No.2-6 腐れ縁
宿屋の空いている部屋は、一つ。
俺たちは、二人。
つまり。
「ッなんでだよ!!!」
通された部屋で、俺はひとり頭を抱えていた。
その横で、当の本人はというと、案内されるなり真っ先にベッドへ身を投げ出している。
「このベッドふっかふかやなぁ」
「跳ねるな!!」
ぼすぼすと音を立てて沈むスプリングに、こいつは子どもみたいに目を輝かせている。
妙な腐れ縁もここまでくると、もはや作為的なものを感じてしまう。
運命の神様とやらも、きっと腹を抱えて大笑いしながら、タップダンスでも踏んでいるに違いない。
「てか、荷物も無駄に多いな!!」
通路を半分塞ぐように転がる大きな鞄と、もう一つ、ぱんぱんに膨らんだ袋。
邪魔だったので、半ば腹いせも込めて机の上へ乱暴に放り上げる。
「こっち置いておくぞ!!」
「おぉ、ありがとな」
ベッドに気を取られたまま、そいつは間延びした返事を寄越す。
そのまま腰に下げていたメモ帳を開いて、寝転がった姿勢で何やら書き始めた。
……。
もぞ。
「ん……?」
視界の端で、机の上の袋が、もぞりと動いた気がした。
目をやると、袋の口の縛りが、いつの間にか緩んでいる。
その隙間から、ぬらりと光るものが、ずるりと這い出してきた。
「うわ!!? 蔓ッ!?」
喉の奥が、ひゅっと鳴った。
足が勝手に床を蹴って、背中が壁にぶつかる。
あのぬめった感触を思い出して、手のひらにじっとり汗が滲んだ。
「え!! 蔓!?」
すると、こちらの異変に気がついたのか。
メモ帳を放り出して、嬉々として机へ駆け寄ってきた。
「わぁ! ラッキーや!」
「なにがラッキーだ!?」
俺の悲鳴とは正反対の、心底嬉しそうな声。
こいつ、危機感ってものがねぇのか。
「この植物はな、袋の体液よりも蔓の先端の分泌液のほうが、溶解に特化しとるんよ、巻きつかれとる時に、これ研究したいなぁ思てな」
うっとりと蔓を眺めるその横顔と、膨らんだ袋を見て、俺はようやく合点がいった。
「…なぁお前。森に入ったのって、まさかこの雑草を採りたくて、襲われてたのか?」
「雑草ちゃうわ! 薬草!」
唇を尖らせ、じろりとこちらを睨んでくる。
どうやら図星らしい。
「お前、そんなんじゃ命がいくつあっても足りねぇよ」
そう言いながら、ふと、昼間おっちゃんから聞いた話が引っかかった。
「というか、賊に襲われなくて良かったな」
「賊?」
「なんでも、この辺りで貴重な薬草を乱獲してる賊がいるんだとよ」
「へぇ、物騒やなぁ」
他人事みたいに相槌を打ちながら、こいつは早速、鞄から道具を引っ張り出している。
そんな、緊張感のない会話を続けていた、その時だった。
コンコン。
控えめなノックの音が、扉の向こうから聞こえてきた。
戸を開けると、そこには一人の少年が、背伸びするように立っていた。
「真っ白兄ちゃん!」
少年は俺の脇をすり抜けると、まっすぐ隣のこいつへ駆け寄っていく。
「ん? 真っ白兄ちゃん? 俺のことか?」
自分の上着を摘んで、きょとんと首を傾げていた。
その問いには答えず、少年は興奮した様子で言葉を続けた。
「なぁ! カフェでよっちゃん治してくれたの、兄ちゃんでしょ!」
「よっちゃん?」
カフェでこいつが治療したのは、ただ一人。
あの怪我をした店員の少年が、この子の言う「よっちゃん」なのだろう。
同じ結論に辿り着いたらしいこいつは、ぽんと拳を手のひらに打ちつけて頷いた。
「せやで、痛いの、お山のどっかに飛ばしたから、もう大丈夫やで」
「よっちゃんね、大切なお友達なの、治してくれて、ありがとう」
「どういたしまして、ちゃんとお礼言えて、えらいなぁ」
しゃがみ込んで目線を合わせると、くしゃりとその頭を撫でた。
「うぅん、こちらこそ! これお礼ね!」
少年が両手を差し出してくる。
何かと思えば、その手のひらに乗っていたのは、大小さまざまな石ころだった。
「どれでも好きなの選んでいーよ!」
「おぉ! 悩むなぁ…これは?」
「俺の一番強くてかっこいいやつ! それあげる!」
「わぁ、ありがとうな!」
受け取った大きめの石を、宝物みたいに掌の上で転がして、そっと懐にしまった。
出会ってまだ半日と経っていないが、こいつの損得勘定抜きの優しさだけは、素直に尊敬できると思う。
口が裂けても言わないが。
「あ、それでね、お部屋一つしか用意できなかったから、母ちゃんから、ごめんねのお茶菓子! それじゃあ、良い旅を!」
ぺこりと頭を下げて、少年は軽い足取りで去っていった。
カフェの店員といい、この子といい、家業を手伝う子どもってのは、どこか妙にしっかりしている。
「じゃあ、俺ここでこの蔓を研究するから。時間になったら、頼むわ」
それに比べて、こっちの大人ときたら。
受け取ったばかりの茶菓子を早速頬張りながら、蔓の入った袋へいそいそと向き直る。
「はぁ…」
俺の溜息なんざ届くわけもなく。
こいつは鼻歌まじりに道具を並べ始めたのだった。
その、数分後。
「うぎゃぁぁあ!! 全部溶けたぁ!!!」
机の上で、何かがぶくぶくと泡を立てて溶けていく。
立ち上る刺激臭に、鼻の奥がつんと痛んだ。
当の本人は、溶けていく机に手を伸ばしかけては、行き場をなくして引っ込めている。
「……ヤブ医者」
ぼそりと呟くと、そいつが勢いよくこちらを振り返った。
「ちゃう! 俺は名医やで!」
机を溶かしておきながら、その訂正だけは一丁前だ。
あくまで頑なに「名医」を譲らないその様子に、俺はふと、思いついた。
「じゃあ、名医ってんなら──俺の病名、当ててみろよ」
「なんやて……!?」
「当てられたら、ヤブ医者って呼ぶの、撤回してやる」
ぴたり、と。
騒いでいたこいつの動きが止まる。
ふざけた表情から、ふっと力が抜けて、何かを見定めるような、静かな目になった。
「ま、無理だと思うけどな」
張り詰めた空気をはぐらかすように、そっぽを向く。
どうせ、こいつに当てられるわけがない。
そう思うのに、何故かこいつの目が忘れられなかった。
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夕刻。
日が暮れて、街がゆっくりと暗くなった頃。
俺とこいつは、レベッカ医師の診療所へと向かった。




