No.2-10 衝突
──ゴシャァァァアアン!!!
絢爛豪華だったシャンデリアが、見るも無惨に砕け散る。
飛び散った欠片が、診察室のあちこちを削り、床に小さな山を築いていく。
「な、なに!?」
突き破られた床の縁では、巻き込まれた棚が砕け、中身が辺りに散らばっていた。
猿轡越しに、息を呑む。
崩れ落ちた瓦礫の中心で、何かが、ゆっくりと身を起こす気配がした。
「ふー……あいつらもぶっ倒せて、階段降りる手間まで省けたわ」
ベキ、ベキ、と硝子を踏み砕きながら、その影がこちらへ近づいてくる。
影は軽快な足取りで距離を詰めると、呆然と立ち尽くすレベッカを、横ざまに蹴り飛ばした。
「ッ、きゃぁ…!!?」
壁際まで吹き飛んだ体が、棚にぶつかって崩れ落ちる。
その勢いのまま、伸びてきた指が、俺の猿轡を引き抜いた。
手錠の留め具を外し、足の革帯も解いていく。
乾いた繊維が舌から剥がれ、肺の底まで一気に空気が流れ込む。
「助けに来たで」
こんな時だというのに。
そいつはへらりと笑って、こちらへ手を差し伸べる。
───顔面を、べったりと血に染めて。
「ッお前が今にも死にそうだけど!!!?」
派手な登場の代償に、本人もただでは済まなかったらしい。
衝撃で額を切ったのか、滴が顎先から床へ垂れていた。
どう見ても、助けに来た側の風体じゃない。むしろ診療所へ運び込まれる側だ。
「大丈夫や、足の震えと立ちくらみがするだけや、問題ないわ」
「大丈夫じゃねぇよ!? それ!!!」
瀕死だよね、どう見ても。
とにもかくにも、拘束を解いてもらえたのはありがたい。
ありがたいが──早いところ片をつけて、こいつを別の医者にかからせないと。
一難去って、また一難。いや、五難くらい増えた気がする。
「一体なんなの、この有様は」
冷えた声が、背後から落ちてくる。
壁際に転がされていたレベッカが、舌打ちまじりに身を起こしていた。
「す、すすすいやせん……」
男たちを呑み込んだ瓦礫の山が、もぞりと動く。
崩れた天井を押しのけて、一人が顔を歪めて這い出てきた。
よろめきながら立ち上がった男が、ぺこぺこと頭を下げる。
「い、今ッ、こいつ捕らえやすんで…!」
そう言って足元の刃物を拾い上げると、その切っ先をこちらへ向けた。
「…上等だ」
幸い、腰のナイフは取り上げられていない。
刺された足をかばいながら、柄に手をかける。
「もういいわ」
うんざりした声に、愉しげな音が混じる。
俺に向けられた言葉でもないのに、背筋がぞわりと粟立った。
次の瞬間。
「が……ッ、あ゛ぁ……!」
いつの間に──壁際にいたはずのレベッカが、男のすぐ傍に立っている。
そのまま男の手からナイフを奪い取ると、迷いもなく、腹へ突き立てた。
「ッな!?」
床に広がっていく染み。鉄錆の匂いが、つんと鼻の奥を刺した。
「死んでくれるかしら」
倒れた男へ、さらに刃を振り上げた。
──パァン!
鋭い銃声が、部屋に響いた。
弾は、振り下ろされかけたナイフを弾き飛ばし、その頬を掠めていく。
硬い音を立てて、刃が遠くの床へ転がる。
撃ったのは、他でもない、隣のヤブ医者だった。
「──やめろ」
いつもの締まりのない笑顔は、どこにもなかった。
濡れた前髪の下で、瞳孔だけが開いていた。
「邪魔、しないでくれる?」
頬の傷をなぞり、レベッカが優雅に微笑む。
ヤブは表情ひとつ動かさず、その笑みを見据えていた。
「医者の風上にも、置けんやつやな」




