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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第二章 立場と心の狭間にて

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第8話 入出許可


 ――ネグリジェが、アマンダの手によってするするっと脱がされてゆく。

 私は寝ぼけ眼をしょぼしょぼさせながら、それをまるで人ごとのように眺めていた。


 ……もちろん、横着しているわけではない。脱ぐことぐらい一人でも出来ると、これまで何度も主張はしてきている。アマンダが頑として、それを聞き入れてくれなかっただけ。曰く、私の仕事を奪わないで下さい、等々。

 しかしこれでは、まるで着せ替え人形か何かである。人知れずため息が漏れる。


 そうして私はもう一度、ベッドに腰掛けたまま一つあくびをした。

 窓の外を見れば、今日も帝国領は曇り空。

 雲でいくぶん和らいだ朝日が、そよ風に揺れるカーテンをやさしくやさしく照らしていた。



 ――リネンのブラウスに、袖を通す。

 靴下やストッキングを履いた後、今度はしっかり手を借りて、ペチコートを穿いてゆく。

 そしてコルセットを手に取ったアマンダは、ふと思ったことを口にしていた。


「……マドレーヌさんはもしや、良家のご出身だったりするのですか?」

「……?」


 唐突な問いに思わず首をかしげれば、アマンダはこちらの顔色を窺いながら、続きを述べてゆく。


「ああいえ、こういうお召し物に、なんだか慣れていらっしゃるような気がしたものですから」

「……」

「食事作法もそうでしたが、こうして着替えの介助にも慣れている様子ですし……何よりこういうコルセットを、嫌がりもしませんから」


 そう言いながら、手に持ったそれを少しだけ持ち上げるアマンダ。


 確かに庶民の子供にコルセットなんてあてがったなら、苦しいだの動きにくいだの、様々な不平不満が漏れ出てきそうではある。

 ……子供の頃から慣れ親しんでいたから、そういったところにまで気が回っていなかった。

 思わず渋い顔を浮かべる。

 

「……」

「……すいません、話しにくいことを伺ってしまいましたね。忘れて下さい」


 そうしてかぶりを振ったアマンダは、話題そらしを兼ねてだろう、ふと思い出したかのように話を変えた。


「あ、そうそう。今日は午後から、セドリック様が面会を希望されておりますよ。アトリエに呼んでおいてくれ、とのことです」

「……アトリエ?」



 +++

 


「……ああ、来たか」


 そうして午後、アマンダに案内されて来たのは、油絵の具の独特な匂いが充満する、物置のような部屋だった。

 私の姿を見て、画家は会釈を、そしてセドリックさまはキメ顔を保ったまま目線だけをこちらに向けてくる。


 ……年頃の娘なら誰しもが釘付けになるであろうその面持ちに、本当は年頃である私もさすがに胸が高鳴りかかる。

 なので胸を軽く押さえて平常心を保ちつつ、何とか自然に視線を逸らそうと、私は画家が描いているキャンバスを覗き見た。


「肖像画……ですか?」

「ああ。ブランシャールの支配を進めていくに当たって、何枚か必要になってな。為政者の顔が予め知られていた方が、信用も得られやすいし、交渉ごとも何かと運びやすくなる。……」


 そこまで答えた後、また涼しげな表情に戻るセドリックさま。


 ……確かにそういったメリットもあるだろうが、顔が割れるということは、それだけ暗殺などのリスクだって上がるはず。

 しかしここまで接してきたからこそ、この人は多分、そういうことに恐れを抱く人物ではないのだろうと、なんとなく分かっていた。


「……それで、私を呼ばれたのは……?」

「見て分かる通り、手持ち無沙汰でな。人払いが出来ないし、件の話はしなくても良いが……ひとまず何でも良いから、話し相手にはなって貰えると助かる」

「……なるほど。お話……お話、ですか……」


 そうして私は、ひとまず手近にあった椅子を、セドリックさまの視線の先へとズリズリ引きずってゆきはしたのだけれど。

 ……しかし、改まって雑談しろと言われると、中々会話の種が見つからない。

 そもそも私は身分も見た目も偽っているから、私自身についてや、過去を起点とした話がしにくいというのもある。


「その……今日は、良いお天気ですね」


 だからこそ、私は本当に当たり障りのない話をしてしまっていた。


「……曇ってはいるけどな」

「そっ、そうですね。……」


 当たり前の突っ込みを受け、私は思わず首を引っ込めるほかなかった。

 するとそんな様子がおかしかったからか、セドリックさまはほんの少し、その顔を崩してゆく。


「そうかしこまらなくともいい。別にお見合いでもないのだしな」


 そうしてまた、きちっとした表情へ戻るセドリックさま。

 ……筆の音が、部屋に軽く響き渡ってゆく。


「……セドリックさまは、お見合いをされた経験があるのですか?」


 そうして私は、ふとそんな質問をぽつり投げかけてしまっていた。


 ……いや、よくよく考えれば、経験がないわけもないだろう。

 公爵家の当主といえど、セドリックさまはまだお若い。そんな話は当然、引く手あまたなはずだ。

 あるいは政略的なものではなく、純粋な恋愛をされていてもおかしくない。


 と、そんな予測をある程度立てていると。

 セドリックさまはなおも見目麗しい顔つきのまま、まなざしだけをこちらへと向けてくる。


「多少はな。……腐るほど誘いは来るが、いかんせん多忙な身でもある。特に最近は、まったく出来ていない」

「……。その中には……お眼鏡にかなった方も、いらっしゃるんですか?」


 ただ。恐る恐る投げかけたその問いは、なぜか一笑に付されてしまっていた。


「気に入ったのがいたとしたら、今ごろ私は身を固めているはずだろう? 全て断っているさ」

「……」


 なぜだか安堵のため息が漏れる。

 するとセドリックさまは、それに少し不思議そうに瞬きを繰り返した後、なおも話を続けていった。


「まあそれだけでなく、皇帝や側近たちからも、政略結婚の話をいろいろと持ちかけられることもあるがな。……近頃は特に、そういう事は考えたくないんだ」

「それは……なぜですか?」


 ……なんとなく、あまり切り込んでしまってはいけないとは分かっていつつも。

 私はさりげなく、その先を促してしまっていた。


「……。気になっていた人が、いなかったわけではない。ただ……既にこの世にはいない、というだけだ」

「!」

「ああ、もう吹っ切れてはいるし、気を使う必要はないからな。それでも……雰囲気が似ているものが、近くにいてな。それで最近は、その子のことを時たま、思い出してしまうんだ」

「……似ているものが、近くに? それはいったい……」

「……」


 誰のことなんだと、かなり突っ込んで聞き返してはみるものの。

 セドリックさまはそれ以降、なぜか口を開くことはなかった。


 ……しばしの間、沈黙が部屋の中に流れてゆく。



 そうした後。カチャカチャカチャと筆を洗う音をバックに、私はふと、以前から聞きたかった事を聞くことにした。


「……私、いつまでこの城に置いてもらえるんでしょう?」


 ……もちろん、今の悠々自適な暮らしを続けていきたいというわけじゃない。

 いずれは国に帰り、レジスタンスを率いて祖国を奪還しなければならない身だ。

 

 それでも私は、今はまだこの城に身を置いていたい、と思うようにもなっていた。

 その理由はもちろん目の前にいる、かのレステンクール公爵が気になっているから。



 ――帝国はすべからく鬼畜な輩しかいない、憎むべき祖国の敵……。

 セドリックさまをしばらく見てきて、そんなレッテルを改める必要があるかもと、最近は考えるようになっていた。

 もちろん、帝国そのものが仇敵であることに変わりはない。

 けれどそのことごとくを討ち滅ぼすわけではなく、たとえばセドリックさまのような良識ある穏健派と連携し、ひとまず穏便に独立を果たしたり。

 あるいは帝国を内側から変えていく、なんて選択肢もあるのでは、と考えるようになっていた。


 だからこそもっともっと、この人のことを見定めて、そして将来の判断に……具体的に言うのなら、帝国とのあり方について考えていきたい。

 そうでなくとも今のおだやかな暮らしは、自らの心の傷を癒やし、かつ今後について考える、良い機会でもあるから。

 ……そんな事を、最近は考えるようになっていたのである。



 だからこそ、一度は聞いておきたかった。いつまでここにいて良いのかを。

 するとセドリックさまは、それに平然と、しかし想像の斜め上の答えを返して来た。


「……実はな。君を養子に貰ってもいい貴族がいないかどうか、裏で色々と探していたりはする」

「……っ、え……?」

「ああもちろん、今すぐに出て行けと言っているわけではないぞ。懐事情が厳しいわけでもないし、そもそも部屋だって余っている。君をおいておくことは全く問題ではないから、そこは誤解しないでくれ」


 そのフォローにひとまず安心はしたのだけれど、しかしそれでも寝耳に水な手回しが行われていることを知り、私は驚きを隠せずにいた。


「急に聞かされて、驚いたかも知れないが。ただ、今の生活が長く続くのは、君の為にならないと思ってもいる。……城は多少なり閉鎖的な空間だ。同年代の子たちと接したり、成長したりする機会が失われている、とな」

「……」


 ……いや、それは違う。私は元から成人済で、政務だってちゃんとこなせる人間で。

 それに子供たちとは、単に遊びの次元が違うから避けているだけ。


 だからこそ、ここは絶対に食い下がらなければならないところだった。


「……でしたら。でしたらなおのこと、私をこのまま、ここに置いて貰えませんか?」

「……。理由を聞こう」

「私はこう見えて、ある程度の素養や教養は、すでに身につけています。だからこそ、いかにセドリックさまが優秀な為政者なのかは、私なりに分かっているつもりです」


 ……王女だとまでは分からずとも、それなりに育ちが良いということぐらいは、アマンダにだって筒抜けだ。

 だから私は、あえてその事実をダシにしようと考えたのである。


「だから、今後もセドリックさまを間近で見て、より学びを深めていきたいんです」


 ぺらぺらと言葉を紡いでいった後、セドリックさまの顔をじっと見つめる。

 セドリックさまも顔を動かさず、ただ穴が開くほど、私のことを見つめ返していた。


 そうして、少しの静寂を経て。


「……確かに、マドレーヌは聡いからな。安易に誰かへ任せたりするより、どこかの統治でも任せられるくらいにまで育て上げていくほうが、ゆくゆくは皆のためにもなるかもしれないな」

「……!」


 セドリックさまはそうして、自らの思考をあえて口にし、考えを改めてくれていた。

 ……私の出自は未だ知らないはずだけれど、それでも私が目標としているところを掠めていくかのような話に、内心ドキッとしたことは内緒である。


「……なら、そうだな。手すきの時に、質の良い教師などは探しておくとして……」


 そこで一拍間を開けた後。

 セドリックさまはほんの少しこちらへ顔を向けつつ、続きを口にする。


「私の姿を見て学ぶものがあるというなら、いつでも執務室に来てくれて構わない」

「……! ホントですか!?」


 思わず身を乗り出しながら、喜びの感情を表す。

 そのあまりの前のめりっぷりには、流石のセドリックさまも思わず苦笑を返していた。


「任せても大丈夫そうな仕事は、積極的に回すようにもしよう。こちらとしても、マドレーヌの姿勢から学べることは、様々あるだろうしな」


 その提案に、一も二もなく頷く。

 

 ……正直に言えば、すごく嬉しい。何故なら国の政務を一部でも預かっていた王女として、セドリックさまの仕事っぷりには、純粋に興味があったから。

 そもそもこの人が優秀すぎることは、良く分かっているつもりだ。本来は痩せている土地に、これだけの街や城を築き上げ、領民からも慕われ。そして本城とはつかず離れず、それなりな関係を築く……誰にだって出来る事じゃない。

 祖国の復興だけでなく、その後の治政まで考えるなら、この人から学べることは色々あるはずだった。

 

 けれど、一方で。

 ダミアンから頼まれていた、『戦力配分計画』を掴むチャンスが巡ってきたということも、頭のどこかでチラリ考えてもいた。

 自分がそんな黒い事を考えている事に、密かな罪悪感を抱きつつも……私は改めてセドリックさまに感謝の言葉を述べる。

 セドリック様もそれに、優しく首肯を返してくれていた。



 ――そうして、窓辺からの日差しが、アトリエの中をやわらかく照らし続けていく中。

 私はなおも身動きの取れない状況にあるセドリックさまと、他愛もない会話を続けて行ったのだった。




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