表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第二章 立場と心の狭間にて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/17

第7話 子供ゆえに


 改めて確認するまでもないけれど、若返りの秘薬を飲んだことで、私は帝国の追跡を辛くも逃れられている。

 ……にも関わらず何故か今、その帝国の領内に身を置く羽目になっている件については……ひとまず置いておくとして。


 先日、川で溺れかけた件を経て、一つ再確認した事がある。

 それは……この子供の姿は、王女として過ごしていた時と比べ、あまりにも勝手が違いすぎる、ということだった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 ――私は今、人気のない廊下を、息を切らせながら走っていた。

 今は到底、廊下に等間隔に飾られた、壷だの絵画だのを眺めている余裕なんてない。


「……はぁ、はぁ……んく、はぁっ……」


 走れども走れども、一向に進んでいる気がしない。

 ……ぶるぶると身震いしてしまったのは、恐怖によるものか、それとも。


「……ぜぇ、はぁ、はぁ……」


 しかし……こんな時に限って、メイドも執事も衛兵も見当たらない。

 広大な城だからこそ、起こりえることではあるけれど。ただそれでも、私に対する何らかの嫌がらせなのではないかとも思い始めてしまう。


 と、そんな時だった。救いの神のような存在が、物陰から見えたのは。

 私は一目散に、その人影目がけて突進して行く。

 そして。


「あれ? マドレーヌちゃん……だっけ? どうしたの?」


「……っ、ト、ト、トイレ!! トイレ、どこ!?!?!?!?」


 ――恥も外聞もなく、私はありったけの声で、そう叫んでいた。



+++



「もー、びっくりしたよー。いきなり『トイレどこ』なんだもん」


 周辺で遊んでいたであろう子供たちが、トイレから出てくる私を雁首揃えて取り囲む。


 ……仕方が無いだろう。うっかり元の体のつもりで、これくらいならまだ大丈夫だと高をくくっていると、先ほどのように一瞬で窮地に立たされたりするのだから。

 慣れなければ慣れなければとその都度思うのだけれど、それでも染みついてしまった感覚は、中々変えられず。


 特に今回は自室の中ではなく、散歩中に催してしまったから、なおのこと大変だった。

 元々住み慣れてないこの広大な城の中で、近場のトイレがどこにあるかなんて把握できているわけもなく。

 かといって誰かに聞こうと思っても、凪でもあったかのように全く人が見つからず。

 ……それで結果的に、こんなところにまで来てしまったのである。


 目の前には、城仕えの者の子供が4名ほど。……正直、あまり関わり合いになりたくない子たちだった。

 もちろん賓客扱いとなった直後、一度面通しさせられてはいる。けれど、今更こんな子たちと年相応の遊びなんてしたくもなかったし、その後は私の方から距離を置いていたのだけれど……。

 急を要していたとはいえ、厄介な子たちに助けを求めてしまったなあと、内心頭を抱えてしまう。


「ひょっとして、マドレーヌちゃんさ。まだどこに何があるかも、分かってないんじゃない?」

「……」


 女の子が、おもむろにそう切り出してくる。

 沈黙で回答から逃げようとするのだけれど、子供たちは目ざとくそれを肯定と捉え、話を進めていってしまう。


「じゃあさ、マドレーヌのために、かくれんぼしようぜ!」

「……え、は、え?」


 リーダー格と思わしき男の子の、あまりに脈略のない提案に、思わず素の声が出かかってしまった。

 そんな様子を見て、男の子がにまりと笑う。


「だってさ、かくれんぼしてたらどこに何があるか、ぜってー覚えられるだろ?」

「うん、わたしもそれで、倉庫とか洗い場とか、覚えられたんだよ」

「……」


 ……理にはかなっている。

 が、それでも。一国の王女ともあろう人間が、今更かくれんぼなど……。


「いーからやろうぜ! じゃ、マドレーヌが鬼な! ……逃げろー!!!」

「あっ、ちょっと……!」


 そんな力なき制止が、やんちゃ盛りの子たちに効くはずもなく。

 子供たちはあっという間にちりぢりになり、視界から消えていってしまった。


「……」


 ……これを無視して部屋に帰るほど、空気の読めない人間でもない。

 私は肺の中の空気を吐ききるかのような、深い深いため息を漏らし。頬を掻きつつ、子供たちを探す旅に出かけていったのだった。



+++



「それで……どうしてこんなところで、かくれんぼなんてしたんですか?」


 数刻後。

 私はなぜか他の子供たち全員と一緒になって、侍女から怒られていた。


 ちなみに今いる場所は、食材が置いてある保管庫。

 積み上がっていた小麦粉の袋が倒れ、辺り一面が真っ白になってしまっている。

 ……そう。つまりは、そういうことだ。

 非がないにも関わらず、連帯責任ということで、巻き込まれてしまったのである。


「……マドレーヌさんもそうです。理知的な子だと、内心感心していたというのに……まさかこんなことをしでかすだなんて……!」

「……」

「……反省しているんですか!?」

「……うっ、は、はい……」


 ……少し前も理不尽な仕打ちを受けてはいたが。これはこれで理不尽だなあ……などと、ぼんやり考えを巡らせる。

 もちろん、その程度の差は雲泥ではあるけれども。


 そうして、なおもお小言を頭の上から降らされながら。

 私はこの無駄な説教が早く終わる事を、ただただ祈ることしか出来なかった。



***



 子供になった弊害は、他にも上げればきりがない。

 背が届かない、重いものが持てない、胃袋が小さい、体力がない……。

 そんな想像がつきやすい事ももちろんだけれど、この姿になってみて始めて分かるデメリットもまた存在する。


 その最たる例が……これである。


「……マドレーヌさん、また好き嫌いですか?」


 皿を下げに来たアマンダが、そう口を尖らせる。

 それに対し私は、口をへの字に曲げ、ただただ黙っていた。


「……ブイヤベースに乗っていた香草は、この際許しましょう。でも、煮込みスープのセロリはダメです。しっかりと、食べてください」

「……」

「好き嫌いばかりしていたら、いつまで経っても成長できませんよ?」

「……」


 ……ちゃんと成長できたという実績が、既にあるのだけれど。

 などと口に出すことなんて当然出来ないので、私は苦々しい表情を浮かべてしまう。


 ――とは言っても。

 名誉のために弁明しておくけれど、大人になってからは、食べる事は出来ていたのだ。

 もちろん嫌いではあったが。嫌いでは、あったのだが。


 ただこの、子供の味覚のままでは、あまりにも……あまりにもセロリの苦みやえぐみを強烈に感じすぎてしまって、本当に食べられたものじゃないのである。


 もちろん、大人だったときは食べられたんです! 大人になったら食べますから許してください! なんて主張も、出来るわけがない。

 だからもう、こうして黙りこくることしか出来ないということなのである。


「……実はこの後、デザートにマドレーヌをご用意したのですが。食器が片付けられなければ、お出しすることは出来ませんね?」

「……!」


 まさかの好物人質大作戦。血も涙もないのかと、そう食ってかかりたくもなる。

 けれど、実際にそれを行動に移してもしょうがない。


 ……正直、マドレーヌは是が非でも食べておきたい。その理由は二つ。

 一つは、王女時代と違い、この城では食べたいものをリクエストなど出来るはずもないという点。

 降ってわいたこの機会は絶対に逃したくなかった。

 もう一つは、子供の味覚に戻ったことで、より一層甘味を美味しく感じられるようになってしまっているという点。

 今の境遇において、もはや甘味は一番のご褒美といっても過言ではなかった。


 ただ、そうはいっても……はっきりいってこのセロリを平らげるのは、もはや不可能だと、そう断言できた。

 それはつまり、マドレーヌが私の口に入ることはない、ということ……。


 そんな事を考え出した途端、思わずうるっと来てしまった。

 ……そう、涙腺の短さもまた、子供になった弊害の一つ。


 さすがに泣かれると強く当たれないのか、アマンダは鼻息を挟んだ後、渋々口を開く。


「……分かりました分かりました、それじゃあ一切れだけ……一切れだけ食べれば、今日は許しますから」

「……」


 ……正直、一切れだって食べたくはない。

 しかし一切れにまけてもらったことで、受ける苦しみは一瞬に軽減された。

 ならば、大好物のマドレーヌで上書きだって容易い……はず。


「……う」


 私は覚悟を決めると、ぷるぷると震えながらスプーンを握りしめ、薄黄緑色の薄気味悪い悪魔をすくう。そして……。


「っ、んんんん~~~!」


 ――泥をすすりて、白き鳥へ至る……と言うが。

 泥の方がまだ、後味が口に残らないだけマシなのではないか……と、滲む視界の中、ぼんやりそう考えてしまうほど。

 その味は本当に、私の心に深い深いトラウマを植え付けていったのだった――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ