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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第二章 立場と心の狭間にて

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第5話 ささやかな食事会


 見目麗しいオードブル、熱々のスープ。魚料理と肉料理の間には口直しのソルベまで。

 どれもこれも手の込んだ、見た目も味も楽しめる料理の数々……。

 もちろん王女時代でも、ここまで手の込んだフルコースは月に数回程度。……そんな豪勢な食事が、賓客扱いとなってからはほぼ毎夕、こうして運ばれてくる。


 ――これが国力に由来する豊かさなのか、はたまた二大公爵家レステンクールが居を構える城だからかは分からない。

 ただいずれにしろ、こんなシーン一つ切り取ってみても……祖国との間の差を感じてしまう。


「……今日の料理は、お口に合いませんでしたか?」


 ……と、そんな気の滅入る思考回路に陥っていたからだろうか。

 次の料理を配膳しに来たアマンダが、心配そうに顔を覗き込んできていた。


「う、ううん。とっても美味しい」

「……ならば、相席している方に原因がおありでしょうか?」


 そう茶目っ気を出しながら、アマンダは私の対面に座る人物へと目を向ける。


「……そんなに緊張しなくとも良い。食事は楽しんでするものだ」


 するとセドリックさまは、優雅にナプキンで口の端を拭いつつ、そんな事を口にした。


 ――そう。私は今、セドリックさまと配膳役のアマンダしかいない、ささやかな食事会に招かれていた。

 普段セドリックさまは宰相達や領地内の地主などと意見交換をしながら夕食を食べるらしく、予定がないときも側近たちと共に食事を取っているらしいのだけれど。

 今日は私の為に、わざわざこのような席を設けてくれたんだとか。

 ……曰く、折を見て機会を作るといった、先日の約束を守るため、とのこと。


 しかし私の為とはいえ、目の前にセドリックさまを迎えての夕食は、それはそれで緊張するものではあった。

 味が完全に分からなくなるほどではないものの、それでもその切れ長の瞳を前にしての食事は、どこか落ち着かない。

 しかも視察の帰りだったのか、セドリックさまはかっちりとした服装に加え宝剣も帯刀してもいたので、なおさらである。


 と、そんな中。

 アマンダがふと、済んだ食器を片付けつつ、こちらに顔を向けてきた。


「そういえばマドレーヌさんは、ことさら食事作法に慣れていらっしゃいますね。どちらで教わったのでしょう?」

「……あっ、えっと……その……」


 思わずしどろもどろになってしまう。

 ……もちろん下手なことを言えば、私が王女だったことがばれかねないわけで。


「……お父さんと、お母さんに……教えてもらって……」


 だからこそそんな当たり障りのない回答を述べたところ、セドリックさまがふと助け船を出してくれる。


「まあ、当たり前の話だな。それに、マドレーヌはすでに両親を失ってもいる。闇雲に訊くことでもないだろう」

「……そうでしたね。申し訳ございません」

「う、ううん、大丈夫……」


 内心胸をなで下ろしつつ、なんとかそれだけ口にする。


「それよりかは……向こうでの生活について、話してはくれないか? もちろん思い出すのが辛いところは、避けてくれて構わない」


 セドリックさまはそうして、以前伝えたお願いを改めて私にしてきた。


 ――もしかすると。この食事の席は、元々敵国に住んでいた子供が、その暮らしを気兼ねなく語れるよう、あえて私の顔見知りだけになるようにセッティングされたのかも知れない。

 そんな細やかな気遣いを肌で感じつつ、それでもその意図をあえて気づかないようなふりをして。

 ……私は事前に整理しておいた『子供の視点から見える範囲での暮らしぶり』を、ゆっくりと二人に話し始めていく――



+++



「なるほど。他国より伝わったマカロンが、貴族を中心に流行を……」


 ――私の話をしばらく聞いていたセドリックさまが、ぼんやりとそんな事を口走る。

 それで私は自分の喉が渇いている事に気づき、何気なく水の入ったコップを手に取った。

 ……想定以上に、喋りすぎてしまったかも知れない。いや、足がつくような情報は口走っていないはずだから、全然問題ないとは思うけれど。


「マドレーヌさんは、マカロンはお好きだったのですか?」


 そうして飲み干したコップをことりと置けば、アマンダが洗練された所作にてそれに水を注ぎつつ、ふと口を挟んでくる。


「私は……どちらかといえば、マドレーヌのほうが……」


 と、私が反射的にそう口にしたところ。

 アマンダもセドリックさまも、それに何故か目をぱちくりとさせてきた。


「名は体を表すとは、まさにこのことですね?」


 そうしてくすくす笑うアマンダ。

 ……そうだ、あの時は切羽詰まって名前を出したから、そこら辺にフォローが必要だったのをすっかり失念していた。


「えっと、その……自分の名前と同じで、それで……」


 何とか、そうとってつけたような言い訳をねじ込む。

 ……そうして恐る恐る反応を伺えば、アマンダもセドリックさまも、何とかそれで納得してくれたようだった。


「……もともと菓子の名ではない別の由来が、ご両親の中にはちゃんとあったのかも知れないな」

「確かに、そうかも知れませんね。言われてみれば、髪色もどことなく焼き菓子のような色合いですし」


 アマンダは配膳しつつ、そんな会話をセドリックさまと交わし。そして危ない所だったと胸をなで下ろす私の目の前に、次の料理を持ってきてくれる。

 

「鴨のコンフィです。マドレーヌさんは食べきれないかと思い、半分にしてしまいましたが……余計なお世話でしたか?」

「ううん、大丈夫。……ありがとう」


 そんな細やかな応対してくれるアマンダに礼を言いつつ、私は小さな手で一生懸命ナイフとフォークを使って骨付き肉を削ぎ、それを口に運んでゆく。

 そうして、ほろほろと崩れながらもジューシーなその鴨肉を堪能していると、対面のセドリックさまがふと顔を上げた。


「……そういえば、一つ聞いても良いか?」


 首をかしげ先を促せば、セドリックさまは若干問いづらそうにしながらも、続きを口にしてゆく。


「マドレーヌはどうして……あのタイミングで、逃げ出してきたんだ? 住民の避難は、すでに終わっていたはずだろう?」


 ……確かにそれは、至極もっともな疑問だった。

 私はなるべく平静を装いつつ、必死に嘘を並べてゆく。


「その……兵士の人とか怖くて、建物に隠れてて。でも火が回ってきて、このままじゃダメだと思って……それで……」

「……そうか。いや、もう話さなくて良い、大丈夫だ」


 セドリックさまはそこで首を振って、話を遮ってくれた。

 ……どうやら、ほんの少し垣間見えたぎこちなさに対し、思い出したくないものを思い出させている、という受け取り方をしてくれたようだった。

 ホッと胸をなで下ろす。


 そうした後、私はふと、返しの疑問を投げかけていた。


「……。……セドリックさまこそ、どうしてあそこにいたんですか?」


 ……それは、これ以上突っつかれたくないが故の、単なる話題逸らし。

 しかしセドリックさまはその問いに、真摯に答えてくれていた。


「……実は、城の内郭からあの区画までを繋ぐ、秘密の通路があることを事前に知っていてな。ただあの時点では、通路そのものを見つけることは出来なかった。だからその出口があるであろう一帯は、ああして誰かが張っておく必要があったんだ」

「なる、ほど……」

「ただ、まだめぼしい戦果を上げていない他の部隊は、当然そんな地味な仕事なんてしたがらなくてな。それでこちらに貧乏くじが回ってきた、という形だ。ライオネルナイツはその時点で、既に相当な戦働きをし終えていたしな」

「……そうだったん、ですね……」


 ……秘密の通路の存在がばれていたのは、スパイか内通者によるものだろう。

 その存在が知られていながらも、こうして何とか逃げおおせることが出来たことに、私は内心安堵する。


 しかし張っていた側であるセドリックさまは、どうやら全然別の感情を抱いていたらしく。誰に向けるともなく、ぽつりと一言、言葉を漏らす。


「逃げてきて……欲しかった」

「……え?」

「女王も、それから王女も。城と運命を共にしようとせず、生き長らえる選択をして欲しかった」


 私はその独白に、思わず言葉を失ってしまっていた。

 ……もちろんそれはマドレーヌとしてだけでなく、王女ルクレシアとしても、である。

 そんな私を余所に、セドリックさまはなおも罪を告白するかのように、言葉を吐き出してゆく。


「もちろん牢に繋ぐなど、一時的には不自由を強いることになっただろう。だが最終的には手を取り合う未来を模索することだって、出来たはずだ」

「……で、でも……普通は皇帝へ、首を持ち帰るんじゃ……?」

「だが実際に区画の封鎖を任されたのは我々だ。身柄がこちらにあるならば、いくらでもやりようはあった。……なのに……」


 そうしてセドリックさまは、悔しいという表情を隠そうともせず、拳をナイフごと握りしめる。

 その切っ先は、心の内を投影するかのように、小刻みに震えていた。

 

 ……その言葉に嘘がないことは、なんとなく分かるようにはなっていた。

 この人は、きっとそういう人なのだ。

 

 ――ただ。そのことを……セドリックさまの元に行けば、命が助かるということを知っていたとしても。

 多分私もお母様も、きっとその選択肢は採らなかったように思う。

 なにせ傍若無人な、あの皇帝のことだ。セドリックさまがどれだけ尽力したとしても、私たちのことを確実に庇護できるかは不透明だろうし……。

 それになにより、国を背負っているという誇りが、私たちにはあったから。


 だからこそ、そこまで気に病む必要はない……と、そう口に出すわけにもいかず。

 私はただただ、押し黙ることしか出来なかった。


 アマンダも空気を読んだのか、口を挟んでくることもなく。

 場の雰囲気が、なんだか重たいものへと変わってゆく。


「……すまない。マドレーヌに言っても、詮無きことだったな」


 そんな空気の悪さを察したのだろう。

 セドリックさまはひとりでにかぶりを振った後、先ほどと変わらない所作に戻りながら、料理を口へと運んでいったのであった。



+++



「ご満足いただけたようですね。……お粗末様でございました」


 そうして恭しいお辞儀をしてくるアマンダに、軽く頷いて返す。

 ――その後も軽く祖国について話しながらも食事は進み、こうして私はデザートまでしっかり完食してしまっていた。


 そしてセドリックさまは、私の満足げなため息を眺めた後、優雅に口元を拭いてからゆっくりと立ち上がる。


「……マドレーヌ、今日は興味深い話を色々聞けて助かった。しばらくはこのように、3人だけでの食事の機会を定期的に作るから、何か思い出したらまた聞かせてくれ」


 その申し出に、私は首肯を返す。

 すると、そんな快諾を受けてか、セドリックさまはふと顎に手を当てた。


「それと、今日は途中で空気を悪くしてしまったな。それになにより……話しづらいことを聞いてしまった。その埋め合わせは、後日させてくれないか」

「……えっ?」


 思わずそんな声が漏れ出てしまう。

 ……そもそも、至れり尽くせりの生活をさせてもらっている、居候の身である。

 対価として十分でないと言われるほうが自然なのに、まさか追加で埋め合わせだなんて……。


 しかしセドリックさまはそんな疑問に対し、至極当然だという言わんばかりの表情を浮かべる。


「マドレーヌにとっては、色々と思い出したくないこともあっただろう? そもそも我々の侵攻によって国を追われてもいるし、言わば我々がその負の記憶を作ったも同然だ。なのにそれを口に出せ、などと無茶な要求をしたのだからな」

「……い、いや、それは……」

「次からは、聞きたくないことは避けるようにする。それと、今日の埋め合わせに関しては、仕事を手早く片付けるから、二日……いや三日ほど待っていてくれ」


 そう言うと、セドリックさまは私の返答も聞かず、足早に部屋を後にしてしまう。

 その背中を眺めながら、私はふと冷静になって、今の発言の意図を探ってしまっていた。


 ……ああ、なるほど。きっと今日の食事会は、私からブランシャールの話を聞くことが目的ではなかったのだろう。

 恐らくは、私の事情聴取がメインだったに違いない。多分クロードらへんからの、強い要望を受けて。


 もちろん、あの日出くわした際に、そのまま出自について聞けていれば、話は早かったに違いない。

 ただ私の歯切れが悪かったから、緊張が解けた頃合いを見てから名前の由来、それから出会った時のことについて話を振った。

 そしてある程度調べがついたから、次からは本当にブランシャールの話をなごやかに聞かせて欲しい……と、恐らくはそんな意図が、今の話には込められていたのだろう。


 ……なんというか、どこまで実直で誠実な人間なのだろうか。


 半ば呆れつつ、私はセドリックさまが消えていった扉の先をぼうっと眺め続けていたのだった。




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