No.2-2 危険植物
「冗談じゃねぇよ!!!」
腰の短剣を引き抜きざま、腕に絡んだ蔓を斬り払う。
ぶつりと断たれた蔓が力を失ったその隙に、低く踏み込んで懐へ潜り込んだ。
「こういうのは、なぁ───」
人を飲み込んだ袋へ、渾身の一太刀を横へ薙いだ。
「んぎゃあ!!」
裂けた袋から、ぬめった体液にまみれて、人間が転がり出てきた。
鼻をつく青臭さが、辺りいっぱいに広がる。
短剣を鞘に納め、呻くそいつを担ぎ上げると、すぐさま踵を返した。
「──逃げるが勝ちに決まってんだよッ!!」
ついでに、こいつの物らしい鞄と雑草袋もひっ掴む。
荷物と男を抱えたまま、地面を蹴って森を駆け抜けた。
すぐ後ろで、葉が弾け、枝がへし折れる音が、容赦なく追ってくる。
男を背負った分、足が重い。距離が、詰まる。
「くっ、そッ…捕まって、たまるかぁ!!」
肺が焼けるのも構わず、ただ前へ。
視界の先に街道の光が見えた瞬間、背後で何かが空を裂いた。
「こんな植物なんかに、殺されてたまるか!」
どうにか茂みを抜けると、見覚えのある道へ飛び出した。
俺が戻ってくるのを心配そうに待っていたおっちゃんが、こちらを見るなり飛び跳ねた。
「ぎゃぁぁああ!!なんだべそれ!!?」
無理もない。植物の体液にまみれた男を背負って、森から飛び出してきたんだ。
「おっちゃん!!!行こう!!!」
荷台に飛び乗り、抱えてきた男を転がすように下ろす。
すかさず短剣を抜き、追いすがる蔓へ向き直った。
「ッ、早く! 馬出してくれ!」
「わ! 分かったでな!」
おっちゃんは慌てて手綱を振った。馬が嘶き、荷台が大きく跳ねる。
背後から伸びてくる蔓を何本か切り落とすと、追手はそれきり伸びてこなくなった──。
──
─
気がつくと荷台は、街の手前まで来ていた。
街壁が視界に入り、人の声や車輪の音が、遠くから届いてくる。
「はぁ…ここまで来ればもう大丈夫だろ」
肩で息をしながら、短剣を鞘に滑らせる。
「お、おい、そっちの真っ白兄ちゃん大丈夫か!?」
「なんとか…生きとるわぁ」
おっちゃんが声を掛けると、荷台の上でぐったりしていたそいつが、力なく片手を上げた。
「ったく、こんな人里近くで、危険植物が咲いてるなんて…聞いた事ねぇぞ」
「いや、兄ちゃんはあんな、おっかないの相手に、よく生きて帰ってこれたべ…?」
こいつが五体満足なのを見るに、捕まってすぐ、運よく通りかかったんだろう。
走った拍子に緩んだ眼帯をきつく結び直して、声を掛ける。
「おいお前、大丈夫か?」
声をかけると、ぬめった服のまま、ゆっくり上体を起こした。
濡れた毛が額にべったり張り付いたまま、顔を上げる。
ぱちりと、目が合う。
「─…左目」
そう聞こえた時には、もう、顔のすぐ前にいた。
「っは!?」
反応する間もない。身体が、勝手に強張る。
距離を取ろうとするより早く、そいつの手が、顔に伸びてきた。
「───怪我しとるん?」
心臓が跳ね上がった。
得体の知れない何かが、背中から首筋にかけて、じわりと這い上がってくる。
「ッ、!! 触んな!」
伸びてきた手を、咄嗟に振り払う。
「ふぎゃあ!!! いだぁ!!!」
盛大にバランスを崩したそいつは、受け身も取れないまま、地面へ顔面から突っ込んだ。
濡れた毛に、湿った土がべったりと張りつく。
「…なんなんだよ、こいつ」
「あはは、元気そうでなによりだど」
おっちゃんは、そんな様子がおかしいのか、けらけらと笑って、地に伏せるそいつの肩を叩いた。
「…じゃあ、俺行く所あるから」
「お、もう行くど?」
「おっちゃん、ここまで乗せてくれてありがとな」
「気ぃつけてな」
軽く手を上げて、おっちゃんに別れを告げる。
それから、まだ伏せている男にちらりと目をやった。
「お前も具合悪くなったら、医者行けよ」
それだけ言い捨てて、踵を返す。
「じゃあな──もう二度と会うことねぇと思うけど」
そして返事も待たずに、街の入口へ向かって歩き出した。
街壁が、ゆっくりと大きくなってくる。
石造りの壁が陽の光を弾いて、その向こうから人の声や馬の嘶きが、風に乗って届いてきた。
やっとここまできたんだ。
この目を治してもらう為に───。




