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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第四章 ブランシャールの白き鳥

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20/22

第20話 王女の威厳


 ――予感は、悪い事に的中してしまっていた。


「いいから早く逃げろ! グズグズしてると、すぐに追いかけてくるぞ!!」

「くそっ、なんで俺らまで……」

「ママーッ、うわぁぁん!!」


 闇夜に響き渡る怒号に、剣戟音。地を揺らす衝撃に轟音。

 雨によって火の手こそ回ってはいないものの。それでも城塞都市アンティーヌは、先の戦に劣らぬ戦禍に見舞われていた。

 ただ、あえて言うのなら。今回のこの事態は、この街自らが招いたことでもある。



 ――そう。この街と賊たちは、やはり繋がっていた。恐らく当初の予定としては、セドリックさま達を酔い潰した後に、賊たちをけしかけるつもりだったのだろう。

 だからこそ、セドリックさまが兵を引き連れて出て行くのを見て、内心焦ったに違いない。けれどそこで機転を利かせたか、それとも誰かに入れ知恵されたかは分からないけれど、この街は当初の予定通りに動いてきた。即ち、賊が数百人単位で、セドリックさま達を迂回するように、街へとやってきたのである。

 これにより、セドリックさまの狙いは完全に透かされただけでなく、ライオネルナイツは寡勢にて、賊たち全員を相手取ることになってしまってもいた。

 

 ただ。本当に問題だったのは、憎き帝国を駆逐するために招き入れた、その賊たちの行動だった。

 騎兵を見たら殴りかかるのはもちろんのこと、何故か街の住人にまで、無差別に攻撃をし始めたのである。 

……そもそもこのアンティーヌという街は、堅牢な城塞都市。賊たちにとっては恐らく日頃から攻めあぐねていた場所だったのだろう。そんな街がわざわざ裏門を開け、中に引き入れてくれたとあれば、やることは一つしかない、ということなのかも知れない。

本当に短絡的としか言いようがないけれど、けれどその動きは罪なき住人たちを守りたいこちらとしては、厄介極まりないものでもあった。



「あっ、そっちはダメですっ! 向こうに避難して下さいっ!!」


 なので、私はというと。こんな身なりでも出来る事を必死に探し、逃げ惑う市民の誘導を買って出ていた。

 ……というか、そんな事をする人が私以外に誰もいない、という有様でもある。なんせ賊の振る舞いに憤慨した街の長たちは、話をつけにいくと言い残し、結局そのまま行方知れずになっているくらいだし。はっきり言って、お粗末極まりない。


 必死に声を枯らし、身振りを交え避難を先導する。その最中にふと額を拭うのだけれど、それでもすぐに降りしきる雨で、前髪が張り付いてしまう。うっとうしさに、思わず天をにらみつける。


「っ、こんな老いぼれは良いから、嬢ちゃんもさっさと逃げな!」

「親御さんはどこ? 一緒に探してあげましょうか?」


 そんなずぶ濡れの姿を見かねてか、行きがけの市民からそんな声まで投げかけられるけれど、もちろん私はそれを突っぱねる。


「私は平気です! まずは自分の身を案じて下さい!」


 そう強めに返した、その時。遠くの方から、馬のいななく声が聞こえてくる。

 思わず振り返れば、大通りの中程にまで侵攻してきた賊たちに対し、苦戦を強いられているライオネルナイツの姿が垣間見えた。


 ――いくら精鋭部隊ライオネルナイツといえど、その内訳は少数。敵を屠ることには長けていても、人海戦術で大軍をせき止めたり、掃討作戦を採ったりすることは不得手だ。

 そんな中、正門では本隊を迎え撃ちつつ、裏門から引き入れられた奴らの掃討にも人員を割いたとあれば、相手が賊でも苦戦するのは致し方ない話でもあった。そもそも、雨によって弱体化してすらいるわけだし。

 

 馬上から振り落とされ、鎧を打ち付けながら倒れ込んだ騎士をかばうべく、部隊は気力を振り絞り、何とか賊たちを押し返していく。

 その隙を見てその騎士へと駆け寄れば、どうやら腹部を切られているらしく、見る見る間に血と雨の水たまりが作られてゆくのが見えた。


「ダメっ、動かないで! 今、止血するから……!」

 

 よろよろ立ち上がろうとする騎士を、悲痛な叫び声で制す。しかしその騎士は何故かそれを、弱々しく手で制してきた。


「……我々が持ちこたえている間に、どうかお逃げ下さい」

「っ、な、何故……?」

「我々はセドリック様から、貴女の事を託されています。まかり間違っても、我々と運命を共にさせるわけには、いきません……」

「そんな……そんなまるで、貴方たちが全滅するかのような事、言わなくても……!」

「……」


 かすれ声で、何とか食い下がるのだけれど。それでもその騎士はそれ以上言わず、剣を杖代わりにし、立ち上がってしまう。

 ただ、その弱々しい姿はとても歴戦の強者には見えず、むしろ死を覚悟した老兵のようにも映っていて。

 だから……。


「……ねえ。貴方たちは、あのライオネルナイツ、なんでしょう……?」


 そんな弱々しい問いが、ふと漏れていた。

 その騎士も、馬上にいる騎士たちも、それに何も返してはくれない。


「帝国最強、大陸最強とまで評される、騎兵隊なんでしょう……?」


 今まさに賊たちと打ち合っている騎士たちも、もちろん何も返してはくれない。

 ……それが何故だか、無性に悔しくて。

 

 最強だと信じてきた彼らが、こんな無様な姿を晒すのが、悲しくて。

 祖国がそんな彼らに力尽き、屈したという事実が、無性に許せなくて。

 だから……。



「――こんな奴らに後れを取って、恥ずかしくないの!?」



 ……私は。体裁も偽りの身分も、その全てを忘れ。

 思いっきり、叫んでしまっていた。

 

 流石にその声は、ライオネルナイツだけでなく、相対していた賊たちにも届き。さらには後ろで避難しようとしていた、市民達の足すらも止めてしまう。

 

 そして、そんな方々からの視線を一身に浴びながら。

 長いブロンドヘアーをぺっちゃんこに濡らし、そして両頬には涙にも似た雨を滴らせた私は、片腕を勢いよく広げ、限界まで声を枯らす。


「いったいどこが『帝国の猛き牙』なの!? セドリック『様』の面目を潰して、こんな腑抜けた姿を晒しつづけるくらいなら……そんな通り名、二度と誰かに呼ばせたりなんてしないでっ!!!!」


 そうして肩で息をしながら、騎士たちの様子をじっと見つめる。

 するとどうやら……その魂からの訴えは、窮地に立たされていた彼らの心に、確かにもう一度、灯をともすことが出来たようだった。

 武器を握る腕に、あるいは鞍に跨がる足に、自然と力がこもっていくのを感じる。


 ふと思い返すは、昼間の会話。

 ――天候、地の利、戦術に士気。様々な要因が整って、ようやく彼らは強みを活かすことが出来る。

 天候は正直、どうしようもない。地の利も今は選べない。この期に及べば、戦術なんてあってないようなもの。

 でも、士気であれば。ずぶの素人である私にも、まだ介入する余地はある。

 

 何故なら私は。――ブランシャール王国の王女、だったのだから。

 誰かに気概を説くなんて、そんなの朝飯前だ。


「……貴方たちはセドリック様に、どこまでもどこまでも信頼されていたはず。絶体絶命の今こそ、その期待に応え、ご恩に報いる時ではないの?」

「……」

「それとも、セドリック様に見守られていないと何も力を発揮できない、おままごと部隊でしかなかったの?」

「……いえ。そんなことは、ありません」


 前方にいた部隊の誰かが、口を開く。大きく頷いてから、私は続けた。


「なら、こんな状況、今すぐ覆して見せて! 他の有象無象ならいざ知らず、貴方たちなら、そんなことは容易いはずでしょう!?」

「……」


 押し黙る。しばしの間、雨音だけが響く。

 するとその沈黙を破ったのは、最前線にいた賊の方だった。


「……黙って聞いてりゃ、乳くせえガキがぺちゃくちゃと……いっぺん死んどけやぁ!」


 そんな言葉とともに、持っていた斧をものすごい勢いで投げつけてくる。

 そのあまりの早さに何も出来なかった私は、思わず肩をすくませ、ぎゅっと目を閉じ……。

 

 ……そしてすぐに、甲高い金属音によってそれが弾かれたことに気づく。

 見れば近くにいた手負いの騎士が、杖代わりにしていた剣を、目にもとまらぬ早さで振るったことが分かった。

 

 そしてその手負いの騎士は、こちらが礼を言うより前に。あるいはお返しとばかりに、前線にいた騎士が斧を投げた賊を切り捨てる前に、口を開く。


「魂が震えたつ、素晴らしい演説でした。……良ければ、この後も我々に、発破を掛けて頂けないでしょうか?」

「あ、えっ……さ、さらに発破を?」

「ええ。是非、セドリック様の代わりに、我々を導いて頂きたいのです」


 パシパシと瞬きを繰り返す。……見てくれからして幼女の私に対し、真正面からそんな申し出をしてくるだなんて思ってもいなかった。

 というか、今のははっきり言って、勢いで口を滑らせてしまったに過ぎない。正直、荷が重くもある。


 だから私はどうしようかと迷い、ふと視線を泳がせた。

 ……そして、気づく。街角からこちらに、怪しげな視線が複数向けられていることに。

 その視線の主達は、周りからは極力見られないようにしつつ、しかし私にだけは気づいて欲しいとばかりに、その姿を晒し続けてきてもいた。


「……分かった。出来るだけ、やってみる」


 一も二もなく頷く。そして私はそいつらから遠ざかるように、戦闘が再開された前線の近くまで進んで行った。

 

 ――間違いない。あれはレジスタンスのメンバーだ。この混乱に乗じ、私を助け出そうとしているに違いない。

 そして同時に、何故賊たちが歩兵部隊を迎え撃たず、あえてこの街に大挙して押し寄せたについても、なんとなく理解が出来ていた。

 

 ……恐らく賊を引き入れるという判断には、レジスタンス側が一枚絡んでいたに違いない。レジスタンスとしては、この街の住民が多少犠牲になってでも、混乱を引き起こすことを優先したのではないだろうか。

 ただ、レジスタンス側は私がどんな容姿をしているのか、把握出来てはいなかった。なんせリュカが別れ際、合い言葉を設定するくらいだ。だから怪しそうな子供には、片っ端から市民を装い探りをいれてもいた。先ほど誘導の際、わざわざ私に声を掛けてきたのも、きっとそういう事だったのだろう。

 そして先ほどの演説を聴いて、その正体に確信が持てたから、今度はこうして気づかれるよう姿を晒してきているに違いない。


 だから私は、それに気づかないふりをする。何故なら私は、まだ帰る気はないし……それに彼らのその魂胆が、本当に気に入らないから。


「……無辜の民を危険にさらしてまで、なりふり構わず助け出そうとするなんて……」


 そんなぼやきを密かに雨音へ溶かし込んでいると、手負いの騎士が静かに私の側へと近寄ってくる。


「良ければ、私の馬を使いませんか。馬上にいた方が、指示も良く通るでしょう」

「……! う、うん、お願い!」


 ……馬に乗っていた方が、より連れ去られにくくなるだろう。ライオネルナイツの近くに寄っておけば、なおさら安心だ。

 なんせ今の私は、成り行きで指揮を任された存在。そんな人物が攫われようものなら、周りが絶対に止めに入ってくれるはず。

 

「……もうしばらく辛抱して! セドリック様はすぐに引き返し、必ず助けにきてくれるはず! むしろそんなセドリック様に、無様にやられた姿なんて見られたくないでしょう!?」


 手負いの騎士の手を借り、馬に跨がった私は、すぐにそう声を張り上げた。



+++



 ……正直に言うと、ちょっとばかり忘れていた。ライオネルナイツの強みは、圧倒的なまでの忠誠心だということを。

 恐らくはセドリック様が不在というこの状況が、すでに彼らの強みを一つ消してしまっていたに違いない。

 

 つまり、有り体に言うのなら。

 セドリック様への忠誠心をくすぐってやれば、彼らはすぐにでもその輝きを取り戻すのである。


「……雨がうっとうしいのは、向こうも同じなはず! なら後は、気合いの勝負でしかないでしょう? 今こそ、セドリック様にして頂いた訓練を思い出して!」


 馬上から簡単な部隊の割り振りを指示しつつ、危なそうな状況を見かけたときに、王女らしい振る舞いでもって、発破を掛ける。そうするだけで……戦況は完全に逆転してしまってもいた。

 

 機動力を生かしての踏み込み、迷いのない太刀筋、そして容赦のない波状攻撃。

 そんな異次元の動きを、ただただ特等席から眺める。

 ……これが、ライオネルナイツ。これが、帝国の猛き牙。

 彼らを指揮しているこちらが、まるで全知全能にでもなったかのような錯覚すら覚えてしまう。むしろまがい物の指揮官でこうなのだから、セドリック様が自ら指揮をしたのなら、いったいどこまで無双してしまうのやら。


「門の外まで押し返して! そうすれば必ずや、セドリック様の援軍と挟撃出来るはずだから!」


 幾分雨が収まってきた頃には、街の中にはびこっていた残党は残らず駆逐が完了し。そして正門前で食い止めていた大軍に対しても、有利に事を運ぶことが出来ていた。


「この地の人々の信用を勝ち取るために、セドリック様はここに来たはず! 貴方たちが信用に値するか、今も市民たちは固唾を呑んで見守っている! 胸を張って、その武を正しく振るいなさい!」


 酷使された喉が、若干悲鳴も上げつつある中。私はそれでも胸を張って、ライオネルナイツを鼓舞する。

 ……すると。待ち望んでいた声が、どこか遠くの方から放たれた。


「――ああ、マドレーヌの言うとおりだ!」

「……。……!?」


 目を凝らせば、急いで山を駆け下りてきてくれた歩兵部隊が、いつの間にか背後を完全にとっている。

 ……どうやら奇襲する為に、明かりをつけず進軍してきたらしい。


「正面切って対峙する勇気もなく、卑怯にも背後を突いた愚か者共に、遠慮など不要! ……今、その勇姿をここに示せ!」


 鶴の一声が放たれると共に、雨に強いたいまつに灯がともされてゆく。

 そうして明らかに賊たちに動揺が伝わる様を眺めながら、こちらもまた声を張り上げた。


「雌伏の時は終わった! 動きに呼応し、今こそその鬱憤を晴らしなさい!」


 その言葉と共に、ライオネルナイツは持てる力を振り絞って突撃していく。

 

 ――前方は虎が如き部隊、後方には帝国の孤狼。

 賊たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出していくまで、さほど時間は掛からなかった。



+++



「……おおよそ半分ほど、逃しましたか……」


 数時間ぶりの客間にて。報告を受けて開口一番、クロードは歯がみしながらそう漏らす。

 それに対しセドリックさまはため息一つ。


「雨が降り、地の利が悪く、そして奇襲を受けてもいる。にもかかわらず追撃までするのは、流石に欲張りではないか?」

「お言葉ですが、ここまでライオネルナイツが痛めつけられたのは久々です。このまま逃がしたなら、その名声にも多少なり傷が……」

「何の足しにもならないものに、固執する必要なんてない。それよりも、どれくらい部隊が痛んだか、調べは付いているか?」

「あっ、はい。……残念ですが、死者がわずかに出てしまいました。ただどちらかと言うと、馬の方が被害が大きく……」


 そんな二人のやりとりをぼんやりと聞きながら、私は用意された毛布にくるまり、椅子の上で暖をとっていた。

 ……事情が事情だったとはいえ、こんな小さな体で、冷たい雨に当たりすぎた。これは絶対、風邪を引いたに違いない。


「ただ、いずれにしても……マドレーヌさんがいなかったなら、こんな損害などかわいく思えてくるぐらい、壊滅的な打撃を受けてもいたでしょう」

「……。そうだな」


 そんな総括がなされた後。クロードはおもむろに、こちらへ向き直ってくる。


「貴方は……いったい、何者なのですか?」

「……」


 至極当然の疑問を向けられ、私は内心顔をしかめた。

 ……もちろん、それを問われる事は想定済ではあるけれど。それでも今回は望外の結果をもたらしたのだから、見逃してくれても良いんじゃないだろうか。


「……お酒の席のやらかしで、反省したんじゃないの?」


 だからこそ、まずはそんな牽制を放つと。意外や意外、クロードはそれにむぐっと口をつぐんでしまう。


「……」

「ふっ、そうだな。今回ばかりは、マドレーヌが一本上手だ」


 そうしてくつくつとセドリックさまは笑うものの、しかしこれだけで終わりにしてしまえば、また裏で色々と追及の手を伸ばされかねない。

 仕方なく私は、用意していた嘘を口にした。


「本を読んで、ずっとイメージはしてたの。私ならこうしようかな、こう声を掛けようかな、って……。それがたまたま、上手くいったってだけ」

「……なるほどな」

「どの、本ですか? 差し支えなければ、教えて…………」


 と、クロードがそんな疑問を述べようとした、その時だった。



「……ごっ、ご報告です!!!」



 ノックもなしに、部屋の中に兵士が入って来たのは。


「街の外に突如、歩兵部隊が出現しました! その数、約500!!」

「……!」

「賊の援軍にしては、タイミングが遅すぎますね。いったいどういう……」



「いえ、賊ではありません! ――ブランシャールの旗を、掲げています!!」



「っ……!?」


 言葉を失うクロード、驚きを隠せないセドリックさま。

 しかし、何より。

 ……何より私が、一番愕然とした表情を、浮かべてしまっていた。


 ――恐れていたことが、起こってしまった。

 しかも、この最悪のタイミングで。



 そう。その部隊はどう考えても、ルブランドル……レジスタンスの部隊に違いない。




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