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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第四章 ブランシャールの白き鳥

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19/22

第19話 雨


 そうして始まったセドリックさまのブランシャール遠征は、何故かほとんど山場らしい山場もなく、淡々と進んでいた。

 

 というのも、賊たちのアジトがどこももぬけの殻らしく、むしろ這々の体で逃げ出したかのように散らかっているのも珍しくないとのこと。そんな有様では、交戦なんて起こるはずもない。我々に恐れを成したに違いない、とはクロードの談。

 一方レジスタンス側も、今回は手出し無用という言いつけを守っているからか、それとも賊達と同様に、ライオネルナイツという名前に怖じ気づいているだけか、特にこちらへちょっかいを出してくる事もなく。

 

 そんなわけで、セドリックさまと共にブロヴィデンス地方の都市を巡る道程は、もはや外遊か旅行かと言うくらい、のんびりとしたものになっていた。


「……風が、出てきたな」


 人気のない街道をゆったりと進んでいきながら、馬上のセドリックさまが呟く。並足で進む馬の背にちょこんと乗せられていた私も、それにつられ、ふと辺りを見渡してゆく。

 ……さわさわと草原を撫でていただけの風は、いつの間にか草葉のさざ波まで作り始めていた。


「セドリックさま……。もしかすると、雨が降るかもしれません」

「……! 本当か?」

「はい。この地に住んでいるものなら、たいてい分かります。この妙な雰囲気の風は、きっと雨を連れてくるって」

「そうか。……クロード、聞こえていたな?」

「もちろんです。次の目的地アンティーヌは城塞都市、兵士の駐屯所も当然あるはず。今から行軍を急がせれば、天気が急変したとしても対応できるでしょう」

「よし、すぐに各部隊に伝令を」

 それに一も二もなく頷いたクロードが、すぐに隊列の先頭へと馬を走らせてゆく。

 その後ろ姿を見やった後、セドリックさまは思い出したかのようにこちらへ振り返ってきた。

「マドレーヌ、助かった。……なるほど、現地人にしか分からない事もある、か。確かに今回の件だけでも、連れてきた甲斐があったと言えそうだ」

 冗談めかしながら告げられたそれに、苦笑いで返す。……ちなみにこれが、同行を願い出る時に使った口説き文句である。

 

 ただ、すぐに私は気づく。

 ……アンティーヌの防衛施設は、確か城塞都市としてはかなり小規模だったはず。この規模の兵士や馬が一同に雨を凌げる場所を、事前の根回しなしに用意出来るとは思えない。


「……マドレーヌ? どうした?」

「あっ……いえ、なんでも……」


 思わず取り繕う。……一介の少女が、そんなことに気づけるわけもない。結局それは、黙っておくしかない情報だった。

 ただそれでもセドリックさまは、こちらをじっと見つめ返してくる。

 仕方無いので、適当な質問でお茶を濁すことにした。


「えと……雨って、そんなに避けなきゃいけないんですか?」

「ん? ああ、もちろんだ。単に体が冷え、動きが鈍るのもあるが、皮製品や鉄鎧にとっても、雨は天敵でな。劣化したり錆びたりする。避けられるなら、避けるに越したことはない」

「でも、騎馬なら……」

「実は馬の方が深刻だ。重装備の騎士を背に、泥の地面や滑りやすい石畳を進まなければならないからな。もちろんライオネルナイツには、多種多様な訓練を積ませてはいる。しかしそれでも、相当ナーバスな状況であることに変わりはない。遠征で疲れも溜まっているなら、なおさらだ」

「なる、ほど……」


 ……実は王女時代にうっすら知っていたのけれど、それでも改めて説明されると、ことさら腑に落ちる。

 そう、実は騎馬隊は雨に弱いらしい。そしてそれは、大陸最強とも評されるライオネルナイツであったとしても、決して例外ではないらしく。


「いかにライオネルナイツといえど、力を存分に発揮できない状況はある。むしろ、天候、地の利、戦術に士気。様々な要因が整って、ようやく強みを活かすことが出来るわけだ。逆にそれすらも分かっていないものが指揮を執った場合、本当に宝の持ち腐れにもなってしまう」

「……どっかの誰かの言葉を借りるならば、ですね?」

「……。こちらとしては、そんなつもりはなかったがな」

「そういうことにしておきます。でも、なるほど。……勉強になります」


 今度は、素直な言葉が口から出ていた。

 以前訓練を見学した際に聞かされた、圧倒的なまでの忠誠心。それだけが戦績の差を生んでいるものだとばかり思っていたけれど……確かによく考えれば、それだけで異名を得るまでの活躍をし続けることは出来ないはず。様々な要素が絡み合ってようやく、彼らは獅子が如き強さとなるのだろう。


「マドレーヌが実際に指揮を執ることはないかもしれないが、それでも知っておいて損はない。……ん」


 そこでふと、セドリックさまが身を乗り出すと同時に、クロードが前方から帰ってくる様子がこちらからも見えた。


「相変わらず仕事が早いな、クロードは」

「褒めても何も出ません。……前方にはくまなく伝令し終えましたので、直に行軍が早まるはずです。また、先触れを街の方に向かわせています」

「ご苦労。後は後ろだな」

「はい、すぐに向かいます」


 そう返すや否や、クロードは足早に列の後方へと向かってゆく。

 そしてそれと同時に、隊列がすこし早まっていくような気がした。


 ……遠くの方ではすでにぼんやりと、山間の中に城壁のようなものが見えている。

 少し上に目を移せば、鈍色の雲が徐々に顔を覗かせている様子も確認できていた。



+++



 数刻後。

 私はセドリックさまと共に、街一番の屋敷にて、アンティーヌの長なる人物と面会していた。

 はめ込み式の窓の外では、すでに雨粒がしとしと街を濡らす様子も垣間見えている。


「兵の詰め所に入りきらないと聞いた時は、どうしたものかと思っていましたが……こんな立派な屋敷までお貸し頂けるとは。本当にありがとうございます」


 そうして珍しく丁寧に謝辞を述べるクロードとは対照的に、何故かセドリックさまの表情は固かった。いつものように宝剣の柄尻に置いた手も、どことなく力がこもっているような印象を受ける。


「私からも礼を言う。ただ……急な雨にしては、えらく手際が良かったな。余剰分の寝床まで、万端整えているとは思わなかった」

「いやはや、万が一があってはならないと、様々な想定をしておりましたからな。むしろ遠路はるばるお越し頂いた公爵様に対し、街を挙げての歓待までは出来ず、心苦しい限りでございます」

「……。そこまで気を使う必要はない。平時ならばともかく、街は今も復興の途上にあるはずだ。我々をもてなす余裕などないだろう?」

「確かに、仰るとおりではあります。しかし音に聞く公爵様をお迎えする以上、最低限の礼儀は尽くしたかったですし……」

「だからその代わりに、食事をあれだけたくさん用意したのですか?」


 そう口を挟んだクロードに、街の長はしっかり頷いて返す。


「左様でございます。ああ、どうか遠慮はなさならないで下さい。残されても腐らせてしまうだけですので。酒もたんまり揃えましたから、どうぞ遠慮なく飲み食いして下され」

「……その。気持ちはありがたいのですが、我々は行軍中、酒を一滴も飲まないのです」


 クロードのそんな申し訳なさそうな申し出に対し、街の長は周りの部下達とわざとらしく顔を見合わせてから、冗談でしょうとばかりに続ける。


「……? そんな馬鹿な、遠方よりはるばるやってこられたというのに、酒の一杯や二杯引っかけもせぬとは。適度に息抜きをしてやらねば、知らず知らずの内に、厭戦気分が蔓延するやも知れませぬぞ?」

「……」

「……。よもや、帝国随一の知将であるレステンクール公爵に、説教……ですか?」

「っ、これは、大変なご無礼を。……ですが皆様、雨に打たれ、体も冷えているのではありませんか?」

「問題ない。この程度で風邪を引く輩はいないからな」


 そうして顔を強ばらせるセドリックさまに対し、それでも街の長は恐れ知らずに、あの手この手で食い下がってゆく。


「ええと……実はここら一帯は、酒造りが盛んでして。雨で凍えた体は、酒をあおって暖を取るべし、という教えもあるのです。我が街の特産品、是非一舐めだけでも……」

「……」


 セドリックさまは沈黙を返しつつ、わずかにこちらへ目線を送ってきた。恐らくは、そんな風習があるか確認したいのだろう。

 なのでこちらも気取られないようにしながら、わずかに首を傾けた。……なんせそんな習慣、王女をしていて一度も、耳に挟んだことがない。


「今回は、治安の維持を目的とした視察だ。商売の話であれば、またの機会にしてもらおうか」


 私の反応を受けて、セドリックさまはぴしゃりとそう言い切っていた。



+++



「……へっ? 悪意、ですか?」


 屋敷内にある、来客用の一室にて。

 セドリックさまは私の問い掛けにゆっくりと頷いてくる。


「ああ、彼からはありありとそれを感じた。何かしら、企んではいるはずだ」

「……まさか、毒が盛られてあったり……?」

「いえ、事前に調べたところ、何かが混入された形跡はありませんでした」

「まあ企みごとと言っても、単に地酒を高値で売りつけたいだけかも知れないが。……とはいえ、クロードは念のため、もう一度毒味の徹底を。それと酒にも何か入れられていないか、何らかの方法で確認しておいてくれ」


 その指示にクロードがしっかりと首肯を返したのを確認してから、セドリックさまはふとこちらに顔を向けてきた。


「それはそうと。マドレーヌ、本当に雨は一晩で上がるんだな?」

「あ、えと……もちろん、確証なんてないですけど。でもこの時期の雨は、多分そう長くは続かないと思います」

「よし、なら明日の朝にはこの街を出立できるよう、準備を進めてもおいてくれ」

「承知しました。……?」


 そうしてクロードは部屋を後にするべく、ドアノブを掴もうとしたその時。急にその扉から、ノック音が聞こえてきた。

 勢いと間隔から、なにやらイレギュラーな事態が起こったらしい。


「どうかしましたか?」

「ごっ、ご報告です。周辺を偵察していた斥候から、山の中腹に賊の拠点を発見したとの一報が……」

「……。どうせまた、人っ子一人いないのではありませんか?」

「いえ。雨を嫌って屋内や洞窟へ避難をしていたらしく、正確な人数までは把握出来なかったようですが、どうやら数百人はいるのではないか、とのことです」

「……!」


 クロードとセドリックさまが、思わず顔を見合わせる。私も思わず口元に拳を当てていた。


「賊たちは逃げ出したわけではなく、単に一箇所に集まっていただけ……? でも、どうして……」

「もしかすると。我々を倒して、ここら一帯を自分たちの国にでもしたいのではないでしょうか?」

「えっ? 万が一勝つことが出来ても、そんなの皇帝が黙ってないんじゃ……?」

「……いや、そうとも限らない。何せ、ライオネルナイツは帝国一の部隊だ。仮に我々を亡き者に出来たのなら、恐らくはあの皇帝のことだ、相当及び腰になるだろう。周辺国にも一目置かれるはずだ」

「つまりは、独立が叶う可能性も出てくる……」


 思わずそんな呟きを漏らす中、クロードは周囲をちらりと確認しながら続けた。


「むしろこの街が、その賊たちと繋がっている可能性すらありませんか? たらふく食べさせ、酔わせ、その後に強襲……建前上我々は市民を守らねばなりませんし、必然的に不利な戦いを強いられます」

「いや……この街もまた、賊に苦しめられてはいたはずだ。にもかかわらず、そいつらの支配を受け入れるのか?」

「……。確かに、考えにくいかも、知れませんね」

「むしろ街の長の思惑は、別のところにあると見て良いだろう。もちろん……それはそれで、厄介ではあるんだがな」


 そうしてセドリックさまはため息を挟んでから、しばしの思考の後、おもむろに口を開く。


「……。ならばいっそ、こちらから打って出てみても、良いかもしれないな」

「打って、出る……?」

「我々はあくまでも、賊を叩く為にここに来ている。たとえ何処にどんな策略が張り巡らされていようと、取る行動は同じだ。であれば、ここでただまんじりと一夜を明かすより、むしろ攻めに転じたが何倍も良い。街側の企みも、うまく躱せるだろうしな。……そうは思わないか?」

「ちょっ……ま、待って下さいセドリック様。山の中腹にあるというアジトに騎兵を派遣させれば、雨でぬかるんだ斜面に必ず苦戦を強いられるはず……」

「そうだな。雨でなければまだしも、この状況では絶望的だろう。だから……ライオネルナイツは、置いていく」

「……!?」

「どっ、どういうことです……!?」


 同時に言葉を失った私たちに対し、セドリックさまは静かに自分の考えを述べてゆく。


「雨が天敵である事は、当然向こうも把握していることだろう。そして我々がライオネルナイツありきの部隊だと考えてもいる以上、自ら攻めてくるだなんて微塵も考えてはいないはずだ。だからこそ、その隙を突く」

「……奇襲であれば、歩兵部隊だけで完遂出来るだろう、ということですか。ですがそれでも、帝国最強の部隊をただ遊ばせておくというのは……ライオネルナイツの練度であれば、歩兵での運用も出来るのでは?」

「いや、この街にも不安が残る以上、馬だけを残していくのも良くない。……遊ばせるのが気に入らないなら、街の防衛を担ってもらうことにしようか。そもそも蹴散らした奴らが、この街に逃げ込むかも知れないしな」

「……なるほど、それなら……」


 そしてクロードからなんとか賛同が得られたセドリックさまは、ふとこちらに顔を向けてきた。


「マドレーヌはライオネルナイツと共に、ここで我々の帰りを待っていてくれ。流石に雨が降りしきる夜半に、戦場へと連れて行くわけにも行かない」

「えっ、あ……はい、分かり、ました」

「よし。クロード、すぐに伝達を」

「承知しました」


 頷きが返された後、セドリックさまはクロード共に、慌ただしくその場を後にしてゆく。


 そして一人残された私は、その背中をぼんやり眺めながら……なんだか、不安な気持ちに苛まれていた。

 ……というのも。この街と賊たちの狙いが、それぞれ別にあるとは思えなかったからだ。


 ――この街も例に漏れず、戦の爪痕が未だ色濃く残っていた。なぎ倒された塀、柱しか残っていないような廃屋……この雨をしのぐ場所がない住人も、きっと大勢いるはず。そんな住人達が全員、帝国の支配をただ受け入れているとは思いにくい。

 それに……私は、煮えたぎる憎悪というものが、泥まみれになってでも進み続けるだけの覚悟と気概をもたらすことも知っている。なんせ私は、そんな決意を持つ人々を率いている身でもあるし。

 そして、そんな彼らの姿勢を思い返してみると。仮にこの街が常軌を逸した作戦を採ったとしても、決しておかしくないことのように思えてくる。


 即ち――賊に従うつもりはないけれど、帝国軍の名高い部隊を倒すがために、ひとまず従う、あるいは利用する……そんな腹づもりがあって、おかしくない。


「……」


 ……どんな企みがあったとしても、あのライオネルナイツがいるのだから、問題はないだろう。だからきっと、私の想像は杞憂に終わるはず。


 そう思い直しながら、私はふと、窓の外へ目を向ける。

 ――依然として雨音に包まれた街並みは、日の入りを経て、徐々に薄暗くなってきてもいた。




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