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No.2-14 色違い

「ッ、見んじゃねぇ!!!」


 咄嗟に手のひらで左目を覆って、顔を背ける。

 心臓を、内側から握り潰されるみたいに、ぎりぎりと締め付けられる。


 見られた。見られてしまった。



 ───この、左右で色が違う瞳を。



 ずっと、隠してきたのに。


「…っ」


 この目を見た奴が、次にどんな顔をするのか。嫌でも知っている。

 脳裏に蘇る。哀れみ。嫌悪。好奇の目。


 どうせ、こいつも。

 この目を見たら、俺のことを──。


「────俺と、一緒や」


 その言葉が、何を意味するのか。

 すぐには、呑み込めなかった。


「……へ」


 顔を上げると、すぐ目の前に、あいつがいた。

 ふらつく膝を地面につけて、俺の顔を、嬉しそうに覗き込んでいる。


「そっち! 俺と目の色、同じやね!」


「……は?」


 間の抜けた声が、勝手にこぼれた。

 言われた意味を探して、あいつの顔を、まじまじと見返す。

 けれども、分かるわけがなかった。


「………気持ち、悪く…ないのかよ」


「なにが?」


「だって、左右で、色が違って……こんな、化け物みてぇな」


「化け物が、こんな澄んだ目、しとるかいな」


 即座に、言葉が返ってきた。

 ためらいも、迷いも、ひとつもなく。

 くしゃりと、口元を緩めて、あいつが笑顔を浮かべる。


「俺は──その目、好きやで」


 なんだよ、それ。

 好き。

 この目を。

 値踏みでも、施しでもなく。


「……嘘、つけ」


 搾り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


「つかんわ」


 間も、飾りも、なかった。

 息をするみたいに、それだけ。


 確かめる術なんて、俺にはない。

 でも。

 カフェの少年の足首も、レベッカの正体も。

 今日一日、こいつの診立ては、ひとつも外れなかった。


 証拠なら、目の前にいる。

 血まみれの顔で、へらへら笑ってる。


「ばっ、かみてぇ」

「な、馬鹿とは失礼やなぁ!」

「ほんと、ばか」

「えっ!? ちょ、待っ……!?」


 視界が、滲む。

 頬を熱いものが、勝手に伝っていった。


 ああ。これは目に、砂が入ったからだ。そうに、決まってる。

 血塗れの患者を前にしても眉一つ動かさなかったお前が、なんで、俺の涙ぐらいで、そんなに慌ててやがる。


 やっぱり、お前は──ヤブ医者だ。



*.



 目元を擦るのにも飽きた頃。

 崩れた診療所から、かすかな呻きが聞こえてきた。


 まさかと思って、二人で中へ引き返す。

 てっきり事切れていると思っていた、あの賊が、生きていたのだ。

 レベッカに腹を刺され、血溜まりに沈んでいた、男。


 倒れた棚と、砕けた硝子を避ける。

 あいつはその傍に屈み込むと、手早く傷口を押さえ、布を当てていく。


「そいつ、助けんのかよ」


 むせ返るような血の匂いが、鼻の奥に絡みついた。


「生きとらんと、罪も償えへんやろ?」


「…お前、ついさっきまで、こいつら相手に、結構な殺意、向けてなかったか?」


 シャンデリアごと天井ぶち抜いて、下敷きにした奴が、よく言う。


「悪いことしたら、めっするのが当たり前やん?」

「……あぁ、そうですか」

「よーし、包帯ほーたいたーい♩」


 巻かれていく包帯は、案の定、あらぬ方向にねじ曲がっている。が、こいつも死ぬよりはずっといいはずだ。


「ふふん、止血完了」


 ヤブ医者が、ちらりと棚へ目をやる。

 それから、何か思いついたみたいに、こっちに声をかける。


「ちょお、そこの棚の薬品、取ってくれへん?」

「ん? どれだよ」

「右から二番目の、赤いラベル貼ってあるやつ」


 言われた方へ、足を運ぶ。

 棚に並んだ小瓶を、右から順に、目で追っていく。ラベルの貼られた、二番目。これだ。


「なぁ、自分。そんなに、その目を治したかったん?」


 不意の問いに、瓶に伸ばした指が止まった。


「あ、ぁー……まぁ…な」


 我ながら、歯切れの悪い返事になった。

 そうだ。こいつの言うことは、間違っちゃいない。

 この目を治したい。

 そのためだけに、生きてきた。


 ───だが、それは、左右の色じゃない。


 俺の治したい病気は、眼帯ひとつで隠せるような、生易しいもんじゃなかった。


「…あのさ」


 小瓶を掴んで、あいつのほうへ差し出す。

 受け取ろうと伸びてきたその手が触れる距離。


 俺は覚悟を決めた。


「ヤブ医者…俺の、目のことなんだけど、よ」


 切り出しかけた言葉を、遮るように。

 あいつが、すっと立ち上がり、こちらへ詰め寄ってきた。


「──なるほどな」


 離れる隙もなかった。

 左目にかかった前髪を掻き分けたあいつの手が、そのまま両の頬を、すっぽりと包み込む。


「お前の病気、分かったわ」


 鼻先が触れそうな距離で、あいつの目が、まっすぐ、俺を射抜く。




「色が──分からんの、とちゃう?」


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