退路を示す光と、戦場を焼く電磁砲が、同じ会社の、同じ工房から出てきている。
客たちは、正面の展示で足を止め、「夜を安全にした会社」に感心し、奥の展示には目もくれずに通り過ぎていく。
それを、ルヴィリアだけが、両方とも見ていた。
「あっ、ルヴィリアさん!」
展示区画の奥から、聞き覚えのある声がした。武装開発部のエノキだった。
今日は作業着ではなく、会社の揃いの上着を着て、説明員の腕章をつけている。
「来てたんですね! 統括の代理って、ルヴィリアさんだったんだ」
「ああ」
「見てください、うちの区画。正面、すごい人でしょう」エノキは、誇らしげに正面の展示を振り返った。
「避難誘導AIの実演、毎回、人だかりなんです。うちの会社、街を安全にしてるって、みんな言ってくれて」
「そうだな」
「僕、それが嬉しくて。武装開発部って、どうしても物騒な部署って思われがちなんですけど、うちの会社の銃は、街を守るためのものですから」
ルヴィリアは、少しだけ黙った。
「……そうだな」
エノキは、気づかずに、声を落とした。展示台の端に置かれた、小さな札を指差す。
「それより、これ見てください。来期の予告です。まだ非公式なんですけど、今日だけ、名前だけ出していいって」
札には、一行だけ書かれていた。
《次期型 仮称:インドラ》
インドラ。雷と嵐の神。神話の中では、天空神ディヤウスの子とされる。
「系譜、続きます」エノキは嬉しそうに言った。「ディヤウスの後継で、EMPの出力を、もう一段上げる設計なんです。嵐の神の名前だから、それらしく」
「……嵐か」
「はい。かっこいいですよね」
ルヴィリアは、しばらく札から目を離さなかった。
エノキは、トールの模型の方へ説明を移していった。
「トールも、今回マイナー改良が入ってて。ほら、ここ。後部の拡張端子、規格を統一したんです。将来的に、いろんな追加モジュールを付けられるように」
模型の後部に、蓋付きの接続口があった。
ルヴィリアは、それを見た。
見て、何も言わなかった。
規格さえ合えば。チューニングさえすれば。
あの接続口は、まだ何も付いていない、空の受け皿だった。
「ルヴィリアさん?」
「……いい設計だ」
「ありがとうございます!」
「宣伝には、私も協力する」
「本当ですか!?」
エノキの笑顔に、嘘はなかった。この若者は、自分が何を作っているのか、正確に分かっていない。分かっていないまま、街を守るための良いものを作ろうとしている。
大戦を知らない世代は、こうやって銃を作る。
それが悪いことだとは、ルヴィリアは思わなかった。
ただ、自分には、それが同じものに見えるというだけだった。
*
会場を一回りした頃、背後から声をかけられた。
「その銃の、下げ方」
振り返ると、杖をついた老人が立っていた。胸に、企業連合の理事の徽章。
銃口を少しだけ外に向けて、肘で押さえる、ルヴィリアの外套の膨らみを見ていた。
「第七機動群の、癖だ」
ルヴィリアは、老人の顔を見た。
見覚えがあった。接待の夜、最初に自分の立ち方に気づいた老人。補給線の閣下。その後、待機室の銃を、非公式に送り返してきた人。
「……葛木閣下」
「覚えていてくれたか」老人は、穏やかに笑った。「非公式で、と書いたはずだがな。公式の場で会ってしまったな」
「蘇芳統括の、代理です」
「蘇芳か。あいつも、相変わらずだな」
老人は、近くを通りかかった給仕の盆から、細身の硝子の杯を二つ取った。
一つを、ルヴィリアに差し出す。
「一杯、どうだ」
ルヴィリアは、杯を受け取った。
受け取って、口をつけなかった。
老人は、それを黙って見ていた。
「……飲まないのか」
「この身体の舌は、昔とは、味の感じ方が違います」
「そうか」
老人は、自分の杯を、少しだけ口に含んだ。
「では、次に会うときは、昔と同じものを用意しておこう。味が違っても、同じ席で口にできるものをな」
「……昔と同じもの、ですか」
「補給線の最後の仕事を、覚えているか」
ルヴィリアは、少しだけ黙った。
「……覚えています」
「なら、それだ」老人は、杯を給仕の盆に戻した。
「次こそは、非公式でな。今日は、昔話は、これだけにしておこう。お前の工兵がいないうちに」
「工兵は、置いてきました」
「賢明だ」
老人は、杖をつき直し、会場の奥へ歩いていった。一度だけ、振り返った。何も言わずに、軽く頷いた。
ルヴィリアも、頷き返した。
手の中の杯は、口をつけないまま、まだ冷たかった。
昔話は、それだけで済んだ。チルダがいれば、今頃は円卓ができていた。
*
会場の奥、窓際に、休憩のための長椅子が並んでいた。
ルヴィリアは、口をつけなかった杯を窓枠に置き、長椅子に腰を下ろした。
連合会館の最上層からは、新都・仙京が一望できた。
中央区の、辰砂の光。
メビウスの社章が、高層ビル群の中で、赤く浮かんでいる。
その下の街の通りを、監視網の目が、見えない網のように覆っている。夜道は安全で、災害の夜には光の矢印が人々を導く。
旧仙京の、低い街並み。新都の西の端、その境目のどこかに、看板の電飾が半分切れたジャンク屋がある。
境界区の、工事の灯り。
そして、その向こう。
地平線の低いところで、小さな光が明滅している。戦闘区の信号灯。辰砂に食われ、二十年、消えていない灯り。
ルヴィリアは、それを見ていた。
この会場の銃は、どこへ行くのか。
治安機関の手に渡り、境界区の検問所に配備される。
民間軍事会社が買い、企業の施設を守る。
そしてその多くは、最終的に、あの地平線の向こうへ向けられる。
戦闘区には、まだ大戦がある。
残党が整備し続ける自律兵器。二十年前の命令を待ち続ける指揮ノード。誰も場所を知らないレリック。停戦の知らせを受け取れなかった戦場が、そのまま残っている。この街から見えるところに。
大戦は、終わったのではない。線の内側で終わり、線の外側に閉じ込められただけだ。
だから、銃は要る。あの線を守るために。
そして、その銃を作っている会社が、同じ手で、街の夜を安全にしている。
二十年前と、何も変わらない。メビウスは、兵器屋だ。
ルヴィリアには、そうとしか見えない。会場の誰も、そうは見ていない。客たちも、エノキも、「夜を安全にした会社」を見ている。
どちらも、間違ってはいなかった。
兵器屋であることと、街を安全にしたことは、両方とも本当だった。
夜道で子供が銃を怖がらずに済んでいるのも、本当だ。
災害の夜に死者が出なかったのも、本当だ。
その光の矢印が、撤退戦の誘導灯と同じ技術でできていることも、本当だ。
ルヴィリアは、外套の下のディヤウスに、そっと手を当てた。
雷神の系譜の、最新の一丁。この街を守るための、兵器屋の銃。
自分もまた、その兵器屋の、特記戦力として、ここにいる。
「……やむなし、か」
呟いてから、少しだけ自分に呆れた。やむなし、という言葉を、大戦の頃にも何度使ったか分からない。
戦争が終わっても、同じ言葉を使っている。
隣の長椅子に、誰かが座った。
黒曜警備保障のミカドだった。
「……先ほどは、失礼しました」
「こちらこそ、社外の人間に対する態度では」
ミカドは、窓の外を見た。戦闘区の信号灯を。
「名前を付けたら、一点ものになる。……ずっと、考えていました。あの重装型の機体、うちの施設防衛部隊の、七号機です。去年、施設に侵入した武装集団から、職員を一人庇って、左手を撃たれた」ミカドは、少しだけ笑った。
「誰も、名前を付けようとは、思いませんでした」
ルヴィリアは、何も言わなかった。
「メビウスの真似は、できそうにありません」ミカドは言った。
「うちには、一点ものを五つ並べて、自由にさせておく度胸がない」
「度胸ではない」
「では、何ですか」
ルヴィリアは、窓の外の、旧仙京の暗がりを見た。その境目のどこかにある、半分切れた看板。
「……帰る場所を、作っただけです」
ミカドは、その言葉の意味を、しばらく考えていた。それから、立ち上がって、軽く頭を下げた。
「七号機に、名前を付けてみます」
「そうしてください」
*
レセプションが終わる頃、エノキが駆け寄ってきた。
「ルヴィリアさん、これ! 来期の予定表、会場限定版です。インドラの予告ページ付き」
ルヴィリアは冊子を受け取った。表紙に、雷の意匠。
「助かる」
「インドラ、出たら買ってくれます? 社割で」
ルヴィリアは、冊子の表紙をしばらく見ていた。
嵐の神の名前。接続口の空いた電磁砲。正面の展示の、光の矢印。窓の外の信号灯。
「……使い方次第だ」
「使い方?」
「どんな銃も、そうだ。街を守る光も、戦場を焼く砲も、同じ工房から出てくる。どう使うかは、作った者ではなく、持った者が決める」
エノキは首を傾げ、それから、よく分からないまま、それでも真剣に頷いた。
「……はい。使い方、ちゃんと考えて作ります」
「そうしろ」
*
会館を出ると、夜の中央区は、いつもと同じように、赤く滲んでいた。
監視網の目が、見えないまま、通りを覆っている。夜道は、安全だった。
ルヴィリアは、冊子を外套の内側にしまった。招待状が入っていた場所に。
それから、地下鉄を使わずに、新都の西へ歩いた。
電飾の店が減り、古い店が増えていく。最後の角を曲がると、看板の半分切れたジャンク屋が見えた。
店の灯りは、まだ点いていた。
扉を開けると、カウンターの向こうで、チルダが顔を上げた。
「おかえり、ボス。……で、どうだった」
作業台の端で、アイシアが端末から顔を上げた。階段の途中で、クローザーが手を止めた。
コラプスは上階から既に寝息が聞こえていた。
ルヴィリアは、外套を脱ぎながら、少しだけ考えた。
「人形が、たくさん並んでいた」
「人形?」
「名前のない機体が、百二十機。全部、同じ顔だった」
チルダは、少しだけ目を細めた。
「……ボスは?」
「客として行った。名前で、呼ばれた」
「珍品だもんね」
「珍品だった」
チルダは、少しだけ笑った。それから、身を乗り出した。
「昔の知り合いには?」
「一人、会った。昔話は、一つだけした」
「一つだけ?」
「お前がいなかったからな」
チルダは、カウンターに突っ伏して、ふてくされたように呻いた。
「……行きたかった」
「次は、非公式でと言われた」
「誰に」
「補給線の閣下に」
チルダは、突っ伏したまま、顔だけ横に向けた。
「……あの人か」
「昔と同じものを、用意しておくそうだ」
チルダは、しばらく黙っていた。それから、何かを察したように、少しだけ柔らかく笑った。
「……そっか」
その夜、店の明かりが落ちたあと、ルヴィリアは自分の部屋の作業台の前に、一人で座っていた。
エノキにもらった予定表を、開かなかった。インドラの頁を、確かめなかった。
代わりに、会場の窓枠に置いてきた杯のことを、少しだけ思い出した。口をつけないまま、最後まで冷たかった杯。
次は、昔と同じもの。
ルヴィリアは、作業台を、指先で二回、軽く叩いた。
とん、とん。
店の外の路地で、メビウスの監視機が一機、静かに通り過ぎていった。夜道を、安全にするために。
ルヴィリアは、それを見送った。
兵器屋の目が、今夜も、この街を見守っている。




