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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第二章 立場と心の狭間にて

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第6話 昔の歩幅で


 今朝もまたいつものように、ドアの控えめなノック音で目が覚める。


「ん、う……」


 くぐもった声を漏らし、布団を頭から被り直す。

 ……どうせ一分もしないうちに、アマンダが声を掛けに来る。それまでに何とか、むさぼれるだけ惰眠をむさぼっておきたい。


 だが、私のそんなささやかな希望は、予想外の人物によって打ち砕かれてしまうことになる。


「……いつまで寝ているんだ、マドレーヌ」

「っ、え……?」


 そんな声に思わず飛び起きれば、そこにはアマンダではなく、何故かセドリックさまが立っていて。


「寝る子は育つと言うが、さすがに寝坊ではないか? 城のものは既に仕事を始めている時間だぞ?」


 腰に手を当て、顔をしかめながら放たれる物言い。

 さすがに恥ずかしさもあり、眠気が全て吹っ飛んでいく。


「っ、お、おはよう……ございます」

「ああ、おはよう」

「……その、どうしてここに……?」


 ベッドの上にぺたり座り込み、慌てて寝癖を手ぐしで梳かす。

 そんな最中に投げた問いに、セドリックさまは腕組みしながら答えてゆく。


「数日前に、聞かれたくないことを話して貰っただろう? 埋め合わせをするとも、そこで言っておいたはずだ」

「あ、えっと……はい」

「だから今日は、私自ら実際に街を案内しつつ、我が領地について話してみようと思ってな。ブランシャールのことを教えて貰う前に、まずはこちらのことを紹介するのが、礼儀だとも思うし……どうだ?」

「……!」



+++



「この通りは食料品を売っていることが多い。向こうの通りは家具、あそこの一帯は出店がよく並んでいるな」


 そうして、セドリックさまに眺められながら、遅めの朝食を食べた後。

 私はここに連れてこられてから始めて、城の外に出ることになった。


 空は快晴、活気立つ街並み。そして隣に歩くは、凍てつく相貌の公爵閣下。

 温度差のギャップに、もはや風邪を引きそうだ。


「広場までいくと雑踏に巻き込まれるだろうし、さすがにそこは避けた方が良いだろうが……マドレーヌはとりあえず、どこか行きたいところなどはあるか?」


 そうしてセドリックさまは、背をかがめて私の顔を覗き込んでくる。

 ……そしてそれと同時に、どこからかかぐわしい匂いが漂ってきた。


「……?」

「これは……そば粉のガレットか」


 その匂いに誘われるように歩みを進めていくと、そこでは確かに小気味よい音を立て、ガレットの生地が焼かれているのが見て取れた。


「これはこれは領主様。いま焼きたてが出来上がりましたので、お一ついかがですか?」


 店主が気前よく、そんな申し出をしてくる。

 腰に差した宝剣の柄尻に手を置きながら、セドリックさまは私の方へと向き直った。


「マドレーヌ、何か欲しい物でもあるか?」

「えっと……じ、じゃあその、目玉焼きを……」


 おずおずとそう口にすると、店主はにこやかに目玉焼きが乗っかったガレットを手渡してくれる。


 そしてその後。

 セドリックさまが店主と、代金を払う払わないのやりとりを繰り返しているのを横目で眺めながら、私は小さい口を目一杯開け、それを頬張った。


 ――香ばしい生地の香りに、ぷりんとはじける白身と、とろりととろけてくる黄身。なんとも言えない幸せな味が、口の中に広がってゆく。

 ……さっきご飯を食べたはずだというのに、あっという間に食べ終わってしまった。


 すると、結局代金を支払うことなく戻ってきてしまったセドリックさまは、そんな様子を見て一言。


「美味かったか?」


 何気なく問いかけられたそれに、私は何度か頷いて返す。

 ……すると。


「領主様! こちらもよろしければ是非お嬢ちゃんに!」


 そんな私たちへ今度は別の店主が声を掛け、強引にほうれん草のキッシュを手渡してきた。

 ……こうなってしまうと、もはや周りの店も黙ってはいられない。

 我先に自分の商品を貰って欲しいと、あちらこちらで声を上げ始めてしまう。


 ――ここまで来れば後はもう、半ば私に対する餌付け大会のようなものだった。

 キッシュに加え、タルトにクレープ、果てはカヌレまで渡されてしまい、正直もうお腹がはち切れんばかりになってしまう。


「……マドレーヌ、無理して貰わなくても良いんだぞ」


 セドリックさまは苦笑交じりにそう言ってきてはくれるのだけれども、こんな厚意を向けられたら、そうそう断ることも出来ない。

 ただ、さすがにもうこれ以上はと、静かにアイコンタクトを送る。

 それをちゃんとくみ取ってくれたセドリックさまは、私に変わってそれ以降の申し出を全て断っていってくれた。

 ……けれど、それでも何とかして貰って欲しいという人もいて。


「おお領主様。どうか、どうか、私どものものも持っていって下さい……」


 そう言いながら、まるで命乞いでもするかのように差し出される、アーモンドクリームパイ。


「……っ、いや、その……」

「……」


 思わずセドリックさまと視線を交わす。……正直、もう水一滴も入りそうになかった。

 しかし何か事情でもあるのか、とにかくその店主は引き下がってはくれず。

 するとセドリックさまは、ふとまた宝剣の柄に手を当てながら、もう片方の手を店主へと差し伸べる。


「……では、私が一つだけ貰おうか」


 ……毒が込められている危険だってあるというのに、セドリックさまはひょいとそれを受け取ると、ためらいなくそれにかじりついたのだった。



+++



 そうして、中々珍しい領主直々の食べ歩きを真横で眺めつつ、気ままにぶらぶらと町並みを散策して行く。


「……良い街……」


 ――明るく活気に溢れ、そして皆がみなセドリックさまを慕っている。

 そんな街並みを眺めつつ、浮かんだことをふと漏らせば、何故かセドリックさまは目を見開き、そして薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと辺りを見渡してゆく。


「そういう率直な感想こそ、私にとって何よりの褒美だ。……ここまで豊かにするのに、途方もない労力が掛かっているからな」

「……そうなん……ですか?」


 てっきり元から富に溢れた街なのだと思っていたけれど、実はそういうわけでもないらしい。

 セドリックさまはふぅと一つ息を吐くと、どこか遠くの方を見やりながら話してゆく。


「ガルシュナイダー帝国は元々、痩せた大地に興った国だ。ここら一帯は大規模な治水工事に加え、税を極力下げた甲斐もあって、何とか今の形にまで持っていくことが出来たが……」


 と、そこまで言ってから、セドリックさまはふと視線を私へと向けた。


「……すまない。こんなことを話しても、ほとんど理解は出来ないだろうな」


 ……確かに、私が本当の子供だったなら、今のような話を聞かされても、何が何だか分からなかっただろう。

 ただ、王女として公務をこなしていた身としては、今の話はとても興味深いものだった。


「もっと、続けて欲しいです」

「……。そうか」


 そうして先を促せば、セドリックさまは何の疑念も抱かずに、話を広げていってくれた。


「土地もそうだが、帝国領は天候にも恵まれにくい土地柄でもある。……今日は奇跡的に晴れてはいるが、この時期は大体曇りや雨になりがちだ。土壌を改良しても日差しがなければ、とうぜん作物は育たない。……だからこそ……」


 と、そこで何故か、セドリックさまは話を切ってしまった。

 その意味ありげな止め方を受け、私はふと、その先にあるはずの言葉を先読みする。


「だからこそ……豊かな土地と晴天に恵まれる、ブランシャール王国を、攻めた……?」

「………………」


 セドリックさまは、それに肯定も否定も返してはこなかった。

 ただ、それでも私にはなんとなく分かっていた。……今の推測は、恐らく図星だったはずだ、と。


 そして、痛いところをつかれてしまったセドリックさまは、その話題から逃げたかったのだろう、ふと思い出したかのように私へと振り返る。


「……この先の森に、小さな川がある。ついでだ、足を伸ばしてみないか?」



+++



 確かにその小川は、街からほど近い小高い山の斜面にあった。

 自然と出来たものではなく、明らかに人の手によって階段状に整備されている。

 まるで芸術作品のように美しく流れる水面に、思わず目を奪われてしまっていた。


「……これも、セドリックさまが?」

「ああ。……中々に壮観だろう?」


 そうして誇らしげに頷くセドリックさまを横目で眺めつつ、私はせせらぎに誘われ、ふらりと川沿いに歩いていく。

 そして少し離れた場所に飛び石が設置されているのを見つけると、その上を、ぴょん、ぴょんと飛び跳ね、進んでいった。


「……適当なところで戻ってくるんだぞ」


 まるでお父様みたいな声を掛けられ、思わず口の端を釣り上げつつ答える。


「だいじょうぶ……です。これくらい、余裕で……」


 そして、少し遠くにあった飛び石へと飛び移ろうとした……のだったが。

 ――もちろん言うまでもなく、今の私は子供の体。

 ついそのことを忘れ、大人の時の脚力と歩幅のつもりで、無謀な距離にある石を目指してしまったのである。


 とうぜん手足は宙を掻き、私は川の中へと落下してしまう。


「――マドレーヌ!!!」


 そんな叫び声を聞きながら、何とか両手足を皆底につく。溺れるほど水深が高いわけではなかったのが幸いだった。

 ……正直、治水用の川で助かった。これが自然の川だったなら、溺れ死んでいたかも知れない。


 セドリックさまもまた、服が濡れるのも構わず、川の中に入ってきて、私を抱き留めてくれた。


「……大丈夫か?」

「……な、なんとか……」


 そう応じると、セドリックさまは安堵のため息を漏らした後、私を胸に抱いたままお小言を聞かせてくる。


「だからあれほど言っただろう、適当なところで戻れと」

「……ごめん、なさい」


 私はもう、しょげることしか出来なかった。

 ……不可抗力から起こったミスとはいえ、これで中身は王女なんです! とは、口が裂けても主張できないだろう。


「全く……これに懲りたら、無謀な事は慎め。良いな?」

「……はい」

「よし」


 ポンポンと、軽く頭を撫でられた後。

 セドリックさまはゆっくりと川から私を引き上げると、自分の服を軽く絞る。


「城に戻るぞ。……風邪を引いてしまっては事だからな」


 私もまたあちこち裾をねじりつつ、頷く。


 ――そうしてセドリックさまとのひとときは、私の失態によって、予定よりも早く幕を閉じてしまったのだった。




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