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No.3-2 血の気が多い男

 こめかみに押し当てられた銃口が、頭の芯まで冷やしてくる。

 煙草の匂いを撒き散らす男たちが、にやにやと口の端を吊り上げて、俺たちを見下ろしていた。

 伸びた無精髭、脂じみた襟元。どこからどう見ても、まともな奴じゃない。


「てめぇら、グズグズしてねぇでこっちに来い!!」


 銃口に急かされて、俺は座席から腰を上げる。

 ヤブも、湯気の残るカップを名残惜しそうに一瞥してから、のそりと立ち上がった。


「さっさと集まれ!!」


 顎をしゃくって、男が俺たちに睨みをきかせる。

 なるほど、乗客をひとかたまりにまとめておきたいわけだ──。


「ストップ、ヤブさん」


 俺より先を歩くヤブの手が、すっとポケットへ伸びた。

 反射的に、その腕を掴む。

 文句を言いたげにヤブが眉をひそめたので、小さく首を横に振ってやった。


 確かに、目の前の男は油断しきっている。倒すなら、今が絶好の機会だ。


「まだ様子見。ステイ」

「むぅ」


 だが、敵の総数がわからない。

 ここで手下を数人片づけたところで、仲間を呼ばれたら厄介だ。まずは全体を掴みたい。

 下手に暴れるより、状況ごとひっくり返せる隙を、冷静に狙ったほうがいい。


(…というか、こいつ意外と血の気が多いんだよな)


 大人しく従うふりをして、連れてこられたのは最後尾の車両だった。


 重い扉が開く。


 それと同時に、けたたましい泣き声が耳を打った。


「っ、あなた……!!」

「ぎゃはははっ!! お前らが楯突くからだろうがッ!!」

「ぅ、ぅうぅ……っ、うええぇん!!」


 床に、男がひとり倒れている。

 服が濡れて、足元の板に染みが広がっていた。

 鉄錆の匂いが、むっと濃く立ちのぼる。


「うるせぇぞ!! クソガキがッ!!」


 そう言って、手に持っていた拳銃の先を赤ん坊に向けて─。


「─うるせぇのはお前だ」


 いた男に、思い切り横蹴りをぶちかました。


 骨に食い込む手応えが、靴底を通して返ってきた。男が、くの字に折れる。


「なっ…!?」


 すぐ隣で、別の男が銃口を上げた。

 蹴り抜いた勢いをそのまま乗せて、その銃を握る腕を、下から蹴り上げる。

 指が引き金を絞った。だが弾は逸れて、天井の板を撃ち抜く。

 着地ざま懐へ踏み込み、泳いだ腹へ拳を埋めた。落ちてきた頭に、かかとを叩き落とす。


「お前らっ……!」


 二人は沈めた、あともう一人。

 フードを被った男──。


「はーい、はい。おやすみの時間やで」


 そいつが振り向くより早く、ヤブが薬品をたっぷり染み込ませた布を、その鼻と口へ押し当てていた。


「むがっ、むごぉ……!」


 くぐもった呻きが、二度、三度。

 やがて力が抜けて、男はずるりと床に崩れ落ちた。


「様子見は?」

「中止」

「了解。そっちのほうが断然えぇわ」


 肩を回しながら、ヤブは床に沈んだ男のひとりへ、迷いなく膝をつく。

 傷の具合をたしかめるように、覗き込んだ。


「リヒト、カバン持ってきたって」

「りょーかい」


 さっき乗り込んだ個室に、駆け足で戻る。

 座席の下に転がったままのそれを引っ掴む。見た目以上に、ずしりと重い。

 ヤブがいる車両へ戻ると、鞄を放って渡した。


 受け取るなり、ヤブは倒れた男の傍へ膝をついて、傷の具合を確かめはじめる。


「止血剤、作っとって良かったわぁ」


 鞄から取り出した布で血を拭い、薬を傷口へ塗り込んでいく。


「あ、ヤブさん。包帯は、俺がするから」

「んぇ? なんでや、包帯巻くのめっちゃ得意やで?」


 巻きはじめてまだ二周。なのに布は、もう斜めに引きつれている。


 ヤブの手から、その包帯を無言で抜き取った──。



*.



「助けてくださって、ありがとうございます…!」


 赤ん坊を抱いた母親が、震える声で頭を下げてきた。


「怪我はねぇか?」

「はい、この子も無事です、本当になんとお礼を言ったら良いか…!」

「ん、無事なら、それでええよ」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、何度も頭を下げる。

 ヤブはそんな母親に歩み寄ると、腕の中の赤ん坊の頭を、指先でそっと撫でた。


「よーしよし。もう、怖いのはおらんからな」


 赤ん坊が、きゃっきゃと声を立てて笑う。

 張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。

 それを境に、強ばっていた乗客たちも、ひとり、またひとりと、おずおず口を開きはじめた。


「兄ちゃんたち、俺からも礼を言うぜ」

「ほんと……危ねぇところだった……」


「ま、安心すんのは、この列車を奪い返してからってことで。ひとまず、こいつら縛るの手伝ってくれるか?」


「あぁ、荷造り用の紐が確かあったはずだ。持ってくる」


 乗客数人と手分けして、強盗どもを後ろ手に縛り上げ、車両の端へ寄せていく。

 拳銃は弾を抜き、まとめて棚の上へ押し上げて、手の届かない場所に置いた。


「よし。ひとまず、これでいいな」


 縄を結び終えて、昏倒した男のひとりの胸ぐらを掴み上げる。

 その額へ、思いきり頭突きを見舞った。


「起きろ」

「っ……いってぇ!!?」


 衝撃で跳ね起きた男は、状況が飲み込めない様子で、目を泳がせた。


「お前らの目的、戦力、親玉。ぜぇんぶ話せ」


「く、くそ…こんなことして、タダで済むと思うなよ…!」


 歯を食いしばって、男が睨み返してくる。

 縛られた立場で、よくもまあ。腹の底が、ふつりと音を立てて熱を持つ。


「…ヤブ先生。矯正を希望の患者です」

「ぎゃっ!」


 胸ぐらの男を、床へ突き放す。

 傍らに立ったヤブが、すっと目を細めて、こちらへ手のひらを向けた。


「メス」

「はい」


 言われるまま、短剣の柄をヤブの手に乗せる。


「よいしょー」


 受け取ったヤブの目から、笑いの色が、すっと引いていた。

 逆手に握り直すと、ヤブはためらいもなく、それを振り下ろす。

 刃は、男の股のあいだ、ほんの紙一重のところで、床板へ深々と突き立った。


「ッぃぃい、すっ、すいませんでしたぁ!! やめてくださいやめてくださいっ!!」


 それだけで男は態度を一変させ、縛られた足を縮こめて、譫言のように謝罪を繰り返しはじめる。


「おら、分かりゃいいんだよ。とっとと全部ゲロれ」

「リヒト、お前のほうが強盗みたいやで」


 ぼやきながら、ヤブは床から短剣を引き抜いて、あっさり俺へ返してきた。

 男は荒く息を継ぎながら、それでも忌々しげに俺たちを睨めつける。

 俺は受け取った短剣を、男に見せつけるように、手元でくるりと回す。


「狙いは…っ、先頭車両の、貨物だ…! 仲間は二十人ばかし、各車両に散らばってる…! ボスは、先頭で構えてる!」


「……で? まだあるやろ?」


「ッ、!」


 それまでヤブが、ふいに口を挟む。

 すっと細められた目が、まっすぐ男を捉えていた。


「肝心なこと、隠しとるな?」


 しゃがみ込んで、男の顔を、下から覗き込む。

 唾を飛ばしてまくし立てていた男が、びくりと肩を強張らせた。


 そして、不意に、口の端を吊り上げる。


「……お前らは、ここで大義の為の尊い犠牲になるんだよ」

「はぁ?」


 こいつは何を言っているんだ──?


 歯を剥いて、男が嗤う。


「ボスの腹にはなぁ、デカい爆弾が、くくりつけてあんだよ」

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